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なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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法華経の女人 四条金吾殿女房御返事①

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波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

四条金吾殿女房御返事しじょうきんごどのにょうぼうごへんじ

文永12年(1275)正月27日、54歳、於身延、和文

 文永12年1月に四条金吾の夫人が33歳の厄年を迎えて、供養をしたことに対する手紙である。女人を軽視する経典や、外典の言葉を挙げつつ、『法華経』を受持する女性は「一切の女人にすぎたるのみならず、一切の男子にこえたり」というのだから、33の厄は、33の幸となると励ましている。

 所詮日本国の一切衆生の目をぬきたましいをまどはかす邪法、真言師には

すぎず。これはしばらくこれを置く。

 十は一切経と法華経との勝劣を説かせ給ふと見えたれども、仏の御

心はさには候はず。一切経の行者と法華経の行者とをならべて、法華経

の行者は日月等のごとし、諸経の行者は衆星燈炬しゅせいとうこのごとしと申す事を、

せんおぼしめされて候ふ。なにをもんてこれをしるとならば、第八のたと

の下に一の最大事のもんあり。いわゆるこの経文に云はく「有能受持是経うのうじゅじぜきょう

典者てんしゃ亦復如是やくぶにょぜ於一切衆生中亦為第一おいっさいしゅじょうちゅうやくいだいいち。=〔よくこの経典を受

持すること有らん者もまたまたかくのごとし。一切衆生の中においてま

たこれ第一なり〕」等云云。この二十二字は一経第一の肝心なり。一切

衆生の目なり。文の心は「法華経の行者はにちがつ大梵天だいぼんてん・仏のごと

し、大日経の行者は衆星・江河・凡夫のごとし」ととかれて候ふ経文な

り。さればこの世の中の男女僧尼は嫌ふべからず、法華経を持たせ給ふ

人は一切衆生のしう(主)とこそ、仏は御らん候ふらめ、梵王・帝釈たいしゃく

はあをがせ給ふらめとうれしさ申すばかりなし。

 またこの経文を昼夜に案じ朝夕によみ候へば、常の法華経の行者にて

は候はぬにはんべり。「〔この経典者〕」とて「しゃ」の文字は「ひと」

とよみ候へば、この世の中の比丘・比丘尼・うばそく・うばいの中に、法

華経信じまいらせ候ふ人々かとみまいらせ候へばさにては候はず。次ぎ

下の経文に、この「しゃ」の文字を仏かさねてとかせ給うて候ふには、

「〔もし女人ありて〕」ととかれて候ふ。

【現代語訳】
法華経をたもつ人は一切衆生の主

 詮ずるところ、日本国のすべての人々の、目をくらませ魂を迷わす邪法は、真言密教

の祈祷師のものに過ぎるものはありません。しかし、この件については今日は触れない

ことにします。

 法華経の薬王菩薩本事品に述べられている1※ 10の譬喩は、一切経と法華経との優劣をお

説きになっているように見えますが、釈尊のご本心はそうではありません。実は、一切

経の行者と法華経の行者とを比較して、法華経の行者は日や月のように光り輝く偉大な

存在であるのに対して、諸経の行者は星やともしびやたいまつの火のように無力なものだと

いうことを、究極の真理であるとお思いになって説いていらっしゃるのです。どうして

そのようなことがわかるかというと、第8番目の譬えの中に非常に大切なことが示され

ています。その経文というのは、「有能受持是経典者。亦復如是。於一切衆生中亦為第

一。=(よく法華経を受持する者も、またこれと同じで、一切衆生の中で第一にすぐれ

ている)」というのであってこの22字は法華経全体の中でも第一に肝心なところです。

一切衆生の眼目とすべき所です。この経文の内容は、「法華経の行者は日天・月天・大

梵天王・仏のように尊貴なものであり、それに比べれば大日経の行者は群星・江河・凡

人のように卑小なものである」ということなのです。ですから、この世の中の人は、在

俗の男女であるとか出家した僧尼であるとかいった区別なく、法華経を受持なさればす

べて一切衆生の主となるべき人であると、仏はご覧になることでしょうし、※ 2天王・帝

釈天は仰ぎ讃えなさることでしょう。そう思うと、嬉しさは言葉に出して言えないほど

です。
「者」とは女人のこと

 また、この経文を、昼に夜に思案し、朝に夕に読誦しますと、普通の法華経の行者と

は一味違ったものにおなりです。というのは、そこに「よく法華経を受持する者」とあ

りますが、その「者」の字は「ひと」と読みますので、この世の中の僧・尼および仏法

を信ずる在俗の男女の中の、法華経を信奉していらっしゃる人々一般のことを指すのか

と拝見しますと、そうではありません。なぜなら、この経文の後の方で、その「者」の

字について仏が再説なさっている所を見ますと、「もし女人あって、この薬王菩薩本事

品を聞いて、よく受持する者」と説かれており、「者」とは女性のことであることがわ

かるのです。(つづく)

【語註】

 ※1 
10の譬喩:法華経・薬王品で、法華経が最もすぐれた第一の経であることを説
            くために挙げた十の譬喩。もろもろの河江に対しては海が、諸山に対しては須
            弥山【しゅみせん】が、衆星に対しては月が、明るさでは日が、諸王の中では
            転輪聖王【てんりんじょうおう】が、三十三天の中では帝釈天が、衆生の中で
            は大梵天王が、凡夫より辟支仏【びゃくしぶつ】らが、三乗の中では菩薩が、
            諸法の中では仏法が、それぞれ第一であるように、法華経は一切経中の王であ
            るというのである。

 ※2 
梵天王:「梵」はブラフマンの音写で、ブラフマー神のこと。古代インドで世
      界の創造主、宇宙の根源とされたブラフマンを神格化したもの。仏教に取り入
              れられて仏法守護の神とされた。

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【 2024/03/30 05:38 】

日蓮聖人の手紙 法華経の女人  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

法華経の行者 松野殿御返事②

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波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

松野殿御返事まつのどのごへんじ

 しかるに予は凡夫にて候へども、かかるべき事を仏かねて説きをかせ

給ひて候ふを、国主に申しきかせ進らせ候ぬ。それにつけて御用ひは無

くしていよいよあだをなせしかば力及ばず。この国既に謗法ほうぼうと成りぬ。法

華経の敵に成り候へば三世十方の仏神の敵と成れり。御心にも推せさせ

給ひ候へ。

 日蓮何なる大科たいか有りとも法華経の行者なるべし。南無阿弥陀仏と申さ

ば何なる大科有りとも念仏者にて無しとは申しがたし。南無妙法蓮華経

と我口にも唱へ候ふ故に、ののしられ、打ちはられ、流され、命に及びしか

ども、勧め申せば法華経の行者ならずや。

 法華経には行者を怨む者は阿鼻あび地獄の人と定む。四の巻には「仏を一

こう罵るよりも末代の法華経の行者をにくむ罪深し」と説かれたり。

七の巻には「行者の軽しめし人々、千劫阿鼻地獄に入る」と説き給へ

り。五の巻には「我が末世末法に入つて法華経の行者有るべし。その時

その国に持戒破戒等の無量無辺の僧等集まりて国主に讒言ざんげんして、流し失

ふべしと説かれたりしかるにかかる経文かたがた符合し候ひ了ん

未来に仏に成り候はん事疑ひなく覚え候ふ。委細は見参の時申すべ

し。

建治四年〈戊寅つちのえとら〉二月十三日           日 蓮 花押

松野殿御返事
 
【現代語訳】
受難と法華経の行者の確信

 ところが私は、自分自身は凡夫ですが、仏のお説に、日本は悲惨な状態に陥ることが

予言されている旨を国主に申し伝えておきました。ところが国主はそのことをご信用な

さらず、ますます迫害を加えるのでいたしかたありません。日本はもう謗法の国となっ

てしまいました。法華経の敵となったのですから、三世にわたる十方の諸仏諸神を敵に

まわしたことになります。眼前に展開する惨禍の根源をよくよくご推察なさってくださ

い。

私は、どんなに大きな罪科を負ったとしても法華経の行者であることに変わりはありま

せん。それは、南無阿弥陀仏と念仏を唱える人が、どんな大罪に陥っても念仏者でない

とは言えないのと同じです。私は、南無妙法蓮華経と高声に唱えるために、罵倒された

り、打擲ちょうちゃくされたり、配流されたり、ついには生命の危機を体験しましたが、それでも

ふるむことなく、南無妙法蓮華経の信行を人に勧説しているのですから、法華経の行者で

ないはずがありません。

 法華経には、法華経の行者を敵視する者は必ず阿鼻地獄に堕ちると説かれています。

すなわち第四巻の法師品には「仏を一中劫のあいだ罵り続ける罪よりも、末法時代に出

現した法華経の行者をにくむ罪の方が深大である」とあり、第七巻の不軽品には「法華経

の行者を軽侮した人々は、千劫のあいだ無間地獄に堕ちる」とあり、第五巻の勧持品に

は「仏の滅後、末世・末法に入って法華経の行者が出現するであろう。その時、その国

に、持戒の僧も破戒の僧も数えきれないほど集まって国主に讒言をし、法華経の行者を

流罪・死罪に遭うようにする」と説かれています。ところが、これらの経文は、どれも

これも私の身の上に合致しました。だから私は間違いなく法華経の行者であり、未来に

仏になれることは疑いないと思われます。委細はまたお目にかかった時に申し上げまし

ょう。

建治四年〈戊寅〉二月十三日                   日 蓮  花押

松野殿御返事

【解説】

 日蓮が「松野殿」と言っているのは、駿河国松野郷(現・静岡県庵原郡富士川町)の

領主であった松野六郎左衛門入道とその嫡男松野六郎左衛門尉の2人で、それぞれの妻

たちは、前者は「松野尼(御前)」「松野殿後家尼(御前)」、後者は「松野殿女房」

と呼ばれている。

 松野六郎左衛門入道の次男は、弘長(1261~64)の頃に岩本実相寺に入って出家し、

当時そこに住していた日興の弟子となったが、これが後に六老僧の一人に数えられ、海

外布教の祖とされてる蓮華阿闍梨日持である。また入道の娘には、富士群上野の南条兵

衛七郎に嫁して、南条七郎次郎時光や南条七郎五郎を生んだ上野尼がいるので、松野一

族は日持や上野尼の縁によって日蓮に帰依し、日蓮晩年の有力な外護者となったのであ

る。

 日蓮が生きた時代には、飢饉や疫病などの災害がうち続き、人々は餓死や病に倒れ、

これに加えて蒙古襲来という民族的危機に直面し、人々は殺され傷つき、別離をよぎな

くされる非情は現実が繰り広げられた。

 飢饉・疫病は、餓鬼の世界をあらわした。文永・建治から弘安年間にかけても、飢饉

と疫病が全国的に広がった。その凄まじい現実は、この手紙の前半に記されている。

 「日本国は数年間飢饉が続いて、衣食がなくなり、家畜を食いつくした後には、とう

とう人肉を食う者まで出て、あるいは死人、あるいは幼児、あるいは病人たちの肉を切

り裂いて、魚や鹿の肉に混ぜて売ったので、みんな、知らないうちに人肉を買って食っ

ています。日本は、思いもよらないような大悪鬼の国となってしまった」と、驚くべき

悲惨な様相を書き示している。この時も疫病によって半分は病死するか、家族と死別せ

ねばならなかった。

 日蓮は、こうした災害や戦乱という日本全体に共通する時代苦を自己の痛苦として受

け止め、衆生の同一の苦を自らが代わって背負い、苦の衆生を救済するという代受苦の

精神に立脚していた、日蓮は、苦悩を抽象化したり心の悩みという観念の中に閉じ込め

たりしていない。社会的苦嘆が精神をも悪道に落とし込む事実を、どろどろした現実へ

の直視を通してつかんでいる。そして、苦の衆生と連帯しながら仏教がこの解決にいか

に応えるべきかを追求したのである。


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【 2024/03/28 05:39 】

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法華経の行者 松野殿御返事①

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波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

松野殿御返事まつのどのごへんじ

建治4年(1278)2月13日、57歳、於身延、和文

 人命の無常さを、社会の惨状の中でとらえ、迫害に退することなく法華経の行者として生きて来た確信を披歴している。飢渇・疫病に命を失っていく現実の凄まじさを直視する。

 種種の物送り給ひ候ひ了んぬ。

 山中のすまゐ思ひらせ給ふて、雪の中ふみ分けて御とぶらひ候ふ事、御

志定めて法華経、十羅刹じゅうらせつ知食しろしめし候ふらん。

 さては涅槃ねはん経に云はく「〔人命の停らざることは山水にも過ぎたり、

今日存すといえども明日保ちがたし〕」文。摩耶まや経に云はく「〔譬えば

旃陀羅せんだらの羊を駈けて
家に至るがごとし、人命もまたかくのごとく歩歩

死地に近づく〕」文。法華経に云はく「〔三界は安きこと無し、なお火

宅のごとし。衆苦充満して、はなはだ怖畏すべし〕」等云云。これらの

経文は我等が慈父大覚世尊、末代の凡夫をいさめ給ひ、いとけなき子ど

もをさし驚かし給へる経文なり。

 しかりといえども須臾すゆも驚く心なく、刹那も道心をおこさず、野辺に捨

てられなば一夜の中にはだかになるべき身をかざらんがために、いとま

を入れきぬを重ねんとはげむ。命終わりなば三日の内に水と成りて流れ、

塵と成りて地にまじはり、煙と成りて天にのぼりあともみへずなるべき

身を養はんとて、多くのたからをたくはふ。このことはりは事にふり候ひ

ぬ。

 ただし当世とうせていこそ哀れに候へ。日本国数年の間、打ち続きけかちゆ

ききて衣食たへ、畜るひをば食つくし、結句人をくらう者出来しゅったいして、

或は死人・或は小児・或は病人等の肉を裂き取りて、魚鹿等に加へて売

りしかば人これを買ひくへり。この国存の外に大悪鬼となれり。

 また去年こぞの春より今年の二月中旬まで疫病国に充満す。十家に五家、

百家に五十家、皆やみ死し、或は身はやまねども心は大苦にあへり。

やむ者よりも怖しおそろ。たまたま生き残れりたれども、或は影のごとくそ

(添)ゐし子もなく、眼のごとくかおをならべし夫婦もなく、天地のごと

たのしみし父母もおはせず、生きても何にかせん。心あらん人々いかでか

世をいとはざらん。「〔三界は安きことなし〕」とは仏説き給ひて候へど

も法に過ぎて見え候ふ。

【現代語訳】
社会の惨状と命の無常さ

 いろいろのお品をお送りいただきました。お礼申し上げます。

 過日は、山中での不自由な生活を思いやりくださって、わざわざ深い雪を踏み分けて

お訪ねくださいましたこと、そのご誠意は、きっと法華経も※ 1羅刹女もお認めくださっ

ているでしょう。

 さてさて涅槃経に「人の命がとどまらないことは山中の急流よりも甚だしい。今日、存

在したといっても明日まであるかどうかわからない」とあり、※ 2耶経に「たとえば※ 3

羅が羊を追いたてて
家に至るようなものだ。人命もまたそのように一歩一歩死地に近

づくとあり法華経には三界は安らかであることがない、まるで火宅のようなもの

だ。いろいろな苦しみが充満していて甚だ怖畏すべき所である」とあります。これら

は、私たちの慈父でいらっしゃる大覚世尊が、人生の無常であることを末代の凡夫にお

教えになり、幼稚な子どもをハッと目ざめさせなさる経文です。

 しかしながら、その道理にすこしも気がつかず、寸時も仏道心を発さず、死んで野辺

に捨てられたならば、一夜のうちに裸になってしまう身を飾りたてようとして、無駄な

時間をかけ、衣服を重ねようと努める。あるいはまた、死ねば三日ほどの短い間に、水

となって流れ去り、塵となって地に混じり、煙となって空に昇り、跡形もなくなってし

まう身を保ち養おうとして、多くの財産を貯える。そういう浅はかな人間の営みについ

ては、昔からよくいわれていることです。

 それにしても、今の世の状態は悲惨です。日本国は数年間飢饉が続いて、衣食がなく

なり、家畜を食いつくした後には、とうとう人肉を食う者まで出て、あるいは死人、あ

るいは幼児、あるいは病人たちの肉を切り裂いて、魚や鹿の肉に混ぜて売ったので、み

んな、知らないうちに人肉を買って食っています。日本は、思いもよらないような大悪

鬼の国となってしまったのです。

 また、去年の春から今年の2月中旬まで、流行病が国じゅうに蔓延まんえんしました。10軒に

5軒、100軒に50軒の家の人々がみな病死し、あるいは病気にかからない人でも精神的

には大変な苦痛を味わいました。その恐怖感は病人にもまさるほどでした。たまたま生

き残ったとしても、あるいは影のように付き添っていた子に死なれ、あるいは両眼のよ

うに顔を並べていた夫や妻と別れ、あるいは天地のように頼りにしていた父母を失った

のでは、生きていても何の意味がありましょうか。分別のある人々はどうして人生を嫌

悪しないでいられましょうか。「三界は安らかなことがない」とは仏が説いていらっし

ゃることですが、それにしても現今の日本国の状態はあまりにひどすぎるように思わ

れます。(つづく)

【語註】

 ※1 
十羅刹女:法華経・陀羅尼品【だらにほん】に登場する十種の女鬼で、法華経
            の守護神である。日蓮の時代には鬼子母神の子であるとする説があった。

 ※2 摩耶経:釈尊の母摩耶は産後7日で死亡して漁利天【とうりてん】に昇った
            が、その母を供養するために漁利天へ赴いた釈尊が母と協力して法を説く前半
            と、下界にもどった釈尊が涅槃に入るのを悲しんで娑羅林まで降りてきた母に
            対して、釈尊と弟子の阿難とが説法する後半とより成る物語性の豊かな経典。

 ※3 旃陀羅:梵語チャンダーラを音写した語。インドで身分を差別した四姓にも入
           れられない賎民のこと。日蓮は、竜ノ口法難から佐渡へ流される時点で、自分を
           旃陀羅であると位置づけたが、これは法華経が絶対平等の教えであり、その光に
           照らされれば仏も旃陀羅も一体不二であるという宗教的世界を体現した、その法
           華経の行者としての自覚の宣言である。

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【 2024/03/26 05:40 】

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法華経の心 智慧亡国御書④

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波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

智慧亡国御書ちえぼうこくごしょ

 今の代には正嘉の大地震、文永大せひせひ(彗星)の時、智慧かしこ

き国主あらましかば日蓮をば用ひつべかりしなりそれこそなから

文永九年のどしうち(同士打)、十一年の蒙古のせめの時は、周の

文王の大公望をむかへしがごとく、殷の高丁王の傅悦ふえつを七里より請せし

がごとくすべかりしぞかし。日月は生盲の者には財にあらず。賢人をば

愚王のにくむとはこれなり。しげきゆへにしるさず。法華経の御心と申

すはこれてひの事にて候ふ。外のこととをぼすべからず。

 大悪が大善の来るべき瑞相なり。一閻浮提いちえんぶだいうちみだすならば、閻浮提

内広令流布はよも疑ひ候はじ。

 この大進阿闍梨 だいしんあじゃりを故六郎入道殿の御はかへつかわし候ふ。むかしこの

法門を聞きて候ふ人々には、関東の内ならば、我とゆきてそのはかに自

よみ候はんと存じて候ふ。しかれども、当時のありさまは日蓮かし

こへゆくならば、その日に一国にきこへ、またかまくらまでもさわぎ候

はんか。心ざしある人なりとも、ゆきたらんところの人、人め(目)を

をそれぬべし。いままでとぶらい候はねば、聖霊いかにこひしくをはす

らんとをもへば、あるやうもありなん。そのほどまづ弟子をつかわして

御はかに自我偈をよませまいらせしなり。その由御心へ候へ。恐恐(後

欠)

【現代語訳】

 現代のことを言えば、正嘉の大地震や文永の大彗星など不吉な天災が続いた時に、智

恵のある賢王が位についていたら、私の進言を用いたに違いないでしょう。またそれが

なかったとしても、今度の文永9年(1272)の内乱や同11年の蒙古襲来の時には、あの

周の文王が大公望を迎えたようにあるいは殷の高丁王が傅悦を7里より招いたように、

私を登用しなければいけないことでした。照り輝く日月も目の見えない人には役に立ち

ません。賢人を愚王は憎むといいますが、私と今の国王との関係はそのようなもので

す。あまり繁瑣になるのでこれ以上は書きませんが、法華経の「諸法実相」とは結局の

ところ、いま述べたような内容の教えなのです。現実からは遠い理論だとお思いになら

ないでください。

 大悪がはびこるのは、大善が実現する瑞相です。だから世界中に害悪が充満して混乱

に陥れば、逆に、唯一の正法である法華経の題目が世界中に広く流布することの疑いな

い瑞相と思ってよいでしょう。

 この※ 1進阿闍梨を※ 2六郎入道殿の御墓参にさしむけます。私は、いろいろな弾圧を受

けながらも私の法門に賛同して行動をともにした古い同志たちが亡くなった場合には、

関東の内であるならば、自分自身でお参りして※ 3我偈を読誦しようと思っています。し

かし、今の世の中の状況は、私がそちらへ行くと、その日のうちに情報が国じゅうに広

がり、それが鎌倉までも伝わって騒ぎが大きくなるように思われます。私に志を通わせ

ている人であっても、訪問をすると、周囲の人の目を恐れることになって迷惑でしょ

う。そのようなことを考えて今まで参詣しないでいるので、故六郎入道の聖霊は、どれ

ほど私のことを恋しがっていらっしゃるだろうかと思うと、何ともじっとしていられな

い気持ちです。そのような次第で、まず弟子の大進阿闍梨をさしむけて、お墓に自我偈

をあげさせたのです。そのことをご承知ください。恐々(後欠)

【語註】

 ※1 
大進阿闍梨:日蓮の門弟で、富木氏・曾谷氏・四条氏らと縁の深い鎌倉在住の
            人物。竜の口法難以前にすでに阿闍梨号で呼ばれている高足であったが離反
            し、一時は復帰したものの再度離反して、かつての同信者たちを迫害した。弘
            安2年(1279)8月、落馬して死去。

 ※2 故六郎入道:高橋六郎兵衛入道のこと。駿河国賀島荘(静岡県富士市加島町周
            辺)に住んでいた門下であり、夫婦ともども信心に励みながら駿河の広布を支
            えていたと思われる。

 ※3 自我偈:法華経・如来寿量品の偈文。「自我(得仏来)」という語句で始まる
            偈というこ。日蓮は、一切経の眼目は法華経にあり、法華経の魂魄は自我偈に
            込められているとするが、それは、自我偈には、久遠実成の本仏釈尊が常住す
            る浄土とはこの娑婆世界にほかならないということ、したがってわれわれは至
            心の信行によりこの身このままで本仏と同化し仏となることができるという仏
            法の精髄が明示されているからである。

【解説】

 日蓮はこの手紙で、儒教・仏教における治世の歩みを示し、精神の腐敗が深まる悪世

末法の時代認識に立って、これを根本的に解決しようとしない治世の方策や偽善的な思

想を相待論から批判した。他方、絶待論の立場から、たとえ主観的には仏教を知らなく

ても、人民の困窮や嘆きを助けた人の心に、仏法の智慧が生かされている、と延べ、釈

尊の使いとして人民を救助した行為をとらえている。この両面に立って、「善悪の根本

枝葉を覚りきわめた」仏のありようを継承しつつ、人間の善悪の心をつかみ「世間の法

より外に仏法を行なわず、世間を治める法をよくよく心える」法華経の智者によって、

現世の安穏と治世が実現することを説くのである。

 日蓮が、災難や戦乱の根源と対策を明確にし、その故に受難を蒙った事実は、法華経

を理論にとどめず、「法華経の仏意」を実践したものであり、ここから仏の智慧に等し

い「法華経の智人」としての自覚を明らかにしたのである。亡国の「智慧」の批判を通

じて法華経の智者とは救国の智慧を社会政治に体現していく法華経の行者でもある、

という立正安国の道を指し示したものと言えよう。

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【 2024/03/23 05:40 】

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法華経の心 智慧亡国御書③

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波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

智慧亡国御書ちえぼうこくごしょ

 法華経の第一の巻の「〔諸法の実相〕」ないし「〔ただ仏と仏と乃し

よく究尽ぐうじんす〕」ととかれて候ふはこれなり。「本末究竟」と申すは、

「本」とは悪のね(根)善の根、「末」と申すは悪のをわり善の終わり

ぞかし。善悪の根本枝葉をさとり極めたるを仏とは申すなり。

 天台云はく「〔それ一心に十法界を具す〕」等云云。章安云はく

「〔仏なおこれを大事となす。何ぞ解し易きことを得べけんや〕」妙楽

云はく「〔すなはちこれ終窮究竟の極説なり〕」等云云。法華経に云は

く「〔皆実相と相い違背せず〕」等云云。天台これを承けて云はく

「〔一切世間の治生産業は皆実相と相い違背せず〕」等云云。

 智者とは世間の法より外に仏法を行はず。世間の治世の法をよくよく

心へて候ふを智者とは申すなり。

 いんの代の濁りて民のわづらいしを、大公望たいこうぼう出世して殷のちゅうくびを切

りて民のなげきをやめ、二世王が民の口ににがかりし、張良出でて代を

をさめ民の口をあまくせし。これらは仏法以前なれども、教主釈尊の御

使ひとして民をたすけしなり。外経の人々はしらざりしかども、彼らの

人々の智慧は内心には仏法の智慧をさしはさみたりしなり。

【現代語訳】

 法華経第一巻の方便品に、「諸法の実相」について、それは相・性・体・力・作・

因・縁・果・報の一つ一つが全部そなわり、その本末が一分の狂いもなく調和しているも

のなのだが、その実相は「ただ仏と仏とのみいましよく究め尽くす」と説かれていますが、

これは、仏がいま述べたところの仏法の実質と世間の現実とが別のものではないことを

言っているのです。また法華経のその一節に「本末究竟」とありますが、この「本」と

は善悪の根源であり、「とはが一つ一つの事実として現われた枝葉であるので

す。そういう善悪の根本から枝葉までの因果関係を一括して覚ったお方が仏なのです。

 これらの真理を別の文献で示すならば、天台大師は摩訶止観会本に「それ一心に十法

界を具える」といい、

 智者というものは、世の中の現実の相と関わりないような仏法を実践することはあり

ません。つまり、政治・経済その他の世を治める手だてをよくよく心得ながら仏法を修

行する者をこそ智者というのです。

 中国で、殷の紂王の悪政により世が乱れ人民が苦しんだ時には大公望が世に出て王の

首を切り人民の悩みを除きました。また秦の二世王の酷政で人民が逼迫ひっぱくした時には張良

が世に出て善政を敷き人民の生活を豊かにしました。これらは仏法伝来以前のことです

が、大公望や張良は教主釈尊の御使いとして人民を助けたのです。外経の人々は知らな

かったのですが、大公望や張良の智恵は、内実は仏法の智恵を包み込んでいたものでし

た。(つづく)

【語註】

 ※1 章安大師:中国天台の第二祖灌頂。22歳の折に天台山修禅寺へ赴いて智顗【ち
            ぎ】から天台の教観を習い、爾後14年間、智顗の入滅にいたるまで随侍した。
             智顗の没後その遺教百余巻を集収記録して後代に伝えるとともに、自らも多く
            の著述を世に残した。

 ※2 妙楽大師:中国天台第六祖湛然【たんねん】。法華文句疏記・摩訶止観輔行伝
            弘決・法華玄義釈籤といったいわゆる天台三大部の注釈書をはじめ、天台智顗
            の著述の多くに注釈を加えて天台教学の正義を伝え広めた。日蓮は湛然の業績
            を賞揚している。

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【 2024/03/21 05:31 】

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法華経の心 智慧亡国御書②

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波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

智慧亡国御書ちえぼうこくごしょ

 今の代は外経も、小乗経も、大乗経も、一乗法華経等も、かなわぬよ

(世)となれり。ゆへいかんとなれば、衆生の貪・瞋・癡の心のかしこ

きこと、大覚世尊の大善にかしこきがごとし。譬へば犬は鼻のかしこき

事人にすぎたり。また、鼻の禽獣をかぐことは、大聖の鼻通にもをとら

ず。ふくろうがみみ(耳)のかしこき、とびの眼のかしこき、すずめの

舌のかろき、りうの身のかしこき、皆かしこき人にもすぐれて候ふ。そ

のやうに末代濁世の心の貪欲・瞋恚・愚癡のかしこさは、いかなる賢人

聖人も治めがたき事なり。その故は貪欲をば仏不浄観の薬をもて治し、

瞋恚をば慈悲観をもて治し愚癡をば十二因縁観をもてこそ治し給ふ

いまはこの法門をとひて、人ををとして貪欲・瞋恚・愚癡をますな

り。譬へば火をば水をもつてけす、悪をば善をもつて打つ。しかるにか

へりて水より出でぬる火をば、水をかくればあぶらになりて、いよいよ

大火となるなり。

 今、末代悪世に世間の悪より、出世の法門につきて大悪出生せり。こ

れをばしらずして、今の人々善根をす(修)すれば、いよいよ代のほろ

ぶる事出来せり。今の代の天台真言等の諸宗の僧等をやしなうは、外は

善根とこそ見ゆれども、内は十悪五逆にもすぎたる大悪なり。しかれば

代のをさまらん事は、大覚世尊の智慧のごとくなる智人世に有りて、仙

予国王のごとくなる賢王とよりあひて、一向に善根をとどめ、大悪をも

て八宗の智人とをもうものを、或はせめ、或はながし、或はせ(施)を

とどめ、或は頭をはねてこそ、代はすこしをさまるべきにて候へ。

【現代語訳】

 ところが今の世は乱れに乱れて、外経も、小乗経も、大乗経も、一乗経である法華経

も、みな通用しないようになりました。なぜなら、人々の貪欲・瞋恚・愚痴の強烈なこ

とは、大覚世尊の大善の壮麗さに比べても劣らないほどに凄いからです。たとえば、犬

嗅覚きゅうかくの鋭さは人間の遠く及ばないところです。そして鳥や獣の臭いをかぎつける能

力は、世尊の鼻根神通力に匹敵するほど勝れています。あるいは、ふくろうの耳が小さな音

を聞きつけること、とびの目が遠くのものを見つけること、雀の舌が軽くまわること、竜

の身のこなしが敏捷びんしょうなこと、どれもこれも、どんな優秀な人よりも勝っています。そ

のように、末法濁悪の世の人心の貪欲・瞋恚・愚痴の強烈さは並はずれていて、どんな

賢人・聖人が出現しても鎮めることができません。なぜなら、昔は仏が、貪欲という病

気は※ 1浄観という薬で、瞋恚という病気は※ 2悲観という薬で、愚痴という病気は※ 3二因

縁観という薬ですっきりとお治しになったのですが今は、あまりに病気が重いので、

それらの教えを説くと、かえって人を堕落させて貪欲・瞋恚・愚痴を増大することにな

ります。たとえば、火は水で消し、悪は善で懲らしめるものですが、猛火に水をかける

とまるで油をかけたようにかえって火勢が強くなるようなもので、極悪のものを善に導

こうとするとかえって反発して救いようのない悪道に陥るのです。

 現今の末法濁悪の世にあっては、世俗の悪よりも大きな、出家の世界での仏法の大悪

が発生しました。人々はこのことを知らないで、大悪の仏法に奉仕することを善い行な

いと勘ちがいして励むので、ますます世の衰亡する事件が起こるのです。今の時代の天

台宗や真言宗など各宗の僧尼を供養するのは、外見上は善を施しているように見えるけ

れども、内容は※ 4※ 5逆にも過ぎた大悪を犯すことになります。したがって、世の中の

平穏を取り戻すには、大覚世尊と同じような秀れた智慧を具えた智者が出現して、※ 6

国王のような賢明な国王と力を合わせて、厳格に偽の善行を禁止し、大悪を信じる僧尼

のことを全仏教界の智者だと誤解している連中を、あるいは攻撃し、あるいは配流し、

あるいは布施を止め、あるいは首をはねたりしなければなりません。そうすれば世の混

乱は少し治まるはずであるのです。(つづく)

【語註】

 ※1 不浄観:外界の不浄な様相を観じてむさぼりの心をなくす観法。邪心を停止する
           観法五種(五停心観)の第一。
 
 ※2 慈悲観:慈悲の念を起こして一切衆生のいかりをなくす観法。邪心を停止する観
           法五種の第二。

 ※3 十二因縁観:一切が因縁によって生滅するという道理を観じて愚かさをなくす観
           法。邪心を停止する観法五種の第三。単に因縁観ともいう。

 ※4 十悪:人間としての正しいあり方をさまたげる十の悪。身で行なう殺生・偸盗
          【ちゅうとう】・邪淫【じゃいん】の三悪、口で言う妄語(うそ)・両舌(二枚
           舌)・悪口【あっく】・綺語【きご】(飾りことば)の四悪、心に思う貪欲【と
           んよく】(むさぼり)・瞋恚【しんに】(いかり)・邪見の三悪のこと。

 ※5 五逆:五つの逆罪(重罪)。父を殺す・母を殺す・聖者を殺す・仏の身を傷つけ
          て血を流す僧団の和合を乱す無間地獄に堕ちる重罪なので五無間業ともいう

 ※6 仙予国王:大乗経典を信奉して正法護持に勤めた過去世の国王。大乗経典を誹謗
           した婆羅門ばらもんを殺害したが地獄に堕ちることがなかった仙予国王は
           今の釈尊であるという。 

 
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【 2024/03/19 08:12 】

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法華経の心 智慧亡国御書①

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波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

智慧亡国御書ちえぼうこくごしょ

建治元年(1275)、54歳、於身延、和文

 末代悪世の時代的腐敗と邪悪な毒素に侵された人間を救うのは、善悪の根本をわきまえる釈迦仏の教えを体する法華経の智者であることを示す。智者とは、世間のうちにあって、民衆の苦しみを無くす世間の治世の法をこころえる者を言い、それが法華経の心である点を明かしている。

 減劫げんこうと申すは人の心の内に候ふ。とんしんの三毒が次第に強盛にな

りもてゆくほどに、次第に人のいのちもつづまり、せい(身長)もちい

さくなりもてまかるなり。

 漢土・日本国は仏法已前には三皇・五帝・三聖さんせい等の外経をもて、民の

心をととのへてよ(世)をば治めしほどに、次第に人の心はよきことは

はかなく、わるき事はかしこくなりしかば、外経げきょうの智あさきゆへに悪の

ふかきとがをいましめがたし。外経をもつて世をさまらざりしゆへに、や

うやく仏経をわたして世間ををさめしかば、世をだやかなりき。これは

ひとへに仏教のかしこきによて、人民の心をくはしくあかせるなり。

 当時の外典げてんと申すは、本の外経の心にはあらず。仏法のわたりし時は

外経と仏経とあらそいしかども、やうやく外経まけて王と民と用ひざり

しかば外経のもの内経の所従となりて立ちあうことなくありしほど

外経の人々内経の心をぬきて智慧をまし、外経に入れて候ふを、を

ろかなる王は外典のかしこきかとをもう。

 また人の心やうやく善の智慧ははかなく、悪の智慧かしこくなりしか

仏経の中にも小乗経の智慧世間ををさむるに世をさまることな

その時大乗経をひろめてををさめしかば、すこし代をさまりぬ。

その後、大乗経の智慧及ばざりしかば、一乗経の智慧をとりいだして、

代ををさめしかば、すこししばらく代をさまりぬ。

【現代語訳】

法華経の智者と民衆救済の治世

 寿命が8万歳から10歳へと減少し人間が退化していく時期を減劫※ 1といいますが、そん

なことになってしまう原因は心の内にあるのです。つまり、人間の貪欲とんよく瞋恚しんに愚痴ぐち

いう3つの煩悩が次第に盛んになっていくにつれて、人の寿命も縮まり、背丈も小さく

なっていくのです。

 中国でも日本国でも、仏法伝来以前には、※ 2皇・※ 3帝・※ 4聖らの教えである外経によ

って人民を教育し世を治めたので、次第に人心が低劣になり、善が衰え悪が栄えるよう

なったのに対して、外経の教理は浅薄なために悪の深い罪をただすことが出来ませんでし

た。外経による統治法では世が乱れてしまうので、インドから仏経を取り入れて治めた

ところ世の中は穏やかに治まりました。これは何といっても仏の教えがすぐれていて

人民の心の真実を詳細に解き明かしているからできたことです。

 現在、※ 5典と言われるものは、もともとの外経とは内容が違います。仏法が渡来した

当時は、外経と仏経との間で論争がありましたが、次第に外経の欠陥が明らかになって

国王も人民もそれを採用しなくなったので、外経は仏経に服従して争いは治まりました

が、そのうちに外経の人々は、仏経の勝れているところを外経に取り入れて内容を整備

しました。それが現在の外典なのですが、愚かな国王は、外典が本来勝れているのだと

誤解しています。

 次には、人の心がさらに低劣になって、善い智恵はめぐらなくなり、悪智恵が発達し

たので、仏経とはいっても、小乗経の智恵では世間の智恵を抑えきれなくなって世が乱

れました。そこで大乗経を弘めて治めたところ世の中は少し良くなりました。しかし

やがて大乗経の智恵でも及ばないほどに世が乱れたものですから、こんどは法華の一乗

経の智恵を繰り出して治めたので、また少しの間は世が鎮まりました。(つづく)

【語註】

 ※1 減劫:四劫(世界が生成と破壊をくりかえす成【じょう】・住・壊【え】・空の
            四時期)のうちの住劫(存続する期間)において、人間の寿命が100年ごとに1
            歳ずつ減少して8万歳から10歳にいたる間をいう。

 ※2 三皇:中国古代の伝説上の三人の皇帝。伏羲【ふくぎ】・神農【しんのう】・
            女験【じょか】)の三氏(数種の異説あり)。

 ※3 五帝:中国古代の伝説上の五人の帝王。黄帝・顓頊【せんぎょく】・帝嚳【て
            いこく】・帝堯・帝舜の5人(異説もある)。

 ※4 三聖:老子・孔子・顔回のこと。この3人はそれぞれ迦葉菩薩・光浄菩薩・月
            光菩薩の垂迹【すいじゃく】とされる。
 
 ※5 外典:内典(仏典)に対する語で、外経の経典。またその教え。
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【 2024/03/16 05:38 】

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理の供養 事理供養御書③

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波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

事理供養御書じりくようごしょ

 金光明経には、〔「もし深く世法をらばすなわちこれ仏法なり」〕

ととかれ、涅槃経には、〔「一切世間の外道げどうの経書は皆これ仏説にして

外道の説にあらず」〕とおおせられて候を、妙楽大師は法華経の第六の巻

の〔「一切世間の治生産業じしょうさんぎょうはみな実相と相違背あいいはいせず」〕の経文に、引

き合せて心をあらわされて候には、彼々かれがれの二経は深心じんしんの経々なれど

も、彼の経々はいまだ心あさくして法華経に及ばざれば、世間の法を仏

法にせてしらせて候。法華経はしからず。やがて世間の法が仏法の全

体と釈せられて候。爾前にぜんの経々の心は、心より万法ばんぽうを生ず。たとへば心は

大地のごとし、草木そうもくは万法のごとしと申す。法華経はしからず。心はす

なはち大地、大地すなわち草木なり。爾前の経々の心は、心のすむは月のご

とし、心のきよきは花のごとし。法華経はしからず。月こそ心よ、花こ

そ心よと申す法門なり。

 これをもつてしろしめせ。白米は白米にはあらず。すなわち命なり。

美食ををさめぬ人なれば力をよはず山林にまじわり候ぬ。されども凡夫

なればかん(寒)も忍びがたく、熱をもふせぎがたし。食ともし。ひょう

目が万里の一飡いっそん忍びがたく、思子孔ししこうが十じゅん飯堪はんたゆべきにあらず。

 読経どっきょうおとも絶へぬべし。観心の心をろそかなり。しかるにたまたま

おんとぶらいただ事にはあらず。教主釈尊の御すゝめか、はた又過去宿 しゅく

しゅう御催おんもよおししか、方々紙上かたがたしじょうに〔つくしがたし〕。恐々きょうきょう
 
【現代語訳】
世法即仏法

 金光明経には、「もし深く世間の法について知ることが出来れば、即ちこれは仏法で

あると説かれているまた涅槃経にはすべての世間における仏教以外の経典論書は、

実はみな仏の説であって仏教以外の別の教えではない」と仏が述べられているのを、妙

楽大師は法華経の第六巻にある「すべての世間における人々の活動・産業は、みな仏の

説く真実の法理に反するものではない」という経文に引き合わせて仏の心を明らかにし

ているそれによると先の金光明経と涅槃経の二経は、心の深い教えのようであるが、

法華経と比較してみるとまだ浅い教えであって及ばないものである。つまり、世間の法

を仏法と関係づけて知らせているのであるが、法華経はそうではない。法華経ではその

まま世間の法が仏法の全体であると解釈されているのである。法華経以前の諸経では、

「心から万法(すべてのもの)が生じて来る。例えば心は大地のようなものであって、

そこに生えている草木は万法のようなものである」という。法華経はそうではなく、

「心が即ち大地であり、大地はただちに草木である」というのである。また諸経では

「心の澄むのは月のごとく、心の清らかなことは花のごとくである」というが、法華経

ではそうではなく、「月こそ心であり、花こそ心である」という法門なのである。

 このことから考えてみると、送っていただいた白米はただの白米ではなく、即ち命で

ある。

 日蓮は美食を好まぬ者であるので(世俗の栄華を望まない身の上なので)力が及ばな

いため、こうして山林に交わり生活しているが、しかしながら凡夫の身であるので、冬

の寒さも耐えがたく夏の暑さも防ぎがたい状態でいる食糧も乏しい状態である。昔、

万里の遠くへ旅した人がほんのわずかの食だけで苦労したとのこと、また中国の子思と

孔子が100日の間に9回だけ食事をし、あとは食べる物に耐えたというが、今はそれよ

りも耐えがたい状態である。

 ここ身延山における読経の声も絶えてしまいそうであり、心を見つめ、悟りを得るた

めの修行もおろそかになりがちである。そうした折にこの度のご供養をいただいたこと

は、ただ事とも思えない。きっと教主釈尊のおすすめによるものか、あるいはまた過去

の世からの御縁が熟して、このようになったのか、とても手紙で書き表わすことの出来

るものではない深いわけがあるからであろう。恐れながら謹んで申し上げる。

【解説】

 前回の「智慧亡国御書」と同じくこの手紙もまた、「まことの道は世間で行われる法

である」と言い、「世間の法が仏法の全体」という法華経絶待の心を明かしている。こ

こで、仏教と社会とのかかわり方を説く経文について日蓮は検討を加えている。諸経の

場合は、世間認識が仏教の心を証明する機縁ないしは例証にとどまっている。社会の事

物は、仏教にとっての対象であり、仏教の心を社会的に例えるという考え方である。

「心は大地のごとく」とか「心の澄んでいることは月のようである」と仏教の意味を表

現しているのであって、仏法と社会とは、出世間と世間に隔てられているのである。

 ところが、法華経は心即ち大地であり、「月こそ心よ」と述べて、仏教と社会を一体

視とする。社会の事物にいのちを見る。ここに、社会から離れた所に法華経はなく、法

華経の信仰教説が社会全体のありようと不可欠である、という根拠を示したのである。

日蓮が、衣食住と生命の重要さを財宝と言ったのも、生活そのものが法華経である点を

指摘したものである。

 身延の山中で餓死するばかりの日蓮は、白米に命を見、衣食住に支えられてこそ人間

の命もあるという。そして、仏道を成就する生命を相続する供養の意味をさし示す。社

会生活を送るうえで最も大切なものを献げる帰命の志は、社会に生きる法華経の心を仏

に奉ることである。濁悪の社会に法華経の心が生きている証をしるすことである、とい

うことであろう。日蓮が自然界の月・星や大地の動向によって、仏教の邪正を把握しよ

うとしたのも、それを法華経の心の動きとして受け止めたからである。法華経の心は、

背くものを怒り、帰依するこのを安穏に導くのであり、それは人間の内なる心だけでな

く、社会世間と自然全体に至る拡がりとして、日蓮は天変地異の姿を重視したのであっ

た。

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【 2024/03/14 05:49 】

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理の供養 事理供養御書②

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波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

事理供養御書じりくようごしょ

 いわゆる雪山童子せっせんどうじと申せし人は、身をおににまかせて八字はちじをならへり。

薬王菩薩と申せし人は、ひじをやいて法華経に奉る。我朝にも聖徳太子と

申せし人は、手のかわをはいで法華経をかき奉り、天智天皇と申せし国

王は、無名指むめいしと申すゆびをたいて釈迦仏に奉る。これらは賢人聖人しょうにん

事なれば我等はかなひがたき事にて候。

 ただし仏になり候事は、凡夫ぼんぷは志ざしと申す文字もんじを心へて仏になり候

なり。志ざしと申すはなに事ぞと、委細いさいにかんがへて候へば、観心かんじんの法

門なり。観心の法門と申すはなに事ぞとたづね候へば、たゞ一つきて候

ころもを法華経にまいらせ候が、身のかわをはぐにて候ぞ。うへ(飢)た

るよ(世)に、これはなしては、けう(今日)の命をつぐべき物もなき

に、ただひとつ候ごれう(御料)を仏にまいらせ候が、身命を仏にまい

らせ候にて候ぞ。

 これは薬王のひぢをやき、雪山童子の身を鬼にたびて候にもあいをと

らぬ功徳にて候へば、聖人のおんためには供やう(養)、凡夫のために

くやう。止観しかんの第七の観心のだんばら密と申す法門なり。まことのみ

ちは世間せけん事法じほうにて候。

【現代語訳】

 すなわち※ 1山童子という人は、わが身を鬼神に与えて尊い教えの※ 2字を習った。※ 3

菩薩はわが臂を焼いて燈明として法華経に供養された。日本でも聖徳太子は、自分の手

で皮をはいで法華経を書き、天智天皇は第4指の薬指を焚いて釈迦仏に供養なされた。

これらのことは聖人や賢人の行なったことであるので、われら凡夫にとっては不可能な

ことである。

 ただし、仏になるためには凡夫は「志ざし」という文字を心得て、それで仏になるこ

とが出来るのである。それでは、志ざしということは何かというと、詳しく考えてみる

に観心の法門のことである。さらに、観心とはどういうことかと言うと、たとえば、1

枚しか着ていない着物を、必要とあらば法華経にさしあげることであって、これが、身

の皮をはぐということと同じである。また食べる物がない飢えた時に、これを手放して

しまうと今日の命をつなぐことが出来なくなってしまうという時、そのただ一つしかな

い食物を仏に供養することであり、これが身命を仏に差し上げるということであって、

こうした実践方法のことである。

 このことは薬王菩薩が臂を焼き、雪山童子が身を鬼神に捧げたことにも劣らぬ功徳で

あるので、聖人の命を惜しまぬ供養は事(仏法を実践すること)の供養であり、凡夫の

志ざしの供養は理(仏の教えに従う)の供養といえる。摩訶止観の第七に説かれている

観心の※ 4波羅蜜(布施)という法門がこれである。真実の道は世間における事実の法理

と共通するものである。(つづく)

【語註】

 ※1 雪山童子:釈尊が前世において菩薩の修行をした時の名であるとされている。
            雪の山奥で法を求めて修行に専念したのでこの名がある。

 ※2 8字:雪山童子が法を求めて山奥での修行中に大鬼神が出現して、「諸行無
            常、是生滅法」の前半の偈文を語った。童子はこの偈文を得て法悦を得るが、
            これだけでは完全ではなく、これに続く後半の偈文をぜひに知りたいと所望す
            る。ところが大鬼神は後半の偈文を教える代わりに人間の生き血と肉を要求し
            てきた。そこで童子は自分の身体を与えることを約束して後半の偈文「生滅滅
            已、寂滅為楽」の8字を知ることが出来たというのである。

 ※3 薬王菩薩:法華経の薬王菩薩本事品第23に説かれている。薬王菩薩が昔、仏道
            を求めて苦行したときのことが記されている。わが身を燃して仏を供養したと
            いう。

 ※4 檀波羅蜜:檀那とは本来は布施のこと。波羅蜜とは菩薩の修行すべき6つの
            掟、六度ともいう。日本では布施をする人すなわち施主のことをいう。

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【 2024/03/12 05:37 】

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理の供養 事理供養御書①

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波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

事理供養御書じりくようごしょ

建治2年(1276)、55歳、於身延、和文

 白米や芋・海苔などをご供養した檀越へ宛てた手紙である。真蹟が9紙にわたり富士の大石寺に所蔵されているので、富士方面の檀徒に宛てたものと考えられる。 
 趣旨は、生きている者にとって、衣・食は大切なものであるが、すべての物の中で第一に大切なものは生命であるとしている。また、神・仏を敬う時は必ず「南無」という言葉で始まるが、南無とは「命がけで信じていくこと」であるとし、聖人・賢人の信行と末法の世における凡夫の信行との相違をあげ、「凡夫は志という字を心えることにより仏に成れる」とするのである。
 また法華経を供養する場合、聖人や賢人の供養は事の供養であり、凡夫の供養は理の供養であるとして、ここからこの手紙の題名がつけられたわけであるが、むやみに身体を苦しめることだけが供養や信行ではないことを説いている点に、注目すべきである。
 白米一俵、けいもひとたわら、こふのりひとかご、おんつかひをもつて

わざわざをくられて候。

 人にも二つのたからあり。一にはころも、二にはしょくなり。経に云く、〔「

じょうは食によって住す」〕と云云うんぬんもんの心は、しょうある者は衣と食とによ

つて世にすむと申す心也。うおは水にすむ、水を宝とす。木は地の上にを

い(生)て候、地をたからとす。人は食によてしょうあり。食を財とす。

 いのちと申す物は一切の財の中に第一の財なり。遍満三千界無有直へんまんさんぜんかいむうじき

身命しnみょうととかれて、三千大千世界にみてゝ候財をいのちにはかへぬ事に

候なり。さればいのちはともしび(燈)のごとし。食はあぶら(油)の

ごとし。あぶらつくればともしびきへぬ。食なければいのちたへぬ。

 一切のかみ仏をうやまいたてまつるはじめには、南無と申す文字をを

き候なり。南無と申すはいかなる事ぞと申すに、南無と申すは天竺てんじくのこ

とばにて候。漢土かんど・日本には帰命きみょうと申す。帰命と申すは我が命を仏に奉

ると申す事なり。我が身にはぶんしたがひて妻子・眷属けんぞく所領しょりょう・金銀等を

もてる人々もあり、又ざいなき人々もあり。財あるも財なきも、命と申す

たからにすぎて候たからは候はず。さればいにしへの聖人賢人しょうにんけんじんと申すは、命

を仏にまいらせて仏にはなり候なり。

【現代語訳】
人間にとっての二つの財宝

 白米一俵・毛芋一俵・河海苔一篭を、御使の人に託してわざわざ送り届けて頂き、確

かに受領した。

 人間には二つの財物が必要である。一つには衣類であり、二つには食物である。経文

には「生きているものは食物によって存在することが出来るのである」という。この経

文の意味は、すべて生あるものは衣類と食物とによって、世に住むことが出来るという

ことであるたとえば魚は水中に住んでいて水を宝とする。木は地の上に生えていて、

土地を財としているのと同じである。即ち人間は食物によって生きているのであり、食

物を第一の財としているのである。

  事の供養と理の供養

 命というものはすべての財宝の中の第一に大切な財物である。あまねく三千世界の中

において身命に値するものはないと説かれているが、まことに三千大千世界のすべての

財物をもってしても命にかえることは、とても出来ないことである。したがって命は燈

火のようなものであり、食物は油のようなものである。油が尽きると燈火が消えてしま

うように、食物がなければ命は断たれてしまう。

 すべての神・仏を敬いたてまつる時には、まず最初に「南無」という字から始まって

いる。南無というのはインドの言葉で、中国や日本では帰命という。帰命とはわが命を

仏に奉ることである。わが身にはそれぞれの分に応じて妻子や使用人、土地や資金等を

持っている人もいるし、また持っていない人々もいる。しかし、こうした財産を持って

いる人でも持っていない人であっても、命という財宝に過ぎた財宝はない。従って、昔

の聖人・賢人といわれる人々は、自分の命を仏に奉って、その功徳で仏になったのであ

る。(つづく)

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【 2024/03/09 05:35 】

世法と仏法  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

法華経の女人 乙御前母御書

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波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

乙御前母御書おとごぜんのははごしょ

文永10年(1273)11月3日、52歳、於佐渡一谷、和文

 乙御前の母は日妙聖人のこと。日妙聖人は鎌倉在住の女性檀越。夫と死別して久しく、しかも幼い女児(乙御前)をかかえる身でありながら、日蓮への帰依の志が深く、この前年には乙御前を連れて佐渡を訪ねている。その深い信心ゆえに、仏になることは必定と述べ、目連、章安、伝教、玄奘等が遠路はるかに法を求めたことに寄せて、女人の身で幾100里を遠しとせぬ求道の志を称えられている。

 をとごぜんのはは                   日 蓮

  いまは法華経をしのばせ給ひて仏にならせ給ふべき女人なり。かへ

  すがへす、ふみ(文)ものぐさき者なれども、たびたび申し候ふ。

  また御房たちをもふびん(不便)にあたらせ給ふとうけ給はる。申

  すばかりなし。

 なによりも女房のみ(身)として、これまで来て候ひし事。これまで

ながされ候ひける事は、さる事にて御心ざしのあらわるべきにやありけ

んと、ありがたくのみをぼへ候ふ。

 釈迦如来の御弟子あまたをはししなかに、十大弟子として十人ましま

ししが、なかに目犍連もくけんれん尊者と申せし人は神通第一にてをはしき。四てん

と申して日月のめぐり給ふところをかみすぢ髪筋一すぢき切)

らざるにめぐり給ひき。これはいかなるゆへぞとたづぬれば、せんしや

う(先生)に千里ありしところをかよいて仏法を聴聞せしゆへなり。ま

た、天台大師の御弟子に章安と申せし人は、万里をわけて法華経をきか

せ給ひき。伝教大師は三千里をすぎて止観をならい、玄奘三蔵は二十万

里をゆきて般若経を得給へり。

 道のとをきに心ざしのあらわるるにや。かれは皆男子なり。権化ごんげの人

のしわざなり。今御身は女人なり。ごんじち(権実)はしりがたし。い

かなる宿善にてやをはすらん。

 昔女人すいをと(好夫)をしのびてこそ或は千里をもたづね、石とな

り、木となり、鳥となり、蛇となれる事もあり。

 十一月三日                    
日 蓮 花押

 をとごぜんのはは

  をとごぜんがいかにひとなりて候ふらん。法華経にみやづかわせ給

 ふほうこう(奉公)をば、をとごぜんの御いのちさいわいになり候は

 ん。

【現代語訳】

 乙御前の母よ。                          日 蓮

  あなたは、もはや法華経への信仰心が浸みわたって、当然、成仏なさる女性です。

  手紙というものは面倒なものですけれども、このことは大切なことなので、たびた

  び申し上げる次第です。どうか、自信をもってますますご信仰にお励みください。

  それから、鎌倉にいる弟子の僧侶方に対しても、いろいろとご外護げごくださっている

  と聞いております。感謝の気持はことばで言いつくせないほどです。

 さて過日、女性の身でありながら、わざわざこの佐渡が島まで訪ねて来てくださった

のは、なみたいていのことではなくて、まるで、私が佐渡に流されたのは、私自身の問

題ではなくて、あなたの法華経信仰の深さを表わすために起きた事件なのではないかと

さえ思われて、ありがたさで胸がいっぱいです。このことについて思い起こされる話を

2つ3つ記しましょう。

 釈迦如来のたくさんのお弟子たちの中で代表的な十人を十大弟子と言っていますが、

その一人の※ 1
連尊者は、神通力がすぐれていることで第一の方でした。※ 2天下といっ

て日月の光の届く範囲の全世界を、髪の毛一本そこなうことなく修行し布教して巡られまし

た。どうしてそのようなことができたかといいますと、前世において千里の道をかよって

釈尊の説法をお聞きした功徳のおかげですまた天台大師のお弟子の章安 ※ 3 しょうあんという人

万里の道のりを隔てた大師を尋ねて法華経の教えを聴聞されました。あるいはまた

教大師は、3000里の海山を越えて中国で※ 4訶止観を習学し、中国の玄奘三蔵は、20万里

の長途を克服してインドから般若経を伝来なさいました。

 このように、道が遠いことによって、その難儀に堪えた人の志の深さが推し測れると

言うものでしょう。それにしても章安たちはみな男性です。そして仏菩薩が人の身とな

って現われた権現さまの仕事をしました。ところがあなたは五障があるといわれる女性

です。権現さまにせよ本当の仏菩薩にせよ縁の遠い存在のはずです。それなのに成仏が

確実であるというのは、前世でどんな善業をお積みになったというのでしょうか。

 昔、女が、愛しい男を恋い慕うあまり、あるいは1000里の道をも遠しとせずに跡を追

ったり、あるいは帰ってくるのを待ち続けてその場で石や木になってしまったり、ある

いはまた鳥や蛇に生まれ変わって慕いつづけたという話が伝えられています。それらと

同じように、今のあなたは、法華経にすべてを捧げつくしていらっしゃるから、わざわ

ざ佐渡までおいでになって、法華経の行者である私をご供養くださり、またご自身の信

仰の深さと成仏の確かさとをお示しになったのでしょう。

 十一月三日                         
日 蓮  花押

 乙御前の母よ

  乙御前はどんなに大きくなったことでしょうか。あなたが法華経の教えを守ってい

らっしゃるその功徳は、きっと乙御前の生涯を幸せなものとすることでしょう。

【語註】

 ※1 目犍連:目連ともいう。バラモンの子であったが舎利弗【しゃりほつ】に誘わ
            れて仏弟子に加わり、神通第一として十大弟子の一人に加えられた。餓鬼道に
            堕ちた母青提女【しょうだいにょ】を救ったことが盂蘭盆会の起源とされる。

 ※2 四天下:須弥山【しゅみせん】の四方の大海にある四つの大陸。弗婆提【ほつ
        ぼだい】(東)・閻浮提【えんぶだい】(南)・瞿陀尼【くだに】(西)・欝
            単越【うったんのつ】(北)の四州をいう。人間が住んでいるのは閻浮提であ
            る。

 ※3 章安大師:中国天台の第二祖灌頂【かんじょう】。22歳の折に天台山修禅寺へ
          赴いて智顗から天台の教観を習い、爾後14年間、智顗の入滅にいたるまで随侍
            した。智顗の没後その遺教百余巻を集収記録して後代に伝えるとともに、自ら
            も多くの著述を世に残した。

 ※4 摩訶止観:法華玄義・法華文句とともに天台三大部の一で、天台宗の実践法門
            である観心の方法を説く。

【解説】

 手紙の中に「道の遠きに心ざしのあらわるるにや」と、あります。遠路遥かに法を求

めた人物として日蓮があげたうちの一人である玄奘三蔵は、経典を求めて中国からイン

ドへ17年間、20万里の旅をしました。そうしてもたらされた経典を求めて日本から荒波

を越え、中国へ渡った人たちが大勢いました。

 日蓮は釈尊の真意をつかむためまさしく命を懸けられました。真理を求める人は常に

命懸けです。

 そんな求道者に共通する心は「できるか、できないか」ではなく「やるか、やらない

か」の腹のくくりの有無だったのです。何事も初めの志、すなわち「初一念」が最も重

要なのです。

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【 2024/03/07 05:39 】

日蓮聖人の手紙 法華経の女人  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |

法華経の女人 日妙聖人御書⑥

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波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

日妙聖人御書にちみょうしょうにんごしょ

 実語の御経をば正直の者心得候ふなり。今実語の女人にておはすか。

まさに知るべし、須弥山しゅみせんをいただきて大海をわたる人をば見るとも、こ

の女人をば見るべからず。砂をむして飯となす人をば見るとも、この女

人をば見るべからず。まさに知るべし、釈迦仏・多宝仏・十方分身の諸

仏、上行・無辺行等の大菩薩、大梵天王・帝釈・四王等、この女人をば

影の身にそうがごとくまほり給ふらん。日本第一の法華経の行者の女人

なり。故に名を一つつたてまつりて不軽菩薩の義になぞらえん。日妙聖

人等云云。

 相州鎌倉より北国佐渡の国、その中間一千余里に及べり。山海はるか

にへだて山は峨峨、海は濤濤。風雨時にしたがう事なし。山賊海賊充満

せり。すくすく(宿々)とまりとまり(泊々)民の心虎のごとし犬のご

とし。現身に三悪道の苦をふるか。その上当世の乱世去年より謀叛の者

国に充満し、今年二月十一日合戦。それより今五月のすゑいまだ世間安

穏ならず。しかども一(ひとり)の幼子あり。あづくべき父もたのもし

からず。離別すでに久し。かたがた筆も及ばず。心わきまへがたければ

とどめ了んぬ。

文永九年〈太歳壬申みずのえさる〉五月二十五日         
日 蓮 花押

日妙聖人

【現代語訳】

 仏の真実のお言葉である法華経を信仰なさるのは、正しく直き心の方でいらっしゃい

ます。まさにあなたは、その仏の真実のおことばを信じる女性でいらっしゃるというこ

とでしょう。確かに云えることは、須弥山を抱いて大海を歩き渡る人を見つけることが

出来たとしても、前記のような女性を発見することは困難だということです。あるいは

砂を蒸して米飯を作り上げる人を見つけることが出来たとしても、前記のような女性を

発見することは困難であるのです。そしてまた確かに言えることは、釈迦如来・多宝如

来・十方世界の無数の浄土にいらっしゃる分身の諸仏、また上行菩薩や無辺行菩薩など

の大菩薩、それから大梵天王・帝釈天・四天王らの尊者たちが力を合わせて、前記の女

性を、影の身に添うようにお護りくださるに違いないということです。そのような意味

で、まさにあなたは日本第一の法華経の行者の女性であります。そこで法名をひとつお

つけ申し上げて、常不軽菩薩が人々の未来成仏を保証なさった故事の跡を踏むことにい

たしましょう。法名を「日妙聖人」と号します。

 あなたが相州鎌倉からわざわざ訪れて下さったここ北国佐渡の国までは、その間1000

余里に及びます。山・海を遥かに隔てており、山は峨々としてそびえ、海は濤々として

高鳴り、風雨が時を定めず襲いかかり、山賊や海賊がのさばりまわっています。宿泊を

重ねた所々の人の心は、虎のように犬のように恐しいものです。生身のままで三悪道の

苦しみを経験したように思われます。その上、今は世が乱れて、去年から謀叛者が国に

満ちあふれ、今年の※ 1月11日に合戦があって、それから現在5月の末まで世間は不安な

状態が続いています。そうだというのに、あなたは一人の幼な子をかかえており、その

子を養育するはずの父親はいません。離別してからもうずいぶん久しいですね。それら

のことを思えば、お気の毒で筆を進めることも出来なくなります。胸がつまって考えが

まとまりませんので、これで止めます。ごめん下さい。

文永九年〈太歳壬申〉五月二十五日                日 蓮  花押

日妙聖人

【語註】

 ※1 2月11日に合戦:北条時輔の乱のこと。

【解説】

 この手紙において「日妙聖人」と名付けられる女性が、鎌倉から佐渡へ来訪したのは

文永9年5月、龍口の法難から8カ月後のことであった。鎌倉では、多くの弟子檀那た

ちは牢に入れられたり、所領を没収されたり、追放されるという目に遭っていた。「千

が九百九十九人は堕ちて候」(『新尼御前御返事』)といった状況下にあっても、この

女性は信心を貫き、幼い娘(乙御前)を伴って佐渡まで日蓮を訪ねて来た。

 
「相州鎌倉より北国佐渡の間其の中間一千余里」という道の遠さもさることながら、

世相もすさんでいた。山賊や海賊が横行しているだけでなく、2月には北条時輔の乱と

いう京都と鎌倉で同時多発的に企てられた謀叛を鎮圧する内乱があったばかりで、「今

五月のすゑ、いまだ世間安穏ならず」といった有様であった。その中で、危険を冒して

母娘二人の佐渡来訪であった。しかも、帰りの旅費がおぼつかないことを知って、日蓮

は『法華経』一部10巻を渡すことを条件として、一谷入道に旅費を借金し、それを持た

せて帰したほどであった。

 日蓮は、釈尊の六波羅蜜の修行や、玄奘三蔵と伝教大師の求法の旅と比較して、この

女性の求法の志は劣るものではないと称讃する。しかも、それらの求法者たちがすべて

男性であることにも比してこの女性の志を称えて日本第一の法華経の行者の女人

と称し、常不軽菩薩の義にならって「日妙聖人」という名前を与えた。

 「聖人」とは、一般に徳が高く、高潔な人格の教祖や高弟を称するものである。その

ことを考えても、日蓮は、男女を分け隔てすることはなかったことが分かる。

 「風はつなぐとも、とりがたきは女人の心なり」とか、「女人をば河に譬へたり。一

切まがられるゆえなり」とあるのは、日蓮の女性観を述べたものではないことに注意し

なければならない。『法華経』以外の経典や、世間で言われている考えであり、日妙聖

人との違いを比較するために並べられたものである。

 手紙の末尾に、幼子を「あづくべき父もたのもしからず。離別すでに久し」とあるこ

とから、この女性は、夫とは生別であったのであろう。日蓮は、身延に入山後も寡婦と

なって久しい母娘の行く末を見守り続けた。 


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【 2024/03/05 05:43 】

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法華経の女人 日妙聖人御書⑤

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波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

日妙聖人御書にちみょうしょうにんごしょ

 しかるに玄奘は西天に法を求めて十七年、十万里にいたれり。伝教御

入唐ただ二年なり、波濤三千里をへだてたり。これ等は男子なり。上古

なり。賢人なり。聖人なり。いまだきかず、女人の仏法をもとめて千里

の路をわけし事を。竜女が即身成仏も、摩訶波闍波提まかはじゃはだい比丘尼の記莂きべつにあ

づかりしも、しらず権化にやありけん。また在世のことなり。

 男子女人その性もとより別れたり。火はあたたかに、水はつめたし。

海人あまは魚をとるにたくみなり。山人かりゅうどは鹿をとるにかしこし。女人は婬

事にかしこしとこそ経文にはあかされて候へ。いまだきかず、仏法にか

しこしとは。女人の心を清風に譬へたり。風はつなぐともとりがたきは

女人の心なり。女人の心をば水にゑがくに譬へたり。水面には文字とど

まらざるゆへなり。女人をば誑人きょうじんにたとえたり。或る時は実なり、或

る時虚なり。女人をば河に譬へたり。一切まがられるゆへなり。

 しかるに法華経は「〔正直に方便を捨てる〕」等、「〔皆これ真実な

り〕」等、「〔質直しちじきにして意柔軟こころにゅうなん〕」等、「〔柔和質直にゅうわしちじきなる者〕」

等申して、正直なる事弓の絃のはれるごとく、墨のなは(縄)をうつが

ごとくなる者の信じまいらする御経なり。くそ栴檀せんだんと申すとも栴檀の香

なし。妄語の者を不妄語と申すとも不妄語にはあらず。一切経は皆仏の

金口こんくの説、不妄語の御言なり。しかれども法華経に対しまいらすれば妄

語のごとし。綺語きごのごとし、悪口あっくのごとし、両舌のごとし。この御経こ

そ実語の中の実語にて候へ。

【現代語訳】
幼児を連れて波濤を越えた正直な女人

 昔、中国の玄奘三蔵は仏法を求めてインドに旅をすること17年、距離は10万里に及び

ました。日本の伝教大師の入唐求法にっとうぐほうは、年限はわずか2年でしたが3000里の波濤を分

けてのことでした。これらの難行苦行を成し遂げたのは強い男性でした。また時代は濁

りの少ない古代のことでした。そして賢人と仰がれ、聖人と讃えられる人の行ないでし

た。私はまだ聞いたことがありません、あなたのように女性が仏法を求めて千里の路を

踏み分けて行ったということを。女性といえば法華経の提婆達多品だいばだったほんに竜の乙女が即身

成仏をしたことが見え、また勧持品かんじほんでは釈尊の叔母である摩訶波闍波提比丘尼が将来成

仏することを仏から保証されています。しかし、これらの女性は、仏が人々を救い導く

ために、女性に変身して出現なさったのかも知れません。また時代的には釈尊が生きて

いらっしゃった遠い昔の話であって、あなたの行ないと比べることはできません。

 男性と女性とは基本的に違った性質を持っています。火は熱く、水は冷たいようにで

す。猟と漁との例をみても、女性である海人は海で魚を捕るのがうまく、男性である山

人は野山で鹿を狩るのが上手なのであって、男女の違いはあらゆる所に見られます。で

は女性の特徴はどういうところにあるのでしょうか。一つには、女性はみだらなことが好

きだと経文に記されています。女性が仏法を好むなどといったことは夢にも聞いたこと

がありません。また女性の心を空吹く風にかこつけた言い方もされています。風の状態

は何とか感じとることが出来るけれども、女性の心だけは把えようがないというわけで

す。同じように、女性の心は水に字を書くようなものだとも言われています。水面の字

はすぐに消えてなくなってしまうからです。あるいはまた女性は人を欺き惑わすものだ

ともされています。真剣に思いつめたかと思うと、たちまち冷めてしまったりするから

です。それから女性は川にたとえられています。まっすぐになることのない曲がりくね

った性格の持ち主だというのです。

 ところで話は変わるようですが、法華経は、「仏は正直に方便を捨てて、ただ無上道

を説く」とか、「釈迦牟尼世尊のお説きになったことは、みな、すべて真実である」と

か、「質直で、意を柔和にして、心から仏にお会いすることを願い、自ら身命を惜しま

ない者の前に私は姿を現わす」とか、「柔和質直に信仰する者は、いながらにして皆、

私と会うことができる」などと説かれている通りのお経であって、たとえば弓の絃がピ

ンと張っているように、あるいは墨縄の糸をパシッと打ったように、まっすぐで濁りの

ない求道の人が信じ申し上げる経典なのです。たとえば、糞を栴檀だと偽っても芳香が

漂うことはありません。また嘘つきの者を正直者だといっても嘘をつかなくなるわけで

はありません。そのように虚偽は結局暴露するものですが、一切経はみな仏ご自身のお

口で説かれたもので絶対に真実の教えです。ところが、その一切経でさえも法華経と比

較すると嘘のようなものです虚飾の言葉のようなものです悪口のようなものです。

二枚舌を使った意見のようなものです。この法華経こそが真実の中でも真実の教えなの

です。(つづく)

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【 2024/03/02 05:40 】

日蓮聖人の手紙 法華経の人生  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |
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