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なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴ってまいりましたが、これからしばらくは世界史のミラクルワールドをお届けします。

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マハー・ボディ寺院-ブッダガヤ①

2月24日(水)

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 午後3時55分、ブッダガヤのホテルに到着。途中食事やトイレ休憩を入れて7時間。ベナレスからの距離は270キロだから、日本と違って随分時間がかかる。ホテルでトイレを済ませて、マハー・ボディー寺院(聖大菩提寺)へ。マハー・ボディー寺院はブッダ成道の地に建てられたお寺で、2002年にユネスコの世界遺産に登録された。世界遺産になる前はバスから降りた途端に、土産物屋がマンツーマンでくっついて来て商売をした。「センシェイ、コレ安イネ。コレ、ジェンブデ1,000エンネ。買ウ?」「要らない。」「ソンナコト言ワナイデ、買ッテ。コレモ付ケテ、ジェンブデ1,000エ~ン。」「ナヒーン、チャヒエ(要らない)。」金魚の糞みたいにずっとついて周り、ゆっくりお詣りすることもできなかったが、今では敷地内から土産物屋は排除されているので、落ち着いてお詣りすることができる。

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 おやっ、石焼きトウモロコシの屋台が。美味しそうだけど、お詣りが先。
 

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 本堂にあたる大精堂は52メートルもあり、13世紀にイスラーム教徒が侵入した際にこれを土で覆い隠して守ったそうだ。バーミヤンの大仏を破壊したタリバーンやパルミラ遺跡を破壊したIS(イスラーム国)のことを考えると、隠していなければ破壊されていたに違いない。重機もない時代にこんなでかいものを隠すための土を運ぶ作業がいかに大変だったか、当時の人々の信仰心の厚さが忍ばれる。

 1876年にビルマ王が3人の官吏を派遣して、600年以上埋没していた基底部を発掘。その後、インド政府も黙って見過ごすことができなくなり、1863年にイギリスのアレキサンダー・カニンガムの指導のもと発掘に着手。カニンガムはインダス文明のハラッパー遺跡の発掘でも知られる考古学者で、インド考古局を設立したことでも知られる。さらに1881年にベーグラーが金剛宝座を探りあて、その下から仏舎利【ぶっしゃり】(ブッダのご遺骨)を発見した。大精堂は土に埋もれていた分、周りのほうが高いので、階段を降りて参拝する。


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 東側の正面入り口から中に入る。さっき落ち着いてお詣りが出来ると言ったけど、内部は大変な人でごった返しており、なかなか前に進めない。まるでし押し競饅頭しているみたいだ。やっと最前列に出ると西壁を背にした2メートルほどのブッダの像が目に飛び込んでくる。降魔成道【ごうまじょうどう】 のブッダの姿で、9~10世紀ころの作とされる。本来は黒石であったらしいが、ミャンマーの信者さんによって金箔で覆われて、金ピカピンになった。日本人からすると、要らんことすんなちゅ~の、と言いたくなる。写真を撮ろうとカメラを構えたら、ガイドのラケーシュ君が撮影禁止だという。でも、8年前に来た時は大丈夫だったよ、と言うと、ずっと昔から撮影禁止だという。そか、うみんなが撮ってるから平気でやってだんたと反省。後ろにいた韓国人の兄ちゃんがスマホで撮ろうとたんで、「No phot」と叫んでやった。あれっ、それじゃこの写真は?同行のS上人が撮影したものをお借りしました。


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 大精堂の裏手にわれわれ仏教徒にとって一番大切な聖地がある。ブッダが悟りを開かれた金剛宝座と菩提樹である。菩提樹はブッダ当時のものではなく、4代目らしい。スジャータ(スジャータの村はこの後で訪ねる)の乳がゆ供養を受け体力を回復されたブッダは、瞑想をされようと前正覚山の中腹にある洞穴に入られた。ところが、お坐りになろうとした時、山が3度震動し、山の神が「この地は真理を得るのには適さない山です。この地の南東にある菩提樹下に向かわれるように」と告げられたとのこと。ちなみに、ブッダが悟りを開かれたから菩提樹と呼ばれるようになったんで、当時はピッパラ樹とかアシュヴァッタ樹と呼ばれていた。

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 ブッダはこの菩提樹の下で瞑想され、7日目の12月8日、明けの明星が東の空に輝く頃、ついに悟りを開きブッダとなられた。ブッダ35歳の時のこと。その場所が金剛宝座と呼ばれているが、現在は柵で囲まれており中に入ることは出来ず、柵越しに手を合わすしかない。平成5年に初めて来た時は中に入れたのだが、オウム真理教の麻原彰晃の罰当たりが金剛宝座に上がり、参詣者によって引き下ろされた事件以降、中に入ることが出来なくなった。くそっ。

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いつもだったら、菩提樹の近くで敷物を敷いて、座ってお勤めをするんだけど、なにせ今日は超満員。仕方なくかなり離れたところで、立ったままお勤めをさせていただいた。

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 なぜか、ここに来ると自然に涙がこぼれてくる。特に今回は導師を勤めさせていただき、身体が震えた。(モザイクかけるのが面倒で、かけませんでした。ごめんなさい)

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 大精堂の周りをお題目を唱えながら行道する。

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 大理石が足にひんやりと心地よい。ブッダは悟りを開かれた後、その喜びを噛みしめるように菩提樹の周りを歩きながら瞑想された。その時、ブッダの歩かれた跡に、蓮の花が咲いたと言われている。花が飾られている丸い石はそれを表している。

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 龕室【がんしつ】の仏像にも花が飾られている。

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 ここにも野良犬が。大理石の冷たさがよほど気持ちいいだろう、爆睡している。

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 大精堂の西側にムチャリンダ竜王が住むという池がある。ブッダは悟りを開かれたあと7日間、菩提樹の下で足を組んだままの姿勢で「解脱の安楽」を心ゆくまで味わわれたという。その後7日間アジャパーニグローダ樹、さらに7日間ムチャリンダ樹の下で解脱の安楽を楽しまれた。ムチャリンダ樹の下にお坐りになられた時、時季はずれの雨が7日間降り続き、冷たい風が吹いたそうだ。その時ムチャリンダ竜王がブッダの身体を覆って風雨から守ったという言い伝えがある。竜というと中国の竜を思い浮かべると思うけど、漢訳仏典の竜の原語はナーガで蛇のことだ。インドで蛇と言えば、もちろんコブラ。コブラは興奮すると鎌首を広げるから、傘のようになってブッダの身体を風雨から守ることが出来る。だけど、池の真ん中にわざわざその像を造らなくてもいいんじゃないの。想像するだけでいいの。想像するだけで、十分。

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 その池の側にアショーカ王の建てた石柱が残っている。その周りの人だかりが出来ている。何をしているのかと思って覗いたら、コインを投げて石柱のてっぺんに乗せようとしている。チベットの坊さんまで混じって、コイン投げに興じているが、コインが乗ったら何かいいことでもあるんかね。それにしてもアショーカ王柱で遊ぶなんて、罰当たりな。

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 夕日をバックにした大精堂を撮影したかったんだけど、残念ながらちと間に合いませんでした。う~ん、残念。(つづく)



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テーマ:海外旅行 - ジャンル:旅行

【 2016/08/29 17:41 】

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