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なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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国境を越えてネパールへ

2月29日(金)

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 午前6時ホテルを出発し、インド・ネパールの国境に向かう。

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 午前9時、国境に到着。ここからネパールに入るのは3度目だが、相変わらず混雑している。

ネパール国境 

 出入国審査に時間がかかるので、しばらくその辺をぶらぶら。

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 奥さんはネパールの青年と楽しそうに話しをしている。 

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 午前9時40分、バイラワ空港に到着。バイラワ空港の正式名称はゴータマブッダ空港。

 ネパール地図

 釈尊ご生誕の地ルンビニはここから22キロしか離れていないが、今回のネパールの目的地はポカラとカトマンズなので、釈尊にはご免なさいと頭を下げて通り過ぎることにする。

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 急遽チャーターしたブッダ・エアーの飛行機でポカラまで飛ぶ。ブッダはもちろん仏陀、釈尊のこと。素晴らしい会社名だが、1997年に設立された小さな民間航空会社だ。

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  機材も小さなプロペラ機で、操縦席が目の前。

機内 
こんなんで大丈夫なんかなあという顔

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 窓の外に見えるのはアンナプルナかダウラギリか?

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 午前11時30分、ヒマラヤ山脈の白い峰々を楽しんでいる間もなく、あっと言う間にポカラ空港に到着した。

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 午前11時45分、ホテルに到着。ホテルはフィッシュ・テイル・ロッジ。「魚の尾」とは変わった名前のホテルだと思われるだろうが、「魚の尾」はネパール語でマチャプチャレ。

0510マチャプチャレ
 
 名前をご存じの方もおいでかなと思うが、マチャプチャレはポカラから望むことができるアンナプルナ山系の名峰。頂上が魚の尾に似ているからその名があるが、シヴァ神に関連した聖なる山として地元住民に崇敬されており、登山は禁止されている。僕にとって憧れの山で、ずっとパソコンの壁紙に使っているくらいだ。ところが僕に会うのが恥ずかしいのか、ポカラにいる間一度もその姿を見せてくれなかった(当然、写真は借り物)。それにしても山には縁がない。平成18年にパキスタンに行った時も、わざわざ新しいデジタル一眼レフカメラを買って行ったのに、ラカポシ・ディラン・ウルタルの3峰が姿を見せてくれなかった。

いかだ

 このホテルは日本の皇太子殿下やカーター元大統領も宿泊したことがあるレイクサイドにある老舗のホテルだが、ペワ湖の中州にあり、筏で渡らなければならない。筏といっても櫓を漕ぐわけではなく、ロープを引っ張る。こんな面倒くさいことしてないで、橋を架ければいいのにと思うが、このほうが面白みがある。そう言えば、平成17年にインドに行った時、ウダイプールで泊まったのがレイクパレス・ホテル。名画007の舞台にもなった湖上の宮殿ホテルということで期待して行ったんだけど、この年インドは大干ばつで湖にほとんど水がない。泥水をかき混ぜながら、ボートでホテルに渡った思い出がある。今度は水は満々とある。でも、町に飲みに出て、夜中に帰って来て、ホテルのスタッフがいなかったら、自分でロープ引っ張ることになるんかな~。そりゃ、たまらんぞ。町に飲みに行くのはやめときましょ。
 
 花を撮る
 ポカラは花と湖の里と言われる。ホテルの庭に綺麗な花がいっぱい咲いてます。がらにもなく、花の撮影。

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 花の名前は恥ずかしながら、わかりません。

ポカラ昼飯

 朝が早かったから、もうお腹ぺこぺこ。まずは腹ごしらえ。一番左のおっさんがネパールのガイドさんなんだけど、名前忘れちゃいました、ご免なさい。さあ、ちょっと昼寝してから町に繰り出すか。(つづく)


【 2014/03/02 17:46 】

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ポカラ町歩きと夜の大宴会!!

2月29日(金)

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 午後2時30分、ポカラの旧市街の散策に出かけます。まずは、ロープを手繰って対岸に渡るんだけど、実際に引っ張ってみると結構しんどいや。しばらく、一緒に町歩きをお楽しみ下さい。

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悪ガキども

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眼光鋭いクリーニング屋さん

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おめかしして、何かお祝いですか?七五三かな?

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 30分ほどの散策でしたが、お楽しみいただけたでしょうか?それにしても可愛い子ばっかりですね。ねえ、日本に来てタレントにならない?

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 午後3時20分、旧市街から階段を登った小高い丘の上にあるビンドゥバシニ寺院を参拝。200年前に建てられたポカラで一番大きなヒンドゥー教寺院だ。僕のお寺は430年前だから、僕のお寺の勝ち。 そんなこと自慢して、アホか。ドゥルガー神、ヴィシュヌ神、クリシュナ神が祀られている。

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 この白い祠にこのお寺のご本尊であるドゥルガー神が祀られている。毎朝、鶏や山羊が生け贄としてささげられ、首をはねて生き血をドゥルガー神に塗るんだそうだ。 インドでは生け贄を行うお寺は随分減ってしまったけど、カルカッタ(現在はコルカタ)のカーリー寺院では今でも行われている(はずだ)。そう言えば、長いことカルカッタ行ってないなあ。ヒンドゥー教の前身のバラモン教も生け贄を行ったが、釈尊はこれに反対され、不殺生(アヒンサー)を強調された。祠の中が暗くてドゥルガー神がよく見えない。

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 ドゥルガー神はシヴァ神の奥さん。その名前は「近づき難い者」という意味で、シヴァ神の暗黒面に対応する血と破壊・死の女神とされ、優しい顔をしておられるけど、もの凄くおっかない戦いの女神さんだ。だから、たくさんある手には三叉戟【さんさげき】・剣・弓などの武器を持っておられる。アスラ(魔神)と戦い苦戦したインドラ神が、シヴァ神・ヴィシュヌ神・ブラフマー神などの神々に応援を頼み、それに応じた神々の怒りの光の中からドゥルガー神は生まれたとされる。

カーリー 

 ちなみにカルカッタにあるカーリー寺院のご本尊のカーリー女神は、シュムバ、ニシュムバとの戦いで、怒りによって黒くなったドゥルガー神の額から生まれたそうで、絵では青い身体になってるけど、カーリーは「黒い者」という意味。ドゥルガー神以上に純粋に戦闘を楽しむ女神とされ、生首のネックレスを掛けておられる。踏んづけられているのは夫のシヴァ神。夫婦喧嘩した時に奥さんに踏んづけられてる僕みたいだけど、別に夫婦喧嘩してるんじゃない。カーリー女神がアスラの分身ラクタヴィージャを倒した時に、勝利に酔ったカーリー女神が踊り始めると、そのあまりの激しさに大地が砕けそうになったので、シヴァ神が足下に横たわって衝撃を弱めてるんだって。ドゥルガー女神もカーリー女神も戦いの神だから、生け贄を欲しがるはずだよね。神々の世界でも女は強くて恐い。

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境内にはハヌマーンもお祀りされていて、こちらは真っ赤っか。鶏や山羊の血を塗ったのかと思ったら、どうも信者さん達が染料を塗ってるらしい。(書き終わってから、よくよく見ると、ガネーシャに見えて来ました。ハヌマーンでなかったら、お許しを)
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 ハヌマーンはインドの2大叙事詩の「ラーマー=ヤナ」に登場するお猿の神さん。ラーマ王子はハヌマーンに助けられて、ランカ(島のこと。現在のスリランカ)に住む化け物ラーバナからシータ姫を取り返す。猿を連れて島に化け物退治というと、みなさん鬼ヶ島に鬼退治に行った桃太郎を思い出すでしょ。そう、「ラーマー=ヤナ」は桃太郎の原型だという説がござるが、どうかね~。また、ハヌマンラングールってお猿さんご存じかな。これがハヌマーンの家来としてヒンドゥー教寺院で大切にされており、中国に伝わって孫悟空になったという話もござる。

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 お堂の内部には、ヴィシュヌ神が。右側が写真欠けちゃってるけど、たぶんクリシュナ神。真ん中になんか黒い棒みたいなものが見えると思うけど、たぶんシヴァ神を表すリンガ(つまり、おちんちん)。今、脳味噌引き絞ってるけど、思い出せないんで、間違ってたらご免なさい。ちなみに、クリシュナ神はヴィシュヌ神の第8の化身で、さっきのラーマは第7の化身。そして、実はお釈迦さまはヴィシュヌ神の第9の化身なんだよ。

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 僕の横にいる怪獣。いくら頑張っても思い出せない。

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 こいつも赤い染料が塗られてます。
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 この怪物の後ろには、白い塔の上にビレンドラ国王夫妻の合掌した姿が。この怪物は国王夫妻を守ってるのかも知れんな。ビレンドラ国王は平成12年6月、ネパール王族殺害事件で王妃らとともに射殺された。事件の犯人とされる長男のディペンドラが意識不明のまま即位したが、3日後に死亡。弟のギャネンドラが即位したんだけど、ギャネンドラ国王も今年(平成20年)の5月に退位して、とうとうネパールは王政が廃止されて連邦共和政となった。しかし、王朝末期というのはいつの時代もゴタゴタするもんだね。ビレンドラがディペンドラからギャネンドラになって、ドラドラドラと続くけど、やっぱディペンドラがどら息子だったんかな~。

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 ビンドゥバシニ寺院のあとレイクサイドを散策してホテルに帰り、まだ外は明るく、時間も午後5時30分だというのに、ホテルの庭で大宴会の始まりです。いろいろトラブルありましたが、無事ポカラまで来れました。かんぱ~い。

おつまみ
 
 ビールにウィスキー、焼酎、日本酒なんでもありまっせ。おつまみは、柿の種、さきいか、プリッツ、鯖カンもありまっせ。じゃんじゃ飲んどくれ。あっ、お魚の格好したのは、部屋のカギ。フィッシュ・テイル・ロッジですから。

宴会 

 暗くなったら、ランプやロウソクをつけて飲み続けます。

晩飯 

 午後7時になりました。ホテルの中に入り、レストランで夕食です。テーブルにはビール瓶が林立しております。まだ、飲むんかい。

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 お腹がふくれたところで、ショータイム。サーランギという弦楽器、打楽器のマダル、横笛の演奏です。最初のうちは聞いていただけだったんですが、酔った勢いで僕も特別出演。日蓮宗は太鼓をたたきますので、打楽器にはちょっと自信があります。マダルを軽快に演奏しました。ところが、このあと記憶がプツ~ン。いつ、どこを、どうやって部屋に帰ったのか覚えていません。翌朝、奥さん大激怒。僕の頭をポカラ。 すんませんでした。(つづく)


【 2014/03/01 16:52 】

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カトマンズ① スワナンブナート

3月1日(土)

ボート 
 午前6時40分、朝食前にペワ湖でボート遊び。ポカラにはこのペワ湖のほかにもベグナス湖、ルパ湖の美しい湖があり、ポカラの町の名前はネパール語の湖(ポカリ)からきているそうな。 ポカリと言えば「ポカリスエット」を思い出すけど、ポカリスエットのポカリは明るくさわやかな響きを持つ言葉としてつけたんで、特別な意味はないそうだ。

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 昨日からずっと天気が悪いので、期待はしていなかったけど、案の定曇り空。

ペワ湖 

 天気が良ければ、湖の向こうに憧れのマチャプチャレを望むことが出来たのに、え~い悔しい。僕らのグループの中に雨男がいるに違いない。誰だっ。それにしても、ベナレスでちゃんと飛行機に乗れて、予定通りのコースで来ていたら見えたかも知れないと思うと、また腹が立って来た。

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写真はちょっと見にくいけど、ペワ湖中央に浮かぶ小さな島にあるバラヒ寺院。2層のパゴダ形式のヒンドゥー寺院なんだけど、アジマ神の化身とされる猪(ネパール語でバラヒ)が祀られているそうだ。アジマ神は女性の力であるシャクティを象徴する女神だそうで、このお寺でも生け贄の儀式が行われている。結局、生け贄を欲しがる神さまってみんな女なんだね。それも、このお寺で使われる生け贄は雄の動物に限定されており、参拝客もほとんど女の人なんだって。上陸することも出来るんだけど、上陸したら生け贄にされそうで止めた。

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 朝食後、出発まで時間があるので、ホテルの中を散策。ホテルの施設の地図が写ってるけど、かなり広い敷地内にいろんな施設があり、僕らが泊まったのは四角で囲まれた地域で、ホテルの名前通り、平屋建てのロッジ風になっている。


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 また、柄にもなくお花を撮影。今日が3月の最初の日だということを忘れさせるような、夏の花ばっかり。名前は分からんけどね。

カトマンズ 
 午後12時10分発の飛行機でカトマンズへ。たったの30分ほどで着いてしまった。カトマンズはずっと来たくてしようがなかった町。ネパールには過去2回来てるんだけども、釈尊ご生誕の地ルンビニだけ。というのも、1996年から11年間ネパール内戦が続いていたため、危なくてカトマンズまで足を踏み入れる勇気がなかった。ネパール共産党毛沢東主義派、いわゆるマオイストが人民共和国の樹立を求めて暴れたわけだが、平成18年に停戦。今年(平成20年)の5月28日に連邦民主共和制樹立が宣言され、王政が廃止された。十数年ぶりにネパールに平和が訪れて、やっと来れたというわけだ。

田村 
 
 レストラン「田村」で遅い昼食。われわれはお弁当をいただいたんだけど、お蕎麦なんかもあるみたいですよ。お米はカトマンズの郊外で自家栽培しているらしく、日本の米と変わりなく美味しいし、味噌汁も美味かった。僕の前にビール瓶が2本。夕べあれだけ飲んで二日酔いなのに、まだ飲むんかい!! 向かい酒、向かい酒。アハハハハハハ

結婚式

 昼食を終えて、外に出たら結婚式の行列に出会った。

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 いやー、それにしても凄い人の数。男はみんな黒のスーツにネクタイ、女はサリー。新郎・新婦はインド人なんだろうね。でも、新郎・新婦の姿は見あたらない。

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 あっ、いたいた、車の中に。でも、顔がよく見えないや、残念。こんどの旅で、結婚式に出会ったのは3回目。やっぱ今が結婚式のシーズンなんだね。おめでとさん。

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 午後3時40分、スワヤンブナートへ。スワヤンブナートはカトマンズの中心部から西に3キロほど離れた丘の上にある仏教寺院。2500年以上前に建てられた、ネパール最古の仏教寺院だ。

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 登り口にはタルチョがはためいている。タルチョはチベット仏教で使われる青・白・赤・緑・黄の五色の旗。仏法が風に乗って拡がるよう願いが込められている。

階段 

 このお寺が丘の上に立っている、ということは、階段を登らなければならないということ。階段は400段ほどあるそうだ。身延山の菩提梯【ぼだいてい】は287段だから、それよりも多い。段差も菩提梯ほどではないが、かなりきつい。おまけにさっきビールを飲んでるから、心臓がパクパク言っている。

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 やっと登り切った。あ~あ、しんど。頂上でひときわ目立つのが仏塔。でも、これはストゥーパではなく、マハ・チャイテャ(大チャイテャ)だそうだ。チャイテャは礼拝対象となる廟や塔のこと。13層になっている尖塔部分は悟りの13段階を示しており、先端には涅槃を象徴する金色の傘がある。


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 白いドームの上の部分をハルミカといい、ここに「仏陀の智慧の目」が描かれており、四方を見渡しておられる。この目には森羅万象を見通す力があると言われているんだけど、ほんとうにパワーのありそうな目だよね。眉毛の間にあるのは仏陀の眼力のシンボルである第3の目。変な格好の鼻にみえるけど、これはネパール語の数字の「1」で、調和を表すそうだ。

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 ちなみに、ネパールの仏教徒は国民の10%ほどで、80%はヒンドゥー教徒だ。

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 このキンピカの建物は鬼子母神堂。鬼子母神【きしぼじん】はインドではハーリティー(訶梨帝母【かりていも】)。日本でも有名な神さんで、「恐れ入谷の鬼子母神」で知られる真源寺の鬼子母神は有名だ。


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 写真はパキスタンのペシャワール博物館のハーリティと旦那のパンチカの像。ハーリティは出生した時、容姿端麗であったことから夜叉衆が歓喜したと言うんで、歓喜母とも呼ばれる。長じてパンチカに嫁して500人の子をもうけたが、凶暴な性格で人間の子を捕まえては食べたため、人々から恐れられ憎まれていた。そこで、お釈迦さまはハーリティの末の子ピンガラを隠してしまわれる。ハーリティは半狂乱となって世界中を7日間探し回ったが発見できず、お釈迦さまに助けを求めた。そこで、お釈迦さまは子を失う親の苦しみを悟らせ、仏法に帰依させた。かくしてハーリティは仏法の守護神となり、また、子供と安産の守り神となった、というわけだ。 鬼子母神というと日本ではザクロを持ってるけど、これは中国の影響。仏典では吉祥果という果物を持ってるんだけど、吉祥果が何だか分からんかったんで、ザクロにしちゃった。両方とも種がたくさんあるんで、多産のシンボル。ちなみに、ザクロは人肉の味がするんで、お釈迦さまが人肉の代わりに喰えとおっしゃったというのは、真っ赤な嘘だよ。
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 鬼子母神は子育て・安産の神さんだから普通は優しいお顔をしてるんだけど、わが日蓮宗では鬼形【きぎょう】鬼子母神といって、おっかない顔をしている。これは、法華経の陀羅尼品【だらにほん】で、鬼子母神が法華経の行者を守ると誓ったから。法華経の教えを弘めることを妨げる者を威圧しやっつけるために、睨みつけてる姿なんだ。

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 スワナンブナートは別名モンキー・テンプルと呼ばれるように猿がいっぱいいる。

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 これが大人しければいいんだけど、観光客の荷物を奪ったりしやがる。猿も信仰の対象になってるんで、駆除することも出来なくてお寺も困ってるんだって。おいっ、お前。その食い物どっから持って来たんだ。かっぱらって来たんじゃなかろうな。「さるお方から貰いました」 嘘つけ!!
 スワヤンブナートは猿の天国でした。(つづく)


【 2014/02/28 17:34 】

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カトマンズ② ダルバール広場

3月1日(土)


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 午後4時30分、ダルバール広場へ。ダルバールはネパール語で「宮廷」のこと。3つのマッラ王朝が盆地に独立・君臨した時代には、王宮前の広場としてカトマンズ王国の中心部だったところだ。

 あっ、ダルバール広場を散策する前にネパールの歴史をちょっと勉強しておこう。世界史の授業でネパールが出て来るのはたった2回。お釈迦さまが生まれた国だということと、清に朝貢した国だったということだけで、受験じゃまず絶対でない国。どこにあるのかもよく分かってない人もいるんじゃないかね。ヒマラヤ山脈の南、インドの北だよ。

国旗 

 ネパール知らなくても、この国旗は見たことないかな?世界で唯一長方形ではない、ネパールの国旗だ。王家と宰相家の旗を合体させたものだけど、もう王政は倒れたんだから、国旗も変更すればいいのにね。ちなみに、2つの三角形はヒマラヤの山並みをかたどるとともに、この国の二大宗教であるヒンドゥー教と仏教を意味しており、月と太陽はこの国が月や太陽と同じように持続し発展するようにという願いが込められているんだって。

 さて、ネパールの歴史だが、カトマンズ盆地に紀元前7,8世紀頃からキラートと呼ばれる人々が住んでいたそうで、これが一番古い記録だ。キラート王ヤランバはあのインドの叙事詩『マハー・バーラタ』にも出て来るそうだが、どうもインド・アーリヤ系とは違う民族らしい。お釈迦さまはシャカ族のご出身だが、実はこのシャカ族もキラートだ。ちなみに、現在でもネパールにはシャカ族と呼ばれる人々が暮らしており、「おシャカさまの末裔」を自称している。
 4世紀に北インドからやってきたリッチャビ族がキラート政権を倒し、インドのカーストがネパールに持ち込まれた。8世紀には吐蕃(チベット)の支配下に入るが、王女ブリクティ(ティツィン)がソンツェン・ガンポに嫁ぎ、チベットに仏教を伝えた。13世紀頃からマッラ王朝が君臨するんだけど、ヤクシャ・マッラ王の死後、カトマンズ・バクタブール・パタンの3王朝に分裂してしまう。今に残る王宮の建築や伝統工芸はこの時代に完成された。

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 さあ、お勉強はこれくらいにして、歩き始めようか。おや、僕の前に可愛い女の子。この子はインド系かな?

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 1本の大木から建てられたというカスタマンダプ寺院。本来は巡礼宿だったらしいんだけど、ネパール最古の建築物と言われている。
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  広場中央にひときわ高くそびえるシヴァ寺院。17世紀末バクタブールのマッラ王朝の皇太后によって建てられたものだ。


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 シヴァ・パールヴァティー寺院。18世紀にゴルカ王朝のバハドゥール王によって建てられたもの。ゴルカ王朝についてはまた後から勉強しよう。小さくて分からないだろうけど、上の窓からシヴァ神とその奥さんのパールヴァティー神がみんなを見下ろしている。

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  いよいよクマリの館だ。クマリはネパール語で「処女」の意味。さっきお話ししたキラートのシャカ族の3~4歳の女の子が選ばれ、生きる処女神として崇拝される。 なんせ処女神さまなんで、初潮を迎えると交代となる。

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 二階の窓から顔を出すのを今か今かと待つんだけど、なかなか顔を出さない。ガイドさんの話を聞きながら待つけど、なかなか顔を出さない。

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 いつまで待たすの。しゃ~ないから、建物の写真でも撮すか。窓枠の木彫りがなんとも見事ですな~。

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 やっと顔を出した。でも、写真撮影は禁止なんで、ネットから借りてきた。大女神ドゥルガーや昔のネパール王国の守護神であるタレジュ女神、そして仏教徒からは密教女神ヴァジラ・デーヴィーが宿るとされ、王様ですらこの子にひざまずかねばならない。9月のインドラ・ジャトラの大祭の時に三日間山車に乗って町を練り歩き、邪気を祓い、人々に繁栄と成功の力を与えるんだけど、この時だけ撮影が許されている。

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 ハヌマン・ドカ。16世紀まで王様がお住まいになられていた旧王宮だ。王様が競うように建てたヒンドゥー教寺院が建ち並ぶ。

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 石柱の上に置かれた、ヨーグナレンドラ・マッラ王の像。コブラを後ろに従え、王宮の方角を向いている。

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 シヴァ神の化身、カーラ・バフラヴの像。刀を振り上げ生首をぶらさげた恐怖神だが、愛嬌があって可愛い。

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 左が旧王宮の門で、右が銃剣を持った衛兵さん。さっきマッラ朝まで話したけど、もうちょっとネパールの歴史のお勉強をしようね。10世紀ころからインドにイスラーム教徒が侵入してきた時、これに圧迫されてネパールに逃げ込んできた連中がいたんだけど、そのうちグルカを拠点にしていた連中が1769年にカトマンズに侵入し、グルカ王朝を建てた。これが現在の王様のご先祖さま。ところが勢い余ってチベットに侵入したもんだから、清の乾隆帝の討伐を受けて清の属国になってしまう。この王朝はここから1キロ余り離れたところに新王宮を建てたんだけど、2001年に新王宮で大変な事件が起きた。

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 6月1日、王族だけが集まる夕食会の席で、何者かが銃を乱射。写真のビレンドラ国王夫妻と王子・王女ら9名が射殺され、重態となったディペンドラ王太子が即位したんだけど3日後に死亡。現場にいなかった王弟のギャネンドラ王子が王位を継承した。

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 公式発表では「犯人はディペンドラ王太子(左の写真)。国王夫妻から結婚を反対されて自暴自棄になり、麻薬と酒で酩酊状態になり銃を乱射、自殺を図った」ということなんだが、その後発表された検視結果は「ディペンドラ王太子の身体からアルコールは検出されず、王太子は右利きだったのに、銃弾は左側頭部から右に貫通していた」。ん、おかしい、臭いぞ。その上、ギャネンドラ王子(右の写真)は地方視察で現場におらず、現場にいた息子のバラス王子は無傷だった。臭い、臭い、ぷんぷん臭うぞ。だいたい、どんな事件でも一番得した奴が犯人だ。てことは、王位についたギャネンドラが臭い。こんなの映画にしても、すぐ犯人ばれちゃって面白くも何ともないだろう。そのギャネンドラ国王も2008年6月11日共和政への移行にともなって王宮を退去し、240年続いたグルカ王朝はあっけなくその幕を下ろした。

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 あっ、僕の写真一枚もないぞ。

カトマンズ夕食 

 午後8時、ネパール料理の店で晩飯。

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 女の子たちが踊ってくれたけど、いまいち洗練されてないな~。今日は朝早くから起きてなんとも長い一日だった。はよホテルに帰って寝よう。(つづく)



【 2014/02/26 17:31 】

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カトマンズ③ ヒマラヤ遊覧飛行

3月2日(日)

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 午前6時30分、ホテルを出発。こんなに早くホテルを出発するには訳がある。

カタログ
 
 ヒマラヤ遊覧飛行に出かけるためだ。朝早いほうが天候が安定しているので、もたもたしている暇はない。前に遊覧飛行した経験のある人と、行きたくない人は、別行動でパタンのほうに見学に行く。ヒマラヤ遊覧飛行に行きたくない人がいるのか?って、それがいるんですよ。なんせ200ドル(当時のレートで20,600円)ですからね~。ほんのひとっ飛びで、2万円がそれこそ飛んでいくんで、行きたくないというのも分かるけど、こんな機会は絶対二度とないからということで、乗ることにした。

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 乗るのはバイラワからポカラに飛んだのと同じブッダ・エアー。午前7時35分、いよいよフライトです。それにしても窓汚ね~な。これじゃ、よく見えないでしょ。2万円もとるんだから、ちゃんと掃除しとけよな。

チケット 
 
 で、僕の座席は4C。19人乗りの飛行機で、操縦士とスチュワーデスを引いた残りがお客さん。前のほうの座席を占めているのはみんな白人だ。またかよ。なんで白人優先なんだよ!! 自分の席の小さな窓からじゃよく見えないので、一番いい席は、前方の大きく開けている左の一番前。そこに立派なカメラを構えた白人の爺さんが座っている。ヒマラヤ山脈が見え始めたら、順番にその席に行って写真を撮るんだけど、どう考えても白人連中の時間が長い。僕の僻みか。


地図1
地図2 
 自分の席に座っている時には、スチュワーデスが山脈の地図を指しながら、今見えているのがどの山なのか教えてくれるんだけど、早口の英語なんで「なるほど、なるほど」と納得したような顔するけど、本当は全然わかっていない。おまけに僕の席は右側なんで、ヒマラヤ山脈は反対側の窓から見ることになる。当然、帰りは右側にヒマラヤ山脈が見えることになるんだけど、帰りじゃ感動が薄くなってしまう。30分ほど飛ぶと、ヒマラヤの峰々が見えてきた。ごちゃごちゃ言ってないで、写真をお見せしよう。だけど、どれがどの山なのか説明はできません。

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左のほうで頂上に雲かかってるのがエベレストかな

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 いや~、とにかく凄かった。絶景かな!絶景かな!ただ、残念ながら写真撮すのに夢中で、ファインダーばっかり覗いていて、肉眼でというか、直接山を見ることがほとんどなかったのが、残念だったけど、2万円の価値はじゅうぶんにありましたよ。もしネパールに行く機会あったら、是非乗ってみてくださいね。ただし、2011年9月26日の新聞に次のような記事が載ったので、覚悟して乗ってね。
 「2011年9月25日朝、エベレスト遊覧飛行のためカトマンズ空港を出発したブッダ・エアー103便 ビーチクラフト 1900D型機が、遊覧飛行を終えカトマンズへ戻る途中で墜落した。乗員3人と乗客16人の19人全員が死亡した。乗客の内訳は、インド人10人、ネパール人3人、アメリカ人2人、日本人1人。現場付近は悪天候であった。」(つづく)


【 2014/02/24 17:33 】

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