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なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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命は第一の宝 可延定業御書①

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波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

可延定業御書かえんじょうごうごしょ

文永12年(1275)2月7日、54歳、於身延、和文

 富木常忍の妻に与えたもの。法華経は病の良薬であり、女性を救う教えであることを説き、日蓮自身も母の病を祈った例をあげ、法華経の信心を勧めて病を治すよう諭した。さらに信者の医者でもある四条金吾に治療を頼むよう指示している。日蓮が生命を最も貴いものと述べて、姓名・年齢を書き送るよう指示して、日月天に病気平癒を祈ったことをも知ることができる。

 それ病に二あり。一には軽病、二には重病。重病すら善医にあふて急

に対治すれば命なお存す。何かにいわんや軽病をや。

 ごうに二あり。一には定業じょうごう、二には不定業ふじょうごう。定業すらよくよく懺悔さんげ

れば必ず消滅す。何かにいわんや不定業をや。

 法華経第七に云はく〔この経はすなわちこれ閻浮提えんぶだいの人の病の良薬ろうやく

なり〕」等云云。この経文は法華経の文なり。一代の聖教しょうきょうは皆如来の

金言こんごん、無量劫より以来不妄語の言なり。なかんづくこの法華経は仏の

「〔正直に方便を捨て〕」と申して真実の中の真実なり。

 多宝証明たほうしょうみょうを加へ、諸仏舌相を添へ給ふ。いかでかむなしかるべき。

その上最第一の秘事はんべり。この経文は後五百歳二千五百余年の時、

女人の病あらんととかれて候ふ文なり。

 阿闍世王あじゃせおうは御年五十の二月十五日、大悪瘡身に出来せり。大医耆婆ぎば

力も及ばず、三月七日必ず死して無間大城に堕つべかりき。五十余年が

間の大楽一時に滅して、一生の大苦三七さんしち日にあつまれり。定業限りあり

しかども仏、法華経をかさねて演説して、涅槃経となづけて大王にあた

え給ひしかば、身の病たちまちに平愈し、心の重罪も一時に露と消えに

き。仏滅後一千五百余年、陳臣ちんしんと申す人ありき。いのち知命にありと申し

て五十年に定まりて候ひしが、天台大師にあひて十五年の命をべて、

六十五までをはしき。その上、不軽菩薩ふぎょうぼさつは〔更に寿命を増す〕ととかれ

て、法華経を行じて定業をのべ給ひき。


 彼等は皆男子なり女人にはあらざれども法華経を行じて寿をの

また陳臣は後五百歳にもあたらず冬の稲米・夏の菊花のごとし。

当時の女人の法華経を行じて定業を転ずることは秋の稲米冬の菊花、

誰かをどろくべき。されば日蓮悲母ははをいのりて候ひしかば、現身に病を

いやすのみならず、四箇年の寿命をのべたり。

【現代語訳】
法華経修行と延命

 そもそも、病気には二類あります。その一つは軽病、他の一つは重病です。重病でさ

えも、名医を得て早く治療すれば回復して命を長らえることができます。まして軽病が

治しやすいことはいうまでもありません。

 また、業――われわれの知らない過去の営みを現在に影響させ、現在の営みを未来に

影響させるところの永遠不滅のはたらき――にも二類があります。その一つは定業であ

他の一つは不定業です。報いを受けることが過去の世から決定している定業でさえ、

よくよく懺悔すれば必ず消滅します。まして不定業が消滅しないはずがありません。

 法華経第七巻の薬王菩薩本事品に「この経は、全世界の人々の病気の良薬である」と

説かれています。この経文は、他の経典のものではなくて、法華経のものであることが

肝心です。なぜなら、釈尊一代の説法は、みな如来の真実のお言葉で、永遠の過去から

この方、寸分の誤りもないお説なのですが、それらの中でもとくにこの法華経は、釈尊

ご自身が「正直に説き、方便の説を捨てる」と申されている通りの、真実中の真実の教

えなのだからです。だからこそ多宝如来が「真実の教えである」と証言なさり、十方の

世界から来集した諸仏が舌を梵天ぼんてんまで届かせるという所作で法華経を称賛なさったので

す。そのように、すべての仏たちによって正しさが証明されている法華経ですから、ど

うして虚妄であるはずがありましょうか。

 その上、法華経の薬王菩薩本事品には、非常に大切な密事が記されています。それは

釈尊が亡くなられてから第5番目の500年、つまり2500余年を経た時、女人が病気にか

かるであろうと予言されている経文です。この経文と尼御前のご病気とが符合するわけ

ですが、そのことはさておき、法華経の良薬で病気が治った例を挙げてみましょう。

 インドの※ 1
闍世王は、御年50歳の2月15日にたいへん悪性のはれものが身体にできま

した。名医の※ 2
婆も治すことができません。3月7日には瀕死の状態になって、無間地

獄に落ちるばかりになりました。50余年にわたる栄華の楽しみは一時に消滅して、一生

の間の苦しみが発病以来の21日間に集中する思いでした。こうして定業が限界に達した

のですが釈尊が法華経を重ねて説いて、それを涅槃経と名づけて大王にお与えになっ

たところ身体の病気はただちに治り心の重罪も一時に露のように消えました。また、

釈尊の入滅後1500余年を経たころ、中国に※ 3
臣という人がいました。その人の寿命は、

論語の為政篇に「五十にして天命を知る」といわれる通りの50歳に決まっていたのです

が、天台大師に会って法華経を習い、そのおかげで15年の命を延ばして65歳まで健在で

した。それからまた※ 4
不経菩薩は法華経を修行して、「さらに寿命を増す」と説かれて

いる経文通りに定業をお延ばしになりました。

 これらの人々は、みな男性です。法華経に予言されているような女性ではないのに法

華経を修行して寿命を延ばしました。特に陳臣の如きは釈尊滅後1500年の人ですから、

時代的にも法華経の予言にはずれています。冬の稲米や夏の菊花のようなもので、時節

に合っていませんそれに反して現代は釈尊滅後2500余年に当たっているのですから

女性が法華経の修行により、定業を逆転されて寿命を延ばすのは、秋の稲米や冬の菊花

のように時節が符合していることで、それが成功したからといって誰も驚くにはあたり

ません。そういうわけで、私自身の場合も、母の病気を法華経で祈りましたところ、現

に病気が治ったばかりでなく、4か年間の寿命を延ばしました。(つづく)

【語註】

 ※1 阿闍世王:頻婆娑羅王【びんばしゃらおう】を父とし韋提希夫人【いだいけぶに
          ん】を母とする中インド・マガダ国の王。提婆達多【だいぼだった】にそそのか
          され父を殺して王位につくが、後、その罪を恐れ、耆婆のすすめに従って釈尊に
          救いを求めた。五逆罪を犯した阿闍世王の成仏は、法華経の功徳の甚大さの証と
          される。

 ※2 耆婆:釈尊在世中の名医でマガダ国の大臣となった人。父殺しの罪に恐れおのの
     く阿闍世王を釈尊のもとへ行かせて入信させた。過去世の持水・流水、中国の扁
           鵲【へんじゃく】らとともに名医の代表としてあげられる。

 ※3 陳臣:智宮【ちぎ】の兄陳鍼【ちんしん】のこと。占相師張果に死期の近いこと
          を知らされ、智宮の勧めによって方等懴法【ほうとうせんぼう】を修し、15年の
     寿命を延ばしたという。

 ※4 常不軽菩薩:出会う人すべてを尊敬し、罵られても打たれても礼拝・讃嘆をくり
           かえしたので常不軽と名づけられた菩薩。その功徳によって法華経を得、転生中
           もそれを説き続けたので今生で成仏の果を得たという。釈尊が過去世において菩
           薩道を修行していた時の名である。

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テーマ:仏教・佛教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2023/10/10 05:38 】

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