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なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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ブハラ その1

 
ウズベキスタンの地理が分からない人が多いと思いますので、地図を掲載しておきます。

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8月6日(火)
 
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 午前5時46分。ブハラの日の出です。泊まったホテルは、グランド・ブハラ・ホテル。ブハラの町の南に位置する近代的な4つ星高級ホテルだ。部屋は810号室。旧市街がよく見渡せ、遠くにカラーン・ミナレットも見える。それにしても、昇ってきた太陽が丸くない。台形のようにも見えるのだが、乾燥地帯だからだろうか。
 ブハラは、サマルカンドとならぶソグディアナ(アムダリヤとシルダリヤに挟まれた地域)のオアシス都市で、シルクロードが繁栄した隋・唐の時代にはイラン系ソグド人の交易の中心だった。玄宗皇帝の時代に楊貴妃と浮き名を流し、やがて反乱を起こした安禄山はお父さんがソグド人だ。8世紀以後はイスラーム化が進み、875年中央アジア最古のイラン系イスラーム王朝であるサーマーン朝がアッバース朝から自立し、ブハラはその都となり、奴隷交易で繁栄した。サーマーン朝はイスラーム世界最大の医学者イブン=シーナーを輩出したことでも知られ、シーナーはブハラの近郊で生まれている。サーマーン朝はやがてトルコ系のカラ=ハン朝に滅ぼされ、カラ=ハン朝はやはりトルコ系のホラズム朝に滅ぼされ、ホラズム朝はチンギス=ハンに滅ぼされ…………。長くなるので、お勉強はこれくらいにして、朝ごはんにしましょ。

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 午前7時から朝食。宿泊客が少ないので、バイキングではなくセットメニューだ。まあこのほうが料理を取りに行く面倒がなくていい。パンにチーズ、ソーセージといった簡単なものに、卵焼きを焼いてもらった。コップに入っているのは牛乳かと思ったら、ヨーグルトだった。

 午前8時40分、観光の開始。バスを降りて、世界遺産に登録されている旧市街地を歩いてまわる。最初はホテルの部屋からも見えていたカラーン=ミナレット。当然真っ青な空に映えるミナレットが撮影できると期待していたのだが、残念ながらこの日は曇りで、そのうちパラパラと雨が降ってきた。ウズベキスタンの8月の平均降水量は2.5㎜。なんで、雨が降るの。ああ、そう言えば、平成12年にタクラマカン砂漠の北にあるクチャの町でも雨が降ったし、いつだったかインドのデリー空港では土砂降りで雷まで鳴っていた。僕は雨男ではないので、その時いつも一緒にいた奴の中に雨男がいる。誰かわかっているのだが、ここでは名前は伏せておこう。

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 ガイドのザファール君が、「晴れても、曇っても、雨が降っても、雪が降っても、大事なのは心の天気で~す」。なかなか、うまいことを言う。サマルカンド国立外国語大学の出身だそうだが、時に白目をむいて、テンポのいい日本語を話す。「~という話になっているんですね」が口癖のようで、誰かが質問をすると、池上彰みたいに「いい、質問ですね」と必ず言う癖もある。ザファール君、「ところで、皆さん、この塔は何メートル位あると思いますか?」。60メートル、35メートル、70メートル、と色んな答えが飛び出したが、僕は「46メートル位じゃないんですか」と答えた。ザファール君、僕だけ答え方が違うと言う。他の外国人に聞いても僕のような答え方はしない、と言うので、「僕は中国人です」と答えたら、笑いの渦となった。で、何が違うの?明確な数字ではなく、「位じゃないんですか」という答え方が、現地の人の答え方だそうだ。結局、位をつけた言い方が正しいと言いたいんだろうけど、カラーン・ミナレットが少し傾いて来ているからなのか、基礎部分が10メートルあるからなのか、わからずじまいのままだ。

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 カラーン・ミナレットは1127年にカラ=ハン朝のアルスラン・ハンが建立したもので、高さは約46メートル(実は『地球の歩き方』で答えを知っていた)。内部は105段のらせん階段があり、4,5年前までは登れたそうだ。『地球の歩き方』には現在修復中のため不可と書いてあるが、登れなくなった理由は落書きにあるそうだ。ペンで落書きされていた間は大目に見ていたそうだが、観光客が自分の名前を削るようになって禁止されたんだと。誰だ、マナーを守らないのは。まさか日本人ではないでしょうね。

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 続いて、カラーン・ミナレットとつながっているカラーン・モスク。1514年にシャイバニ朝によって建てられたモスク。カラーンはタジク語で“大きい”という意味で、その名の通り1万人が礼拝できたという大きなモスクだ。内部の写真撮影は2,000スム(100円)。

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 さらに続いて、お向かいのミル・アラブ・メドレセ。メドレセは世界史用語ではマドラサで、神学校のことだ。モスクと変わらない規模で建てられている。青と白のモザイクタイルからなる植物模様と文字模様を組み合わせた装飾が何とも美しい。1時間あまり充分にイスラーム建築を堪能したんだが、これで終わりではなく、イスラーム建築の見学はまだまだ続いた。(つづく)






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【 2013/10/30 17:01 】

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