fc2ブログ

なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

カテゴリ

最新記事

fc2カウンター

Facebook

月別アーカイブ

最新トラックバック

最新コメント

リンク

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

法華経の女人 日妙聖人御書④

 ダウンロード
波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

日妙聖人御書にちみょうしょうにんごしょ

 「〔今、この三界は、皆これ我が有なり。その中の衆生はことごとく

これ吾が子これなり〕」。我等具縛ぐばくの凡夫たちまちに教主釈尊と功徳ひ

とし。かの功徳を全体うけとる故なり。経に云はく「〔我と等しくして

異なること無きがごとし〕」等云云。法華経を心得る者は釈尊と斉等な

りと申す文なり。譬へば父母和合して子をうむ。子の身は全体父母の身

なり。誰かこれを諍ふべき。牛王ごおうの子は牛王なり。いまだ師子王となら

ず。師子王の子は師子王となる。いまだ人王天王等とならず。

 今法華経の行者は「〔その中の衆生はことごとくこれ吾が子なり〕」

と申して教主釈尊の御子なり。教主釈尊のごとく法王とならん事かたかる

べからず。ただし不孝の者は父母の跡をつがず。堯王ぎょうおうには丹朱と云ふ

太子あり。舜王しゅんのうには商均と申す王子あり。二人共に不孝の者なれば、

父の王にすてられて現身に民となる。重華ちょうかとは共に民の子なり。孝

養の心ふかかりしかば、堯舜の二王召して位をゆづり給ひき。民の身た

ちまちに玉体にならせ給ひき。民の現身うつしみに王となると凡夫のたちまちに

仏となると同事なるべし。一念三千の肝心と申すはこれなり。

 しかるをいかにとしてかこの功徳をばうべきぞ。楽法梵士ぎょうぼうぼんじ・雪山童

子等のごとく皮をはぐべきか身をなぐべきかひじをやくべきか等云

章安大師云はく「〔取捨よろしきを得て一向にすべからず〕」等こ

れなり。正法を修して仏になる行は時によるべし。日本国に紙なくは皮

をはぐべし。日本国に法華経なくて、知れる鬼神一人出来せば身をなぐ

べし。日本国に油なくば臂をもともすべし。あつき紙国に充満せり。皮

をはいでなにかせん。

【現代語訳】

 法華経の譬喩品に、仏のお言葉として「今、この三界はみな私の所有するところであ

その中の生きとし生ける者はことごとく私のいとしい子である」とありますように、

私たち煩悩だらけの凡夫も、妙法を信じたもてば、たちまちに教主釈尊と功徳が同じにな

ります。なぜなら釈尊の功徳をそっくりそのまま納受することになるからなのです。法

華経の方便品にも「私と同等であって異なるところがまったくない」とありますが、そ

れは、法華経を受持する者の功徳は釈尊とまったく同じであるという文です。たとえば

夫婦が睦びあって子を生みます。その子の体は父母の分身であって少しも他人の要素は

入っていません。誰もこの事実を否定することは出来ないでしょう。たとえば、牛王の

子は牛王です。決して獅子王とはなりません。また獅子王の子は獅子王となります。決

して人王や天王などにはならないのです。

 さて法華経の行者は、譬喩品に「三界の中の生きとし生ける者は、ことごとく私の愛

しい子である」と証言されている通り、教主釈尊の御子です。だから教主釈尊のように

法王となるのは困難なことではありません。ただし、親不孝の者は父母の跡を継ぎませ

ん。たとえば※ 1王には丹朱という太子がありましたし、※ 2王には商均という王子があり

ましたが、二人とも不孝者であったので父の王に見放されてそのまま平民階級に身を置

くことになりました。反対に、重華と※ 3とは二人とも平民の子だったのですが、親孝行

の心が深かったので、堯王・舜王の二王が召し寄せて王位をお譲りになりました。平民

の身がたちまちにして玉体とおなりになったのです。このように、民がその身のままで

王となることと、凡夫がたちまちにして即身成仏することとは同類のことです。※ 4念三

千の肝心というのはこのことにほかなりません。

 さてそれでは、どのようにしたらこの功徳を得ることが出来るのでしょうか。楽法梵

士や雪山童子や薬王菩薩らのように、皮をはいで経文を記す紙にしたり、身を投げて飢

えた虎に与えたり、臂をともして法華経に供養したりしなければならないのでしょうか。

このような疑問に関して※ 5安大師は涅槃経疏に「取捨を適宜に行なって、偏向してはな

らない」と、このように答えています。正しい仏法を修めて仏になる行法は、時に応じ

てなされなければなりません。日本国に紙がなかったならば皮をはぐのがよいでしょ

う。日本国中が法華経に無知で、ただ一人それを知っているという鬼神が出現したなら

ば身を投げ与えるのも当然でしょう。日本国に油がないというのなら臂を燃やさなけれ

ばならないでしょう。ところが、日本には厚い立派な紙がたくさんあります。そのよう

な状態のところで皮をはいでも何の意味もありません同じように身を投げることも、

臂を燃やすことも、今の日本では無意味なことです。では、どのような行法によって妙

法の功徳が得られるのでしょうか。(つづく)

【語註】

 ※1 堯王:中国古代の伝説上の帝王。五帝の一人。陶唐氏と号す。理想的な善政を
            行ない、賢帝の代表とされる。子の丹朱が不肖であったので位を舜に譲った。
 
 ※2 舜王:中国古代の伝説上の帝王。五帝の一人。名は重華。堯王から帝位を譲ら
            れ、理想的な善政を行なった。賢帝の代表とされる。

 ※3 禹:中国古代の伝説的な帝で、夏朝の創始者。黄河の治水を成功させたという
            伝説上の人物である。

 ※4 一念三千:一瞬一瞬の心のはたらきの中に三千の諸相がすべて具わっていると
            いう天台智【ちぎ】の教え。三千の諸相とは、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人
            間・天・声聞・縁覚・菩薩・仏の十界に分けられる一切衆生の境地のそれぞれ
            が、互いに十界を具えているので百界となり、その百界がそれぞれ、相・性・
            体・力・作・因・縁・果・報・本末究竟等の十種の面(十如是)を具えている
            ので千種となり、その千種のそれぞれが、物と心とのかかわりあいの境地(衆
            生世界)・存在する場(国土世間)・存在を構成する要素(五陰)世間)の三
            種の世間にわたっているからいうのであって、要するに一切の現象のことであ
            る。

 ※5 章安大師:中国天台の第二祖灌頂。22歳の折に天台山修禅寺へ赴いて智から
            天台の教観を習い、爾後14年間、智の入滅にいたるまで随侍した。智の没
            後その遺教100余巻を集収記録して後代に伝えるとともに、自らも多くの著述
            を世に残した。

↓ ランキング挑戦中  Brog Rankingのバナーをポチッと押してね!
スポンサーサイト



テーマ:仏教・佛教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2024/02/29 05:36 】

日蓮聖人の手紙 法華経の女人  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

法華経の女人 日妙聖人御書③

 ダウンロード
波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

日妙聖人御書にちみょうしょうにんごしょ

 薬王菩薩は法華経の御前にひじを七万二千歳が間ともし給ひ、不軽菩薩ふぎょうぼさつ

は多年が間二十四字のゆへに無量無辺の四衆、罵詈めり毀辱きにく杖木瓦礫じょうぼくがりゃく

もつてこれを打擲ちょうちゃくせられ給ひき。いわゆる二十四字と申す「我深敬汝

等。不敢軽慢。所以者何。汝等皆行菩薩道。当得作仏。=〔我深く汝等

を敬うあえて軽慢きょうまんせずゆえはいかん。汝等皆菩薩の道を行じてまさ

に作仏することをうべし等云云かの不軽菩薩は今の教主釈尊なり

昔の須頭檀王すづだんのうは妙法蓮華経の五字の為に、千歳が間阿私仙人あしせんにんにせめつか

はれ身を床となさせ給ひて、今の釈尊となり給ふ。

 しかるに妙法蓮華経は八巻なり八巻を読めば十六巻を読むなるべ

釈迦多宝の二仏の経なる故。十六巻は無量無辺の巻軸なり。十方の

諸仏の証明ある故に。一字は二字なり。釈迦多宝の二仏の字なる故へ。

一字は無量の字なり。十方の諸仏の証明の御経なる故に、譬へば如意宝

珠の玉は一珠なれども二珠ないし無量珠の財をふらすことこれをなじ。

法華経の文字は一字は一の宝、無量の字は無量の宝珠なり。

 「妙」の一字には二つの舌まします。釈迦多宝の御舌なり。この二仏

の御舌は八葉の蓮華なり。この重る蓮華の上に宝珠あり。妙の一字な

り。
この妙の珠は昔釈迦如来の檀波羅蜜だんばらみつと申して、身をうえたる虎にか

(飼)ひし功徳、鳩にか(貿)ひし功徳、尸羅波羅蜜しらはらみつと申して須陀摩王しゅだまおう

としてそらことせざりし功徳等、忍辱にんにく仙人として歌梨王かりおうに身をまかせし

功徳、能施太子のうせたいし尚闍梨仙人じょうじゃりせんにん等の六度の功徳を妙の一字にをさめ給ひ

て、末代悪世の我等衆生に一善を修せざれども六度万行の満足する功徳

をあたへ給ふ。

【現代語訳】

 ※ 1王菩薩は、7万2000年の間、両臂を燃やして法華経に供養なさいました。また※ 2

菩薩は、長年、わずか24文字のために多くの人々から罵詈ののしられ、はずかしめられ、杖木で

打たれ、瓦礫を投げつけられるなど種々の迫害をお受けになりました。その24文字とは

我深敬汝等。不敢軽慢。所以者何。汝等皆行菩薩道。当得作仏。=(われ深く汝らを敬

う。決して軽慢しない。なぜかと言えば、汝らは皆、菩薩の道を修行して、まさしく仏

道を達成すべき人だからである)」というものです。あの不軽菩薩は、今の教主釈尊な

のです。それからまた昔の須頭檀王は、妙法蓮華経の5字に込められた教えを求めて、

1000年の間、※ 3私仙人のもとで身を粉にして修行なさり、今の釈尊となられました。

妙の一字に備わる釈尊のべてのす功徳

 ところで妙法蓮華経は8巻あります。が、その8巻を読めば16巻を読んだことになり

ます。なぜなら、釈迦・多宝の二仏が、それぞれに真実であることを証明なさったお経

だからですまた法華経が16巻だと言ってもそれは無限に多い巻数にほかなりません

なぜなら、十方世界の無数の仏たちが証明されたお経だからです。もう一度言いましょ

う。法華経の1字は2字分の価値があります。なぜなら釈迦と多宝の二仏によってその

正しさが証明された文字だからです。いやそれだけではありません。またその1字は無

数の字だといえます。なぜなら法華経は数限りない十方世界の仏たちによって保証され

た真実のお経だからなのですそれはたとえば如意宝珠はただ1個の玉ですけれども、

2個3個と無数の宝珠を作り出していくのと同じことですつまり、法華経の文字は、

ただの字ではなくて、1字が1個の宝珠であり、またそれは無数の字、すなわち無数の

宝珠であるのです。

 「妙」の1字には2枚の舌による御証明がなされています。その2枚の御舌とは釈迦

如来と多宝如来のものです。この二仏の御舌は8葉の蓮華であります。その重なった蓮

華の上に宝珠があります。それが「妙」の一字なのです。この妙という宝珠は、昔、釈

迦如来が、※ 4(布施)波羅蜜といって、肉体を飢えた虎に与えた功徳や、鷹に追われた

鳩にかわって身を捧げた功徳、また※ 4羅(持戒)波羅蜜といって、※ 5陀摩王として嘘を

つかなかった功徳、あるいはまた※ 6辱仙人として歌(迦・訶)梨王に両手足を切られて

も耐えしのんだ※ 4辱波羅蜜の功徳、それから※ 7施太子が※ 4進波羅蜜を修して得た如意宝

珠で人々の衣服の窮乏を救った功徳、そして※8闍梨仙人が虫けらにまで慈悲を及ぼして

いたという禅波羅蜜の功徳など、六度(六波羅蜜)の功徳を全部納めつくしていらっし

ゃる字で、末法・濁悪の代に生を受けた愚かな私たちが、たった一つの善い行ないさえ

しなくても、六度をすべて修行したのと同じ功徳をお与えくださるのです。(つづく)

【語註】

 ※1 薬王菩薩:過去世で日月浄明徳仏の弟子(一切衆生喜見菩薩という)であった
           ころ、法華経を聞いて歓喜し、身を燃やして仏に供養した。1200年燃え続けた
           火が消えるとともに菩薩の身も滅したが、その功徳によってまた日月浄明徳仏の
           国の浄徳王の家に再生し、仏から滅後の弘教を依嘱された。そこで仏の遺骨を納
           める8万4000の塔を建てて供養したが、なお満足せずに臂を燃して7万2000年
     の間供養し、無数の人々に菩提心を得させた。日蓮は、薬王菩薩の不惜身命の事
           蹟に正法護持の理想的なあり方を見、自らの範とするとともに、それを門下に勧
           めている。

 ※2 不軽菩薩:常不軽菩薩は釈尊が過去世において菩薩道を修行していた時の名前
        で、略して不軽菩薩・不軽などともいう。仏道に心を寄せている者を見ては尊
            敬し、罵られても打たれても礼拝・讃嘆をくりかえしたので常不軽と名づけら
            れた菩薩。その功徳によって法華経を得、転生中もそれを説き続けたので今生
            で成仏の果を得たという。

 ※3 阿私仙人:法華経「提婆達多品」の本生譚【ほんじょうたん】に登場する仙
           人。釈尊が過去世で国王(須頭檀王だったころ、王位を捨てての仏道修行中に、
           妙法蓮華経を保持しているという阿私仙人に会い、1000のあいだ献身的に給仕
           奉公してそれを得、今世において成仏することができた。その仙人は今の提婆達
           多であるとして悪人成仏が説かれることになる。

 ※4 檀波羅蜜:波羅蜜は梵語のパーラミターの音写で、彼岸(悟りの岸)に至ると
            いうこと。そのために実践すべき六波羅蜜の6種の徳目がある。檀波羅蜜(布
            施=ほどこしをする)・尸羅【しら】波羅密(持戒=戒律を守る)・羼提【せ
            んだい】波羅蜜(忍辱=困苦にたえる)・毘梨耶【びりや】波羅蜜・(精進=
            ひたすら励む)・禅那【ぜんな】波羅蜜(禅定=心を統一する)・般若波羅蜜
         (智慧=真実を見極める)の6種。

 ※5 須陀摩王:六波羅蜜の持戒波羅蜜を修行して一生の間妄語をしなかった王。鹿
            足王に捕われて殺されることになった時、その日の朝に約束をしたことが果た
            せないことを訴えて7日間の猶予を与えられ、帰国して約束を果たすとまた殺
            されるために鹿足王のもとへ赴いた。

 ※6 忍辱仙人:釈尊が過去世に仙人として修行をしていた時の名。忍辱波羅蜜を修
            行し、悪虐な歌梨王に耳目手足を切り取られても動ぜず、かえって身体をもと
            にもどす霊験を現わして歌梨王の反省と入信を誘った仙人。

 ※7 能施太子:釈尊が過去世において国王の子であった時の名。非常な艱難を乗り
            越えて海中の竜宮城を訪れ、竜王から如意宝珠(何でも望みをかなえてくれる
            宝の玉)を譲り受け、それによって無量の衣食を得て貧しい人々を救った。

 ※8 尚闍梨仙人:釈尊が過去世において仙人として修行をしていた時の名。その慈
            悲は鳥獣から虫類にまで及んだという。

↓ ランキング挑戦中  Brog Rankingのバナーをポチッと押してね!

テーマ:仏教・佛教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2024/02/27 05:41 】

日蓮聖人の手紙 法華経の女人  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

法華経の女人 日妙聖人御書②

 ダウンロード
波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

日妙聖人御書にちみょうしょうにんごしょ

 昔雪山童子せっせんどうじと申す人ありき。雪山と申す山にして、外道げどうの法を通達

せしかども、いまだ仏法をきかず。時に大鬼神ありき。説きて云はく

「諸行無常。是生滅法。=〔諸行は無常なり、これ生滅の法〕」等云

云。ただ八字ばかりを説きて後をとかず。時に雪山童子この八字をえて

悦びきわまりなけれども、なかばなる如意珠にょいじゅをえたるがごとく、花さきて

菓ならざるににたり、「残の八字をきかん」と申す時、大鬼神云はく、

「我数日が間飢饉して正念を乱る。ゆへに後八字をときがたし。食をあ

たえよ」と云云。

 時に童子問いて云はく「なにをか食とする」

 鬼答えて云はく「我は人のあたたかなる血肉なり。我飛行自在にし

て、
須臾しゅゆの間四天下してんげを回りたづぬれども、あたたかなる血肉得がたし。

人をば天まほり給ふゆへにとがなければ殺害する事かたし」等云云。

 童子の云はく「我身を布施としてかの八字を習ひ伝へん」と云云。

 鬼神云はく「智慧甚だ賢し。我をやすかさんずらん。」

 童子答へて云はく「瓦礫がりゃくに金銀をかへんにこれをかえざるべしや。我

つぶさにこの山にして死しなば、鴟鳧しきょう虎狼に食はれて、一分の功徳なか

るべし。後の八字にかえなば糞を飯にかふるがごとし。」

 鬼云はく「我いまだ信ぜず。」

 童子云はく「証人あり過去の仏もたて給ひし大梵天王だいぼんてんのう・釈提桓因しゃくだいかんにん

・日・月・四天も証人にたち給ふべし。

 この鬼神後の偈をとかんと申す。童子身にきたる鹿の皮をぬいで座に

しき、踞跪合掌してこの座につき給へと請す。大鬼神この座について説

きて云はく「生滅滅已。寂滅為楽。=〔生滅、滅し已れば、寂滅も楽と

なる〕」等云云。

 この偈を習ひ学して、もしは木もしは石等に書き付けて、身を大鬼神

の口になげいれ給ふ。かの童子は今の釈尊、かの鬼神は今の帝釈帝釈なり。

【現代語訳】

 昔、インドに雪山童子という人がいました。雪山という山で外道の法を修行して悟り

の境地に達しましたが、まだ仏法については知りませんでした。その時に大鬼神が現わ

れました。そして「諸行無常。是生滅法。=(諸行は無常である。これは生・滅の法で

ある)」と、四句の偈のかみの2句8字だけを説いて、後の8字は口を閉じてしまいまし

た。雪山童子は、この2句に説かれた真理を会得しただけでも非常に嬉しかったのです

が、物足りない思いが残っていることは、あたかも半分欠けた如意宝珠を手にしたよう

であり、また、花が咲いたのに果実がならないような感じでした。そこで「しもの2句を

教えてください」と願い出ると、大鬼神は「私は、ここ数日のあいだ食物を口にせず、

腹が減って気分が悪い。だから下2句を説くわけにいかない。もし本当に知りたいのな

ら、食物を用意しなさい」と言いました。

 童子「何を食物としているのですか」。

 大鬼神「わしの好物は人間の温かい血肉である。わしは空を自由に飛べるので、瞬時

にして※ 1天下(世間中)を翔けめぐり探し求めるのだけれども、なかなか人間の温かい

血肉を得ることができない。人間を天の神々が守っているものだから、殺害しにくいの

だ」

 童子「私の血肉を食物としてさしあげ、その下2句を習得して後の世に伝えたいと思

います」

 鬼神「悪智恵を働かせたな。嘘をついて、わしを騙そうとしているのであろう」

 童子「瓦礫と金銀とを交換することができる時に、換えない人があるでしょうか。私

が、何の取り柄もなくて、この山中に死んだとするならば、ただとびふくろうや虎や狼の餌

食となるだけであって、一つも世の中の役に立ちません。もし、私の身命を、真理を説

いた偈文後半の8字と交換出来たとするならば、それは糞を飯と換えるように意義のあ

ることです」

 鬼神「そんなことを言っても、まだまだ信用しないぞ」

 童子「では証人を立てましょう過去の仏たちも証人としてお立てになった※ 2梵天王

※ 3釈天・※ 4天・※ 5天・※ 6天王が証人にお立ちくださるはずです。

 ここにいたって鬼神は下2句の偈を説こうと言いました。童子は、身に着けていた鹿

の皮をぬいで敷きひざまずきながら合掌してそこへお坐りくださいとうながします。

大鬼神はその座につき、「生滅滅已。寂滅為楽。=(生も滅も滅してしまえば、寂滅も

楽となる)」と説きました。

 この偈を学び習った雪山童子は、あるいは木、あるいは石などにそれを書きつけて後

の世に残るようにした後、大鬼神の口の中に身を投げ入れなさいました。その時の雪山

童子とは今の釈尊であります。そして、あの鬼神は今の帝釈天であるのです。(つづ

く)

【語註】

 ※1 
四天下:須弥山【しゅみせん】の四方の大海にある四つの大陸。弗婆提【ほつ
            ばだい】(東)・閻浮提【えんぶだい】(南)・瞿陀尼【くだに】(西)・欝
            単越【うったんのつ】(北)の四州をいう。人間が住んでいるのは閻浮提であ
            る。

 ※2 大梵天王:インドの思想で宇宙を創造した最高の神。仏教では色界初禅天の主
            で、帝釈天と並ぶ最高の守護神とする。

 ※3 帝釈天:インドの雷神インドラが仏教にとり入れられ、大梵天王と並ぶ最も有
            力な護法の天神となったもの。利天【とうりてん】の主で須弥山頂の善見城
          (喜見城)に住み、四天王を率いて仏法を外敵から護る。特に阿修羅王とは激闘
            をした。

 ※4 日天:月天子・明星天子と並ぶ三光天子の一。太陽を神格化した神で日宮殿に
            住する。日蓮は、法華経の行者の守護神として崇めている。

 ※5 月天:日天子・明星天子と並ぶ三光天子の一。月を神格化した神で月宮殿に住
            する。日蓮は、法華経の行者の守護神として崇めている。

 ※6 四天王:須弥山の中腹にある四王天(四天王衆天=六欲天の最下層の天)の主
            で、帝釈天に仕え、八部衆を率いて仏法を外敵から護る。東方の持国天王、南
            方の増長天王、西方の広目天王、北方の多聞天王(毘沙門天王)の四神で、み
            な武将の姿をしている。

↓ ランキング挑戦中  Brog Rankingのバナーをポチッと押してね!

テーマ:仏教・佛教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2024/02/24 05:26 】

日蓮聖人の手紙 法華経の女人  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

法華経の女人 日妙聖人御書①

 ダウンロード
波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

日妙聖人御書にちみょうしょうにんごしょ

文永9年(1272)5月25日、51歳、於佐渡一谷、和文

 文永8年(1271)11月に佐渡に配流されて塚原三昧堂で極寒の冬を過ごした後、日蓮は翌年4月に一谷入道の屋敷に移り住むことになった。それから1カ月余り経った5月頃、日蓮によって日妙聖人と名付けられる女性が、幼い娘の乙御前と二人で鎌倉から日蓮を訪ねて来た。そのひたむきな求道心を称える手紙である。釈尊の前世物語にみられる聖者の求道の志を時に応じて継承しつつ、妙の一字を体し正直な心をいちずに示した女人の成仏を説く。日蓮の女性観をあらわす代表的手紙である。

 過去に楽法梵志ぎょうぼうぼんじと申す者ありき。十二年の間、多くの国をめぐりて

如来の教法を求む。時に総じて仏法僧の三宝一もなし。この梵志の意は

渇して水をもとめ、飢えて食をもとむるがごとく、仏法を尋ね給ひき。

時に婆羅門ばらもんあり、求めて云はく、「我聖教しょうぎょうを一持てり。もし実に仏

法を願はばまさにあたふべし」梵志答へて云はく「しかなり」婆羅門の

云はく、「実に志あらば皮をはいで紙とし、骨をくだいて筆とし、髄を

くだいて墨とし、血をいだして水として書かん、と云はば仏の偈を説か

ん」時にこの梵志悦びをなして彼が申すごとくして、皮をはいでほして

紙とし、ないし一言をもたがへず。時に婆羅門忽然こつぜんとして失せぬ。この

梵志天にあふぎ、地にふす。仏陀これを感じて下方よりでて説き

云はく「如法応修行。非法不応行。今世若後世。行法者安穏。=〔如法

はまさに修行すべし、非法は行ずべからず、今世もしや後世、法を行ず

る者は安穏なり〕」等云云。この梵志須臾しゅゆに仏になる。これは二十字な

り。

 昔、釈迦菩薩転輪王てんりんおうたりし時、「夫生輙死。比滅為楽。=〔それ生

まれてすなわち死すこの滅を楽となす〕の八字を尊び給ふ故に

をかへて千燈にともして、この八字を供養し給ひ、人をすすめて石壁要

路にかきつけて、見る人をして菩提心をおこさしむ。ここ光明忉利天とうりてん

至る。天の帝釈並びに諸天の燈となり給ひき。

 昔、釈迦菩薩仏法を求め給ひき。癩人らいじんあり。この人にむかつて「我正

法を持てり。その字二十なり。我癩病をさすり、いだき、ねぶり、日に

両三片の肉をあたへば説くべし」と云ふ。彼が申すごとくして、二十字

を得て仏になり給ふいわゆる如来証涅槃永断於生死若有至心聴。

当得無量楽。=〔如来は涅槃を証し、永く生死を断じたまふ、もし至心

に聴くこと有らば、まさに無量の楽をうべし〕」等云云。

【現代語訳】
身を捨て仏法を求めた聖者の物語

 過去の世に,※ 1法梵志という人がいました。12年の間、多くの国々を遍歴して仏法を求

めました。その頃は、いくら尋ねても仏・法・僧の三宝が一つもありませんでした。こ

の梵志は、喉の渇いた者が水を飲みたがり、腹のへった人が食物を食べたがるように、

心の底から仏法をお求めになりました。その時に一人のバラモンがおり、梵志に向かっ

て言いました。「私は一偈の聖教を知っています。もし本当に仏法を願い求めるならば

伝授しましょう」と。梵志は「ぜひお願いします」と答えました。するとバラモンは、

「心底から仏法を求める気持ちがあるならば、身の皮をはいで紙とし、骨を折って筆と

し、髄を砕いて墨とし、血を出して水として記録しなさい。それを誓うならば仏法の偈

を教えましょう」と言いました。そこで梵志は大いに喜び、皮をはいで紙とすることか

ら始めて、ひとつ残らず実行しました。その時、バラモンの姿は忽然として消えてしま

いました。梵志は天を仰ぎ地に伏して歎き悲しみました。すると仏が、梵志の真心を認

めて下の方から涌き上がり「如法応修行。非法不応行。今世若後世。行法者安穏。=

(如法は必ず修行せよ。非法は決して行なってはならない。今世にせよ後世にせよ、仏

法を行ずる者は安穏である)」とお説きになりました。それを聞いた梵志はたちまちに

して仏になりました。梵志を成仏させた仏のお言葉はわずかに20字であります。

 昔、釈迦菩薩が※ 2輪聖王として修行中、「夫生輙死。此滅為楽。=(衆生は生まれた

と思うとすぐに死んでいく。この滅を楽とする)」という8字を尊い教えであるとお思

いになったので、身命を投げ捨て、千灯にともしてこの8字を供養し、人を勧誘して石や

壁や要路にその8字を書きつけて、見る人たちは菩提心を興させました。千灯の光は※ 3

利天にまで届き、その天の主である帝釈天をはじめとする天神たちを供養するともじびとな

りました。

 昔釈迦菩薩が仏法を求めて修行なさっていました。その時一人の癩病患者がいて、

釈迦菩薩にむかって「私は正しい仏法を会得しています。それは20字に収められていま

す。私の癩病の局所をさすり、体を懐き、膿を舐め、日ごとに2・3斤の肉を与えてく

れるならば、それを説き示しましょう」と言いました。釈迦菩薩は癩病患者の言う通り

にして、20字の教えを学び成仏なさいました。その20字というのは「如来証涅槃。永断

於生死。若有至心聴。当得無量楽。=(仏は涅槃解脱の道を悟り尽くして永遠に生死の

煩悩を断滅された。もし心を至してその境地を聴聞するならば、まさしく量り知れない

法楽を得るであろう)」というものです。(つづく)

【語註】

 ※1 
楽法梵志:楽法梵士ともいう。釈尊が過去世において仏法を求めて修行してい
            た時の名。身の皮を紙とし、骨を筆とし、血を墨とすることも厭わずに仏の偈
            を求めたという。

 ※2 転輪聖王:転輪王とも輪王ともいう。インドにおける理想的な帝王。天から感
            得した宝の輪を転がして邪悪を退治する。武力によらないで正義によって世界
            を統治する王。

 ※3 忉利天:欲界六天の第二天で須弥山の頂上にある。中央に善見城(喜見城)が
            あり、その四方の峰に八天ずつあるので、中央と合わせて三十三天ある。そこ
            を統治するのが帝釈天である。

↓ ランキング挑戦中  Brog Rankingのバナーをポチッと押してね!
続きを読む ⇒

テーマ:仏教・佛教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2024/02/22 05:31 】

日蓮聖人の手紙 法華経の女人  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

法華経の女人 千日尼御前御返事⑩

 ダウンロード
波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

千日尼御前御返事せんにちあまごぜんごへんじ

 さわ(谷)の入道の事なげくよし尼ごぜんへ申しつたへさせ給へ。た

だし入道の事は申切り候しかばをもひ合せ給ふらむ。いかに念仏堂あり

とも阿弥陀仏は法華経のかたきをばたすけ給ふべからず。かへりて阿弥

陀仏の御かたきなり。後生ごしょう悪道あくどうちてくいられ候らむ事あさまし。

ただし入道の堂のらう(廊)にて、いのちをたびたびたすけられたりし

事こそ、いかにすべしともをぼへ候はね。

 学乗房をもつてはか(墓)につね球究法華経をよませ給へとかたらせ

給へ。それもかなふべしとはをぼえず。さても尼のいかにたよりなかるら

むとなげくと申しつたへさせ給ひ候へ。またまた申すべし。

七月二十八日                   
日 蓮  花押

佐渡国府阿仏房尼御前

【現代語訳】

 佐渡の※ 1さわ入道が亡くなられたことについて、「深く哀悼の意を表している」と、

亡くなられた入道の尼御前にお伝え願いたい。ただし、入道の信心については、(念仏

を信じていたので、一心になって法華を信仰しなければ仏には成れないと)言いきって

おいたが、その言葉を思い返して欲しい。たとえ念仏堂があったとしても阿弥陀仏は法

華経のかたきを助けるようなことはしない。かえって阿弥陀仏の敵となってしまうことにな

る。亡くなられて悪道に堕ち、悔やんでおられると思うと嘆かわしく情けない気持ちで

ある。ただし、入道の堂の廊で命をたびたび助けてもらったことは、どのようなことが

あっても忘れられない。

 学乗房にいつも入道のお墓へ参って、法華経を読んであげるようにと伝えていただき

たい。それでも仏に成るという願いはかなえられるとは思えない。それはそうとして残

された尼が、どのように頼りなく嘆いておられるかと、悲しんでいると伝えていただき

たい。また次の機会に申し上げることにしよう。

七月二十八日                          日 蓮  花押

佐渡国府阿仏房尼御前

【語註】

 ※1 
一の谷入道: 一谷は地名であり、入道の名は近藤清人だという説もある。この
            人は、流されてきた日蓮を助けて妻の尼御前と食物の供養などを行なったり、
            堂の一角に住むように便宜をはかったが、入道自身は阿弥陀信仰を持ってい
            た。

【解説】

 この手紙が書かれた弘安元年7月の時点でも、前年来の疫病は収まっていなかった。

日蓮は、信徒たちがどうしているか心配していた。そこへ、ひょっこりと阿仏房が日蓮

の目の前に現れたその姿を見つけた時の日蓮の喜びようがこの手紙に表われている

「尼御前はいかに」「国府入道殿はいかに」と矢継ぎ早に尋ねる日蓮の嬉しそうな表情

が目に浮かぶ。

 7月6日に佐渡を発った90歳の阿仏房は、海を渡り山河を越えて、身延山の日蓮の許

に27日に到着している。これが、3度目の訪問であった。しかも、亡くなる9カ月前の

ことである。それほどに阿仏房・千日尼夫婦は日蓮を敬い慕っていたと言えよう。

 阿仏房は、順徳上皇の警護に当たる北面の武士で、上皇が佐渡に流されたのに伴って

佐渡へ来て、塚原周辺の名主として定住していたという。阿仏房の名前から分かるよう

に、阿仏、すなわち阿弥陀仏 を信仰していて、塚原の三昧堂にいる日蓮を論駁しよう

と訪ねて来て、日蓮の人格や教えに触れて妻の千日尼とともに帰依するようになった。

千日尼は、食の乏しい三昧堂にお櫃を夫に背負わせ、地頭の責めも顧みず、夜中に忍ん

でご飯を届けることを続けた。後に、このことを理由に地頭から科料を科され、家を没

収されて所を追われた。それでも、志を貫き通した。阿仏房夫妻が遠ざけられると、今

度は阿仏房夫妻と親しかった佐渡の国府に住む名主の国府入道夫妻が、一目を避けて衣

食の供養に励んだ。後に、あばら家のような三昧堂から一谷入道の邸宅内に移されてか

らは、一谷入道の妻の帰依があった。

 この手紙は、阿仏房が3度目に身延山の日蓮を訪問した時に持参していた千日尼の手

紙に対する返信である。千日尼は「女人の罪障」と「法華経の女人成仏」について質問

してきた。それに対して、日蓮は、当時の日本で理解されていたインド・中国・日本の

仏教史を語り、『法華経』の重要性をいろいろな視点から強調している。

 「矢の走るは弓の力、雲のゆくことは竜の力、おとこのしわざは女の力」(「富木尼

御前御書」)と、夫の振舞はすべて妻の努力に負っていると、日蓮は述べている。夫の

言葉、その顔の後ろには妻がじっといる。夫という矢を飛ばす弓としての妻の姿をとら

えている。千日尼もそういう人であった。日蓮が佐渡に流された時、周りの者が日蓮を

憎み、迫害を加えるただ中にあって、千日尼は夫の阿仏房に櫃を負わせて夜中に食を運

び、供養を捧げた。そればかりか、日蓮が身延に入ると、3度まで夫を訪わせている。

その「計り知れないお志」は、日蓮をも感動させるものであった。

 佐渡の国より身延までは山海を隔てること1000里に及ぶ。それなのに女人の身とし

法華経を信じる志を持たれ、年々に夫を使いとして訪わせられた。きっと法華経、釈

迦、多宝、十方の諸仏はあなたのお心をご覧になられているだろう、と述べ、いつの日

か釈迦仏のみもとでお目
にかかろう、細やかに綴っている。

↓ ランキング挑戦中  Brog Rankingのバナーをポチッと押してね!
続きを読む ⇒

テーマ:仏教・佛教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2024/02/20 05:39 】

日蓮聖人の手紙 法華経の女人  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

法華経の女人 千日尼御前御返事⑨

 ダウンロード
波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

千日尼御前御返事せんにちあまごぜんごへんじ

 そうえ御消息に云く、「尼が父の十三年はきたる八月十一日」。また云

く「ぜに一貫もん」等云云。あまりの御心ざしのせつに候へば、ありえて

御はしますにしたがひて法華経十巻をくりまいらせ候。日蓮がこいしくをは

せん時は、学乗房がくじょうぼうによませてちやうもんあるべし。この御経をしる

しとして、後生にはおんたづねあるべし。

 そもそも去年今年こぞことしのありさまはいかにかならせ給ひぬらむと、をぼつ

かなさに法華経にねんごろに申し候つれども、いまだいぶかし(不審)

く候つるに、七月二十七日の申の時に阿仏房を見つけて、尼ごぜんはい

かに
、こう入道殿はいかにとまづといて候つれば、いまだやま(病)

、こう入道殿は同道どうどうにて候つるが、わせ(早稲)はすでにちかづき

ぬ、
こ(子)わなし、いかんがせんとてかへられ候つるとかたり候し時

こそ、盲目の者の眼のあきたる、死し給へる父母の閻魔宮えんまぐうより御をとづ

れの夢の内にあるをゆめにて悦ぶがごとし。あわれ球究ふしぎなる事か

な。これもかまくらも此方こなたの者はこの病にて死ぬる人はすくなく候。同

じ船にて候へばいづれもたすかるべしともをぼへず候つるに、ふねやぶ

れてたすけぶねにへるか。また竜神のたすけにて事なく岸へつけるか

とこそ不思議がり候へ。

【現代語訳】

 法華経を頼り霊山浄土へ

 そのうえ、お手紙によると「尼の父上の十三回忌が、来たる8月11日」とのこと、ま

た「その供養に布施として1貫文を送る」とのこと。あまりに御心ざしが尊いことであ

るので、手元に置いてある※ 1華経十巻本を贈呈することにしよう。日蓮を恋しく思う時

は、※ 2乗房にこの経を読ませて御聴聞なさい。この御経を証明書として、後生には霊山

浄土へ尋ねて来られるがよい 

 さてそれはともかく、去年から今年にかけての疫病流行のありさまで、どのように暮

らしておられるかと、心配のあまり法華経に無事であることをねんごろに祈願していた

が、今だに不安な気持でいたところ、7月27日の午後4時頃に、阿仏房が到着したのを

見て、「尼御前は無事でおられるか」「国府※ 3 こう入道殿はお元気か」と真っ先に聞いたとこ

ろ、「まだ2人とも病気にもかからず元気で、ことに国府入道殿は、一緒に途中まで来

たが、早稲の取り入れ時期になってしまったので、代りに農事をしてくれる子がいない

から仕方なく引き返して行かれた」と阿仏房が答えた時は、まさに眼の不自由な者が眼

が見えるようになったような、また亡くなられた父や母が閻魔の宮から夢の中へ訪れて

きて会うことができたような悦びであった。まことにまことに不思議なことであった。

身延山でも鎌倉でも、われわれの関係者には疫病で亡くなる人は少ない。例えば同じ船

に乗り合わせていた場合、船が沈めば助かる人はなく、皆ともに海へ沈むことになるの

だが、船が難破しても助け船に遇ったか、または竜神の助けによって、無事に溺れず岸

へたどり着いたようなもので、不思議なことである。(つづく)

【語註】

 ※1 法華経十巻:法華経はふつう一部八巻といわれているが、開経の無量義経一巻
            と、結経の観普賢経一巻をあわせると十巻になる。

 ※2 学乗房:佐渡の一谷に生まれ、最初は真言宗の僧であったが、佐渡流罪中の日
            蓮と出会い、日蓮の弟子となった。一の谷入道一家との関係が深い。日蓮が鎌
            倉へ戻った後も、佐渡の信徒の信仰指導に当たっていて、佐渡の中心的存在で
            あり、法華堂(現在の妙照寺)を建てている。日静と名乗り、実相寺を建立し
            て布教した。

 ※3 国府入道:佐渡の国の国府に住んでいた。流罪中の日蓮に帰依し、夫婦そろっ
            て種々の物を供養して日蓮を外護した。日蓮が身延に入山した後も、佐渡から
            日蓮を訪ねている。

↓ ランキング挑戦中  Brog Rankingのバナーをポチッと押してね!

テーマ:仏教・佛教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2024/02/17 05:38 】

日蓮聖人の手紙 法華経の女人  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

法華経の女人 千日尼御前御返事⑧

 ダウンロード
波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

千日尼御前御返事せんにちあまごぜんごへんじ

 漢土かんど沛公はいこうと申せし人、王の相ありとて秦の始皇の勅宣ちょくせんくだして云

く、沛公ちてまいらせん者には不次ふじしょうを行ふべし。沛公は里の中に

は隠れがたくして、山に入りて七日二七日なんどありしなり。その時命

すでにをわりぬべかりしに、沛公の妻女つま呂公りょこうと申せし人こそ、山中を尋

ねて時時よりより命をたすけしが、彼は妻なればなさけすてがたし。

 これは後世ごせををぼせずば、なにしにかかくはをはすべき。またその故

に或は所ををい、或はくわれう(科料)をひき、或は宅をとられなんど

せしに、ついにとをらせ給ぬ。法華経には過去に十万億の仏を供養せる

人こそ、今生こんじょうには退たいせぬとわみへて候へ。されば十万億供養の女人な

り。

 その上、人は見る眼の前には心ざしありとも、さしはなれぬれば、心

はわすれずともさてこそ候に、ぬる文永十一年より今年弘安元年まで

はすでに五ケ年が間、この山中に候に、佐渡の国より三度まで夫をつか

わす。いくらほどの御心ざしぞ。大地よりもあつく、大海よりもふかき

御心ざしぞかし。

 釈迦如来は我が薩埵 さった王子たりし時うへたる虎に身をかい(飼)し功

徳、
尸毗王しびおうとありし時、鳩のために身をかへし功徳をば、我が末の

くのごとく法華経を信ぜん人にゆづらむとこそ、多宝・十方の仏の御前

にては申させ給ひしか。

【現代語訳】

 中国の※ 1公という人は王になる人相をしていた。そこで※ 2の始皇は勅宣を下して、

「沛公を打ち殺してきた者には、多大の賞を授与する」と言った。沛公は村里の中には

穏れるところがなくなり、山の中へ逃げ入って1週間から2週間にも及んだ。その時に

食物もなくなり命もすでに尽きようとしていたおり、沛公の妻である呂公という人が、

ひそかに山中を尋ねてときおり食物を届けたということであるが、彼の場合は妻なの

で、なさけのうえからも捨ててはおかれなかったからである。

 今あなたの場合は、後世のことを思わなかったならば、なんでこのように尽くしてく

れることが出来ようか。またそのためにあるいは住む所を追われ、あるいは科料※ 3かりょうに処

せられ、あるいは住宅を取り上げられたりしたが、ついにわが意を通して、心をひるが

えさなかった。法華経の法師品には、「過去の世に10万億の仏を供養した人だけが、今

生においてどのような困難にあっても退転せずに仏に成れる」と書かれている。もしそ

うだとしたらあなたは、過去世に10万億の仏を供養した女性である。

 そのうえ、人間というものは自分の眼の前では、いろいろと心をこめた世話をしてく

れるものだが、眼の前から遠く離れてしまうと、心の中では忘れていなくとも、つい疎

遠になってしまうものである。それなのに、去る文永11年(1274)より今年弘安元年

(1278)までの5か年の間に、この身延山へ佐渡の国から3度も夫である阿仏房を旅立

たせられたことは、どのような御心ざしによるものであろうか。さながら大地よりも厚

く大海よりも深い御心ざしである。

 釈迦如来は、その※ 4薩埵王子としての修行中には、飢えた虎にわが身を与え、※ 5毗王

として生まれた時は鳩のためにわが身を鷹に与えた、その功徳を、我が末法の時代にこ

のように法華経を信ずる人に譲り与えられると、※6宝・十方の諸仏の御前で言明されて

おられたのであろうか。(つづく)

【語註】

 ※1 沛公:前漢を建国した劉邦のこと。人間的に魅力あふれる人物だったようで、
            多くの優秀な人材が彼に付き従った。項羽と天下を巡って争い、勝利した。

 ※2 秦の始皇:秦の始皇帝のこと。自らの徳は、三皇五帝にも勝れているとして皇
            帝を名乗った。前221年に中国を統一して絶対王政を敷いた。急激な拡大と強
            圧政治に対する反動のため、死後数年にして帝国は崩壊した。

 ※3 科料:罰金。

 ※4 薩埵王子:『金光明経』などに説かれる釈尊の過去世の修行時代の名前。王子
            は、飢えた虎とその7匹の子のためにその身を投げて虎の命を救ったという。
            法隆寺蔵の玉虫厨子に描かれた捨身飼虎図に描かれているのが薩埵王子であ
            る。

 ※5 尸毗王:釈尊の過去世物語の一つに登場する王で、鷹に追われた鳩を助けるた
            めに自分の肉を削って与えた。

 ※6 多宝・十方の諸仏:『法華経』で釈尊滅後の弘教の付嘱の場面となった虚空会
            に登場した過去仏の多宝如来と、十方から集まってきた諸仏。

↓ ランキング挑戦中  Brog Rankingのバナーをポチッと押してね!

テーマ:仏教・佛教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2024/02/15 05:46 】

日蓮聖人の手紙 法華経の女人  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

法華経の女人 千日尼御前御返事⑦

 ダウンロード
波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

千日尼御前御返事せんにちあまごぜんごへんじ

 こゝに日蓮ねがって云く、日蓮はまったくあやまりなし。たとひ僻事ひがごとなりとも日

本国の一切の女人をたすけんと願せる志はすてがたかるべし。いかにいはん

や法華経のまゝに申す。しかるを一切の女人等信ぜずばさてこそあるべ

きに、かへりて日蓮をうたする、日蓮が僻事か。釈迦・多宝・十方の諸

仏・菩薩・二乗・梵釈ぼんしゃく・四天等いかにはからひ給ふぞ。日蓮僻事ならば

その義を示し給へ。ことには日月天は眼前の境界なり。また仏前にして

きかせ給へる上、法華経の行者をあだまんものをば「頭破七分」等と誓

はせ給ひて候へばいかんが候べきと、日蓮強盛にせめまいらせ候ゆへに

天この国を罰す。ゆへにこの疫病やくびょう出現せり。他国よりこの国を天をほ

せつけて責めらるべきに、両方の人あまた死ぬべきに、天の御計おんはからいひと

してまづ民をほろぼして人の手足を切るがごとくして大事の合戦なくし

この国の王臣等をせめかたぶけて、法華経の御敵おんてきを滅して正法を弘通ぐつう

んとなり。

 しかるに日蓮佐渡の国へながされたりしかば、彼国かのくにの守護等は国主の

御計おんはからひに随ひて日蓮をあだむ万民はその命にしたがう。念仏者

真言師等は鎌倉よりもいかにもしてこれへわたらぬやう計ると申しつか

わし極楽寺の良観等は武蔵の前司殿ぜんじどのわたくし御教書みきょうしょを申して弟子に

持たせて日蓮をあだみなんとせしかば、いかにも命たすかるべきやうは

なかりしに天の御計らひはさてをきぬ地頭々々等念仏者々々々等

日蓮が庵室に昼夜に立ちそいてかよ(通)う人あるをまどわさんとせめ

しに、阿仏房にひつ(櫃)をしをわせ、夜中に度々たびたび御わたりありし事、

いつの世にかわすらむ。ただ悲母の佐渡の国に生れかわりてあるか。

【現代語訳】

諸天の御はからい

 そこで日蓮は次のような願を立てた。「日蓮には全く過ちはないはずである。たとえ

間違っていたとしても、日本中のすべての女性を扶けようと願って立てた志は捨てがた

いものである。ましてや法華経に説かれている通りに申し立てている。それなのにすべ

ての女性は信じてしかるべきなのに、逆に日蓮を打たせるということは、日蓮が間違っ

ているのであろうか。釈迦仏・多宝仏・十方の諸仏・菩薩・二乗・梵天・帝釈・四天王

等は、これをどのように考えられているか。もしも日蓮が間違っているならば、そのこ

とを示していただきたい」という願である。ことに日天・月天は眼前に輝いている。ま

た昔、仏前において法華経の行者を守護すべきことを聞いているうえに、「もし行者を

妨害する者があったら頭を七つに割ってしまうと誓いを立てられているので、その誓い

は今どのようになっているのか」と日蓮が強く盛んに守護の神々を攻めたてたので、諸

天はこの国を罰して疫病が流行しているのである。他の国からこの国を諸天に命じて責

めさせるべきであるが、双方の国の人人が数多く死ぬことになるので、天のはからいで

まず民の数をへらし、人の手足を切るように、大事な合戦に至らないようにして、この

国の王臣等を責めながら、法華経の敵をほろぼし、正法を広めようとしたのである。

 日蓮の母の生まれかわり

 それなのに日蓮が佐渡の国へ流されたので、佐渡の守護職にあたっている人らは、国

主の命に随って日蓮を敵視するのである。万民もまたその命に随っている。念仏者・禅

・律・真言師等は、どんなことがあっても二度と鎌倉へ日蓮が帰って来ないように対策

を立てていると言ってよこし、※ 1楽寺の良観等は※ 2蔵の前司である宣時のぶときに頼んで※ 3の御

教書を書いてもらい、弟子に持たせて佐渡へ渡り、日蓮を迫害しようとしたので、何と

も命が助かるとは思えなかった諸天の御はからいについてはさておくことにしよう。

地頭という地頭等、念仏者という念仏者等は、すべて日蓮の※ 4室に昼夜に立ち添って、

尋ねて来る人々を迷わせ、日蓮に会わせないように妨害しているなかで、あなたは夫の

阿仏房に※ 5 ひつを背負わせて、夜暗にまぎれたびたび尋ねて来てくれたことは、いつの世

になっても忘れることは出来ないことである。ただごととも思えない。日蓮の母が佐渡

の国へ生まれ変わってこのようにしむけてくれているのではなかろうか。(つづく)

【語註】

 ※1 
極楽寺の良観:忍性とも称し、律宗の僧で大和の人、北条長時に招かれ鎌倉に
            入り極楽寺で修法につとめたが、日蓮を憎み讒言して、迫害を加えさせた一人
            である。

 ※2 武蔵の前司殿:北条宣時のこと。武蔵守を退位したので前司という。

 ※3 私の御教書:将軍の命により執権が出す公文書を、将軍や執権の許可もなく、
            それ以下の者がひそかに出すので私の御教書という。つまりニセの御教書のこ
            と。

 ※4 庵室:僧尼や世捨て人の住む粗末な住まい。ここでは、塚原三昧堂のこと。

 ※5 櫃:飯を入れておく木製の器。おひつ。

↓ ランキング挑戦中  Brog Rankingのバナーをポチッと押してね!

テーマ:仏教・佛教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2024/02/13 05:43 】

日蓮聖人の手紙 法華経の女人  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

法華経の女人 千日尼御前御返事⑥

ダウンロード
波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

千日尼御前御返事 せんにちあまごぜんごへんじ

 されば日本国の一切の女人法華経の御心 みこころかなふは一人もなし。わが悲母

せんとすべき法華経をば唱へずして弥陀に心をかけば、法華経はもとなら

ねばたすけ給ふべからず。弥陀念仏は女人たすくる法にあらず、必ず地

獄にち給ふべし。いかんがせんとなげきし程に我悲母をたすけんため

に、弥陀念仏は無間地獄 むげんじごくごうなり。五逆 ごぎゃくにはあらざれども五逆にすぎた

り。父母を殺す人はその肉身をばやぶれども、父母を後生 ごしょうに無間地獄に

は入れず。

 今日本国の女人は必ず法華経にて仏になるべきを、たぼらかして一向 いっこう

に南無阿弥陀仏になしぬ。悪ならざればすかされぬ。仏になる種ならざ

れば仏にはならず。弥陀念仏の小善をもつて法華経の大善を失う。小善

の念仏は大悪の五逆罪にすぎたり。

 譬へば承平 しょうへい将門 まさかどは関東八箇国 はっかこくをうたへ(打平)、天喜 てんぎ貞任 さだとうは奥

州をうちとどめし。民を王へ通ぜざりしかば、朝敵となりてついにほろ

ぼされぬ。これ等は五逆にすぎたる謀反 むほんなり。今日本国の仏法もまたか

くのごとしいろかわれる謀反なり法華経は大王大日経観無量寿経

真言宗・浄土宗・禅宗・律僧等は彼々の小経によて法華経の大怨敵 だいおんてき

なりぬ。

 しかるを日本の一切の女人等我心 わがこころのをろかなるをば知らずして、

我をたすくる日蓮をかたきとをもひ、大怨敵たる念仏者・禅・律・真言

師等を善知識 ぜんちしきとあやまてり。たすけんとする日蓮かへりて大怨敵とをも

わるゝゆえに、女人こぞりて国主に讒言 ざんげんして伊豆の国へながせし上、ま

た佐渡の国へながされぬ。

【現代語訳】

 したがって、日本中のすべての女性に中に、法華経の御心にかなった人は一人もいな

い。わが悲母のために頼るべき法華経を唱えず、弥陀に心をかけていたならば、法華経

が本になっていないので、母を助けることもできないのである。弥陀念仏は女性を助け

る法ではないから必ず地獄へ堕ちてしまうことになるどうしようかと嘆いてみたが

我が悲母を助けるために唱える弥陀念仏は、無間地獄へ堕ちるための業因となり、五逆

罪を犯したわけでもないのに、五逆罪よりも過ぎた罪となってしまう。なぜなら、父母

を殺す人はその肉体を傷つけるが、父母の魂にまで傷をつけ後生に無間地獄へ堕とし入

れることはないからである。

 現今の日本国中の女性は、必ず法華経で仏に成れるはずなのに、騙されて、もっぱら

南無阿弥陀仏を唱えている。もともとからの悪人ではないので、騙されてしまうのであ

る。仏に成る種子ではないので、いくら唱えても念仏では仏にならない。弥陀念仏の小

善でもって法華経の大善を失うことになる。この場合の小善の念仏は、大悪の五逆罪に

過ぎたものとなる。

 例えば、承平年間(931~938年)に※ 1将門は関東八州を平定し、天喜年間(1053~

58年)の、※ 2部貞任は奥州を打ち平らげて、民と王とを引き離してしまったので、朝敵

となりついに滅ぼされてしまったようなものである。これらは五逆罪よりも重い謀反の

罪である。現在の日本における仏法もまたこのようなものであり、色形の変わった謀反

である。すなわち法華経は大王であり、※ 3日経・観無量寿経・真言宗・浄土宗・禅宗・

律僧等は、それぞれの小経によって大王たる法華経の大怨敵となってしまっている。

 それなのに日本中のすべての女性は、自分の心の間違っているのを知らないで、自分

たちを助けようとしている日蓮を逆に敵と思い、大怨敵である念仏者・禅・律・真言師

等を正しい師だと誤ってしまっている。助けようとする日蓮を、かえって大怨敵だと思

い込んでしまっているので、女性はこぞって国主に讒言をし、伊豆の国へ流罪にしたう

え、さらにまた佐渡へも流罪にした。(つづく)

【語註】

 ※1 
平将門:関東に兵を起こし、朝廷に背いたが、平貞盛に討たれた。

 ※2 安部貞任:朝廷に背いたが、源頼義に討たれた。

 ※3 大日経:大日経・金剛頂経・蘇悉地経の三経は、真言の三部経といわれて、密
            教の根本をなす経典。

↓ ランキング挑戦中  Brog Rankingのバナーをポチッと押してね!

テーマ:仏教・佛教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2024/02/10 05:33 】

日蓮聖人の手紙 法華経の女人  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

法華経の女人 千日尼御前御返事⑤

 ダウンロード
波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

千日尼御前御返事せんにちあまごぜんごへんじ

 しかるに日蓮はうけがたくして人身をうけ、ひがたくして仏法に値

ひ奉る。一切の仏法の中に法華経に値ひまいらせて候。その恩徳おんとくををも

へば父母の恩・国主の恩・一切衆生の恩なり。父母の恩の中に慈父をば

天に譬へ、悲母を大地に譬へたり。いづれもわけがたし。その中、悲母

の大恩ことにほうじがたし。これを報ぜんとをもうに、外典げてん三墳さんぷん・五

典・孝経等によて報ぜんとをもへば、現在をやしないて後生ごしょうをたすけが

たし。身をやしない魂をたすけず。

 内典ないでんの仏法に入て五千七千余巻の小乗大乗は、女人成仏かたければ悲

母の恩報おんほうじがたし小乗は女人成仏一向いっこうに許されず大乗経は或は成

或は往生を許したるやうなれども仏の仮言かりのことばにて実事じつじなし。ただ法

華経なかりこそ女人成仏、悲母の恩を報ずる実の報恩経にては候へと見候

しかば、悲母の恩を報ぜんためにこの経の題目を一切の女人に唱へさせ

んとがんす。

 それに日本国の一切の女人は漢土の善導ぜんどう、日本の慧心えしん永観ようかん・法然

等にすかされて、せんとすべきに南無妙法蓮華経をば一国の一切の女人一

人も唱ふることなし。ただ南無阿弥陀仏と一日に一返十返百千万億反乃

至三万十万反、一生が間昼夜十二ときにまた他事なし。道心堅固どうしんけんごなる女人

も、また悪人なる女人も弥陀念仏をもととせり。わづかに法華経をことと

するやうなる女人も月まつまでのすさび、をもわしき男のひまに心なら

ず心ざしなき男にあうがごとし。

【現代語訳】

信仰を間違えてしまった人々

 日蓮はいま受け難い人としての身を受け、そのうえ値い難い仏法に値い奉ることが出

来たすべての仏法の中でも最も優れた法華経に値うことができたその恩徳を思えば、

父母の恩・国王の恩・すべての衆生の恩である。父母の恩については、慈父を天にたと

え、悲母を大地にたとえて、どちらも分けへだてすることは出来ないが、その中でも特

に悲母の大恩はことに報いがたいものがある。この大恩を報じようと思って仏教以外の

儒教による※ 1墳・五典・※ 2経等によって報じようとしたら、現世の報恩はできても、後

生の報恩まではできない。すなわち身体を養うことはできても魂をたすけることは出来な

い。

 仏法の中に入っても、5000ないし7000余巻もある小乗や大乗の経は、女性の成仏が

難しいので、悲母の恩に報いることは出来ない。ことに小乗仏教では女性の成仏は少し

も許されていない。大乗経の中にはあるいは成仏、あるいは往生を許したようにみられ

るけれども、仏の仮の言葉であって、事実ではない。ただ法華経だけが女性の成仏を説

き、悲母の恩に報ずることの出来る真実の報恩経であると見定めたので、悲母の恩を報

ずるために、この経の題目をすべての女人に唱えさせようと願っているのである。

 それなのに日本中のすべての女性は、中国の※ 3導や、日本の※ 4心・※ 5観・※ 6然等にだ

まされて、頼るべき南無妙法蓮華経を国中の女性は一人も唱える者がいない。ただ南無

阿弥陀仏と一日に1返10返、百千万億返ないし3万10万辺、一生の間に昼夜にわたって

唱え、他の事は一切やっていない。道心のかたい女性も、また悪心を持った女性もとも

に弥陀念仏を基本としている。わずかに法華経を信仰するような女性もいないわけでは

ないが、例えてみると月が出て来るまでのわずかな待ち時間を、心に思っている男の現

われるまで、心では思っていない別な男に会って時間つぶしをするようなものである。

(つづく)

【語註】

 ※1 
三墳・五典:失われて現存しない古代中国の書物で、三皇の書の『三墳』と五
            帝の書の『五典』のこと。

 ※2 孝経:孔子が孝の大道を説いた中国の経書の一つ。

 ※3 善導:中国浄土教の僧侶。「称名念仏」を中心とする浄土思想を確立した。

 ※4 慧心:恵心僧都源信のこと。天台宗の僧侶。浄土教に傾注し、経論の要文を集
            めた『往生要集』を著した。

 ※5 永観:称名念仏を専らに修する専修念仏の先駆者とみなされ、「浄土宗八祖」
            の一人とされる。

 ※6 法然:比叡山で天台宗を学んだが、比叡山を下りて、「南無阿弥陀仏」の念仏
            さえ称えていれば救われるという浄土宗を開いた。

↓ ランキング挑戦中  Brog Rankingのバナーをポチッと押してね! 
続きを読む ⇒

テーマ:仏教・佛教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2024/02/08 10:47 】

日蓮聖人の手紙 法華経の女人  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

法華経の女人 千日尼御前御返事④

 ダウンロード
波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

千日尼御前御返事せんにちあまごぜんごへんじ

 かゝるいみじき法華経と申す御経はいかなる法門ぞと申せば、一の巻

方便品よりうちはじめて菩薩・二乗・凡夫皆仏になり給ふやうをとかれ

て候へども、いまだ其しるしなし。たとへば始めたる客人まろうど相貌1すがたうる

わしくして心もいさぎよく口もきいて候へばいう事疑ひなけれども

さきも見ぬ人なればいまだあらわれたる事なければ、語のみにては信じ

がたきぞかし。その時、語にまかせて大なること度々たびたびあひ候へば、さて

は後の事もたのもしなんど申すぞかし。

 一切信じて信ぜられざりしを第五の巻に即身成仏そくしんじょうぶつと申す一経第一の

肝心かんじんあり。譬へばくろき物を白くなす事漆ことうるしを雪となし、不浄を清浄に

なす事、濁水じょくすい如意珠にょいじゅを入れたるがごとし。竜女と申せし小蛇を現身

に仏になしてまし球究き。この時こそ一切の男子の仏になる事をば疑ふ

者は候はざりしか。さればこの経は女人成仏を手本としてとかれたりと

申す。されば日本国に法華経の正義を弘通ぐつうし始めましませし、叡山えいざんの根

本伝教大師のこの事を釈し給ふには、〔「能化所化倶のうけしょけとも歴劫りゃっこうなし、みょう

法経力即身成仏ほうきょうりきそくしんじょうぶつす」〕等。

 漢土の天台智者大師法華経の正義をよみはじめ給ひしには、〔「他経

はただ、なんしてにょに記せず乃至、今経は皆記す」〕等云云。これは

一代聖教の中には法華経第一、法華経の中には女人成仏第一なりとこと

わらせ給ふにや。されば日本一切の女人は法華経より外の一切経には女

人成仏せずと嫌ふとも、法華経にだにも女人成仏ゆるされなばなにかく

るしかるべき。

【現代語訳】

女性の成仏を説いた経典

 このように貴い法華経というお経は、一体どのような法門が説かれているのかと言え

ば、第一巻の方便品から始まって、※ 1薩や二乗を始め凡夫のすべてがみな仏に成ること

が説かれているが、しかしまだその現実の証拠がない。例えば初めて来たお客が姿形も

立派で心持も良く、言葉も正しくて言っていることも疑問な点は少しもないが、初めて

会った人なので本当に言っていることに間違いがないかどうか、事実を確かめたうえで

ないと、言葉だけでは信じがたいのと同様である。そうした時に言葉通り、大事なこと

がたびたび事実と合ったならば、その後の事はたのもしく信じることができるものであ

る。

 すべて仏の説であるので一応信じてきたが、確証がないので本当に信じきることがで

きなかったが、第五巻の提婆品で、※ 2身成仏という法華一経の中で第一の肝心な法門が

説かれ、これではっきりしたのである。例えば黒い漆を雪のように白くしたり、不浄の

濁水に清浄な※ 3意宝珠を入れて綺麗にしたようなものである。竜女という小蛇を現身に

即して仏になさしめられた。この時こそすべての男子が仏になることを疑う者はいなか

ったであろう。したがって法華経は女人成仏をお手本として、すべての衆生の成仏が説

かれた経典なのである。それゆえに日本で法華経の正しい理由を説き始めた比叡山の根

本である伝教大師は、この事について、「仏に成って法を説いた竜女も、その説法を聞

いて仏となった衆生も、ともに永い間の修行を必要とせず、妙法の経力によって即身成

仏した」と法華秀句の中に解説している。

 中国の天台智者大師は、法華経を正しく解釈された法華文句の中で、「法華経以外の

経ではただ男の成仏については述べられているが女の成仏については記していない

法華経では男女ともに成仏が説かれている」とある。これらの説は仏一代の聖教の中で

は法華経が第一に優れた教えであり、その法華経の中では、女人の成仏のことが第一で

あると言われているのではなかろうか。もしそうだとしたら、日本中のすべての女性は

法華経よりほかのすべての経で、女性は成仏できないといって嫌われても、法華経によ

って女性の成仏が許されるのであれば、少しも苦しく思うことはないのである。

(つづく)

【語註】

 ※1 菩薩と二乗:菩薩は、紀元前2世紀ごろ小乗仏教が使い始めた時は、「覚りが
            確定した人」という意味での釈尊に限定されていたが、紀元前後に興った大乗
            仏教は、その意味を「覚りを求める人」に転じて、あらゆる人に開放した、従
            って、ここでの菩薩は、在位毛・出家、男・女からなる大乗仏教の信奉者のこ
            と二乗は声聞縁覚の2種類でいずれも小乗仏教の男性出家者を意味する。

 ※2 即身成仏:何度も生まれ変わって修行を重ねる必要もなく、「今」「ここで」
            この「わが身」のままで仏になること。

 ※3 如意宝珠:意【こころ】のごとく宝石宝珠をはじめ、衣食なんでも出して、
            病苦などを取り除いてくれるという空想上の宝の珠のこと。これは仏や法の功
            徳をたとえたものである。

↓ ランキング挑戦中  Brog Rankingのバナーをポチッと押してね!

続きを読む ⇒

テーマ:仏教・佛教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2024/02/06 05:33 】

日蓮聖人の手紙 法華経の女人  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

法華経の女人 千日尼御前御返事③

 ダウンロード
波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

千日尼御前御返事せんにちあまごぜんごへんじ

 この御経を開き見まいらせ候へば明らかなる鏡をもつて我がかおを見る

がごとし。日出て草木の色を弁 わきまへるににたり。序分の無量義経を見まい

らせ候へば四十余年未顕真実みけんしんじつと申す経文あり法華経の第一のまき

方便品の始に〔「世尊は法久くして後、かならずまさに真実を説きたもう

べし」〕と申す経文あり第四の巻の宝塔品には妙法華経皆是真実

申す明文みょうもんあり
第七の巻には舌相梵夫ぜっそうぼんてんに至ると申す経文赫々かくかく

たり。そのほかはこの経より外のさきのち(前後)ならべる経々をば星に

たと江河に譬へ小王に譬へ小山に譬へたり法華経をば月に譬へ

日に譬へ、大海・大山・大王等に譬へ給へり。このことばは私のことばにはあ

らず。皆如来の金言きんげんなり。十方の諸仏の御評定ごひょうじょう御言おんことばなり。一切の

菩薩・二乗・梵天・帝釈今の天にかかり明鏡みょうきょうのごとくまします。日月も

見給みたまひき聞き給き。その日月の御語もこの経にのせられて候。

 月氏漢土日本国のふるき神たちも皆その座につらなりし神々な

天照太神てんしょうだいじん・八幡大菩薩・熊野・すずか等の日本国の神々もあらそ

ひ給ふべからず。この経文は一切経に勝れたり。地走る者の王たり。師

子王のごとし。空飛ぶ者の王たり。わしのごとし。南無阿弥陀仏経等はき

じのごとし。兎のごとし。鷲につかまれては涙をながし、師子にせめら

れては腹わたをたつ念仏者律僧禅僧真言師等またかくのごとし。

法華経の行者にひぬればいろを失ひ魂をけすなり。

【現代語訳】

 この法華経を開いて見ると、明らかな鏡にわが顔を映して見るようにはっきりと見え

る。日が照って草木の色がはっきりわかるようなものである。まず序分の無量義経を見

ると、「40余年間いまだ真実を顕わしていない」という経文がある。また法華経の第一

の巻の方便品の始めには、「世尊は法久しくして後、必ずまさに真実を説くであろう」

とある。同じく第四巻の宝塔品には、妙法華経は皆これ真実なりという経文もある。

第七巻の神力品には「仏は※ 1を梵天に至るまで長く示された」(真実の法門であるとい

うことの実証)という経文も明白にある。その他にも薬王品には、法華経以外の前後の

経を、月や日や大海・大山・大王等にたとえられている。これは私が勝手に言っている

のではなく、すべて如来の述べられた言葉であり、十方の諸仏が相談して決定されたお

言葉である。またすべての菩薩や二乗・梵天・帝釈を始め、いま現在天にかかっている

日・月もご覧になりお聞きになられたのであり、その日・月のこともこの法華経には記

載されているのである。

 インド・中国・日本の古くからの神々もみなその座につらなっていた神々であり、わ

が国の天照太神・八幡大菩薩・熊野・鈴鹿等の神々も、法華経が真実であるという言葉

には反対できないのであり、この法華経は他のすべての経よりも優れているのである。

例えば地を走るものの王である獅子のごとくであり、空を飛ぶものの王者である鷲のご

とくである。南無阿弥陀仏経等は雉や兎のごとくであり、鷲につかまっては涙を流し、

獅子に攻められて腹わたを切られるようなものである。念仏者・律僧・禅僧・真言師ら

はちょうどこのようなものである。法華経の行者に会うと色を失い魂をうばわれたよう

になってしまう。(つづく)

【語註】

 ※1 舌を梵天に至るまで長く示された:仏教以前、バラモンの舌が髪の生え際や、
            耳にまで達するとされ、舌の長いことが虚妄のないことを意味するとされてい
            た。

↓ ランキング挑戦中  Brog Rankingのバナーをポチッと押してね!

続きを読む ⇒

テーマ:仏教・佛教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2024/02/03 05:34 】

日蓮聖人の手紙 法華経の女人  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

法華経の女人 千日尼御前御返事②

 ダウンロード
波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

千日尼御前御返事 せんにちあまごぜんごへんじ

 仏滅度後 めつどご一千十五年と申せしに漢土へ仏法渡りはじめて候しかども、

またいまだ法華経はわたり給はず。仏法漢土にわたりて二百余年に及ん

で、月氏と漢土との中間に
亀茲 きじ国と申す国あり。彼国の内に鳩摩羅 くまらえん

三蔵と申せし人の御子 おんこ鳩摩羅什 くまらじゅうと申せし人、彼国より月氏に入り、須利 しゅり

耶蘇磨 やそま三蔵と申せし人にこの法華経をさづかり給ひき。そのさづけ給ひし

時の御語 おんことばに云く、「この法華経は東北の国に縁ふかし」と云云。この

御語を持ちて月氏より東方漢土へは、わたし給ひ候しなり。漢土には仏

法わたりて二百余年、後秦王 ごしんのう御宇 ぎょうに渡りて候き。日本国には人王第三

十代欽明 きんめい天皇の御宇、治十三年〈壬申 みずのえさる〉十月十三日〈辛酉 かのととり〉日、こ

れより西百済 くだら国と申す国より聖明皇 せいめいおう、日本国に仏法をわたす。これは漢

土に仏法わたて四百年、仏滅後一千四百余年なり。その中にも法華経は

ましまししかども人王 にんのう第三十二代用明 ようめい天皇の太子、聖徳太子と申せし

人、漢土へ使をつかわして法華経をとりよせまいらせて日本国に弘通し

給ひき。それよりこのかた七百余年なり。

 仏滅度後はすでに二千二百三十余年になり候上 そうろううえ月氏漢土日本

山々・河々・海々遠くへだたり、人々・心々・国々・各々 おのおの別にしてことば

かわり、しなことなれば、いかでか仏法の御心をば我等凡夫 ぼんぷわきまへ候べ

き。ただ経々の文字を引合 ひきあわせてこそ知るべきに、一切経はやう球究に候

へども法華経と申す御経は八巻まします。流通 るつうに普賢経、序分 じょぶん無量義 むりょうぎ

きょう各一巻已上 いじょう

【現代語訳】

 仏の滅後1015年に中国へ仏法が渡り始めたけれども、まだ法華経は渡ってこなかっ

た。仏法が中国に渡って200余年後に、インドと中国の中間に
※ 1という国があった。

その国の中に鳩摩羅炎三蔵という人の子で※ 2摩羅什という人がいた。
亀茲国からインド

に入り、
※ 3利耶蘇磨三蔵という人からこの法華経を授かった。その授ける時に須利耶蘇

磨は、「※ 4の法華経は東北の方向にある国に縁が深い」と鳩摩羅什におっしゃった。こ

の言葉によってインドから東方の中国へ法華経を伝えたのである。中国に仏法が伝わっ

て200余年、※ 5秦王の御代に渡来したのである。日本国の場合は第29代の欽明天皇の御

代であり、※ 6 しろしめす13年壬申(552)10月13日辛酉に、ここより西方にあたる百済国

という国より、聖明王が日本へ仏教を伝えたのであるこれは中国に仏教が伝わってか

ら400年後、仏滅後1400余年後のことであった。その中にも法華経はあったけれども、

第31代用明天皇の太子で聖徳太子という人が、中国へ使者を出して法華経をとりよせら

れて、初めて日本の国に法華経が広まっていったのである。それより以来今日まで700

余年たっている。

 仏の滅度後すでに2230余年も過ぎているうえに、インド・中国・日本と国をへだて、

さらに山や河や海をいくつも遠く離れて、人々の心や国によって言葉も変わり、風俗習

慣もみなちがっているので、どうすれば仏法の御心を正しくわれら凡夫が理解すること

ができようか。ただ経典の文字を読んでいくしかないが、一切経は数も多く幾種類にも

分かれている。しかし法華経はただ8巻である。※ 7通分の普賢経と、序分の無量義経が

各1巻ずつあって10巻となる。(つづく)

【語註】

 ※1 亀茲:かつて中央アジアに存在したオアシス都市国家。現在の中華人民共和国
              新疆ウイグル自治区アクス地区クチャ県付近。

 ※2 鳩摩羅什:サンスクリット語のクマーラジーヴァの音写。インドの名門貴族出
            身の鳩摩羅炎を父に、
亀茲国の王族であった耆婆【ぎば】を母とする亀茲国
               生まれの訳経僧。7歳で出家し、9歳でカシミールに遊学した。後秦の時代に
               長安に来て、『法華経』『維摩経』など約300巻の仏典を翻訳した。

 ※3 
須利耶蘇磨:シューリヤソーマの音写。ヤルカンドの王子として生まれる。カ
            シュガルで鳩摩羅什に大乗仏教を授けた。

 ※4 
この法華経は東北の方向にある国に縁が深い:鳩摩羅什の弟子であった僧肇
          【そうじょう】の作とされる『法華翻経後記』に「この典は東北に縁有り。汝慎
            んで伝弘せよ」とあるのによったのであろう。

 ※5 後秦王:後秦は中国の五胡十六国の一つ。後秦王は、後秦の第2代
姚興【よう
             こう】のことで、仏教を重ん意、401年に鳩摩羅什を長安に迎え入れて国
             師とした。

 ※6 治13年:欽明天皇の在位は539~571年とされるので、その13年後は552
              年にあたる。1960年代末まで、日本史で仏教伝来は552年とされていた
              が、その後、538年に改められた。

 ※7 流通に普賢経、序分の無量義経:経典を内容面から見て、①序分(仏の本
              意を説くための準備導入部)②正宗分仏の本意を説いた中心部分)、
              ③流通分(衆生の利益と法の流布のために記した部分)の3つに大きく分
              けることが行われる法華経を正宗分とすると序分が『無量義経』
              流通分が『普賢経』、即ち『観普賢菩薩行法経』とされる。このような考
              え方は、インドではなかったもので、中国仏教において主張されるように
              なった。

↓ ランキング挑戦中  Brog Rankingのバナーをポチッと押してね!
続きを読む ⇒

テーマ:仏教・佛教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2024/02/01 05:40 】

日蓮聖人の手紙 法華経の女人  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |
 | ホーム |