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なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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法華経化城喩品第7 偈頌(詩文)による世尊の説法②

 ダウンロード (4)
涅槃仏(インド・クシナガラ)

 その勝利者が完全なる滅度に入った後で、修行をして、それらの沙弥たちは、幾コー
 ティもの数え切れないほど多くのブッダに出会った。その時、それらの沙弥たちは、
 それらの自分たちが教えを説いて聞かせた人たちと一種に、両足で歩くもののうち
 で最上の人たちのために供養をなした。

 広大で卓越した修行を実行して、それらの沙弥たちが十方において覚りを得た後に、
 その勝利者の16人の息子たちは、すべての方角においてそれぞれ二人ずつ勝利者と
 なった。

 しかもまた、その時、それらの16人の勝利者たちが法を説いて聞かせたそれらの人
 たちはすべて、声聞たちであった。16人の勝利者たちは、それらの声聞たちを種々
 の巧みなる方便によって次第にこの覚りに到達させるのである。

 私もまた、それらの16人の勝利者たちの中にいたのだ。私もまた、あなたたちのす
 べてに教えを説いて聞かせたのだ。それ故に、私の声聞であるあなたたちのすべて
 を、私は今、巧みなる方便によって確かに正しく完全な覚りへと導こう。 

 過去におけるその時、実にこの因、この縁が発生したのだ。そのゆえに、私は法を
 あなたたちに説くべきであり、それ故に、私は、あなたたちを私の最高の覚りへと
 導くのである。男性出家者たちよ、この状況において畏れてはならない。

ダウンロード

 例えば、畏ろしくて、過酷で、人けがなく、孤立していて、身を守るところがなく、
 多くの猛獣が住み、飲み水もない荒野があるとしよう。愚かなものにとって、その荒
 野は、畏ろしいところであるだろう。

 そこには、その荒野へと向かった幾千もの多くの人たちがいるとしよう。そして、そ
 の荒野は人けがなく、広くて、まるまる500ヨージャナ(1ヨージャナは約15㎞)に
 わたっているとしよう。

 通過し難く、極めて畏ろしいその荒野において、それらの人たちの道案内となったそ
 の人は、裕福で、思慮深く、聡明で、志が堅く、よく教育されていて、何ものも畏れ
 るところがない。

 さらにまた、疲れきったそれらの幾コーティもの数え切れないほど多くの生命あるも
 のたちは、その時、その道案内に言った。『友よ、私たちは疲れ切っています。私た
 ちは何もできません。今、ここで引き返すことが私たちの願いです』

 その時、経験豊かで、賢いその指導者はまた、『ああ、何ということか。これらのす
 べての愚かなものたちは、自分で引き返して、宝物を失ってしまうのだ』と考え、そ
 の時、一つの方便を考えるとしよう。

ダウンロード (2)

 『私が今、あるいは直ちに、神通力によって化作しようとしている大都城は、幾
 1000・コーティもの数え切れないほど多くの住居で荘厳され、精舎や遊園で美し
 く飾られている。

 
私は、諸々の池や川も化作するであろう。その大都城は、園林と花で飾られ、諸々
 の城壁や城門で美しく飾られ、比類のない女性と男性たちが住んでいる』

 大都城を化作して後に、その道案内は、それらの人たちに次のように言った。『あ
 なたたちは、恐れてはならない。実に喜びなさい。あなたたちは、最も勝れた都城
 に到着したのだ。速やかに都城の中に入って、やりたいことをやるがよい。

 あなたたちは、今、心を躍らせて安心するがよい。荒野のすべてを余すところなく
 通過したのだ』と、その道案内が、勇気づける言葉を語り、すべての人がようやく
 元気を回復した。

 そして、全員が存分に休息を取ったことを知って、全員を集めて、再び言った。
 『あなたがたは、私のところへ来て、私の言葉を聞くがよい。この都城は神通力で
 できていて、私が化作したのだ

 私は、あなたたちの疲労ぶりを知って、あなたたちが引き返すことにならないよう
 にと考えた。これが、私の巧みなる方便である。宝の島に行くためにあなたたちは
 勇気を出すがよい』と。

 男性出家者たちよ、まさにそのように、私は幾1000・コーティもの数え切れないほ
 ど多くの生命あるものたちの道案内であり、あるいは指導者であって、私は、生命あ
 るものたちが、まさにこのように苦しめられているのを見る。それらの生命あるもの
 たちは、煩悩の殻を破ることができないでいるのだ。

 これらの人たちは、涅槃の安らぎを得てくつろぎを得る。それ故に、私は次のことを
 説くことを考えた。『これが、すべての苦の滅尽であり、あなたたちは阿羅漢の境地
 においてなすべきことをなし終えたのである』と。

ダウンロード
大いなる乗り物(大白牛車)
だいびゃくごしゃ

 しかるに、時が来て、あなたたちがこの安らぎの境地に立ち、そこにおいてあなたた
 ちのすべてを阿羅漢であると私が見なす時、その時、あなたたちのすべてをここに集
 合させて、この〔「白蓮華のように最も勝れた正しい教え」の〕法のままに真の意義
 を示すのだ。
 
 偉大なる聖仙たちが、3つの乗り物を示すということは、指導者たちの巧みなる方便
 である。乗り物はただ一つであって、第二の乗り物は存在しない。しかしながら、人
 々を休息させるために2つの乗り物を示したのである。

 そこで、男性出家者たちよ、私は今、あなたたちに告げよう。『一切知者の智慧を獲
 得するために、あなたたちは最高に高まった勇気を生ずるがよい。〔あなたたちが涅
 槃だと思っているものは、〕その程度であって、決して真の涅槃ではないのだ。

 しかるに、あなたたちが一切知者の智慧と、勝利者の威徳である10種類の力を獲得す
 る時32種類の身体的特徴を具えたブッダとなって後に真の涅槃に達するであろう。

 指導者たちの説法は、このようものである。〔ブッダたちは、疲れきった衆生の〕休
 息のために方便としての涅槃を説き十分に休息したことを知って後に〔真の〕
 涅槃を獲得させるために、すべての人たちを一切知者の智慧へと導くのである』と」
 
以上が、聖なる「白蓮華のように最も勝れた正しい教え」という法門の中の「過去との結びつきの章」という名前の第7章である。
 (化城喩品第7おわり)

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【 2022/09/09 05:26 】

第7章 過去との結びつき(化城喩品第7)  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

法華経化城喩品第7 偈頌(詩文)による世尊の説法①

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するとその時、世尊はまさにこの意味を重ねて示しつつ、次の詩を述べられた。

 『大通智勝如来という世間の人々の指導者が、覚りの座に坐っておられた時、その人
 は最高の真理を見るものではあったけれども、まるまる10中劫もの間、この上ない正
 しく完全な覚りを得ることはなかった。

 神々や、龍、アスラ、(半神半人の)グヒヤカたちは、その勝利者に対する供養のた
 めに奮励し、そこで、この人間の指導者が覚りを覚られると、この人間の指導者の上
 に花々の雨を注ぎかけた。

 頭上の空中においてその勝利者に対する恭敬と供養のために太鼓の音が響き渡った。
 その際、それらの神々や、龍、アスラ、グヒヤカたちは、勝利者が長い間この上ない
 境地を覚りつつあるけれども、なかなか覚られないので大変に心を悩ませていた。

 そして、10中劫が過ぎ去った後に、他の誰にも及ぶことのできないそのブッダは、こ
 の上ない正しく完全な覚りに到達されたのである。その時、それらの諸々の世界にい
 る神々や、人間、龍、アスラたちのすべては、歓喜し、心が高揚した。

 その時、その人間の指導者であるブッダの16人の息子たちは、まだ少年であったが、
 徳の豊かな勇者たちで、幾100・コーティもの数え切れないほど多くの生命あるもの
 たちに伴われて、その両足で歩くものの最善の王に近づいた。

 16人の息子たちは、指導者の両足を頭におしいただいて敬意を表してから、『法を説
 き明かしてください。獅子のように偉大なる人間の王よ、雄弁な説法によって今、私
 たちと、この世間の人々を満足させてください』と懇願した。


梵天勧請2
梵天勧請

 『偉大なる指導者よ、久しい時間の後にあなたが出現されたことが、世界のこの十方
 において知られています。生命あるものたちに瑞相ずいそうを覚知させるために、あなたは、
 ブラフマー神(梵天ぼんてん)の天上の乗り物を震動させられました』

 東の方角にある5万・コーティもの数え切れないほど多くの国土が震動させられた。ま 
 た、そこにある最も勝れたブラフマー神の天上の乗り物は過度に輝きわたった。

 それらのブラフマー神たちは、このような瑞相を理解して、世間の指導者の王に近づ
 いた。それらのブラフマー神たちは、ここにおいて指導者に花々をふり注いだ後に、
 その世間の指導者の王に天上の乗り物をすべて差し上げた。
 
 
それらのブラフマー神たちは、ブッダに真理の車輪を転ずることを懇願し、詩を歌っ
 てブッダを讃嘆した。けれども、その人間の王の中の王は、『私にとって、未だ法を
 説くべき時ではない』と考えて沈黙しておられた。

 南の方角においても同様であり、さらに西、下方、北においても、上方においても、
 〔南東、南西、北東、北西の〕四維しいにおいても同様であって、そこに幾1000・コー
 ティもの数え切れないほど多くのブラフマー神たちがやって来て、
 
 
指導者に花々をふり注ぎ、指導者の両足を頭におしいただいて敬意を表し、さらに
 天上の乗り物をすべて差し上げ、指導者を讃嘆し、さらに次のことを懇願した。

 『無限の視力を持つ人よ、あなたは真理の車輪を転じてください。幾コーティもの
 数え切れないほど多くの劫を経ても、あなたは極めて会い難い人です。過去におい
 て育まれた慈悲の力を示してください。不死の門を開いてください』

ダウンロード
初転法輪像(インド・サールナート)

 ブラフマー神たちの懇願を知って、無限の視力を持つ人は、多くの種類の法、すなわ
 ち、4つの真理(四聖諦)と、あらゆる存在がお互いに相縁あいよって生じていること(えん
 )を詳細に説かれた。

 
その無限の視力を持つ人は、無知(無明)を最初として、〔老〕死を最終項目とする
 苦〔、すなわち十二因縁じゅうにいんねん〕を説かれた。これらのすべてのわざわいと死は、誕生によ
 って生じたのであり、あなたたちは、まさにこれが人間の在り方であることを知るが
 よい。

 そのブッダが、多くの種類の無限に多種多様な法を説き終えられると直ちに、それら
 の法を聞いて、80コーティ・ナユタもの数え切れないほど多くの衆生は速やかに声聞
 の大地に立った。

 次の第二の機会に、その勝利者が多くの法を説かれた時、ガンジス河の砂の数のよう
 に多くの清らかなそれらの衆生が瞬時にして声聞となった。

 それより後、その世間の人々の指導者に属する集団の構成員は、その時、数えきれな
 いものとなった。幾コーティ・ナユタ劫もの量り知れない時間、一人ひとりを数え続
 けても、それらの終わりに遭遇することはないであろう。

 そしてまた、それらのブッダの嫡出子ちゃくしゅつしたちで、出家した16人の王子であるそれら
 の沙弥たちはすべて、その勝利者に申し上げた。『指導者よ、最高の法を説き明かし
 てください。

 世間をよく知る人よ、実にあなたがすべての勝利者たちの最上の人であるように、そ
 のように私たちもなりたいものです。また、あなたは実に清らかな眼を持つ勇者であ
 り、これらの衆生のすべてが、あなたのようになりますように』と。


 その勝利者は、これらの幼い息子たちのこのような意向を知って、幾コーティ・ナユ
 タもの多くの譬喩によって、最上にして最高の覚りを説き明かした。

 幾千もの理由によって説き示しさらに神通の智慧を示現しながら世間の保護者は、
 賢明な菩薩たちが実践している通りに真実の修行を示した。

 
その結果、ブッダは、その数がガンジス河の砂の数のように幾千もの多くの詩によっ
 て、まさにこの「白蓮華のように最も勝れた正しい教え」という広大なる経を説かれ
 たのだ。

 
そして、その勝利者は、この経を説かれた後、精舎に入って観察し続けられた。まる
 まる84劫もの間世間の人々の保護者は同一の席にあって精神を集中しておられた。

 それらの16人の沙弥たちは、指導者が精舎の中に坐っておられて、出て来られること
 がないのを知って、幾コーティもの多くの生命あるものたちに、汚れのない、めでた
 いこのブッダの知を説いて聞かせた。

 それらの16人の沙弥たちは、それぞれ自分の座席を設けて、それらの衆生にまさにこ
 の経を説いた。その後、それらの沙弥たちは、その人格を完成された人の教えのもと
 で、このような尽力をなしたのである。

 その時、その人格を完成された人の一人ひとりの息子は、6万ものガンジス河の砂の
 数のように無量の人々にこの経を説いて聞かせ、多くの衆生を導いたのである。
                                  (つづく)


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【 2022/09/06 05:21 】

第7章 過去との結びつき(化城喩品第7)  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

法華経化城喩品第7 化城宝処の譬え

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 たとえば、男性出家者たちよ、ここに500ヨージャナ(1ヨージャナは約15㎞)に及ぶ荒野と森林があって、宝の島に行くために、人々の大集団がそこに入って来たとしよう。そして、それらの人々の中には、明晰で、博識で、賢明で、聡明で、荒野の難路に精通している一人の道案内がいた。その人が、その隊商を荒野から脱け出させるとしよう。

 その時、その人々の大集団は、疲れ果て、疲弊し、恐れ、おののいて、次のように言った。

 『さて、友よ、道案内の人よ、指導者よ、あなたは察知してください。実に私たちは疲れ果て、疲弊し、恐れ、おののき、不安になっているということを。やはり、私たちはみんな引き返させましょう。ここから、荒野と密林は極めて遠いところまで続いています』と。

 すると、男性出家者たちよ、方便に巧みであるその道案内の人は、それらの人々がそこから引き返したいと思っていることを察知して、次のように考えた。

 『実に、これらの苦悩している人たちが、あのように卓越した宝の島に行かないことがないように』

 
ダウンロード (2)

 その道案内の人は、それらの人々を憐れんで巧みなる方便を用いた。100ヨージャナ、あるいは200ヨージャナ、あるいは300ヨージャナを過ぎ去って、その道案内の人がその荒野の中央に神力によって都城 とじょう化作 けさした。そこで、その道案内の人は、それらの人々に次のように告げるであろう。

 『あなたがたは、恐れてはならない。引き返してはならない。あれは、多くの人々の住むところである。あそこで、休息するがよい。あなたたちにやるべきことが何かあるならば、そのすべてを、あそこでやりなさい。あそこで安らぎに達し、あそこで休息して快適に過ごすがよい。さらに、やるべきことがある人は、あの卓越した宝の島へ行きなさい』

 すると、男性出家者たちよ、森林の中に入り込んでいたそれらの衆生は、不思議な思いにとらわれ、驚くべき思いを抱いて、『私たちは、荒野と森林から脱け出した。ここで安らぎに達し、快適に過ごすことにしよう』と考えるであろう。

 そこで、男性出家者たちよ、それらの人々は、神通力で作り出されたその都城に入り、とうとうたどり着いたという思いを抱き、荒野をやっと抜け出したという思いを抱いて、『安心した』『落ち着くことができた』と考えた。そこで、その道案内の人は、それらの人たちが十分に休息を取ったのを知って、神通力で作り出したその都城を消滅させるとしよう。消滅させた後で、それらの人たちに次のように言った。

ダウンロード (3)

 
『衆生よ、あなたたちは来るがよい。その卓越した宝の島は近いのだ。しかしながら、この都城は、あなたたちの休息のために私が神力によって化作したものである』と。

 男性出家者たちよ、まさにこのように、正しく完全に覚った尊敬されるべきブッダは、あなたたちと、あらゆる衆生にとっての道案内なのである。そこで、男性出家者たちよ、正しく完全に覚った尊敬されるべきブッダは、次のように考えるのだ。

 『脱け出すべきであり、脱出し、立ち去るべきこの煩悩の森林は広大である。実にこれらの人たちが、ブッダの知は唯一であることを聞き、〈達成されるべきこのブッダの知は、多くの困難が伴っている〉と考えて、走って引き返すことがないように、ブッダの知に近づこうとしないことがないように』

 そこにおいてブッダは、衆生が薄弱な志を持っていることを知って、あたかもその道案内の人が、それらの衆生の休息のために神通力で都城を化作して、衆生が休息をとった後に、『実は、これは神通力で作り出された都城である』と語ったように、まさにそのように、ブッダもまた、衆生の休息のために卓越した巧みなる方便によって途中に二つの涅槃の境地、すなわち声聞の涅槃の境地と、独覚の涅槃の境地を教示し、説き明かすのである。
 
 男性出家者たちよ、それらの衆生がその二つの涅槃に留まっているならば。まさにその時、ブッダもまた次のように説き聞かせるのである。

 『しかしながら実に、男性出家者たちよ、あなたたちはなすべき義務を成し遂げたのでもなく、なすべき仕事をなし終えたのでもないのだ。けれども、あなたたちにとってブッダの知はここから近くにあるのだ。あなたたちが到達したと思っている涅槃は、真実の涅槃などではないということを観察し、熟慮するがよい。しかるに、男性出家者たちよ、真実の乗り物はただ一つであるのに三つの乗り物をブッダが説くということ、それは正しく完全に覚った尊敬されるべきブッダたちの巧みなる方便なのだ』と」(つづく)

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【 2022/09/02 05:22 】

第7章 過去との結びつき(化城喩品第7)  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

法華経化城喩品第7 八方の諸仏となった16人の王子と衆生の因縁

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ガンダーラ仏(東京国立博物館蔵)

 男性出家者たちよ、そのことを私はあなたたちに告げよう。あなたたちに知らせよう。幼い子どもたちであったそれらの16人の王子たち、またそのブッダの教えのもとで沙弥としての説法者となった王子たちのすべては、この上ない正しく完全な覚りを覚ったし、またそれらのブッダとなった王子たちのすべては今、この世に滞在し、存在し、時を過ごしていて、十方の種々のブッダの国土において幾100・1000コーティもの数え切れないほど多くの声聞や菩薩たちに法を説き示しているのだ。

 すなわち、男性出家者たちよ、東の方角にある歓喜(極めて楽しいところ)という世界には、①阿閦 あしゅく不動のもの)と、②須弥頂 しゅみちょう(スメール山の頂上)という名前の正しく完全に覚った尊敬されるべきブッダがいる。

 東南の方角には、③獅子音 ししおん(獅子の吠える声を持つもの)と、④獅子相 ししそう(獅子の旗を持つもの)という名前の正しく完全に覚った尊敬されるべきブッダがいる。


 南の方角には、⑤虚空住 こくうじゅう(虚空に住するもの)と、⑥常滅 じょうめつ(常に完全なる涅槃に入っているもの)
という名前の正しく完全に覚った尊敬されるべきブッダがいる。

 西南の方角には、⑦帝相 たいそう(インドラ神の旗を持つもの)と、⑧梵相 ぼんそう(ブラフマー神の旗を持つもの)
という名前の正しく完全に覚った尊敬されるべきブッダがいる。

 西の方角には、⑨阿弥陀(無限の寿命を持つもの)と、⑩度一切世間苦悩 どいっさいせけんくのう(すべての世界の災難や恐怖から逃れたもの)という名前の正しく完全に覚った尊敬されるべきブッダがいる。

 西北の方角には、⑪多摩羅跋栴檀香神通 たまらばつせんだんこうじんづう(タマーラ樹の葉や栴檀の香りの神力を持つもの)と、⑫須弥相 しゅみそう(スメール山に等しいもの)という名前の正しく完全に覚った尊敬されるべきブッダがいる。

 北の方角には、⑬雲自在 うんじざい(雲の音と輝きを持つもの)と、⑭雲自在王 うんじざいおう(雲の音の王)という名前の正しく完全に覚った尊敬されるべきブッダがいる。

 東北の方角には、⑮壊一切世間怖畏 えいっさいせけんふい(すべての世間の恐れと恐怖を消滅させるもの)という名前の正しく完全に覚った尊敬されるべきブッダがいる。

 そして、男性出家者たちよ、実に中央のこの娑婆 しゃば世界には、⑯16番目の私ー釈迦牟尼(シャーキャ族出身の聖者)という名前の正しく完全に覚った尊敬されるべきブッダがいるのである。

ダウンロード (5)

 さらに、男性出家者たちよ、私たちが沙弥であったその時、大通智勝如来の教えのもとで、それらの衆生は沙弥であった私たちから法を聞いた。また、そのブッダの教えのもとで偉大な人であった菩薩の私たちは、この上ない正しく完全な覚りへ向けて衆生を教化した。私たち一人ひとりには、ガンジス河の砂の数に等しい幾100・1000・コーティもの数え切れないほど多くの衆生がいたのだ。男性出家者たちよ、それらの衆生は、今なお声聞の境地にあり続けており、この上ない正しく完全な覚りへ向けて、私たちによってまさに成熟させられているところである。
 
 
この上ない正しく完全な覚りを覚知するために、それらの衆生は、実に以上の次第を経る必要があるのだ。理由は何か?男性出家者たちよ、ブッダの知はこのように実に信順し難いからである。

 
男性出家者たちよ、大通智勝如来の教えのもとで菩薩であった私が、一切智の法を説き聞かせた無量の数えることもできないガンジス河の砂の数に等しい幾100・1000コーティ・ナユタもの衆生とは誰のことであるか?男性出家者たちよ、あなたたちこそが、その時その情況でそれらの衆生であったのだ。

 そして、私が完全なる滅度に入った後、未来の世において生ずる声聞たちは、菩薩としての修行について聞くであろう。しかしながら、『われわれは、菩薩であるのだ』と理解することがないでああろう。


ダウンロード
菩薩立像(東京国立博物館蔵)

 さらにまた、男性出家者たちよ、それらの声聞たちは、すべて〔小乗の涅槃に対して〕完全なる涅槃という思いを持っていて、自分たちの考える完全なる涅槃に入るであろう。

 しかるに、男性出家者たちよ、私が、諸々の他の世界においてそれぞれの世界ごとに異なった名前で過ごしていると、それらの衆生は、ブッダの知を探求しつつ再びそこへ生まれ出て、そこにおいてそれらの衆生は実に再び次の確定的なことを聞くであろう。

 『ブッダたちには、ただ一つの完全なる涅槃がある。ブッダたちには、これよりほかに第二の涅槃は存在しない』と。

 男性出家者たちよ、このことが、ブッダたちの巧みなる方便であり、ブッダによる法の教授の遂行であると知られるべきである。

 男性出家者たちよ、ブッダが、自分自身の完全なる滅度に入る時を見通し、また集会の聴衆が清らかであり、信順の志が堅く、くうの教えに通達していて、禅定に専念し、また大いなる禅定にも専念しているのを見る時、男性出家者たちよ、ブッダは、『これが、その時である』と知って、一切の菩薩たちと、一切の声聞たちを集合させ、その後にこの経の意味を聞かせるのである。

 『男性出家者たちよ、世間において何かある第二の乗り物、あるいは何かある第二の完全なる涅槃が決して存在するのではない。まして況んや、第三の乗り物、あるいは第三の完全なる涅槃をやである』と。
 
 男性出家者たちよ、これこそが、尊敬されるべきブッダたちの巧みなる方便なのである。衆生の多数が、長い間、損ぜられており、また衆生が劣ったものを喜び、愛欲の泥沼におぼれているのを知って、ブッダはそれらの衆生に、方便として、それらの衆生の熱中しているものが涅槃であると説くのである。(つづく)
 
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【 2022/08/30 05:20 】

第7章 過去との結びつき(化城喩品第7)  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

法華経化城喩品第7 16人の王子たちによる法華経の説法

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 すると、男性出家者たちよ、それらの16人の沙弥たちは、大通智勝如来が黙想に入られたのを知って、それぞれに法座としての獅子座を設けて、そこに坐り、大通智勝如来に敬礼してから、「白蓮華のように最も勝れた正しい教え」という法門を8万4000劫にわたって四衆たちに詳細に説き示したのである。

 そこにおいて、男性出家者たちよ、それぞれの沙弥である菩薩は、それぞれ60のガンジス河の砂の数に等しい幾100・1000・コーティ・ナユタもの数え切れないほど多くの生命あるものたちを、この上ない正しく完全な覚りへと成熟させ、教化し、喜ばせ、励まし、歓喜させ、到達させたのである。

 そこで、男性出家者たちよ、大通智勝如来は、8万4000劫を経過した後、思いも堅く、正しくものごとを理解しつつ、三昧 さんまいから立ち上がった。立ち上がってから、大通智勝如来は、その法座のあるところに近づいた。そして、設けられた座席に坐った。
 
 またさらに、男性出家者たちよ、大通智勝如来は、その法座に坐ると直ちに、まず第一に聴衆の集団全体を注視してから、男性出家者の集団に語りかけた。

 『男性出家者たちよ、これらの16人の沙弥たちは、希有なものとなり、驚くべきものとなった。智慧を具え、幾100・1000・コーティ・ナユタもの数え切れないほど多くのブッダに仕え、修行に修行を重ね、ブッダの知に仕えるものであり、ブッダの知を受け止めるものであり、衆生をブッダの知に入らせるものであり、ブッダの知を開示するものである。男性出家者たちよ、これらの16人の沙弥たちに繰り返して仕えるがよい。男性出家者たちよ、声聞のための乗り物に属する人であれ、独覚に到る乗り物に属する人であれ、菩薩のための乗り物に属する人であれ、これらの良家の息子たちの説法をそしることなく、かき乱さない人は、誰でもすべて速やかにこの上ない正しく完全な覚りの獲得者となるであろう。また、それらの人たちのすべては、ブッダの知に達するであろう』

 さらに、男性出家者たちよ、それらの16人の良家の息子たちは、そのブッダの教えのもとでこの「白蓮華のように最も勝れた正しい教え」という法門を繰り返して説き明かした。

 さらに、男性出家者たちよ、偉大な人であり菩薩であるそれらの16人の沙弥たちーその一人ひとりの偉大な人である菩薩が、覚りへ向けて教化したそれぞれ60のガンジス河の砂の数に等しい幾100・1000・コーティ・ナユタもの数え切れないほど多くのそれら衆生のすべてが、生まれ変わったそれぞれの生存のたびごとに、それらの16人の沙弥たちとともに出家して、それらの16人の沙弥たちに出会って、まさにそれらの16人の沙弥たちから法を聞いた。

 それらの衆生は、4万コーティもの数え切れないほど多くのブッダたちを喜ばせたし、あるものたちは今もなお、喜ばせているのである。(つづく)

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【 2022/08/26 05:19 】

第7章 過去との結びつき(化城喩品第7)  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |
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