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なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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真の孝養 刑部左衛門尉女房御返事④

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波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

刑部左衛門尉女房御返事おさかべさえもんのじょうにょうぼうごへんじ

 夫れ四十余年の大小顕密の一切経並に真言華厳三論法相ほっそう倶舎くしゃ

成実じょうじつ・律・浄土・禅宗等の仏・菩薩・二乗・梵釈・日月及元祖等は、

法華経に随ふ事なくばいかなる孝養をなすとも、我則堕慳貪がそくだけんどんとがまぬがるるべ

からず。故に仏本願に趣て法華経を説き給ひき。而るに法華経の御座に

は父母ましまさゞりしかば、親の生れてまします方便土と申す国へ贈り

給ひて候なり。其御ことばに云く而彼土に於て仏の智慧を求て是の経を聞く

ことを得し等云云。此経文は智慧ならん人々は心をとゞむべし。教主釈

尊の父母の御ために説かせ給ひて候経文也。此法門は唯天台大師と申せ

し人計りこそ知りてをはし候ひけれ。其外の諸宗の人々知らざる事也。

日蓮が心中に第一と思ふ法門也。父母に御孝養の意あらん人々は法華経

を贈り給べし。教主釈尊の父母の御孝養には法華経を贈り給ひて候。

 日蓮が母存生してをはせしに、仰せ候し事をもあまりにそむきまいら

せて候しかば、今をくれまいらせて候があながちにくや(悔)しく覚へ

て候へば、一代聖教を
かんがへて母の孝養を仕らんと存じ候間、母の御訪ひ

申させ給ふ人々をば我身の様に思ひまいらせ候へば、あまりにうれしく

思ひまいらせ候間、あらあらかきつけて申し候也。定めて過去聖霊も

たちまちに六道の垢穢くえを離て霊山浄土へ御参り候らん。此法門を知識に

せ給ひて度々きかせ給べし。日本国に知る人すくなき法門にて候ぞ。く

はしくは又々申すべく候。恐恐謹言。   

十月二十一日                   日蓮  花押   

尾張刑部左衛門尉殿女房  御返事

【現代語訳】
法華経の孝養

 法華経以前の40余年に説かれた大乗小乗顕教、密教等の一切の経文並びに真言・

華厳・三論・法相・倶舎・成実・律・浄土・禅宗等の仏、菩薩、二乗、梵天帝釈、日月

及び元祖等は、法華経に随わねば、どんな孝養をしても、仏自ら「我すなわち物惜しみ

の罪に堕ちる」と言われた罪を免れない。それ故仏は本願の通り法華経を説かれたので

ある。

 だが、法華経を説かれたみ座に仏の父母はおられなかったので、父母の生まれ変わっ

ている他の方便土という国に法華経を贈られた。そのお言葉に「かの土において仏の智

慧を求めて法華経を聞くことが出来るだろう」と言われた。

 この経文は智者と言われる人々は心をとどめるべきである。教主釈尊が父母のために

説かれた経文である。この法門はただ天台大師という人だけがご存知であった。その他

の諸宗の人々は知らないのである。日蓮の心中に第一と思う法門である。父母に孝養し

ようとする心のある人人々は法華経を贈られるがよい。教主釈尊は父母の孝養のために

法華経を贈られたのである。

 日蓮の母が存命であった頃、お言葉にあまりに背いてきたので、母が亡くなってしま

ったことがいかにも悔しく思うのである。それで、釈尊一代の聖教を考えて母に孝養し

ようと信心に励んでいるので母を弔おうとなさる人々は自分の事のように思われ、あ

まりに嬉しく思うのである。

 そこで、父母の孝養について大略を書き付けたのである。きっと亡くなられた聖霊も

この法華経を聞いてたちまち六道の汚れを離れて霊山浄土へ参られることであろう。こ

の法門を良い師について度々お聞きなさるがよい。日本国に知っている人は少ない法門

ある。詳しくはまたまた申し上げたい。恐惶謹言。

十月二十一日                           日 蓮 花押

尾張刑部左衛門尉女房御返事

【解説】

 日蓮は、父母を救おうとして救いえぬことを隠そうとはしていない。父母への孝養心

に足らず、母の存命中あまりに母の仰せに背いて来たことを、母に先立たれて悔しく思

う、と語った。この手紙は、法華経における孝養によって、母の恩をいかに受け止め、

どのように報じるべきかを切実に思っていたことを示している。

 そうした父母に対する恩愛の苦渋を噛みしめながら、法華経への献身によって仏の世

界、法華経の功徳に父母を包みこもうとした所に、日蓮の親に対する真実の孝養精神と

実践があったと言える。「自分を生んだ父母等に法華経の大善をすすめ、自らの頸を法

華経に捧げて、その功徳を回向せん」(種種御振舞御書)、という命がけの法華経弘通

によって、はじめて父母等の救済が成就できる、というのである。それは釈迦仏・法華

経への献身そのことが、父母のすべてにめぐり向う孝養となるという確信にほかならな

い。

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【 2023/12/21 05:31 】

真の孝養と仏道をめざして  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

真の孝養 刑部左衛門尉女房御返事③

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波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

刑部左衛門尉女房御返事おさかべさえもんのじょうにょうぼうごへんじ

 外典げてんの孝経には、唯今生こんじょうの孝のみををしへて、後生ごしょうのゆくへを

しらず。身の病をいやして、心の歎きをやめざるが如し。内典五千余巻

には人天二乗の道に入て、いまだ仏道へ引導する事なし。夫れ目連こくれん尊者

の父をば吉占きっせん師子、母をば青提女しょうだいにょと申せしなり。母死して後餓鬼道に

堕ちたり。しかれども凡夫の間は知る事なし。証果の二乗となりて天眼

を開きて見しかば、母餓鬼道に堕ちたりき。あらあさましやといふ計り

もなし。餓鬼道に行てはんをまいらせしかば、わずかに口に入るかと見えしが

飯変じて炎となり、口はかなへの如く、飯は炭をおこせるが如し。身は

燈炬とうこの如くもえあがりしかば、神通を現じて水を出して消す処に、水変

じて炎となりいよいよ火炎のごとくもゑあがる目連自力には叶はざる間

仏の御前に走り参り申してありしかば、十方の聖僧を供養し、其生飯さば

取りて纔に母の餓鬼道の苦をば救ひ給へる計り也。

 釈迦仏は御誕生の後、七日と申せしに母の摩耶夫人まやぶにんにをくれまいらせ

ましましき。凡夫にてわたらせ給へば母の住処をしろしめすことなし。三

十の御年に仏にならせ給て、父浄飯王じょうぼんのうを現身に教化して証果の羅漢と

なし給ふ。母の御ためには、忉利天とうりてんに昇り給ひて、摩耶経を説き給て、

父母を阿羅漢となしまいらせ給ひぬ。此等をば爾前の経々の人々は孝養

の二乗孝養の仏とこそ思ひ候へども立ち還て見候へば不孝の声聞

不孝の仏也。目連尊者程の聖人が母を成仏の道に入れ給はず。釈迦仏程

の大聖の父母を二乗の道に入れ奉りて、永不成仏の歎きを深くなさせま

いらせ給ひをば、孝養とや申すべき、不孝とや云ふべき。而るに浄名居

士、目連をそしりて云く、六師外道が弟子也等云云。仏自身を責めて云く、

我則慳貪けんどんに堕ちなん此事はさだめて不可なり等云云。
然らば目連は知らざれ

とが浅くもやあるらん。仏は法華経を知ろしめしながら、生てをはする

父に惜み、死してまします母に再び値ひ奉りて説せ給はざりしかば、大

慳貪の人をばこれより外に尋ぬべからず。

 つらつら事の心を案ずるに、仏は二百五十戒をも破り、十重禁戒をも

犯し給ふ者也。仏法華経を説かせ給はずば、十方の一切衆生を不孝に堕

し給ふ大科まぬがれがたし。故に天台大師此事を宣べて云く、とが則仏に

云云。ある人云く、是れ十方三世の仏本誓に違背し衆生を欺誑ぎきょうすること

有るなり等云云。

【現代語訳】

 さて、儒教の孝経はただこの世だけの孝行のみを教えて後生の行方を教えない。これ

は、体の病気は治すが心の嘆きを止めることができないようなものである。仏教5000余

巻においても法華経以前は、人間や天上界、声聞、縁覚の道に入れることは出来たが、

仏道へ引導することは出来なかった。あの目連尊者の乳を吉占師子、母を青提女といっ

た。母が死んで餓鬼道に堕ちたのを、まだ凡夫の間は知ることは出来なかった。出家し

て悟りを開き声聞、縁覚の二乗の道に入り、天眼を得て、これを見ると、母は餓鬼道に

堕ちていることが分かった。ああ浅ましいと思うばかりであった。

 そこで、餓鬼道に行って母にご飯を食べさせようとすると、わずかに口に入ったか入

らぬかと思った時、そのご飯は炎に変わり、口はかまどのようになり、ご飯は炭をおこ

したようになった。その身体は松明のように燃え上がったので、目連尊者は神通力を現

わして水を出して消そうとした所、その水も変じて炎となり、火炎のごとく燃え上がる

ばかりであった。

 目連はもう自分の力には及ばないので、仏のみ前に急いで駆け込み、事情を申し上げ

た。そして、仏にお聞きしたように、十方の聖僧に飲食を供養し、その供養したご飯を

少しづつもらい受けて母に与えたところ、漸く母は餓鬼道の苦しみから救われたのであ

る。

 釈迦仏はご誕生の後7日目に母の摩耶夫人の死にあわれた。まだ凡夫であったから、

母の後生をご存知なかった。30歳で成道され、父の浄飯王を教化して、父も悟りを得て

阿羅漢となられた。母のために
忉利天に昇られ摩耶経を説かれ父母を阿羅漢になされ、

悟りを開かせられた。

 法華経以前の諸経の人たちは、これを孝養の二乗、孝養の仏と思っているが、ひるが

えって考えると、不孝の声聞、不孝の仏なのである。目連尊者ほどの聖人でも母を成仏

の道に入れられず、釈迦仏ほどの大聖でも父母をわずか二乗の道に入れるだけで、永く

成仏できないとの嘆きを深くなさしめたのは、果たして孝養であろうか、不孝と言うべ

きであろうか。

 だから、浄名(維摩)居士は目連を批判して、「目連はもともとバラモンの六師外道

の弟子ではないか」と言い、仏はご自身を責めて、「我もしこの法華経を父母に聞かせ

なかったならば、物惜しみの罪に堕ちねばならない。こんな事は決してあってはなら

ぬ」と仰せられた。

 目連尊者は法華経を知らなかったのであるから、その罪はまだ軽いのであるが、仏は

法華経を知りながら、生きておられる父に説くのを惜しみ、亡くなられた母にお会いし

て説かれなかったのだから、大けちん坊の人でなくて何であろう。

 しかしよく考えてみると、法華経を説かなかったなら、仏は自ら決めた250の戒も、

十重戒をも犯された者になる。仏がもし法華経をお説きにならなかったなら、三世十方

の一切の人々を残らず不孝に堕とした大罪を免れることは出来ない。だから、天台大師

はこのことについて、「過ちは仏のほうにある」と言い、ある人は、「これは三世十方

の諸仏が仏の本当の誓いに背いて人々を欺いたことになる」と言った。(つづく)

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【 2023/12/19 05:41 】

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真の孝養 刑部左衛門尉女房御返事②

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波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

刑部左衛門尉女房御返事おさかべさえもんのじょうにょうぼうごへんじ

 今日蓮案じて云く、此の経文は殊にさもやとをぼへ候。父母の御恩は

今初て事あらたに申べきには候はねども、母の御恩の事、殊に心肝しんかんに染

て貴くをぼへ候飛鳥の子をやしなひ地を走る獣の子にせめられ候

目もあてられず、魂もきえぬべくをぼへ候。それにつきても母の御恩

忘れがたし。胎内に九月ここのつきの間の苦み、腹はつづみをはれるが如く、くびは針

をさげたるが如し。いきは出づるより外に入る事なく、色は枯れたる草の

如し。臥せば腹もさけぬべし。坐すれば五体やすからず。かくの如くし

て産も既に近づきて、腰はやぶれてきれぬべく、眼はぬけて天に昇るか

とをぼゆ。かゝるかたきをうみ落しなば、大地にもふみつけ、腹をもさきて

捨つべきぞかし。さはなくして、我が苦を忍びて急ぎいだきあげて血を

ねぶり、不浄をすゝぎて胸にかきつけ、いだきかゝへて三箇年が間、慇懃ねんごろ

に養ふ。母の乳をのむ事、一百八十斛三升五合也。此乳のあたひは一合

たりとも三千大千世界にかへぬべし。されば乳一升のあたひを
かんがへて候

へば、米にあつれば一万一千八百五十こく五升、稲には二万一千七百束に余

り、布には三千三百七十たん也。かにいわんや一百八十斛三升五合のあたひ

をや。

 他人の物は銭の一文・米一合なりとも盗みぬればろう(牢)のすもり

(巣守)となり候ぞかし。而るを親は十人の子をば養へども、子は一人

の母を養ふことなし。あたゝかなるおとこをば懐きて臥ども、こゞへたる母

の足をあたゝむる女房はなし。給狐独園ぎつこどくおん金鳥こんちょうは子の為に火に入り、

きょう尸迦しか夫人は夫の為に父を殺す仏の云く父母は常に子をおもへども

子は父母を念はず等云云。影現王ようげんおうの云、父は子を念ふといえども、子

は父を念はず等是也。たとひ又今生には父母に孝養をいたす様なれども、

後生のゆくへまで問ふ人はなし。母の生てをはせしには、心には思はね

一月に一度、一年に一度は問しかども、死し給ひてより後は初七日より

二七日乃至第三年までは人目の事なればかたの如く問ひ訪ひ候へども、

年四千余日が間の程はかきたえ問ふ人はなし。生てをはせし時は一日片

のわかれをば千万日とこそ思はれしかども、十三年四千余日の程はつや

つやをとづれなし。如何いかにきかまほしくましますらん。


【現代語訳】

母の恩

 
今、日蓮が考え案じてみるにつけても、この経文は殊にもっともだと思うのである。

父母のご恩は今さらこと新しく申すまでもないことであるけれども、母のご恩の事は、

殊に肝に銘じ、心にしみ通って貴く思うのである。空飛ぶ鳥が子を養いながら、地を走

る獣の子に苦しめられることを見るにつけても、目もあてられず、魂も消えてしまうよ

うに思うのである。

 それにつけても、母のご恩は忘れることができない。胎内で9カ月間もの間苦しみ、

お腹は太鼓を張ったようになり、首は針をさげたように細くなり、息は出るだけで入る

息は少なく顔の色は枯草のようになり横に臥せればお腹は張り裂けんばかりとなり、

坐っても五体はだるくて休まらない。このようにしてお産も近づくと、腰は破れて切れ

るかと思われ、眼の玉は抜けて天に昇るかのように思われる。

 このように、わが身を苦しめる敵のようであるから、産み落としたならば、大地に投

げて踏みつけ、腹を裂いて打ち捨てでもするかと思うと、そうではなく、自分の苦しみ

を耐え忍んで、急いで抱き上げ血を拭いて汚れを洗い濯ぎ、胸にすりつけてしっかりと

抱きかかえ、3カ年の間というもの、夜もおちおち寝ずに親切に養い育てる。

 この間にわが子が母の乳を飲むのは、実に180石3升5合にもなる。この乳の価は僅

か1合であろうと三千大千世界に替えられぬ程である。それ故、乳1升の価を調べてみ

ると、米に相当すれば1万1850石5升、稲では2万1700束以上になり、布では3370反

に当たる。まして、180石3升5合の価はどれ程莫大であるかは計り知れない。

 他人の物は、たとえ銭1文、米1合でも盗めば、牢屋に入って暮らさねばならない。

それなのに、親は10人の子を養っても、子は一人の母を養おうともしない。肌温かき夫

を抱いて寝る妻は多いが、凍えた母の足を温める女房はいない。昔、給孤独園(祇園精

舎)にいた金色の鳥は子を助けるために火の中に飛び込み、反対に
※ 1尸迦夫人は、夫に

嫉妬し、父に告げ口したため、父はこれを怒り、夫と戦い、そのために父を殺してしま

った、と伝えられる。

 私が「父母は常に子を思わぬ暇とてないけれども、子は父母を思わない」と言い、影

現王が「自分はこれ程わが子のことを思えども、子は父の事を思わない」と言われたの

も、こうしたことの事実である。たとえこの世では、父母に孝養するように見えても、

亡くなった後生の行末まで心配する人はいない。

 親が生きておられる時は、本心からではなくても、一月に一度、一年に1回くらいは

心配することもあるけれども、亡くなった後は、初七日から二七日(14日)ないし三回

忌までは、世間体もあるので形ばかり心配し、弔いはするが、これから13年4000余日の

後までは絶えて問う人はない。それを、あなたは母の生きておられた時、一日片時の別

れでさえ、千万日も別れていたように思われていたのであるから、13年4000余日の間、

今か今かと亡き母の訪れを待ち望んでいることであろう。亡き母からの便りがないの

で、どんなにか聞きたいと思っていることであろう。(つづく)

【語註】
 
 ※1 
憍尸迦夫人: 憍尸迦は帝釈天が人間時代における名前。その夫人は阿修羅の娘
            で、舎脂(シャチー)。

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【 2023/12/16 05:39 】

真の孝養と仏道をめざして  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

真の孝養 刑部左衛門尉女房御返事①

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波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

刑部左衛門尉女房御返事おさかべさえもんのじょうにょうぼうごへんじ

弘安3年(1281)10月21日、59歳、於身延、和漢混交

 亡き母の13回忌に供養した志をほめ、法華経こその真の孝養を教えるものと説いたもの。

 今月飛来の雁書に云く、此の十月三日、母にて候もの十三年に相当れ

り。銭二十貫文等云云。

 外典げてん三千余巻には忠孝の二字を骨とし、内典ないでん五千余巻には孝養を

眼とせり不孝の者をば日月も光ををしみ地神もいかりをなすと見へて



 ある経に云く六道の一切衆生仏前に参り集たりしに、仏、彼等が身の

上の事を一々に問ひ給ひし中に地神に汝大地より重きものあり

と問ひ給ひかば、地神敬んで申さく、大地より重き物候と申す。仏

の曰く、いかに地神偏頗へんぱをば申すぞ。の三千大千世界の建立は皆大地

の上にそなわれり。所謂いわゆる須弥山しゅみせんの高さは十六万八千由旬ゆじゅん、横は三百三

十六万里也。大海は縦横八万四千由旬也。,其外そのほかの一切衆生草木等は皆

大地の上にそなわれり。此を持てるが大地より重き物有らんや、と問ひ

給ひしかば、地神答て云く、仏は知しょくしながら人に知せんとて問ひ給ふ

。我地神となること二十九こう也。其間、大地を頂戴して候にくびも腰も

痛むことなし。虚空こくうを東西南北へ馳走ちそうするにも重きこと候はず。ただ不孝

の者のすみ候所が身にあまりて重く候也頚もいたく腰もおれぬべ

膝もたゆく、足もひかれず、眼もくれ、魂もぬけべく候。あわれ此

人の住所の大地をばなげすてばやと思ふ心たびたび出来し候へば、不孝

の者の住所は常に大地ゆり候。されば教主釈尊の御いとこ提婆達多だいばだったと申

せし人は閻浮提えんぶだい第一の上臈じょうろう、王種姓しゅしょう也。然れども不孝の人なれば、我

等彼の下の大地を持つことなくして、大地破れて無間地獄に入り給き。

我等が力及ばざる故にて候と、かくの如く地神こまごまと仏に申し上げ

候しかば、仏はげにもげにもと合点せさせ給ひき。又仏歎て云く、我滅

後の衆生の不孝ならん事、提婆にも過ぎ、瞿伽利ぐぎゃりにも超たるべし等云云

取意。涅槃経に、末代悪世に不孝の者は大地微塵よりも多く、孝養の者

は爪上の土よりもすくなからんと云云。

【現代語訳】
不孝の罪

 この10月送って寄こされた手紙によれば、「10月3日は母の13年に当たり、供養とし

て銭20貫文を贈る」とのこと、ありがたくお受けした。

 それ、儒教3000余巻の説くところいかに多くとも「忠孝」の2字が骨髄であり、仏教

の説く5000余巻にわたる教えのうちでは「孝養」こそ眼目である。不孝の者には太陽や

月も光を惜しみ、地神も怒るのであると経文に見えている。ある経文には次のような話

がある。

 ある時、仏のみ前に地獄から天上界にいたる一切の人々が集まっていたところ、仏は

一つ一つ彼らの身の上のことをお尋ねになられ、次のような問答を地神となされた。

 仏「お前は大地の神であるが、大地より重いものがあるか」

 地神「謹んで仏さまに申し上げますが、大地より重いものがございます」

 仏「おかしなことを申すな。この三千大千世界の山でも川でも、一切のものはみな大

地の上に備わっている。いわゆる須弥山の高さは16万8000由旬(1由旬=約14㎞)幅

は336万里、大海は縦横あわせて8万4000由旬、その外の一切の人々から草木に至るま

で皆大地に載せられている。それ程のものを持ちこたえている大地よりも重いものが他

にあろうか」

 地神「(仏はご存じでありながら、人々に分からせようと考えて問われているのであ

ろうと思い)私が地神となってから29劫という長い年月を経ています。その間大地を頂

戴していますが、首も腰も痛かったことはございません。虚空の中を東西南北に駆け回

っても重いとは感じませんでした。ただ不孝の者の住んでいるところは耐えきれないほ

ど重く感じて首も痛く腰も砕けるようで膝もだるく、足も持ち上がらず、眼も眩み、

魂も抜けてしまうかと思うのです。それで仕方なく、この不孝の者の住む大地を投げ捨

てようと思うことは度々ありました。不孝の者の住む所が常に揺れ動くのはこのためで

す。だから、教主釈尊の従兄弟に当たられる提婆達多という人は、世界一の貴い王の血

筋でありましたが、不孝の人であったので、私どもは彼が住んでいる大地を持ちこたえ

られず、大地は敗れて無間地獄に堕ちてしまいました。私どもの力の及ばないためであ

りました」

 地神がこのように細々と仏に申し上げると、仏は「そうだ、そうだ」と合点して頷か

れ、また歎かれて、「私が滅度してから以後の人々の不孝は殺生を働いた提婆達多より

も深く、仏の弟子を誹謗したため地獄に堕ちた提婆の弟子の
瞿伽梨よりも超えている」

と言われた。涅槃経には「末代悪世には不孝の者は大地微塵よりも多く、孝養の者は爪

の上の土よりも少ない」と説かれている。(つづく)

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【 2023/12/14 05:35 】

真の孝養と仏道をめざして  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

真の孝養と仏道をめざして 清澄寺大衆中③

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波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

清澄寺大衆中せいちょうじだいしゅうちゅう

 法華経と申す御経は別の事も候はず。我は過去五百塵点劫かこごひゃくじんてんごうより先の

仏なり。又舎利弗しゃりほつ
等は未来に仏になるべしと。これを信ぜざらん者は無

間地獄に堕つべし。我のみかう申すにはあらず、多宝仏も証明し、十方

の諸仏も舌をいだしてかう候。地涌千界じゆせんがい
・文殊・観音・梵天・帝釈・

日・月・四天・十羅刹らせつ
法華経の行者を守護し給はんと説かれたり。され

ば仏になる道は別のやうなし。過去の事、未来の事を申しあてて候が、

まことの法華経にては候なり。

 日蓮はいまだつくし(筑紫)を見ず、えぞ(西戎)しらず。一切経を

もて勘へて候へばすでに
ひぬ。もししからば、各々不知恩の人なれば

無間地獄に堕ち給ふべしと申候は、たがひ候べきか。今はよし、後をご

らんぜよ。日本国は当時のゆき(壱岐)対馬のやうになり候はんずるな

り。其後、安房の国にむこ(蒙古)が寄せて責め候はん時、日蓮房の申

せし事のあうたりと申すは、偏執の法師等が口すくめて無間地獄に堕ちん

事、不便なり不便なり。

正月十一日                     日 蓮 花押

安房の国清澄寺大衆中

このふみは、さど(佐渡)殿とすけあさり(助阿闍梨)御房と虚空蔵の

御前にして、大衆ごとによみきかせ給へ。

【現代語訳】
蒙古襲来の危機を直視して

 法華経というお経は特別のことを説いたものではありません。法華経には久遠実成くおんじつじょう

の釈尊つまり自分は実に過去五百億塵点劫の昔にすでに成仏していた仏であることと

二乗作仏さぶつ、つまり諸経では成仏できないとされていた舎利弗らの二乗も、未来には必ず

仏になれるということが説かれています。このことを信じない者は、無間地獄に堕ちる

でありましょう。これは日蓮が言うのではなく、多宝如来も十方の諸仏も真実であるこ

とを証明されています。※ 1涌千界の菩薩や文殊・観音・梵天・帝釈天・日・月・四天・

羅刹女らせつにょたちも法華経の行者を守護すると説かれているお経です。そうであるならば、

仏になる道は他にありません。過去や未来のことを間違いなく説きあかすのが法華経で

あり、この法華経を受持していくのが真の法華経の行者であり、成仏への道なのです。

 日蓮はいまだ筑紫の国を見たこともなければ、蒙古国のことも知りませんが、一切経

を閲読して考えた結果蒙古が攻め寄せてくるという予言が的中しましたしたがって、

あなた方は法華経の恩を知らない人たちですから、無間地獄に堕ちるであろうと日蓮が

主張してきたことも、また間違いなくあたるでしょう。今は善いでしょうが、後に必ず

後悔するでしょう。日本国は蒙古から攻められて、今の壱岐・対馬のようになるでしょ

う。そして、この安房の国に蒙古が攻め寄せてきた時、誤った教えを信じていた法師た

ちは口をすぼめて、日蓮房の申していたことは間違いなかったと言いながら、無間地獄

に堕ちていくことは何とも気の毒なことです。

正月十一日                           
日 蓮  花押

安房の国清澄寺大衆中へ

 この手紙は、日向にこう殿と※ 2阿闍梨御房殿とで、虚空蔵菩薩の御前で清澄寺の大衆一同に

読み聞かせていただきたいと存じます。

【語註】

 ※1 
地涌千界:法華経従地涌出品第15に説かれる地涌の菩薩のこと。千界は千世界
            の意で、神力品第21で「千世界微塵等の菩薩摩訶薩、地より涌出せる者」とあ
            るゆえに、六万恒沙(多数の意)の地涌の菩薩を地涌千界という。

 ※2 
助阿闍梨:日蓮の弟子で、日蓮の教説を信奉した清澄寺の住僧と考えられる。
            新尼御前御返事(文永12年)によれば、領家の尼のもとに親しく出入りしてい
            たことがわかる。
 

【解説】

 
真言宗と対論のため伊勢公所持の空海の十住心論・秘蔵宝
鑰・二教論などの借用を依

頼。ついで仏法の邪正を正す行動を回想した幼児における虚空蔵菩薩への誓願や、建長

5年(1253)の清澄寺道善房持仏堂でのいわゆる立教開宗、東条景信と領家の尼との土

地争いに、日蓮が味方して勝利に導いたことなど、日蓮伝の貴重な資料となるものが多

い。

 領家の尼は日蓮にとって重恩の人であり、父母が恩を蒙った女性であった。日蓮が世

間的恩を報じようとしたのは、かつて地頭の押妨に対抗して、清澄、二間の両寺を領家

方に奪い返した行為にみることができる。
しかし、法華経を一度は信じながら、日蓮一

門が弾圧を受けると信仰を退転させてしまった人でもある。

 法華経への恩を忘れた人となって後生に悪道に堕ちてしまうことを哀れに思いながら

も、父母が恩を蒙った人であるから、なんとしても後生は助けてあげたいと祈っている

と、間接的に恩ある領家の尼が悔い改める道に引き返すように願った日蓮の葛藤する心

をくみとることができる。

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テーマ:仏教・佛教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2023/12/12 05:37 】

真の孝養と仏道をめざして  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |
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