fc2ブログ

なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

カテゴリ

最新記事

fc2カウンター

Facebook

月別アーカイブ

最新トラックバック

最新コメント

リンク

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

法華経信解品第4 四大声聞たちの歓喜の表明

第4章 信順の志(信解品しんげほん第4) 



ダウンロード
須菩提(左)と摩訶迦旃延(右)中村晋也作『薬師寺・釈迦十大弟子』)

 その時、尊者須菩提 しゅぼだいと、尊者摩訶迦旃延まかかせんねん、尊者摩訶迦葉まかかしょう、尊者目犍連もっけんれんの4人の偉大なる声聞たちは、過去に聞いたことのない以上のような法を世尊のそばで面と向かって聞き、また尊者舎利弗がこの上ない正しく完全な覚りに到るであろうという予言を聞いて、希有なる思いを抱き、驚くべき思いに満たされ、大いなる歓喜を得た。そして、その4人は席から立ち上がって、世尊のおられるところに近づいた。そして、上衣を右側の一方の肩だけあらわにして、右の膝頭を地面につけ、世尊のおられるところに向かって合掌して頭を下げ、世尊を目の当たりに仰ぎ見ながら、体を屈め、体を折り曲げ、体をもって敬意を表した。その時、4人のうちの一人が世尊に次のように申し上げた。

ダウンロード (1)
 
摩訶迦葉(左)と目犍連(右)中村晋也作『薬師寺・釈迦十大弟子』)

 世尊よ、私たちは、年をとった高齢の老人であり、この男性出家者の集団において長老と見なされております。年老いて、老衰し、安らぎに達したのだと考えて、世尊よ、私たちは怠惰であって、実にこの上ない正しく完全な覚りに堪える力もなく、努力精進に取り組んでもいませんでした。世尊が法を説いておられる時も、世尊が長い間坐っておられる時も、また私たちがその法の教授の場に臨んでいる時も、世尊よ、私たちは長い間、坐り、長い間、世尊のそば近く仕えたので、手足や身体の各部分が痛み、関節や副関節も傷んでおります。
 
 それ故に世尊よ、世尊が法を説かれて後、『あらゆるものは、固定的な実体がなく、自称がなく、欲望を離れている』ということが私たちには、明白になりました。けれども、私たちは、これらのブッダの法に対しても、ブッダの国土の荘厳や、菩薩の自在なる振る舞い、ブッダの自在な振る舞いに対しても、熱烈な願望を抱くことはありませんでした。

 それは、どんな理由によってでしょうか?すなわち世尊よ、私たちは、迷いの世界であるこの三界から脱出して安らぎを得たと思っていましたし。年をとって耄碌もうろくしているからであります。世尊よ、その後、私たちもまたこの上ない正しく完全な覚りに向けて他の菩薩たちに教えたり、教授したりしていました。しかしながら、世尊よ、私たち自身は、一度でさえもその正しく完全な覚りに対して熱烈に願望する心を生じることはありませんでした。

 世尊よ、この私たちは、この上ない正しく完全な覚りに到るという予言が、声聞たちにも存在するということを、今、世尊のそばで聞いて、不思議で驚くべき思いにとらわれ、実に大きな収穫を得ました。世尊よ、今、まさに思いがけず、過去に聞いたこともないこのようなブッダの言葉を聞いて、実に大いなる宝物を得ました。世尊よ、私たちは、実に無量の宝物を得ました。世尊よ、私たちは求めることもなく、探求することもなく、考えることもなく、熱望することもな、くこのように大いなる宝物を得たのです。

 世尊よ、私たちに明らかになりました。人格を完成された人よ、私たちに明らかになりました。(つづく)

↓ ランキング挑戦中  Brog Rankingのバナーをポチッと押してね!

続きを読む ⇒

テーマ:仏教・佛教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2022/06/07 05:19 】

第4章 信順の志(信解品第4)  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |
≪ 前ページ  | ホーム |