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なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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法華経序品第1 弥勒菩薩の過去の姿

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弥勒菩薩交脚座像(平山郁夫シルクロード美術館蔵)

 妙光菩薩の800人の弟子の中の一人の菩薩は、過剰に利得を重んじ、称賛されることを重んじ、人々に知れ渡ることを重んじていて、名声を求めるものであった。その人のために繰り返して教えられた句や象徴的表現も、その人は忘れてしまい、その人に留まることはなかった。その人にはまさに求名ぐみょう(名声を求めるもの)という命名がなされた。けれども、その求名菩薩もまた、その善い果報をもたらす立派の行ないによって数え切れぬほどの多くのブッダに出会った。出会ってから、その求名菩薩は、それぞれのブッダを尊重し、恭敬し、讃嘆し、供養し、敬礼し、尊崇した。

 ところで、弥勒よ、あなたは疑わしいこと、あるいは考え違い、あるいは疑惑があるかもしれない。その時その情況で、その妙光菩薩は誰か他の人であったと。

ダウンロード (5)

 しかしながら、そのように見なされるべきではない。それは、どんな理由によってか?私、文殊師利こそが、その時その情況で、妙光菩薩であったからだ。また、その求名という名前の菩薩で怠け者であった人ー弥勒よ、まさにあなたこそが、その時その情況で怠け者であった、求名菩薩であったのだ。

 以上のように、弥勒よ、繰り返して放たれた、このような光明というブッダのこの瑞相を見て、世尊もまた、広大なる菩薩のための教えであり、すべてのブッダが把握しているその「妙法蓮華経」という法門の経を説くことを望まれているのだ』と、私はこのように考えているところだ」

 そこで、文殊師利菩薩はその時、まさに以上の意味を重ねて説明しつつ、次の詩を述べた。

 「考えることもできない、量ることもできないこうの昔における過去の世を私は思い出
  す。その時、生きとし生けるもののうちで最高の人である日月燈明仏という名前の勝
  利者がおられた。

  生きとし生けるものの指導者は正法を説かれ、数え切れぬほど多くの衆生を導き、考
  えることもできない多くの菩薩たちを最高のブッダの知へと教化される。

  日月燈明仏には出家する前の王子であった時に8人の息子がいた。そのすべては、そ
  の偉大なる賢者が出家されたのを見て、愛欲を捨てて速やかに出家した。

  また、その世間の保護者は、法を説かれた。それは、『最も勝れた無量義という広大
  な経典』という名前で呼ばれ、数えることもできない多くの生命あるものたちのため
  に説き明かされた。

  その指導者は、その法を説かれると直ちに、その瞬間に結跏趺坐けっかふざを組まれ、その最も
  勝れた賢者は法座に坐したままで、『最も勝れた無量義処』という三昧さんまいに入ってお
  ら
れた。

ダウンロード

 そして、天上の曼陀羅華まんだらけの花の雨が降り、打たれてもいないのに、おのずから多くの
 太鼓の音が聞こえてきた。神々や夜叉やしゃたちは空中にあって、両足で歩くもののうちで
 最上の人のために供養をなした。

 その瞬間に、すべての国土が震動し、そこにおいて、極めて不思議で驚くべきことが
 起こった。指導者が、極めて見るも美しい一条の光明を眉間から放たれたのだ。

 その光明は、東の方向へと進み、1万8000の国土に満ちてそれらの国土を輝かせ、そ
 してあらゆる世界を照らし出し、衆生の死と生の様相を見せた。

ダウンロード

 そこにおいて、ある国土は宝石で造られているし、ある国土は瑠璃るりの輝きを持ってい
 て、それらの国土は、指導者の光明によって、輝かしく、極めて見るも美しいものと
 見えた。

 そこでは、人格を完成された人の供養に専念している神々や、人間、龍、夜叉たちが
 見られ、それらのものたちが諸々の世界において供養していた。

 また、独立自存するものであるブッダたちが、ひとりでに見られた。そのブッダたち
 は、黄金の柱のように見るも美しく、瑠璃の中央に現われた黄金の像のように、集会
 の真ん中で法を説いておられた。

 そこにおいて声聞たちの数は、見いだされることがないほど無量で、人格を完成され
 た人にはそれらの無量の声聞たちが属していた。指導者たちの一つひとつの国土にお
 いてその一条の光明は、それらのすべての声聞たちを見せていた。

 努力精進をそなえ、欠けたところのない戒を守っている宝玉のような人間の指導者たち
 の息子である菩薩たちが、山の洞窟に住んでいるのが見られた。

ダウンロード
ガンジス河

 ガンジス河の砂のように多くの意志堅固な菩薩たちのすべてが、自分の所有するすべ
 てのものを布施として喜捨し、忍耐の力を具え、禅定を楽しんでいるのもまた、まさ
 にその光によって見られた。

 人格を完成された人の嫡出の息子である菩薩たちが、不動で、動揺することもなく、
 忍耐に立って、禅定を楽しみ、心を集中しているのが見られた。それらの菩薩たち
 は、禅定によって最高の覚りへと出て立ったのである。

 それらの菩薩たちは、煩悩が消滅して安らかであり、汚れのない真実の立場を知り
 つつ多くの世界において法を説き示している。このような振る舞いは、人格を完成
 された人の威神力によるのである。

 それらの四衆たちは、日月燈明という保護者のこの威神力を見て、その瞬間にすべ
 ての歓喜にひたって、互いに『これは、いったいどういうことだ』と尋ね合ってい
 る。

 人間や神々、夜叉によって供養されたその世間の指導者は、直ちに三昧から出られ、
 その時、賢明な説法者である息子の光明という菩薩に語りかけられた。

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初転法輪像(インド・サールナート) 

 『あなたは、世間の人々の眼であり、頼りにして趣くところであって、賢明で、信頼
 すべきものであり、また私の法を受持するものである。生命あるものたちの安寧のた
 めに私が法を説くそのままに、あなたは実に私の法の蔵の証人である』と。

 多くの菩薩を近くに立たせ、喜ばせ、称賛し、褒め称えてから、その勝利者である
 月燈明
というブッダは、最上の法をまるまる60中劫の間、説かれたのだ。

 また、その世間の保護者である日月燈明というブッダが、同一の座に坐って説かれる
 最も勝れた最上の法(すなわち「妙法蓮華経」)のすべてを、その勝利者の息子であ
 り説法者であった妙光菩薩は受持した。

 また、その勝利者である日月燈明というブッダは、最上の法を説いて多くの人々を喜
 ばせ、その指導者であるブッダは、その日、神々に伴われた世間の人々の面前で次の
 ようにおっしゃられた。

 『私は、この真理を見る眼を示し、このような真理の本性を語った。男性出家者たち
 よ、私が滅度する時は、まさに本日の真夜中である。

 あなたたちは、不注意であることなく、信順の志を堅固に備えていなさい。私のこの
 教えに専念するがよい、勝利者である偉大名なる聖仙たちは、数え切れないほど
遥か
 な時間が過ぎ去った後にも極めて会い難いのである』

ダウンロード (4)
涅槃像(インド・クシナガラ)

 両足で歩くもののうちで最上の人の声を聞いて、ブッダの息子である多くの菩薩たち
 は、苦悩を生じ、激しい苦悶にとらえられた。それは、あまりにも突然の滅度を予告
 する声であった。

 人間の王の中の王は、それらの考えることもできない数え切れないほど多くの生命あ
 るものたちを元気づけて次のようにおっしゃられた。『男性出家者たちよ、あなたた
 ちは、畏れてはいけない。私が滅度したとしても、私の後に一人のブッダが出現する
 であろう。

 徳蔵というこの賢明な菩薩は、汚れのない知に通達していて、最高にして最上の覚り
 を獲得し、浄身という勝利者になるであろう』

 まさにその夜の真夜中、油がなくなって燈明が燃え尽きるように、その日月燈明とい
 うブッダは、完全なる滅度に入られた。そのブッダの遺骨は分配され、数え切れない
 ほど無数のストゥーパが出現した。

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サーンチーのストゥーパ

 ガンジス河の砂の数のように多くのそれらの男女の出家者たちは、最高にして最上の
 覚りへと出て立っていて、その人格を完成された人の教えに専念したのである。

 その時、男性出家者であり説法者であり、またその法を受持する妙光菩薩は、80中劫
 に満ちる間、日月燈明というブッダのその教えに従って最高の諸々の法を説いた。

 その妙光菩薩には800人の弟子たちがいた。その時、その菩薩が成熟させたすべての
 弟子たちは、数え切れないほど多くのブッダに出会って、それらの偉大なる聖仙たち
 に恭敬をなした。

 その時、それらの弟子たちは、適切な修行を行って多くの世界においてブッダとなっ
 た。そして、それらの弟子たちは、途切れることなく、相次いで最高の覚りに到るで
 あろうという予言をなし合った、

 続けて順番に、それらのブッダたちのうちの最後が燃燈仏であり、その燃燈仏は、す
 べての神々のうちの卓越した神で、聖仙たちの集いにおいて供養され、数え切れない
 ほど多くの生命あるものたちを教え導かれた。

 その人格を完成された人の子である妙光菩薩が法を説かれている時、一人の弟子がい
 た。その弟子自身は怠け者であり、利得を貪り、名声が知れ渡ることを求めていた。

 その人は、過度に名声を求めていて、高貴な種姓しゅしょうの家から家へとやって来るのであ
 った。この人にとって、その時、解説を復唱することも、説かれたことのすべても、
 同じく身に留まることはなかった。 

 このように、その人には求名という名前があって、この名前によって諸方に知れ渡っ
 ていた。しかし、その人は欠点があるとはいえ、その人がなした善き行ないによって
 数え切れないほど多くのブッダたちに出会い、それらのブッダたちに広大なる供養を
 なした。そして、その求名は、最も勝れた適切な修行を実践し、そしてこの獅子のよ
 うに偉大なる釈迦族の人であるブッダにお会いしたのである。

 その輪廻における最後の身体が生まれて、この人は、この上ない最高の覚りを獲得す
 るであろう。弥勒の氏族に属するブッダとなり、数え切れないほど多くの生命あるも
 のたちを教え導くことであろう。

 人格を完成された人が完全なる滅度に入られた後、人格を完成された人の教えのもと
 で怠け者であったその人とは、その時、まさにそのようであったあなた、弥勒なので
 あり、その時、妙光という説法者であったのは、私、文殊師利なのだ。

 この原因と理由から、今、このような瑞相を見て、『これは、その日月燈明というブ
 ッダの知の瑞相が現れたのと同じであり、その日月燈明というブッダのところで私が
 最初に見たものと同じ瑞相である』と私は言うのだ。

 実に、勝利者たちの王である釈迦族出身の最高統治者もまた、完全な眼を持つ人であ
 り、最高の真理を見ている人である。その時、私はが聞いた最高の法門、まさにその
 妙法蓮華経という法門をこの世尊は説くことを望んでおられるのだ。

 今、完了したこの瑞相こそが、指導者たちの用いられる巧みなる方便であり、獅子の
 ように偉大なる釈迦族の人は、それによって、衆生の求道心の確立をなして、法の本
 性の勝れた特徴を説かれるであろう。

 あなたたちは、自己を制して、善い心を持ち、合掌しているがよい、世間の人々の安
 寧におために憐憫れんびんの情を抱く人が、無量の法を説き、無量の法の雨を降らせられるの
 だ。覚りの獲得のために出て立った人々は、それによって満足させられるのである。

 今、誰かに何か疑惑の状態や、懸念、また疑問が何かあるならば、賢者は、今、覚り
 へ向かって出て立った菩薩である息子たちのために、それらの疑惑や、懸念、疑問を
 除き去られるであろう。

 以上が
「白蓮華のように最も勝れた正しい教え」という法門の中の「序の章」という名前の第1章である。

                              (序品第1おわり)

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【 2022/04/05 05:17 】

第1章 序(序品第1)  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

法華経序品第1 文殊師利菩薩の回想

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菩薩頭部(ラホール博物館蔵)

 文殊師利もんじゅしり菩薩は、偉大な人である弥勒みろく菩薩と、その菩薩の群衆全体に語りかけた。

 「良家の息子たちよ、ブッダの願いは、「大いなる法」の名声についてのこの講説をなすこと ーすなわち「大いなる法」の雨を降らせること、「大いなる法」の太鼓を打ち鳴らすこと、「大いなる法」の旗を高くかかげること、「大いなる法の松明たいまつに火を灯すこと、「大いなる法」の螺貝らがいを吹き鳴らすことである。

 また、良家の息子たちよ、ブッダの願いは、今、「大いなる法の教説」をなすことである。私の心に思い浮かぶ限りでは、過去のブッダたちのこのような瑞相を私がかつて見たことからすると、正しく完全に覚られた尊敬されるべきそれらの過去のブッダたちが、このような光明の放出という瑞相を示されたことがある。それ故に、私は次のように了解している。ブッダがこのような瑞相を現わされたからには、ブッダは「大いなる法」の名声についての講説をなすことを望んでおられるのであり、「大いなる法」の名声を聞かせることを望んでおられるのだ。

 それは、どんな理由によってか?このような大いなる奇跡と、光明の放出の顕現という瑞相を示されるからには、世尊は、全世界の衆生にとって信じ難い法門を衆生に説いて聞かせることを望んでおられるのだ。

ダウンロード (3)

 良家の息子たちよ、私は思い出すのだ。それは、数えることのできない、さらに数えることのできない、広大で、無量の、考えることもできない、全く推し測ることもできない、量り知ることもできないこう(天文学的時間の長さ)の、それより以前のさらに遠い過去の世における時のことであった。

 その時その状況で、日月燈明にちがつとうみょうという名のブッダがこの世に出現された。そのブッダは、初めにおいてもよく、中間においてもよく、終わりにおいてもよく、勝れた意味と巧みなる象徴的表現からなる法を説かれ、純粋で欠けたものがなく、清く清浄な純潔の行ないを説き示されたのだ。

 すなわち、声聞たちのために、生・老・病・死の悩みと苦しみを超越するための四聖諦ししょうたいや、十二因縁を説かれた。菩薩のためには、この上ない正しく完全な覚りをはじめとして、六波羅蜜ろくはらみつと結びついた一切知者の智慧を究極とする法を説かれた。さらにまた、良家の息子たちよ、その日月燈明というブッダの次にさらに続けて、全く同じ日月燈明という名のブッダが世間に出現された。

 弥勒よ、このようにして、この日月燈明という同じ名前を持ち、家系と氏族も同じ、2万人のブッダが次々に出現された。

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 ところで、弥勒よ、最初のブッダから最後のブッダまで、2万人の日月燈明という名前のブッダは、広大なる菩薩のための教えであり、すべてのブッダが把握している「大いなる教説」(無量義)という名前の法門である経を説かれた。その後、まさにその瞬間のそのまた瞬間にして、その大衆の集まりにおけるその大いなる法座に結跏趺坐けっかふざして、身体も不動のままで、心も不動のままで、「無限の教説の基礎」(無量義処)という名前の三昧に入られた。さらにまた、そのブッダが三昧に入られた後、直ちに天上の花である曼陀羅華や曼殊沙華の花の大雨が降り注ぎ、聴衆に伴われたそのブッダの上に降った。また、そのブッダの国土のすべてが6種に震動して、揺れ、遍く揺れ、動き、遍く動き、震え、遍く震えた。

 ところで、弥勒よ、その時、その場で、集会に集まって一緒に坐っていた男女の出家者や男女の在家信者、神々、龍、夜叉、阿修羅、人間、人間以外のものたちや、従者を伴った王侯たちや、小王たち、軍隊を統率する転輪王てんりんのう、四つの大陸を支配する転輪王たち、それらのすべてのものたちが、そのブッダを仰ぎ見て、希有なる思いを抱き、驚くべき思いに満たされ、大いなる歓喜を得た。

 するとその時、その日月燈明というブッダの眉間にある巻毛の塊から一条の光明が放たれた。その光明は、東の方向にある1万8000ものブッダの国土に流れ出た。光明のその輝きによって、それらのすべてのブッダの国土が極めてはっきりとして観察された。弥勒よ、それは、あたかも今これらのブッダの国土が観察されるのと同じようにである。

ダウンロード
ブッダ釈尊が法華経を説かれたとされる霊鷲山の香室跡

 さらにまた、弥勒よ、その時、そのブッダも教えのもとに妙光という名前の菩薩がいた。その菩薩には、800人の弟子たちがいた。そのブッダは、その三昧から出て、その妙光菩薩に対して、「妙法蓮華経」という名前の法門を説かれた。そのブッダは、60中劫に満ちるほどの長きにわたって、同一の座に坐って、身体が不動のままでその法門を説かれた。また、そのすべての聴衆も、その60中劫もの間、同一の座に坐って、そのブッダのそばで法を聞いた。その集会において衆生の一人にでさえも身体の疲労や、心の疲労が生じることはなかった。

 その時、日月燈明という名のブッダは、広大な菩薩のための教えであり、すべてのブッダが把握しているその「妙法蓮華経」という法門を説いてから、60中億劫経過の後、まさにその瞬間のそのまた瞬時にして、神々や、悪魔や梵天に伴われた世間の人々の面前で、また沙門やバラモン、神々、人間、阿修羅からなる生きとし生けるものの面前で、完全なる滅度に入ることを告げられた。

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涅槃仏(インド・クシナガラ)

 『「男性出家者たちよ、本日、まさに今夜の真夜中にブッダは、煩悩を余すことのない涅槃の境地において完全なる滅度に入るであろう』と。

 そこで、弥勒よ、日月燈明という名のブッダは、徳蔵という名前の菩薩に、この上ない正しく完全な覚りに至るであろうという予言をして、その一切の聴衆に語りかけられた。

 『男性出家者たちよ、この徳蔵菩薩は、私の後で直ちにこの上ない正しく完全な覚りを覚って、浄眼という名前のブッダになるであろう』と。

 そこで、弥勒よ、日月燈明という名のブッダは、まさにその夜の真夜中に、煩悩を余すことのない涅槃の境地において完全なる滅度に入られた。そして、妙光菩薩はその「妙法蓮華経」という法門を受持した。そして80中劫の間、その妙光菩薩は、その完全なる滅度に入られたブッダの教えを受持し、説き示した。

 その時、弥勒よ、日月燈明という名のブッダが、かつて出家をしていない在家の王子であった時、その王子に8人の息子たちがいた。有意という名前の王子をはじめとするそのブッダの8人の息子たちは、まさにその妙光菩薩の弟子となった。まさにその妙光菩薩は、それらの王子たちをこの上ない正しく完全な覚りへ向けて成熟させたが、その後にそれらの王子たちは、数えきれないくらいの多くのブッダたちに出会い、そして恭敬した。それらの王子たちはすべて、この上なく完全な覚りを覚った。そして、それらの8人の王子たちのうちの最後の王子が、燃燈仏という正しく完全に覚られた尊敬されるべきブッダとなった。(つづく)

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【 2022/04/01 05:20 】

第1章 序(序品第1)  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

法華経序品第1 弥勒菩薩の問い

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 世尊が瞑想に入られると直ちに、天上の曼陀羅華まんだらけ曼殊沙華まんじゅしゃけの大いなる花の雨が世尊の上に降り注ぎ、またそれらの四衆の上に降った。またすべてのブッダの国土が六種に震動した。

 ところでその時その集会においては男女の出家者や男女の在家信者神々夜叉やしゃ阿修羅人間、人間以外のものが集まって一緒に坐っていた。そして、王侯や小王、軍隊を統率する転輪王てんりんのう、四大州を支配する転輪王たちがいて、従者を伴ったそれらのすべてが世尊を仰ぎ見て、希有なる思いを抱き、驚くべき思いに満たされ、大いなる歓喜を得た。

 するとその時、世尊の眉間にある
白毫びゃくごう(巻毛の塊)から一条の光が放たれた。その光は、東の方向にある1万8000ものブッダの国土に至り、光明のその輝きによって阿鼻あび地獄から世界の最上部である有頂天うちょうてんに至るまで、それらのブッダの国土のがあまねく広がっているのが観察された。

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 それらのブッダの国土において、〔地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人界・天界という〕6種の生存領域六道ろくどうの中に存在している衆生のすべてが残りなく観察された。また、現在、それらのブッダの国土において世尊であるブッダたちが滞在し、存在し、時を過ごしておられるのもすべて観察された。それらの世尊であるブッダたちが説かれている法のすべてもまた完全に聞こえた。

 また、それらのブッダの国土において、ヨーガの行者や、ヨーガの実習者たちで果を得たものと、果を得ていない男女の出家者・男女の在家信者からなる四衆もまたすべて観察された。

 また、それらのブッダの国土において、衆生の学ぶことや、依処すること、さらには信順の志が種々さまざまであるという理由と原因から、偉大な人である菩薩たちが、種々の巧みなる方便によって菩薩としての修行(菩薩道)を行じているのもまたすべて観察された。

 また、それらのブッダの国土において、世尊であるブッダたちが完全なる滅度めつど般涅槃はつねはんに入られるのもすべて観察された。それらのブッダの国土では、完全なる滅度に入られた世尊であるブッダたちの遺骨を安置した宝石造りのストゥーパ(塔)もすべて観察された。

ダウンロード (1)
弥勒菩薩交脚座像(平山郁夫シルクロード美術館蔵)

 その時、偉大な人である弥勒菩薩みろくぼさつの心に次の思いが生じた。

 「ああ、世尊は大いなる瑞相であるこの奇跡を現わされた。いったいこれには如何なる理由、動機が存在するのであろうか?しかも、世尊は瞑想に入っておられる。そして、このように大いに稀有で、世にも不思議で、考えも及ばない大いなる神力による奇跡が観察された。この意味について尋ねるのに、私はいったい誰に尋ねるべきであろうか?この場合、いったい誰がこの意味を明らかにすることができるであろうか?」

 
その弥勒菩薩の心に次の思いが生じた。

 「この文殊師利もんじゅしり菩薩は、過去にブッダのもとで精励し、善い果報をもたらす立派な行いを積み重ね、多くのブッダを崇敬したのである。従って、この文殊師利菩薩は、正しく完全に覚られた尊敬されるべき過去のブッダたちの現わされたこのような瑞相をかつて見たことがあるに違いない。そういうわけで、今、私は文殊師利菩薩にこの意味を尋ねよう」

 世尊の大いなる瑞相であるこのような奇跡の光明を見て、それらの男女の出家者と男女の在家信者からなる四衆と多くの神々・龍・鬼神たちは、希有なる思いを抱き、驚くべき思いにとらわれ、奇特な思いになり、その心に次の思いが生じた。

 「ところで、世尊が現わされた、このような大いなる神力による奇跡の光明について、われわれは、いったい誰に尋ねるべきであろうか?」と。

 
そこで、偉大な人である弥勒菩薩は、まさにその瞬間のそのまた瞬間のうちに、それらの四衆の心の思いを知って、自分自身も法についての疑問を抱き、その時、文殊師利菩薩に次のように尋ねた。

 文殊師利よ、世尊が、不思議で驚くべきこのような神力の光明を放ち、さらにブッダを指導者とする色とりどりの見るも美しく、最高に華麗なこれらの1万8000のブッダの国土が観察されるということは、そこには今、いかなる理由、いかなる因縁があるのでしょうか?」(つづく)

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【 2022/03/29 05:22 】

第1章 序(序品第1)  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

法華経序品第1 霊鷲山での説法の始まり

 はじめに

 僕が大学の卒論『法華経の平等思想』を書いたのは、1975年のことです。その頃は、学生が手にできるサンスクリット語から翻訳した『法華経』は、岩本裕訳『法華経』(岩波文庫)しかありませんでした。やむなくこれをもとに卒論を書き上げたのですが、経題の『サッダルマ・プンダリーカ・スートラ』を『正しい教えの白蓮』(後に『白蓮に喩えられる正しい教え』と訳し変えられているそうです)と訳されていることに違和感を覚えました。以来ずっとこのことがひっかかっていたのですが、これを『白蓮華のように最も勝れた正しい教え』と訳されている先生がおいでになることを、2013年になって知りました。


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植木雅敏先生

 『仏教、本当の教え』(中公新書)を書かれた植木雅敏先生です。この本を読んで、目から鱗が落ちるように、長年の疑問が解けてゆきました。そのことをブログに書いたところ、なんとそれを読まれた植木先生からメールが届きました。

 それから先生との交流が始まり、2018年から2年間わざわざ金沢までおいでいただいて、7回にわたり法華経の講義をしていただきました。先生は『梵緩和対照・現代訳 法華経』(岩波書店)、『サンスクリット原典現代語訳 法華経』(岩波書店)、『サンスクリット飯縮訳 法華経』(角川ソフィア文庫)を次々に上梓され、さらにNHKEテレ「100分de名著 法華経」で平易で明快な解説をされ、法華経ブームをまきおこされました。僕は「現代の鳩摩羅什」と心より尊敬しています。

 ただ、鳩摩羅什訳の『妙法蓮華経』を訓読で読み慣れている者には、カタカナがあふれるサンスクリット語原典からの翻訳はやや読みにくく感じられます。そこで不遜にも、植木先生の訳をもとに、僕なりの解釈も加えながら、『サッダマル・プンダリーカ・スートラ』
の現代語訳に挑んでみることにしました。(ほとんどは先生の訳を写すことになると思いますが)

 文字ばかりだと飽きてしまうので、鈴木出版仏教コミックス『法華経』(ひろさちや原作)の本山一城の漫画やさまざまな写真を各所に配して読みやすくしてゆきたいと思います。何年かかかる分かりませんが、おつきあいいただければ幸いです。 
合掌 森田本淳
 


第1章 序(序品第1)


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多宝山より望む霊鷲山山頂

 このように私は聞いた。

 ある時、世尊は、1200人の男性出家者の大集団とともに、王舎城の霊鷲山りょうじゅせんで過ごしておられた。

 彼らはすべて阿羅漢あらかんで、煩悩ぼんのうを断ち、心がよく解脱げだつし、すっかり解脱した智慧を持っており、なすべき仕事を成し遂げ、自己の目的に到達し、生存との結びつきを滅ぼし尽くし、心が正しい知恵によってよく解脱していて、すべての心の自在という最高の完成に達しており、神通でよく知られた偉大な声聞しょうもんたちであった。

IMG_NEW_0003_convert_20140619152835.jpg
大目犍連(中村晋也作『薬師寺・釈迦十大弟子』)

 それは次の通りである。

 世尊が最初に教えを説いた5人の出家者のリーダーであった
阿若憍陳如 あにゃきょうじんにょ、頭陀第一と言われた摩訶迦葉 まかかしょう、もとは火の神アグニを信仰するバラモンで世尊の弟子となった優楼頻螺迦葉 うるびんらかしょう那提迦葉 なだいかしょう迦耶迦葉 がやかしょうの迦葉3兄弟、智慧第一と言われた舎利弗 しゃりほつ、 神通第一と言われた大目犍連 だいもっけんれん目連 もくれん)、論議第一と言われた摩訶迦旃延 まかかせんねん、天眼第一と言われた阿㝹楼駄 あぬるっだ、説法第一と言われた富楼那弥多羅尼子 ふるなみたらにし、解空第一と言われた須菩提 しゅぼだい世尊の子で密行第一と言われた羅睺羅 らごら ーこれらの偉大なる声聞たちと、その他の偉大なる声聞たちであった。

(以上に登場する声聞のうち十大弟子は8人。
阿難 あなん
は語りの訳なので名前は出てこない。したがって、十大弟子で優波離 うぱりだけが登場しないのはなぜか?もし、シュードラ出身であることが原因だとすると大問題であるが…)

 
IMG_NEW_0002.jpg
摩訶波闍波提(手塚治虫『ブッダ』より)

 そのほか、学ぶべきことの残っている有学 うがくと、もはや学ぶべきことのない無学の男性出家者たち2000人、そして世尊の母である摩訶波闍波 まかはじゃはだいや、羅睺羅 らごらの母である耶輸陀 やしゅだらをはじめとする1万人の女性出家者や、8万人の菩薩たちがすべて伴っていた。

ダウンロード (3)

 また、多くの天子を従えた帝釈天 たいしゃくてん四天王自在天大自在天梵天 ぼんてんなどの神々、そして、龍王や、緊那羅 きんなら乾闥婆 けんだつば阿修羅 あしゅら迦楼羅 かるらたち、さらにはマガダ国の王である阿闍世 あじゃせも伴っていた。

 その時、世尊は男性出家者・女性出家者・男女の在家信者からなる
四衆 ししゅたちに囲まれて、広大なる菩薩のための教えであり、すべてのブッダが把握している無量義 むりょうぎ(大いなる教説)という経を説かれた。その後、世尊無量義処 むりょうぎしょ(無限の教説の基礎)という三昧 さんまい
(瞑想)に入られ、身も心も不動でおられた。(つづく)


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テーマ:仏教・佛教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2022/03/25 05:18 】

第1章 序(序品第1)  | コメント(1)  | トラックバック(0)  |
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