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なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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ブッダを訪ねてー祇園精舎と舎衛城②

2月28日(日)

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 綺麗な花が咲いている。まるで瓶を洗うブラシみたいだ。ブログを書きながらネットで調べてみたら、花槇というそうだ。フトモモ科ブラシノキ属の常緑樹で、英語名は Common red bottlebrush。そのまんまじゃん。それにしても、鮮やかで美しい赤ですね。

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 上ばかり見ていたら、美しい女の人が声をかけてきた。言葉はわかんないけど、一緒に写真を撮りたいと言ってるみたいだ。願ってもないと、二つ返事でOKして撮った写真。そんなに美しい人とは思えない、って。美しいのはシャッターを押した人。だから、僕の顔喜んでないっしょ。あなたと一緒に撮りたいと言いたいんだけど、言えない悲しさ。でも、なんで僕らと写真撮りたかったんだろうか。謎のまま。

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 この菩提樹はアーナンダ菩提樹と呼ばれている。地元の信者たちが不在がちのブッダの代わりに祈る対象が欲しいと懇願したため、アーナンダがブッダの許可を得て、ブッダガヤの菩提樹から移植したんだそうだ。と言うわけで、仏教徒にとってはブッダガヤの菩提樹に次いで2番目に大切な菩提樹なんだって。

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 写真は沐浴するために掘られた池。当然ブッダもここで沐浴されたんだろうね。世界史習った人なら同じような写真が教科書に載ってたのを覚えているだろう。そう、インダス文明の遺跡モエンジョ=ダーロの写真の真ん中に写っていた沐浴池と似てるよね。このあたりの地区は1986年から関西大学とインド考古局の合同発掘調査で掘り出されたんだ。

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 現在も修復作業が行われている。こんな広い所を数人でやってるから、なかなか捗らない。

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 40分ほどかかって祇園精舎跡を一周して来たんだけど、ブッダが住まいされていた香室跡にまだ坊さんどもが居座っている。

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 この写真はトラベルサライからの借り物。前来た時はほとんど誰もいなくて、落ち着いてここでお経をあげられたんだけど、今日は結局お経をあげることなく、去らなくてはいけない。いくら有り難い場所だと言っても、居座り続けるのはマナー違反だぞ。くそっ。

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 午後4時20分、スダッタ長者の屋敷跡に到着。屋敷跡は正確じゃないな、屋敷跡に建てられたストゥーパの跡。ということはこのあたりがマヘート遺跡で、コーサラ国の都サラヴァスティーの跡地だ。いにしえの都に思いをはせようにも、ここも観光客でいっぱい。中国人か韓国人か、とにかく五月蠅い。

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 僕も登ってみた。ただの平原が広がっており、ここにマガダ国と覇を競ったコーサラ国があったとはとても思えない。

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 こちらはアングリマーラのストゥーパの跡。こちらは誰も登っていない。何かの理由で禁止されてるんだろう。

 アングリマーラは「指の首飾りをかける者」という意味で、本名はアヒンサ。体力・智慧ともに優れ、容姿も端麗であったアヒンサはマニー=ヴァードラというバラモンに師事し、聖典ヴェーダを学んでいた。そんなアヒンサに恋心を抱いたバラモンの奥さんがアヒンサを誘惑したんだけど、アヒンサはこれを強く拒絶。奥さんはアヒンサに拒否されたその腹いせに、自らの衣を破り裂いて悲相を装い、旦那のバラモンに「弟子のアヒンサに乱暴され、辱めを受けた」と嘘をついた。これを聞いたバラモンは激怒し、アヒンサに「100人の人間を殺して、その指を切り取って首飾りにすれば、お前の修行は完成し、悟りを得るだろう」と教えた。

 根が真面目な性格だったアヒンサはバラモンの命令通りに人々を殺してその指を切り取っていった。そのためサラヴァスティーの人々からアングリマーラと呼ばれ、恐れられるようになった。彼はとうとう99人を殺し、あと一人を殺そうとした老婆は彼の母親だった。アヒンサが母親を殺すことをためらったその時、そこにブッダが通りかかった。ストゥーパが建っているのが、まさにその場所なんだって。その後アングリマーラはブッダに諭されて改心し、ブッダの弟子になるんだけど、長くなるんで続きは「ブッダの弟子たち その14」を読んでね。

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 祇園精舎というと、古典の時間に習った『平家物語』を思い出すよね。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず。ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。」

 「祇園精舎の鐘」を知らない人はいないと思うけど、本当にインドに「祇園精舎の鐘」があったよ(笑)。
「日本国祇園精舎の鐘の会」というのが造ったらしいんだけど、梵鐘は中国で生まれて日本に伝わったもの。ブッダの時代にインドに鐘なんかあるはずないじゃんね。恥ずかしくて、顔が赤くなっちゃたよ。


 僕らは見るだけ。馬鹿馬鹿しくて、そんなもんつく気にもならない。インド人は面白半分に順番ついて、鐘鳴らしてたけどね。
 
DSC02362_convert_20170330140114.jpg 精舎
 午後4時50分、ホテルに到着。今日のホテルはニッコウ・ロータス・ホテル。名前を聞くと日航系列のホテルだと思ってしまうけど、日航さんとは何の関係もない。

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 部屋はまずまず。 

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午後7時、夕食。あれっ、今晩も鍋だ。奥村君に聞いたら、このホテルが鍋発祥の地で、ロイヤル・レンジデンシー・ホテルが真似したんだって。確かに昨日の鍋にはナマズが入っていて、ちょっと泥臭さがあったけど、こっちの鍋は上品で味もいい。

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 インド風餃子も出てきた。餃子にはやっぱビール。きのうは500mlの缶ビールが900円だったけど、今日のホテルは少し安くて800円。安いからと言って、今晩もまた飲み過ぎちゃった。

 仏跡地の旅は今日まで。旅もいよいよ終わりに近づき、あと残すのはタージ=マハルだけ。明日はラクナウからアグラまで列車の旅になる。(つづく)

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テーマ:海外旅行 - ジャンル:旅行

【 2017/04/15 10:32 】

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