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なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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法華経如来寿量品第16 久遠における成道を明かす

第15章 ブッダの寿命の長さ
如来寿量品 にょらいじゅりょうほん第16)

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 その時、世尊はすべての菩薩の群衆に語りかけられた。

 「良家の息子たちよ、私を信じなさい。真実の言葉を語っているブッダを信じなさい」

 また世尊は、2度目にその菩薩たちに語りかけられた。

 「良家の息子たちよ、私を信じなさい。真実の言葉を語っているブッダを信じなさい」

 また世尊は、3度目にその菩薩たちに語りかけられた。

 「良家の息子たちよ、私を信じなさい。真実の言葉を語っているブッダを信じなさい」

 その時、実にそのすべての菩薩の群衆は、偉大な人である弥勒菩薩を最前に立たせて、合掌して、世尊に次のように申し上げた。

 「世尊は、まさにこの意味をお話しください。人格を完成された人は、お話しください。私たちは、ブッダの語られたことを信ずるでありましょう」

 また、2度目にそのすべての菩薩の群衆は世尊に次のように申し上げた。

 「世尊は、まさにこの意味をお話しください。人格を完成された人は、お話しください。私たちは、
ブッダの語られたことを信ずるでありましょう」

 
また、3度目にそのすべての菩薩の群衆は世尊に次のように申し上げた。

 「世尊は、まさにこの意味をお話しください。人格を完成された人は、お話しください。私たちは、
ブッダの語られたことを信ずるでありましょう」

ダウンロード (1)

 その時、世尊は、それらの菩薩たちが3度までも懇請するのを知って、それらの菩薩たちに語りかけられた。

 「良家の息子たちよ、それならば、あなたたちは、ここで私が次のような神通の力を持っていることを聞くがよい。良家の息子たちよ、神々や、人間、アスラに伴われているこの世間の人々は、私のことを次のように了解しているのだ。

 「世尊であり、釈迦族出身の聖者であるブッダは、釈迦族の高貴な家から出家して、ガヤーという名前の大きな都城において最も勝れた覚りの座に到ったことによって、今、この上ない正しく完全な覚りを覚られたのだ」と。
 
 けれども、そのように見なすべきではない。それどころか、良家の息子たちよ、実に私がこの上ない正しく完全な覚りを覚って以来、幾100・1000・コーティ・ナユタ劫もの長い時間が経過しているのである。

 良家の息子たちよ、譬えば500万・コーティ・ナユタもの世界が大地の構成要素である原子から成っているとしよう。その時、誰かある人が現われ、一つの原子の粒をつかみ取って、東の方向に向かって500万もの無数の世界を過ぎ去って、その一つの原子の粒を下に置くとしよう。このようにして、すべての大地を構成する原子の粒を東の方角に行きながら、目印として一つずつ下に置いていって、幾100・1000・コーティ・ナユタ劫にわたって、その人がそれらのすべての世界を大地の構成要素がなくなった状態にするとしよう。良家の息子たちよ、そのことをあなたたちはどう思うか。それらの世界を、誰かが考えることや、あるいは数えること、あるいは量ること、あるいは観察することが可能であろうか?

 世尊からこのように言われて、偉大な人である弥勒菩薩と、そのすべての群衆、菩薩の集団は、世尊に次のように申し上げた。

 「世尊よ、それらの世界は計算することもできず、数えることもできず、思考の範囲を超越しています。また、世尊よ、すべての声聞や、独覚たちでさえも聖なる知によって考えることも、数えることも、量ることも、あるいは観察することもできません。先ず第一に、世尊よ、不退転の位に立っている偉大な人である菩薩の私たちにとっても、思考できる範囲が、その領域に及ぶことはないのです。世尊よ、それらの世界は、それほどに量り知ることができないでありましょう」と。(つづく)

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【 2023/02/03 05:31 】

第15章 ブッダの寿命の長さ(如来寿量品第16)  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

法華経従地涌出品第15 弥勒菩薩の説法要請

 ダウンロード (5)
 すると、偉大な人である弥勒菩薩と、それらの、幾100・1000・コーティ・ナユタもの多くの菩薩たちは、不思議な思いにとらわれ、驚くべき思いに満たされ、驚異の念を抱いた。

 「そもそも、この世尊は、どのようにして束の間の時間を経たわずかの時間の経過のうちに、数えることもできないこれほど多くのこれらの偉大な人である菩薩たちを鼓舞し、さらに、この上ない正しく完全な覚りへ向けて成熟させられたのであろうか?」と。

 すると、偉大な人である弥勒菩薩は、世尊に次のように申し上げた。

 「世尊よ、この場合、どういうことでしょうか?王子であった時のブッダは、釈迦族の首都であるカピラ・ヴァストゥを出て、ガヤーという都城からそれほど遠くないところにある最も勝れた覚りの座に到って、この上ない正しく完全な覚りを覚られました。世尊よ、今、その時から40年が経ちました。

 それなのに、世尊よ、これほど短い時間の経過のうちにブッダは、どのようにしてこの量り知ることのできないブッダのなすべきことをなし、またブッダは、どのようにしてブッダの〔牡牛のような〕威厳と、ブッダの勇猛ぶりを遂行されたのでありましょうか?

 世尊よ、それほど短いわずかの時間の経過のうちに、ブッダがこの上ない正しく完全な覚りに向けて鼓舞し、成熟させられたこの菩薩の群衆、菩薩の集団は、世尊よ、幾100・1000・コーティ・ナユタ劫もの時間を経て教え続けたとしても、この菩薩の群衆・菩薩の集団の終わりを見いだすことはありません。 

 世尊よ、このように無量で、このように数えることもできないこれらの偉大な人である菩薩たちは、長い間、純潔の行ないを遵守し、幾100・1000もの多くのブッダたちのもとで善い果報をもたらす立派な行ないを積んだものたちであり、幾100・1000もの多くの劫を経て完成されたのです。

ダウンロード
 
 例えば、世尊よ、実に誰かある若い男で、若々しい青年が、髪は黒く、卓越した力強さを具えていて、生まれて25年であるとしましょう。その男が、100歳に達した息子たちを指して、次のように言うとしましょう。
 
 『これらの良家の息子たちは、私の息子である』と。
 
 また、それらの100歳に達した人たちも、25歳の男を指して、次のように言うとしましょう。

 『これは、私たちの父であり、産みの親です』と。

 ところが、世尊よ、その男の言葉は、世間の人々にとって信じられないことであり、信じ難いものであります。

 世尊よ、まさにこのように、あなたはこの上ない正しく完全な覚りを覚られてまだ久しくありません。けれども、これらの量り知ることのできない多くの偉大な人である菩薩たちは、幾100・1000・コーティ・ナユタ劫もの長い間、純潔の行ないの修行を実践してきており、実に長い間を通してブッダの知において確定しており、幾100・1000もの三昧への門を出入りすることに熟練していて、大いなる神通を身に着けることを完了し、大いなる神通を既に身に着けております。ブッダの地位について熟知しており、ブッダの法を詠唱して聞かせるのに巧みであり、世間の人々にとって不思議で驚くべき人たちであり、大いなる努力精進の力と威力を獲得しています。

 さらに世尊は、それらの菩薩たちについて次のようにおっしゃられます。

 『まさに最初から、私はこれらの菩薩たちをこの菩薩の位に向けて鼓舞し、励まし、成熟させ、完成させたのである』と。また、『この上ない正しく完全な覚りを覚った私は、以上のあらゆる努力精進において勇猛ぶりを発揮したのだ』と。

 そこで、世尊よ、私たちは、『ブッダは、誤謬なく真実を語るものである』というブッダの言葉を信によって理解するでありましょう。ブッダこそが、この意味をご存じであるはずであります。

 しかしながら、世尊よ、新たに菩薩のための乗り物によって出て立った新発意 しんぼっちの偉大な人である菩薩たちは、疑惑に陥るでありましょう。ブッダが完全なる滅度に入られた後、この法門を聞いて、この点について、それらの新発意の菩薩たちは、信受することも、信ずることも、信順することもないでありましょう。それ故に、世尊よ、それらの新発意の菩薩たちは、法の破滅を招くようなことを行ない、そのような考えを心に抱くでありましょう。

 それ故に、世尊よ、私たちが、この法に対して疑いがなくなり、未来の世において菩薩のための乗り物に属する良家の息子たち、あるいは娘たちが、この法を聞いて、疑惑に陥ることがないように、あなたは、まさにこの意味を適切に説いてください」

ダウンロード
釈尊成道の地に立つマハーボディ寺院(インド・ブダガヤ)

 その時、偉大なる人である弥勒菩薩は、世尊に次の詩によって語りかけた。

 「あなたが、カピラ・ヴァストゥという名前の釈迦族の定住するところにお生まれに
 なった時あなたは出家してガヤーという名前の都城の近くで覚りを得られました。
 世間の指導者よ、それ以来のこの時間は、わずかなものです。
 
 しかしながら、あなたの教化されたこれらの高貴で畏れることのない多くの人たち
 は、幾コーティ劫にもわたって修行してきて、菩薩の大群衆を従え、神通の力に立
 脚し、動揺することなく、十分に学識を積んでいて、智慧の力に通達しています。

 大地を裂いて、今、ここにやって来た菩薩たちは、紅蓮華 ぐれんげが泥水によって汚されるこ
 とがないように汚されることはありませんそれらの世間の人々の王の息子たちは、
 すべて尊敬の念を持って、おもいを正して、合掌して立っています。

 あなたの示されたこのような驚くべきことーそれを、これらの菩薩たちがどうして信
 ずることができましょうか。疑惑を打破するためにその理由を示してください。あな
 たは、その意味がまさにどのようであるかを示してください。

 それは、若々しく髪の黒い誰かある男がここにいるとして、生まれて20年、あるいは
 それ以上の若い男が、生まれて100年の人たちを自分の息子たちであると説き示すよ
 うなものであります。

 しわだらけで、白髪をたくわえているそれらの100歳の息子たちが、若い男のことを
 『これは、私の父です』と発言するとしましょう。世間の保護者よ、若い男とその息
 子たちがこのようであるということは、信じ難いことです。

 まさにこのように、世尊は、若々しい青年でいらっしゃいますが、これらの大勢の菩
 薩たちは、学識があり、思慮深く、智慧において畏れるところがなく、幾1000・コー
 ティ劫もの間、十分に学んできたものたちであります。

 それらの菩薩たちはすべて決意が堅く智慧において聡明で端正な姿をしていて、
 見るも美しく、法についての論議において畏れるところがなく、世間の人々の指導者
 たちによって誉めたたえられています。

 執着を離れた修行をしていて、林に住み、絶えず虚空界にあって他のものに依るとこ
 ろがありません。これらの人格を完成した人の息子たちは、このブッダの境地を求め
 ながら努力精進に励んでいます。

 私たちは、世間の保護者から面と向かって聞きましたので、私たちには、何であれ疑
 惑は決してありません。けれども、世間の人々の指導者が、完全なる滅度に入られた
 後で、いったいどうして、このことが信じられるでしょうか?

 この点に疑惑をなして、菩薩たちが悪しき境遇に陥ることがないように、世尊よ、こ
 れらの菩薩たちをあなたがどのようにして成熟させられたのかを、あなたは適切に説
 明してください」

 以上が、聖なる「白蓮華のように最も勝れた正しい教え」という法門の中の「大地の裂け目からの菩薩の出現の章」という名前の第14章である。(従地涌出品第15おわり)

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【 2023/01/31 05:31 】

第14章 大地の裂け目からの菩薩の出現(従地涌出品第15)  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

法華経従地涌出品第15 これらの菩薩は私が成熟させたのだ

 ダウンロード (2)
 その時、世尊である釈迦牟尼如来によって化作され、他の世界において衆生に法を説いていたブッダの分身たちで、他の幾100・1000・コーティ・ナユタもの世界からやって来たそれらの正しく完全に覚った尊敬されるべきブッダたちが、釈迦牟尼如来の周りの八方で、宝石造りの木の根もとにある大いなる宝石造りの獅子座に結跏趺坐けっかふざして坐っておられた。
 
 それらの正しく完全に覚った尊敬されるべきブッダたちに属する各々自分の侍者たちもまた、その菩薩の大いなる群衆、菩薩の集団が、遍く大地の裂け目から出現し、虚空界に留まったのを見て、不思議な思いにとらわれ、各々自分のブッダたちに、次のように申し上げた。

 「世尊よ、無量で数えることもできないこれほど多くの偉大な人である菩薩たちは、どこからやって来たのでしょうか?」
 
 ブッダの侍者たちからこのように言われて、それらの正しく完全に覚った尊敬されるべきブッダたちは、各々自分のそれらの侍者たちに次のようにおしゃられた。

 「良家の息子たちよ、あなたたちはしばらく待ちなさい。この弥勒という名前の偉大な人である菩薩は、『釈迦牟尼如世尊の後で、直ちにこの上ない正しく完全な覚りに到るであろう』と予言されている人である。その弥勒菩薩が、この正しく完全に覚った尊敬されるべき世尊の釈迦牟尼如来にこの意味を尋ねている。だから、この釈迦牟尼如来は、この意味を説明されるであろう。だから、あなたたちはそれを聞くがよい」と。
 
 その時、世尊は偉大な人である弥勒菩薩に語りかけられた。

 「アジタ(弥勒のあざな)よ、素晴らしいことである。素晴らしいことである。アジタよ、あなたが私に尋ねた論題は、最も重要なことである。

 そこで、世尊は、菩薩の一切の群衆に語りかけられた。

 「良家の息子たちよ、実にそれ故にあなたたちはすべて、敬虔な心を持つがよい。そして、この菩薩の群衆のあなたたちは、すべてよろいでよく身を固め、意志の力を堅固に保つがよい。良家の息子たちよ、正しく完全に覚った尊敬されるべきブッダの私は今、ブッダの知見、ブッダの〔牡牛のような〕威厳、ブッダの行為、〔遊戯のように容易にものごとをなす〕ブッダの振る舞い、ブッダの勇敢さ、ブッダの勇猛ぶりを説き明かそうとしているのだ」と。

 すると、世尊は次の詩を述べられた。

 「良家の息子たちよ、あなたたちはすべて敬虔な心を持つがよい。私は、虚妄こもうのない
 次の言葉を発しようとしている。賢者たちよ、今、あなたたちは実に気落ちしてはな
 らない。ブッダたちの知は思議しぎすべからざるものなのだ。

 あなたたちはすべて、決意を堅くし、思慮深くあって、すべて心を集中し、そこに留
 まっているがよい。未だかつて説かれたことのないブッダたちの実に希有なる法を今
 聞くべきである。

 あなたたちはすべて、決して疑惑を生じてはならない。実に私はあなたたちを最高の
 覚りに向けて確立させるのだ。私は誤謬ごびゅうなく語るものであり、指導者である。そし
 て、決して教え上げることのできない知が、私には具わっているのだ。

 人格を完成した人によって覚られた深遠な法は、考えることもできないものであり、
 それを量ることはできないのだ。私は今、それらの法を説き明かそう。あなたたちは
 それらの法がどのようなものであり、またどのようにあるかを私から聞くがよい」

 ダウンロード (3)
 世尊は、これらの詩を告げてから、その時、偉大な人である弥勒菩薩に語りかけられた。

 「アジタよ、私はあなたに説いて理解させよう。アジタよ、量り知ることもできず、数えることもできず、考えも及ばず、比べることもできず、計算することもできないこれらの菩薩たちで、あなたたちがかつて見たこともなく、今、大地の裂け目から出現したこれらのすべての偉大な人である菩薩たちは、私がこのサハー世界において、この上ない正しく完全な覚りを覚って後、私がこの上ない正しく完全な覚りに向けて鼓舞こぶし、励まし、喜ばせ、成熟させたものたちなのだ。

 私は、菩薩のためのこの法のもとで、これらの良家の息子たちを成熟させ、確立させ、導き入れ、確定させ、悟入させ、完全に覚らせ、完全に清らかにしたのである。また、アジタよ、これらの偉大な人である菩薩たちは、このサハー世界の下方にある虚空界を住処として住んでいる。これらの良家の息子たちは、経典を一人で暗誦あんしょうすること、解説すること、熟慮すること、根本的に思惟することに専念しており、快楽に執着することなく、交際を喜ぶことなく、休息することもなく、努力精進に励んでいるのだ。

 アジタよ、これらの良家の息子たちは、孤独を楽しみ、孤独を喜ぶ者たちである。これらの良家の息子たちは、神々や人間たちの近くに住むこともなく、それらと交際することなく、修行することを喜びとしている。これらの良家の息子たちは、法を聞く楽しみを喜ぶものたちであり、ブッダの知の獲得に向けて専念しているのである。

驥大央螳晏コァ_convert_20140405063418
金剛宝座(インド・ブダガヤ)

 その時、世尊は次の詩を述べられた。

 「無量で、思議することもできない、またその数を量ることもできないこれらの多く
 の菩薩たちは、神通、智慧、学識を具えており、ブッダの知において多くのコーティ
 劫もの間、修行してきたのだ。

 これらのすべての菩薩たちは、私が覚りへ向けて成熟させたのであり、これらの菩薩
 たちは、まさに私の国土に住んでいる。これらのすべての菩薩たちを成熟させたのは
 私であり、これらの菩薩たちは実に私の息子なのだ。

 これらのすべての菩薩たちは、荒野に住み、〔衣食住にわたって煩悩を振り払う〕頭
 陀行 だぎょうに専念していて人と接触する場所を常に避けている私のこれらの息子たちは
 私の最高の修行を私から習学しつつ、執着を離れた修行をなしているのである。

 それらの勇者たちは、この私のこの国土の下方にある虚空界の住所に住んでいる。こ
 の最高の覚りを完成させながら、怠慢であることなく、日夜、奮励している。

 すべての菩薩は努力精進に専念し思慮深くあって無量の智慧の力に立脚している。
 また、輝かしいこれらの菩薩は、畏れることがなく法を説くのだ。これらの菩薩は、
 すべて私の息子たちである。

 私はガヤーという都城の近くにあるあの菩提樹の根もとにおいて、この最高の覚りを
 得て後、この上ない真理の車輪を転じ、これらの菩薩たちのすべてをこの最高の覚り
 へ向けて成熟させたのである。

 私の汚れない真実のこの言葉を聞いて、あなたたちは、すべて私を信ずるがよい。私
 は、このように遥かな昔に最高の覚りを獲得していたのであり、しかも、これらのす
 べての菩薩たちを最高の覚りへ向けて成熟させたのは私なのだ」(つづく)

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【 2023/01/27 05:28 】

第14章 大地の裂け目からの菩薩の出現(従地涌出品第15)  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

法華経従地涌出品第15 弥勒をはじめとする菩薩たちの疑問

 ダウンロード (7)

 その時、偉大な人である弥勒菩薩と、8つのガンジス河の砂の数に等しい幾100・1000・コーティ・ナユタもの他の菩薩たちに次の思いが生じた。

 「大地の裂け目から共々に出現し、世尊の面前に立って、世尊を称讃し、尊重し、尊敬し、供養し、そして世尊に丁寧に挨拶しているこの菩薩の大群衆、菩薩の大集団を、私たちはかつて見たことも、かつて聞いたこともない。これらの偉大な人である菩薩たちは、実にどこからやって来たのであろうか?」と。

 その時、偉大な人である弥勒菩薩は、自分自身も疑念と疑惑を抱き、それらの8つのガンジス河の砂の数に等しい幾100・1000コーティ・ナユタもの菩薩たちの心の思いを心で察知して、その時、世尊に対して合掌して詩をそらんじて、まさにその意味を尋ねた。

 「幾1000・コーティ・ナユタもの多くの無限の菩薩たちは、かつて見たことも、聞い
 たこともないものであります。両足で歩くもののうちで最上の人よ、これらの菩薩た
 ちについて説明してください。
 
 これらの大いなる神通を持つ菩薩たちはどこから何故にやって来たのでしょうか?
 姿形の点でも卓越した身体を持つこれらの菩薩たちは、どこからやって来たのでしょ
 うか?
 
 また、世間の王よ、一人ひとりの熟達した菩薩には、ガンジス河の砂の数のように量
 り知れない多くの侍者たちが伴っています。

 一人ひとりの見事な菩薩には、まるまる60のガンジス河の砂の数に等しい見事な侍者
 たちが伴っていて、それらのすべてが覚りを目指して出で立っております。

 このような大勢の人たちに伴われた勇者で救済者であるこれらの菩薩たちは、量の点
 でまさに60のガンジス河の砂の数と同じでああります。

 次に、50のガンジス河の砂の数からなる無数の侍者たちに伴われた他の菩薩たちは、
 これよりさらに多い。また、40のガンジス河、30のガンジス河、
 
 20のガンジス河の砂の数に等しい侍者たちに伴われた菩薩は、途切れる事なく並び、
 10、または5のガンジス河の砂の数に等しい侍者がいる他の菩薩たちは、それよりも
 さらに多いのです。

 これがブッダの息子である救済者の一人ひとりに属する侍者であります指導者よ、
 このような人々は今、どこからやって来たのでありましょうか?

 そしてまた、一人ひとりの菩薩には、その菩薩から学ぶ同学者たちである4つの、ま
 た3つの、また2つのガンジス河の砂の数に等しい侍者たちが伴っています。
 
 また、〔一つのガンジス河の砂の数に等しい〕多くの数の侍者たちが伴っている他の
 菩薩たちは、それよりさらに多く、幾1000・コーティ劫においても数え上げることは
 できないでありましょう。

 勇者で救済者である菩薩たちには、2分の1,あるいは3分の1,10分の1,20分の
 1のガンジス河の砂の数に等しい侍者が伴っています。

 また、〔それより少ない侍者に伴われた〕他の菩薩たちは、それよりさらに多く、こ
 れらの菩薩たちの数は、幾100・コーティ劫を経て、一つひとつ数えても知ることは
 できません。

 また、少なくない侍者たちに伴われた他の菩薩たちは、それよりももっと多く、コー
 ティ・コーティの、あるいは1・コーティの、あるいはまさに同じく2分の1・コー
 ティの侍者たちに伴われています。

ダウンロード

 また偉大なる聖仙たちのうちの他の菩薩たちはもっと多く計算を超越していて、
 すべて、偉大なる智慧を具え、尊敬の念を持って立っています。

 実に1000人、あるいは100人、あるいは50人の侍者たちに伴われた菩薩たちを数える
 ことは、幾100・コーティ劫を経たとしても可能ではありません。

 
さらに勇者たちには、同様に20人、10人、5人、4人、3人、2人の侍者たちが伴って
 いて、それらの菩薩たちの数を知ることはできません。

 自分独りで歩き回り、そして独りだけで心の静穏に精通する菩薩たちで、しかも今こ
 こに共々にやって来た菩薩たちを数えることは、実に可能ではありません。

 たとえ人が、数を数える細い棒を手に取ってガンジス河の砂の数に等しい多くの劫に
 わたって数えたとしても、その人はその終わりを見出すことはないでありましょう。

 それにしても、偉大なる精神を持ち、努力精進に励み、救済者で、勇者であるこれら
 のすべての菩薩たちは、どこから出現したのでしょうか?

 誰が、これらの菩薩たちに法を説いたのでしょうか?誰が、これらの菩薩たちを覚り
 に向けて確立させたのでしょうか?これらの菩薩たちは、誰の教えを好み、誰の教え
 の受持者なのでしょうか?

 大いなる智慧を持ち、神通を具えた聡明な菩薩たちが、実にすべての大地を引き裂い
 て、四方に遍く出現されました。

 賢者よ、何ものも畏れることのないこれらの菩薩たちの出現によって、この世界は遍
 く引き裂かれてしまったのです。

 これらの菩薩たちを私たちはかつていかなる時にも決して見たことがありません。
 指導者よ、これらの菩薩たちの住むその世界の名前を私たちに教えてください。

 私たちは、実に十方をしばしば歴訪しました。けれども、これらの菩薩たちを私たち
 はいかなる時にも決して見たことがありません。

 あなたの息子である菩薩の一人でさえも、私たちは決して見たことがありません。今
 これらの菩薩たちは突然、出現したのです。賢者よ、〔それらの菩薩たちの過去の〕
 行ないについて教えてください。

 私たち、幾100・1000・ナユタもの菩薩たちのすべては、興味を持って、両足で歩く
 もののうちで最上の人を見ています。

 偉大なる勇者よ、量り知れない人よ、執着心のない人よ、これらの英雄にして、畏れ
 ることのない菩薩たちが、どこからどうやって来たのか、説明してください」(つづく)


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【 2023/01/24 05:27 】

第14章 大地の裂け目からの菩薩の出現(従地涌出品第15)  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

法華経従地涌出品第15 地涌【じゆ】の菩薩のリーダー四菩薩の登場

 ダウンロード (4)
 そして、それらの菩薩たちは次々に出現すると、上方の空中に留まっているその大きな宝石造りのストゥーパのあるところに近づいた。そのストゥーパの中には、完全なる滅度に入っておられる正しく完全に覚られた尊敬されるべきブッダの多宝というブッダが、釈迦牟尼如来とともに獅子座に坐っておられた。

 そして、それらの菩薩たちは、二人の正しく完全に覚られた尊敬されるべきブッダの両足に頭をおしいただくことによってうやうやしく挨拶して、さらに世尊である釈迦牟尼如来が自分自身の身体から化作けさされ、十方の互いに異なる世界のすべての方角から集合し、種々の宝石造りの樹木の根もとにある獅子座に坐っておられるそれらのすべてのブッダの分身たちに対して恭しく挨拶し、敬礼した。そして、それらのブッダたちの周りを幾100・1000回と何度も右回りに回り、種々の種類の菩薩の賛辞によって褒め称えてから、一隅に立ち、合掌して、正しく完全に覚られた尊敬されるべき世尊の釈迦牟尼如来と、多宝如来に向かって敬礼した。

 その時、それらの偉大な人である菩薩たちが大地の裂け目から出現し、ブッダたちを称讃し、種々の種類の菩薩の賛辞によって褒め称えているうちに、まるまる50中劫が過ぎ去った。そして、その50中劫の間、その正しく完全に覚られた尊敬されるべき世尊の釈迦牟尼如来は、沈黙しておられた。それらの四衆たちも、実にその50中劫の間、沈黙したままの状態でいた。

 その時世尊次のような神通を現わされた。その神通を顕現されたことによって、それらの四衆たちは、過ぎ去ったその50中劫のことを、食事を終えた午後の半日分のことだと思ったし、また幾100・1000もの虚空に囲まれたこのサハー世界が菩薩によって満たされているのを見た。

 
ダウンロード (5)
 しかも、その菩薩の大群衆、菩薩の大集団には、指導者である4人の偉大な人である菩薩たちがいた。すなわち、上行じょうぎょう(卓越した善行をなすもの)、無辺行むへんぎょう(際限なき善行をなすもの)、浄行じょうぎょう(清らかな善行をなすもの)、安立行あんりゅうぎょう(よく確立された善行をなすもの)という名前の偉大な人である菩薩である。

 これらの4人の偉大な人である菩薩たちは、その菩薩の大群衆、菩薩の大集団の指導者たちであって、その菩薩の大群衆、大集団の最前に立って、世尊に向かって合掌し、世尊に次のように申し上げた。

 「世尊におかれましては、病もなく、倦怠もなく、またご機嫌麗しく過ごしておられるでしょうか?世尊よ、あなたのもとにいる衆生は、勝れた性質を持ち、教化しやすく、化導したすく、清浄にしやすいでありましょうか?願わくは、世尊に心労を生じさせることがありませんように」
 
 
その時、それらの4人の偉大な人である菩薩たちは、世尊に次の2つの詩によって語りかけた。

 
「世間の保護者よ、あなたは快適に過ごしておられるでしょうか?光明を放たれる人
 よ、あなたは、病から解放されて、あなたの身体に苦痛を感じることはございません
 でしょうか?
 
 そして、あなたのもとにいるそれらの衆生は勝れた性質を持ち、化導しやすく、清浄
 にしやすいでありましょうか?願わくは、世間の保護者が教えを説かれる時、それら
 の衆生が心労を生じさせることがありませんように」

ダウンロード (6)

 そこで、世尊は、その菩薩の大群衆、菩薩の大集団の指導者である4人の菩薩たちに次のようにおっしゃられた。

 「これはその通りである。良家の息子たちよ、これはその通りである。私は、病もなく、倦怠もなく、快適な感触を抱いて過ごしている。また実に私のもとにいるそれらの衆生は勝れた性質を持ち、教化しやすく、化導しやすく、清浄にしやすい。だから、それらの衆生は、私によって清浄にされながら、私に心労を生じさせることはないのだ。

 それは、どんな理由によってか?良家の息子たちよ、実に私のもとにいるこれらの衆生は、過去の正しく完全に覚ったブッダたちのもとにおいて修行を完備しているのであり、実に私を見るだけで、また私から教えを聞くだけで、私に信順し、ブッダの知に通達し、悟入するからである。

 その場合に、声聞の位、あるいは独覚の位においてブッダに付き従った人たちであるといえども、私は今、それらの人たちをブッダの法の智慧に通達せしめ、最高の真理を聞かせるのである」

 すると、それらの4人の偉大な人である菩薩たちは、その時、次の2つの詩を述べた。

 「素晴らしいことです。素晴らしいことです。偉大なる勇者よ、私たちは喜んでおり
 ます。なんとなれば、それらの衆生が、勝れた性質を持ち、化導しやすく、清浄にし
 やすいからです。

 また、指導者よ、あなたのこの深遠な知を聞く衆生が、深遠な知を聞いて、信順し、
 さらに覚りに達するからです」

 4人の菩薩たちからこのように言われて、世尊は、その菩薩の大群衆、菩薩の大集団の指導者である4人の菩薩たちに、感嘆の言葉を述べられた。

 「素晴らしいことである。素晴らしいことである。良家の息子であるあなたたちが、ブッダを称讃するということは」(つづく)

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テーマ:仏教・佛教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2023/01/20 05:33 】

第14章 大地の裂け目からの菩薩の出現(従地涌出品第15)  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |
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