なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴ってまいりましたが、定年退職した途端に喉頭蓋炎で入院。しばらくはその闘病記を綴っていきます。

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ラジギール(王舎城)①

2月25日(木)

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  午前8時45分にブッダガヤを出発して約2時間、10時40分ラジギールに到着した。ラジギールはブッダの時代はラージャガハと呼ばれ、マガダ国の都として繁栄した。「ラージャ」は、みんなも知っているマハラジャのラージャで王さまのこと。「ガハ」は家のことなんで、漢訳仏典では王舎城と訳される。だけど、日本やヨーロッパのいわゆる「お城」とは違い、城壁で取り囲まれた都市のことで、今でも城壁の一部が残っている。

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 ラジギールは5つの山に囲まれた盆地で、われわれは南門から町に入った。最初にわれわれを迎えたくれたのがドゥルガー女神。

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 ドゥルガー女神はシヴァ神の奥さんの一人で、10本の腕にそれぞれ武器を持つ戦いの女神。峠の祠に祀られており、旅人の安全を護ってくれているんかな。日本の道祖神みたいなものなんだろう、と勝手に解釈した。ホテルでトイレを済ませ、竹林精舎に向かった。

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 午前11時10分、竹林精舎に到着。精舎【しょうじゃ】(ビハーラ)は簡単に言えばお寺。コーサラ国の都・舎衛城【しゃえいじょう】にあった祇園精舎が有名だけど、仏教のお寺第一号はこの竹林精舎。カランダ長者が所有していた竹林をブッダに寄進し、マガダ国のビンビサーラ王が伽藍を建てたと言われている。


 もちろん今は伽藍が残っている訳ではなく、近年建てられたえらい現代的な小さな精舎だけが建っている。ブッダは80年の生涯を遊行された方だから一箇所に長くとどまることはなかった。ただ、6~8月の雨期の季節には遊行は困難で、その間居住するために建てられた出家者用の建物が精舎。
 
竹
 
 インドの竹は日本のものとは違い、写真のように密集して生える。これだとその下で雨露をしのぐことが出来るので、座して瞑想することも可能だったんだろう。だから、ブッダは竹林を選ばれた。

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 玄奘三蔵が大唐西域記の中で、『お釈迦様がしばしば、そのほとりで法を説いた』と記された「カランダの池」だ。植民地時代にイギリス人考古学者カニンガムが竹林精舎の発掘にあたったが、結局その位置を特定できなかった。独立後、インド政府考古局の調査により、この池が発掘され、竹林精舎がこの地にあったことが確認された。

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 おやっ、綺麗な花が咲いている。奥村君に聞いたら、これがアショーカ樹(無憂樹)だそうだ。

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 お産のために実家に帰る途中ルンビニーの苑で休息していたマーヤーは、アショーカ樹の花があまりにも美しく咲いていたので、一枝折ろうとして右手を伸ばされた。その時、シッダールタ、後のブッダはマーヤーの右脇から「オギャ~」と、この世にお生まれになられた。お説教でこの話をよくするんだけど、実物を見るのは初めて。

 今回の旅ではいままで見たことのない花にでくわすんだけど、過去6回も来ていて単に気づかなかったのか、それともインドの気候が変わったんかね。

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 門前町商店街のチャイ屋さん。チャイはインド風ミルクティーのこと。これが安くて美味いんだけど、残念ながら時間がなくて今は飲めない。チャイは薬缶や鍋で少量の水で紅茶を煮出した後、水牛のミルクと大量の砂糖、生姜・シナモンなどの香辛料(マサラ)を入れて飲む、インド庶民の飲み物。最近はプラスチック製のコップを使うことが多いが、店先に積んである素焼きのカップ(クリ)で飲んだほうが断然美味い。チャイを飲んだ後、クリは地面に叩きつけて壊してしまう。そうすれば、もとの土に帰るって寸法だ。

 チャイは良質の紅茶で作っても美味くないし、牛乳だと濃すぎて美味くない。イギリスがインドで紅茶栽培を始めた頃に、1年間無料でインド人に飲ませたそうだ。もともと紅茶なんか飲む習慣の無かったインド人が、これで一挙に紅茶好きになっちゃった。東インド会社は良質の紅茶はすべてイギリスに送り、商品にならない屑の茶葉をインドの庶民に飲ませて二重に儲けたわけだ。商魂たくましいと言うか、せこいと言うか。

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 午前11時35分、「王舎城の悲劇」の舞台となった七重の牢獄跡に。後ろの山のてっぺんに白いものが見えるけど、多宝山にある仏舎利塔だ。アジャータサットゥが父ビンビサーラ王をここに幽閉して餓死させ、王位を奪った。話すと長くなるんで、詳しいことを知りたい人は「ブッダに帰依した人 その5」を読んでね。現在は約70m四方の低い土壁が残っているだけで、遠い昔に起きた悲劇を想像するのは難しい。

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 午前11時45分、ホテル着。今晩泊まるのはインド・ホッケ・ホテル。1991年に日本の法華クラブが設立したホテルなんだけど、経営破綻しちゃって現在はインドのインパックという会社が経営している。ラジギールに来る日本人はほとんどがここに泊まる。

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 いくつか理由があるんだけど、その一つが
日本式の大(?)浴場があるから。写真がそのお風呂棟。僕も初めて来た時は嬉しくてホテルに着いてすぐ風呂に入ったんだけど、みんなが一斉に風呂に入るからあっという間にお湯が出なくなって、結局水で身体を洗う羽目になった。それ以来、部屋の風呂を使うことにしている。

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 理由の二つ目が、部屋が畳敷きだったということ。もちろん日本の畳というわけにはいかないが、畳風のものが敷かれていた。でも、経営者がインド人になったからか、写真の通りもう畳敷きじゃなくなってる。

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 ここに日本人が泊まりたい最大の理由が和食がでるということ。もちろん本格的な和食という訳にはいかないが、毎日カレーを食べてきた胃には非常にありがたい。インドの旅が始まってすぐにここに来たら美味いとは思わないが、1週間ほどインド料理が続いた後だと、なんとも美味く感じる。

 今日の献立は鶏の唐揚げにキャベツの千切りに日本のマヨネーズをかけたもの、茄子の煮浸し削り鰹かけ、茹で野菜と漬け物。

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 先ずはビールで乾杯。TUBORGはデンマークのビールみたいだ。キングフィッシャーじゃないけど、乾ききった喉にスイスイと入っていく。

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 おや、わかめ饂飩が出てきた。今いち美味くないな~。

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 そこで、カレーと混ぜて、日本の醤油をかけてみた。本場インド式カレーうどん。これがビールによく合う。大変美味しゅうございました。(つづく)


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テーマ:海外旅行 - ジャンル:旅行

【 2016/10/04 10:48 】

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