なまぐさ坊主の聖地巡礼

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ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴ってまいりましたが、定年退職した途端に喉頭蓋炎で入院。しばらくはその闘病記を綴っていきます。

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ブッダ最後の旅ークシナガラ③

2月27日(土)

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 今日は2月15日、日本では各地で涅槃図がかけられて涅槃会が行われる。僕の住んでいる金沢では一月遅れの3月15日。

 昨年の3月2日にインドから帰国しているから、やがて1年になろうというのにブログのほうはまだクシナガラ。一体いつになったら終わることやら。



 あまりの混雑ぶりで、10分ほど待たされて、ようやく涅槃堂に入ることができた。

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  ところが、中に入ってびっくり。中も大混雑で黄色い布を広げて何かしてる。おい、涅槃像を隠すなよ!

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 これ、実は隠してるわけじゃなくて、涅槃像の衣替えなんだ。タイの参拝団が新しい衣を寄付して、今涅槃像に掛けているところ。

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 この儀式でまた10分ほど待たされて、ようやく僕たちの番。涅槃像の傍らに座り、手を合わす。一番心が高揚するところなんだけど、目の前にはガラスの柵が。前来た時にはこんなもん無かったんだけど、涅槃像にさわる奴が現れるようになって、こんな無粋なものをつけたんだろうね。(2012年につけられたそうです)

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 ガラスの柵がない時は、こんな感じだった。

 この涅槃像は1876年にアレキサンダー・カニンガムが近くのヒラニヤヴァティー河の河床から発掘したもので、全長6.1メートルもある。5世紀のグプタ朝時代に造られたもので、赤砂岩製なんでもともとは赤色をしてたんだけど、仏滅2,500年の大祭の時、ミャンマーの仏教徒により金箔が施され現在の色となったそうだ。

 経典に書かれている通り、北を枕にして横たわっておられるけど、これを「頭北面西」という。頭を北にして右脇を下にすれば、自然に顔は西を向くことになるけど、インドではこれが最上の横臥法と考えられていたそうだ。人が亡くなったら北枕にする習俗があるけど、これに由来してるんだよ。みんな、まさか北を枕にして寝てないだろうね。それ、死んだ時だけだよ。

 うるさい奴らも帰ったし、ここで落ち着いてブッダの最後について語ろう。



 アーナンダは悲しみに襲われ、戸の横木によりかかって号泣する。アーナンダがそばにいないことに気づいたブッダは、修行僧に呼びに行かせた。横たわるブッダの傍らに力なく立ったアーナンダにブッダは優しく語りかける。

 やめよ、アーナンダよ。悲しむな。嘆くな。アーナンダよ。わたしは、あらかじめこのように説いたではないか、ーすべての愛するもの・好むものからも別れ、離れ、異なるに至るということを。およそ生じ、存在し、つくられ、破壊さるべきものであるのに、それが破滅しないように、ということが、どうしてありえようか。アーナンダよ。そのようなことわりは存在しない。アーナンダよ。長い間、お前は、慈愛ある、ためをはかる、安楽な、純一なる、無量の、身とことばとこころとの行為によって、向上し来れる人(=ブッダ)に仕えてくれた。アーナンダよ、お前は善いことをしてくれた。努めはげんで修行せよ。速やかに汚れのないものとなるだろう

 25年の長きにわたりブッダに仕えてきたアーナンダへの労い言葉とともに、お前もやがて悟りを開くだろうと励ましの言葉をかけるブッダ。弟子の中ではまだ悟りを得ていない人々の側にいたアーナンダは、ブッダのこの言葉にひれ伏した。

 ブッダはアーナンダに、これからクシナガラの町に行って、今夜半、ブッダが亡くなると伝えよと命じた。アーナンダが一人の弟子を連れて町へ行き、ブッダの言葉を告げると、マッラ族の人々は驚き、慌てふためいてサーラ樹の林に駆けつけたんだけど、その中にスバッタという名の遍歴行者がいた。この時、120歳だったというから驚きだ。このスバッタがアーナンダに近づいてきて言った。

 「アーナンダよ、私には疑いがあります。しかし、私は自分のもっている疑いをブッダが除くことができると信じています。どうか、ブッダに会わせて下さい。」

 ブッダは臨終の床にある。それにスバッタの態度はいささか強引だ。カチンときたアーナンダは、ブッダを悩ませてはいけないと言って、願い出を拒否した。スバッタは3回面会を求め、3回ともアーナンダは断った。しかし、そのやりとりを聞いていたブッダはこう言った。

 「 やめなさい、アーナンダよ。遍歴行者スバッタを拒絶するな。スバッタが修行を続けてきた者(=ブッダ)に会えるようにしてやれ、スバッタがわたしにたずねようと欲することは、何でもすべて、知ろうと欲してたずねるのであって、わたしを悩まそうとしてたずねるのではないであろう。かれがわたしにたずねたことは、わたしは何でも説明するであろう。」と。

 ところで、スバッタの質問はつまらないものだった。仏弟子とは違う6名の高名な修行者の名をあげ、彼らは本当に真理をわかっているのかと、聞いたんだ。この質問は当然ブッダにも向けられていたんだろうね。あんた、本当に真理が分かってんの?死の床にあるブッダへの質問としてはあまりにも底意地が悪い。身体が衰弱しきっているブッダを相手に論争をしかけようとしたんだね。この質問に対してブッダは「スバッタよ、そのように言ってはいけない」と言い、直接質問に答えず、こう語った。 
 
 スバッタよ。わたしは二十九歳で、何かしら善を求めて出家した。
    スバッタよ。わたしは出家してから五十年余となった。
  正理と法の領域のみを歩んで来た。
  これ以外には〈道の人〉なるものも存在しない


 ブッダにとって形而上の問題はどうでもよいことだった。人生の問題を解決することこそ第一であり、苦を滅して安楽の境地に向かうことがブッダの教えの核心であることを、スバッタにも示した。スバッタはその場でブッダに帰依し、ブッダ最後の弟子となった。

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さあ、修行僧たちよ。お前たちに告げよう。『もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成なさい』と

 これがブッダ最後の言葉となり、ブッダは安らかに息をひきとった。ブッダ80歳。雨季が終わってから3カ月程後ということなので、10月か11月のことだったと考えられるが、南伝仏教ではヴァイシャーカ月の満月の日、日本では2月15日とされている。

 サーラ樹の林では、ブッダの遺骸を囲み、まだ悟りにいたっていない人々は、身体をよじって大声で泣き叫んだ。しかし、欲を離れ、悟りに至った者は、正しき智慧でよく耐え忍び、「諸行は無常なり、いかでか滅せざることあらん」と繰り返し唱えていたそうだ。

 アーナンダは駆けつけた高弟アヌルッダと、東の空に輝ける太陽の光が満ち渡るまで、法話をして過ごした。

 
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 涅槃像の台座には3人の姿が彫られている。ストロボの光で見難いけど、真ん中にこちらに背を向けて座っているのがブッダ。

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 右にはブッダの死を嘆き悲しむアーナンダ。

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 左は最後の弟子となったスバッタらしいんだけど、確認するの忘れた。ご存じの方がおいでになられたら、教えてください。

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 へらへらと笑っている僕の後ろの涅槃堂。その後ろにあるストゥーパは駆けつけたアヌルッダのものとされている。

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 ちなみに、日本の涅槃図ではブッダの遺骸の前で気絶しているのがアーナンダ。あまりに悲しみに気絶しちゃったんだけど、右手にいるアヌルッダが顔に水をかけて助け起こし、正気に戻ることができたそのだよ。

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 もうひとつ蘊蓄話を。写真の飾りは四華って言うんだけど、見たことあるよね。そう、お葬式の祭壇に飾ってあるよね。恐らくほとんどの人は知らないだろうし、ひょっとしたら葬儀屋さんも知らないかも知れない。

 一番最初の涅槃図を見てもらうと、沙羅双樹が8本あるよね。沙羅双樹は2本のはずなのに、8本というのもおかしな話だけど、そのうち右の4本は枯れていて、左の4本は青々としてるよね。これは「四枯四栄」といって、ブッダが涅槃に入られてこの世から姿を消されても、その説かれた法は永遠に滅びないということを意味していて、四華はこの故事から葬儀の祭壇に飾られるようになったんだ。勉強になったでしょ。
 
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 涅槃堂を初めて訪ねたのは平成9年のこと。その時はこれが最初で最後だろうと思ったんだけど、ありがたいことに3回も訪ねることが出来た。霊鷲山とブダガヤ、そしてこのクシナガラは何度訪ねても、その度に涙があふれる。

 
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 今回は時間の余裕があるので、じっくりと周りを見てみると、たくさんの僧院の跡や奉献ストゥーパの基壇が残っている。

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 この地が仏教の一大中心地だったことがわかる。

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 ~ん。こら~、誰だ~。神聖な地で愛を語らってるのは~。(つづく)


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【 2017/02/15 05:54 】

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