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なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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成田空港の居酒屋で大宴会

 シルクロード。興味をもったのはいつの頃だったろうか。高校で世界史の授業を担当してすぐの頃だったかも知れない。多くの商人が、仏典を求める求法僧が、あるいは中国への伝道を志した渡来僧が、苦難を乗り越えて行き交った道。一度は訪ねてみたい。NHKの「シルクロード」でさらにその夢がかきたてられたが、今から30年前、それは夢でしかなかった。
 しかし、平成9年にともにインドを旅した仲間たちから、次はシルクロードに行こうという声がおこり、平成12年、夢は夢でなくなった。お互いに仕事のある身、一度にシルクロードを制覇するのは無理なので、3回にわけて旅することとした。
 平成12年は西安→敦煌→トルファンを経て、鳩摩羅什の故郷クチャまで。平成16年はクチャ→カシュガル→クンジュラーブ峠を越えて、パキスタンのガンダーラまで。そして今回は総仕上げで、イスタンブールとティムール帝国の都サマルカンドをめざすこととなった。

8月1日(木)

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 今回の旅で使用する航空会社はウズベキスタン航空。フライト時間は2日の午前10時。小松・成田便は午前8時で、搭乗時間に間に合わない。仕方なく前日の午後3時のANA3118便で成田空港へ。使用機材のCanadair Regional Jet 700は定員70名。ボーディングブリッジは使わず、機体のところまで歩行って、タラップを登って乗り込みます。 

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 空港内のエアポートレストハウスに宿泊。ホテルのレストランでは味気ないので、晩飯は成田空港第1ターミナルの京成友禅で。今回の参加者は10名。いつものことながら酒がないと生きていけない連中ばかり。なにしろ、イスラーム教の厳格なパキスタンを旅した時も、毎晩宴会をしたくらいですから。(ご存じの通り、イスラーム教では飲酒は絶対禁止。パキスタンへの持ち込みも禁止されています。)

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 日本最後の夜だからと、ゲソや軟骨の唐揚げ、枝豆、茄子の漬け物で大宴会となった。初日から酒に溺れています。
      
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【 2013/11/03 06:28 】

トルコ・ウズベキスタン  | コメント(1)  | トラックバック(0)  |

飛んでイスタンブール

8月2日(金)
 
 いよいよイスタンブールに飛びます。ウズベキスタン航空528便(HY528便)の定刻は10時05分。10分繰り上げて9時55分発になったと案内があったのですが、結局ドアを閉めたのが定刻通りで、離陸したのは10時30分。さすが、ウズベキスタン、いい加減です。でも、これが世界では当たり前。日本みたいに1分も狂わずに飛行機や電車が動いているほうが、異常なのかも知れません。

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 機材はボーイング767。途中乗り換えのタシケントまでは9時間。退屈しないように夢枕獏の『シナン』(シナンについては、またあとで書くことにする)を持ってきたのだが、下巻の半分ぐらいしか残っていなかったので、あっという間に読み終えてしまった。さあ、どうしよう。

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  エンターテインメントはないと聞いていたのだが、なんと各座席にモニターがついているではないか。飛行ルートの画面を見たり、ボーリングゲームをやったりして何とか時間をつぶすことができた。 

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  離陸後1時間ほどして飲み物と食事のサービスが始まった。 な、な、なんと、アサヒスーパードライがあるではないですか。「お飲み物は?」と聞かれて、即座に「ビール」。あとはワインもありましたが、あとで聞いたらビールもワインもすぐに品切れになったそうです。さすが、イスラーム教の国ですもんね。

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 ウズベキスタン航空のスチュワーデスさんが、美しい人だったので、こっそり写真を撮ったら怒られちゃいました。「 データを消せ」と言われるかと思ったけど、大丈夫でした。 なんだかんだで、15時15分(日本時間で19時15分)タシケント空港に着きました。あ~あ、疲れました。


 到着してバスでナーミナルに移動したんですが、飛行機を降りた途端、じぇ、じぇ、じぇ~、なんだこの暑さは。温度計がないので正確な気温は分からないが、体感温度は50℃くらい。バスの扇風機から送られてくる風は、ドライヤーをあてられているようです。乗り換えの手続き、安全検査を済ませて、免税店をのぞいたんだけど、ろくな物がない。フライトまで2時間ほどあるし、どないしようかと思ったら、みんなスタンドに集まっているではないか。最初は2,3人だったのが、一人増え、二人増えて、またまた大宴会。テーブルの上に、ビール瓶が林立していきます。写真の右から2番目がサルバスト。

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 タシケントで開発されたビールです。あとの銘柄は読めません。なにせ、旧ソ連圏なので、使っている文字はキリル文字ですから。次から次に冷蔵庫からビールが消えていきました。ここ、イスラーム教の国でしょ。

 定刻よりやや早い18時(日本時間22時)、ウズベキスタン航空273便(HY273)はイスタンブールに向けて出発。機材は成田からと同じボーイング767ですが、かなり旧式でモニターはついていません。寝るしかありません。ビールの酔いもまわってきて、おやすみなさ~い。

 21時15分(日本時間3日午前3時15分)、予定通りにイスタンブール空港に到着。窓から見える街の灯りが美しい。帯状に目映い灯りが連なっており、函館の夜景も真っ青。イスタンブールの地図を思い浮かべながら、どのあたりか想像するが分からない。入国審査の長い行列と入国審査係員のお役所仕事で、列はいっこうに前に進まない。ふと見ると私たちの横の列のかわいい女の子の集団。お揃いのユニフォームを着ているので、聞いてみるとサッカーのチームらしい。ユニフォームの胸のマークはUFF。ウズベキスタン・サッカー連盟の少女達だ。試合のため、トルコにやって来たようだ。みんないっせいにスマホのカメラを私達夫婦に向けて、シャッターを切る。日本人、そんなに珍しいかい?。私のカメラを渡して1枚撮ってもらったけど、目をつぶっちゃたよ。

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 ウズベキスタン代表というと、昨年2月に豊田スタジアムで行われたブラジルWC3次予選で、日本代表が不覚をとったチームだ。この子たちも、将来「なでしこジャパン」と対戦する日が来るに違いない。随分彼女たちと話し込んでいたのだが、列の長さはいっこうに短くならない。結局、入国審査を受け、スーツケースを受け取るまで、1時間以上かかった。

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 空港でメルハバ(こんにちは)と私たちを出迎えてくれた現地ガイドさんは、シネム・テリヤキさん。ん、照り焼き、美味しそうな名前の28歳のトルコ美人だ。ちょっとセレブタレントのマリエに似ている。両親はブルガリアの出身らしく、ブルガリアとの国境近くのエディルネ(ビザンツ帝国時代はアドリアノープル)に住んでいる。カッパドキア日本語学校の卒業生で、日本語はかなり達者なんだけど、私の耳と音の領域があわないのか、話が聞き取り辛くて苦労した。

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 空港で両替をしたが、郵便局の手数料が一番安くて2%。100ドルが186.3リラでした。ほかの銀行は4%と高いので、もしトルコに行かれる方は空港でPPT(郵便局)を捜して両替してください。

 バスに乗ってホテルに着いたのが、23時10分。日本時間だと3日の朝5時10分。日本を出てから17時間。もう、ヘトヘトです。おやすみなさ~い。また明日。(つづく) 
【 2013/11/02 12:33 】

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イスタンブール1日目 その1

8月3日(土)

 アザーンの声で目が覚めた。アザーンは「アッラーフ・アクバル(神は偉大なり)」で始まる、礼拝(サラート)への呼びかけ。「アシュハド・アン・ラー・イラーハ・イラーッラー(アッラーの他に神は無しと私は証言する)。………」政教分離を国是としたトルコ共和国の父アタテュルクは、アザーンをトルコ語で行うよう定めたが、しばらくしてアラビア語に戻ってしまったそうだ。

 今何時?4時20分。昨日ベッドに入ったのが12時をまわっていたから、4時間しか寝てないじゃないの。もう少し寝かせてよ。「ハイヤー・アラッサラー(いざや礼拝に来たれ)、ハイヤー・アラッサラー」。わかった、わかった、起きますよ。なにしろ泊まっているホテルが、ガラタ橋近くの旧市街地にあり、周りには多くのモスク(トルコ語ではジャーミィ)があるので、アザーンの声がうるさいのは仕方がない。

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 ホテルはレガシー・オットマン・ホテル。1911年に完成した歴史的建造物ワクフ・ハンを改装した五つ星ホテルだ。

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 瀟洒なヨーロピアンスタイルの外観、中は吹き抜けになったロビーに、豪華ななシャンデリアやソファー。「星五つです」と言いたいところだが、昨晩風呂に入ろうとしたら、バスタブの栓がない。栓を持ってきて貰って、お湯を張ろうとしたら、お湯が抜けていってなかなk貯まらない。その上にお湯が茶色。パキスタンのフンザのホテルでもお湯が茶色だったが、あの時はフンザ川の濁り水が入り込んだんだろうということで、フンザ温泉と洒落てみたが、今度は間違いなく水道管の錆。結局お湯が透明になったのは三日目。我慢して入って、お湯を抜こうとしたら、今度は抜けない。その上、付いているはずの歯ブラシはないし、掛け布団もない。まあ飯は不味くないので、外観五つ星、内容四つ星ですな。

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 ミマール・シナンという人物をご存知だろうか?世界史Bの用語集にも出てこないマイナーな人物だが、その名前を初めて知ったのは今年の2月、NHKの「世界遺産・時を刻む」であった。オスマン帝国全盛期のスルタン・スレイマン1世の命でスレイマン=モスク(トルコ語だとスレイマニエ=ジャーミィ)を建てた建築家。これだけなら、フーンで終わるだろうが、彼について調べていくうちに、シナンという人物にどんどん引き込まれていった。

 シナンはカッパドキアのキリスト教徒の村に生まれている。24歳の時にデウシルメという少年徴集制度によって徴用され、イスラーム教に改宗させられ、イェニチェリと呼ばれる兵士団に入れられた。やがて建築家として頭角をあらわしたシナンは、100歳で亡くなるまでの間に477の建築作品を造った。イスタンブールで有名な建築と言えばもちろんユスティニアヌス大帝の命により建てられたアヤ=ソフィア。ドームの直径が31m。これを超える直径32mのドームを持つセリミエ=ジャーミィを87歳の時に建てた。まさに至難(シナン)の業である。ちなみにミマールは建築家のこと。夢枕獏がシナンについて小説を書いていると知ったのは、つい最近。飛行機の中でやっと読み終えた。

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 セリミエ=ジャーミィはガイドのシネムさんの故郷エディルネにあり、今回のコースには残念ながら入っていない。スレイマニエ=ジャーミィは当然コースに入っている。ところが、ホテルのすぐ近くにシナンが設計したモスクがあるのだ。リュステム・パシャ・ジャーミィ。素晴らしいイズニックタイルをふんだんに使ったモスクらしいが、訪れる観光客は少ないと、『地球の歩き方』に書いてある。今回の旅も旅行社はいつもながら大阪のトラベルサライ。添乗員は奥村雅堂君。彼とのつきあいは平成9年のインドの時からだから、もう15年以上になる。彼にリュステム・パシャ・ジャーミィはコースに入っているか聞いたら、分からないという答え。ホテルのすぐ近くだし、恐らくコースには入れてないだろう。なら、自分で行くしかないと、午前6時、『地球の歩き方』を手に家内と二人で散歩に出た。(つづく)
 
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【 2013/11/02 09:30 】

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イスタンブール1日目 その2

8月3日(土) 

 具合の悪いことに、『地球の歩き方』の地図はホテルとリュステム・パシャ・ジャーミィとの間でページが切れている。ホテルを出る時に出会った日本人のご婦人が、「みなさん、右手の方に行かれましたよ」と教えてくれたのだが、地図を見る限り左に行った方が近そうだ。というわけで、ホテルを出て左手へ歩き出した。

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 歴史を感じさせる建物が続く。カメラのシャッターをさかんに切りながら、早朝の町歩きを楽しんだ。

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  ところが、いつまで経ってもそれらしい建物が見えてこない。 出会ったおっさんに地図を見せながら聞いたら、あっちの方だと言う。それで、そっちの方に15分ほど歩いたけど、見つからない。そのうち、ミナレット(礼拝の時間を告げるための塔)とドームが見えたので、これに違いないと、そっちの方に向かって歩くのだが、なんだか同じ所をぐるぐる廻っているようで、いっこうに入口らしいものが見つからない。どんどん時間が過ぎていく。朝飯までにホテルに帰れなくなってしまう。と、今度はホテルへの道を聞いて廻る始末。結局1時間ほど歩いたが、分からずじまいに終わり、「人の言うことを聞いて、右へ行かないからよ」と、家内にこっぴどく叱られてしまった。

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 朝食はパンとチーズ・ソーセージに目玉焼き。何種類ものチーズがあったので、たくさん取ってきたんだけど、これがメチャ塩辛い。家庭では塩抜きして食べるそうだが、塩抜きしてしまうと保存が効かなくなるので、ホテルではそのまま出している。これじゃ、血圧上がっちゃうよ。

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 レストランは6階にあり、さわやかな潮風が吹き込んでくる。眼下にはボスフォラス海峡や金角湾が一望でき、豪華クルーズ船も停泊している。最高のスケールだ。星、五つです!
 
 午前8時30分。市内観光に出発するまでかなり時間があるので、希望者だけ添乗員の奥村君に町中に連れて行ってもらった。

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 最初にホテルから歩いて5分程のスィルケジ駅へ。『オリエント急行殺人事件』に出て来るので有名な駅だ。名探偵ポワロがこの駅からカレー行きのオリエント急行に乗り、列車内で起きた殺人事件を解決するという、アガサ・クリスティの名作だ。デヴィッド・スーシェがポワロ役を務めた映画は何度も見た。一度は乗ってみたいと思っていた豪華列車だが、現在はロンドン~ヴェネツィア間を走っているだけで、イスタンブール~ヴェネツィア間は走っていないそうだ。ところが、1年に一度だけ5泊6日の日程で走るそうで、お二人さまで844,000円(ホテル代込み)。と~んでもない、乗れるわけないじゃん。   

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 まだ時間があるので、トラムに乗ってみた。トラムは路面電車のことで、自動販売機でジェトンというコイン型チケットを買って乗る。1枚3リラ(日本円165円)。プラットホームにある改札機にジェトンを入れれば、OK。どんだけ乗っても3リラだが、ホテルに帰る都合もあるので、たった1駅だけ乗り、ガラタ橋近くのエミノニュ駅で降りた。

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 ガラタ橋はイスタンブールの市民が鯖釣りを楽しむ場所として日本人にも知られている。海風にあたりながら、しばらく風景を楽しんで、ホテルに帰った。

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 午前9時50分、バスを降りてイスタンブール歴史地区の観光開始。まずはスルタンアフメット・ジャーミー、内壁を飾る2万枚以上のタイルが青色を主体としているのでブルーモスクの愛称で親しまれている。日本の観光寺は拝観料をとるが、イスラーム教のモスクは寄付金は歓迎するが、拝観料は取らない。宗教施設はすべての人々に救いの手を差し伸べるためにあるのだから、これが当然の姿。わが日蓮宗の総本山・久遠寺も拝観料は取らない。靴を脱ぎ、女性はスカーフをして入る。     
 イスラーム教の女性は家族以外の男性に肌や顔を見せてはいけないので、黒いブルカやチャドルと呼ばれるヴェールで髪や肌を覆って外出する。これが女性蔑視だという意見があり、フランスでは法律でブルカが禁止されているが、僕はそう思わない。だって、黒いヴェールからのぞく瞳ほど魅惑的なものはないし、女の人にしたってスッピンで外出できるからいいと思うんだけどね。僕がかかっている皮膚科の女医さんもいつもマスクをしていて、つぶらな瞳で見つめられるから、もの凄い美人だろうと思い込んで病院に通っている。実は素顔はまったく違っていたりしてね。(笑)

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  まあ、冗談は別にして、トルコは建国の父アタテュルクがいちはやく女性解放を進め、イスラーム世界で初めて女性参政権を認めた国なので、ブルカ姿を見かけることはほとんどない。ごく普通に黒髪や金髪を風になびかせて町中を歩いているが、モスクの中はそうはいかず、スカーフだけは着用しなければならず、外人観光客も例外ではない。この日はイスタンブールに2000人乗りのクルーズ船が到着したそうで、中は多くの人でごったがえして大混雑。高さ43m、直径27.5mの大ドームに、4つの副ドーム。260にものぼる小窓があり、ステンドグラスから淡い光が差し込み、まるで天国にいるみたいだ(日蓮宗の坊さんがそんなことを言ったらいけません)。ポカンと口を開けて、上ばかり見ていたら首が凝ってしまった。 

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  ブルーモスクはミマール・シナンの弟子であるメフメット・アーが1616年に建造したモスクなのだが、実はミナレットが6本ある。世界史を教えて38年目になるが、長い間「モスクにはアザーン(礼拝の呼びかけ)のため、東西南北に4本のミナレットがあります」と教えてきた。えっ、6本もあるの、なんで?当然、建造を命じたスルタンのメフメット1世が自分の権勢を誇るため。しかし、メッカからお叱りを受けたそうだ。「ミナレットは必ず4本にしなければならないのだ。」メフメット1世は言い訳をする。「あの~、僕は黄金(アルトゥン)のミナレットを造れと命じたんだけど、メフメット・アーが馬鹿だから、6(アルトゥ)本のミナレットを造っちゃったんです。今さら壊せませんし、ご免ね。」メッカのほうでは「駄目だ駄目だ。壊せ。」と言えなかったんですね。なんせ、スルタンはメッカにとっては大パトロンですからね。(つづく)

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【 2013/11/02 09:09 】

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イスタンブール1日目 その3

 8月3日(土) 

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 ブルーモスクの見学を終えて、次はお隣のアヤソフィア。まあ、お隣と言っても600mほど離れているだろうか。昔、世界史を習った人なら、聖ソフィア聖堂とか、セント=ソフィア聖堂と習ったかもしれない。ギリシア語ではハギア・ソフィア。なんと4つも名前があるのでややこしいが、意味はいずれにしても“聖なる英知”である。その前身は4世紀にコンスタンティヌス帝によって建立されたが、ビザンツ帝国のユスティニアヌス帝時代の532年に起きたニカの反乱の際に放火により焼失した。彼は6年近くの歳月をかけてこれを再建、こんにちの巨大なものに建て替えられた。537年の献堂式で、ユスティニアヌス帝は直径31mの大ドームの円屋根を見上げ、「ソロモンよ、われ汝に勝てり」と、豪語したといわれる。その後、ビザンツ帝国が終焉を迎えるまで、この聖堂はギリシア正教の大本山として君臨した。
   
 1453年にオスマン帝国によりコンスタンティノープルが陥落すると、時のスルタン、メフメット2世は町の名前をイスタンブールに改め、聖堂はモスク(ジャーミィ)に変えられ、メッカの方角をさすミフラーブやミナレットが加えられた。キリスト教の神ゴッドもイスラーム教の神アッラーも同じものであるし、ムハンマドはイエスを預言者の一人として認めているので、アヤソフィアをそのままモスクとして再利用することは何の問題もないが、イスラーム教は偶像崇拝を禁止しているので、モザイク画は漆喰で塗りつぶされた。1931年に壁の中のモザイク画が発見され、トルコ共和国建国の父アタテュルクは博物館として公開することにした。入場料は20リラ(1100円)。しっかり外貨をかせいでいる。 

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  中に入ると、圧倒的な重量感で押しつぶされそうになる。天井はアーチ状になっていて、その半球に聖母マリアや、キリストの絵がモザイクで描かれ、後に加えられたアッラーの文字版が架けられている。夢枕獏は小説『シナン』の中で、シナンに「このアヤソフィアが、神を入れるための器であるなら、その器として、このアヤソフィアは不完全なものである」「もともとは全きものであるはずの神の姿の全てが見えない」「人間の過剰な祈りの声ばかりが満ちており、建築物そのものの構造として神に近づこうとしたものではない」と言わせている。 私にはそんな鋭い感性はないが、先ほどのブルーモスクが天を突き抜けるような空間のように感じたのに、アヤソフィアには重苦しさがある。窓が少なく暗いせいもあるが、偶像のなせる仕業なのかも知れない。この「人類の奇跡」とも言われた建築物を超えるもの造ることが、シナンの使命となる。
 
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 アヤソフィアが終わって、今度はさらに700mほどお隣のトプカプ宮殿。案内板を見ると、トプカピ宮殿が正しいようだ。1922年にオスマン帝国が滅びるまでのスルタンの居城だ。

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 皇帝の門を入って、広い中庭を通り、ハレムや謁見の間を見学。

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 最後は宝物館だ。宝物館は撮影が禁止されているので、ちょっと他のサイトから借りてきました。86カラットの大きなダイヤを49個のダイヤで取り囲んだ「スプーン屋のダイヤモンド」や、重さ3kgの世界最大のエメラルド、トプカプの短剣など、ため息の出るお宝ばかりだ。最初のうちは「へ~」とか「おおお~」とか言ってたけど、だんだん慣れてくると、何も感じなくなる。スルタンもそうだったんだろうね。ところで、今何時?えっ、1時30分。3時間半も歩いて、もうお腹ペコペコ。「それでは、今歩いて来た道を戻って、レストランに行きます」と、添乗員の奥村君。えぇ~、今歩いてきた道って、600+700で、1300mじゃん。という訳で、暑い中を30分ほど歩いて、グループ・サライというレストランでご飯にありついたのは午後2時です。
   
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 昼食は本格的トルコ料理。まずはエフェスビールでかんぱ~い。もう4時間も歩いているからビールが美味い。しかし、ここイスラーム教の国なのに、平気でアルコールが出て来る。パキスタンのレストランでは、ミネラルウォーターのペットボトル入れた焼酎をこっそり持ち込んで飲んでいたのに、えらい違いだ。

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  ビベル・ドルマスというピーマンの肉詰めなどの前菜に、メインはドネル・ケバブという回転焼き肉。そういえば、NHKの「あまちゃん」で、まめぶ大使の安部ちゃんが「まめぶがケバブに負けた」と言ってましたね。

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 デザートはバクラワというパイの蜂蜜漬けにトルコ・コーヒー。トルコ・コーヒーは別料金で、6.5リラ(360円程)でした。まあ、美味しかったけど、世界の三大料理というには、イマイチでしたね。ごちそうさまでした。(つづく)

 
【 2013/11/02 06:48 】

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