なまぐさ坊主の聖地巡礼
プロフィール
Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。
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8月3日(木)
ようやく空いたので、全員で記念撮影。10名全員が無事ここまで登れました。
僕もインスタ用に自撮りで1枚。それにしてもでかい前足の爪だよね。現在は前足の一部しか残ってないけど、昔は足、頭部があったそうだ。
想像復元すると、こんな感じですかね。ライオンが大きく口を開けて座った形になっていて、階段を登って行くと、ライオンの喉に飲み込まれて行くような感じになっていた、と考えられている。何でそんなことが言えるのか言うと、「ライオンの喉」はここの地名の由来なんですね~。と言うのは、シンハラ語でライオンは「シンハShinha」、喉は「ギリヤGiriya」、ほんで「ライオンの喉」は「シンハギリヤShinhagiriya」となり、これが「シーギリヤ」になったちゅう訳だ。
さあ、休憩も十分にとったし、元気出して行くぞ~。それにしてもかなり急な階段ですな~。
いよいよ最後の階段。あれ登ったら、頂上でっせ。ほら、あともう一息。
ライオンの入り口から息を切らして登ること約10分、午前9時50分、ついに登り切りました。
左の外人さんが立っている2段の石があるけど、これが1250段の階段の最後の2段だそうだ。登った人はみんなここに立って記念撮影する。ここに立たないと1250段登ったことにならない。あほか!
と言いながら、僕も立ってみた。4人はライオンの入り口でギブアップしたんで、最後まで登り切った6人で記念撮影。みんなよく頑張りました。褒めてつかわす。
360度のパノラマ。素晴らしい絶景ですな。
崖から下を覗くと遙か下に真っ直ぐの道が見えるけど、あれが水の広場からこの岩の登り口まで続いている道だ。高低差200メートル。高所恐怖症の人だとかなり怖いでしょうね。
これがカーシャパ王のプール。こんな岩の上で泳いでいたなんて、なんて贅沢な。
あっ、一つ閃いた。遮るものが一つも無いから岩の上は台風並みの無茶苦茶強い風が吹いている。それも下から吹き上げるので、見学に来た女子高校生が捲れるスカートを押さえるのに必死になっていた。(おじさんは捲れるのをつい期待してしまいました)それくらい風が吹いているので、あまり暑さを感じてないけど、岩の上なんで太陽光線が容赦なく降り注いでいる。ソーラーで湯を沸かして「天空温泉」にすれば、10ドルほど取れるんじゃない。
素人がいくら一所懸命撮しても全体像は分からないと思うので、また画像を借りてきた。シーギリヤ・ロックの頂上はこんな風になっている。面積は1.6haで、5,000坪弱。この狭い空間に王宮、兵舎、住居、ダンスステージがあったらしい。
シーギリヤ博物館の再現ビデオによると、こんな感じだったらしい。弟の復讐を恐れたカーシャパ王はこの岩山の天辺にこんな華麗な王宮を建てて住んだ。あまりの恐怖心が岩の頂上まで逃げるという選択をさせたんだろうけど、なんか間違ってないかな。確かに360度見渡せる岩の上だから、敵が攻めて来るのをいち早く発見出来るし、敵はこの岩山の天辺にある王宮に攻撃をくわえることは出来ない。でもね、兵糧攻めされたら、果たして何ヶ月持つかね。雨に降らない時期にやられたら、一月も持たないんじゃない。
南インドに亡命していた弟のモッガラーナは、495年に兄に戦いを仕掛ける。最初は兄貴が優勢だったけど、その後劣勢に転じ、観念したカーシャパ王は喉を掻き切り自害、シーギリヤは陥落したと伝えられている。恐らく兵糧攻めされたんだろうね。王位についたモッガラーナはシーギリヤを仏教僧に寄進し、再び都をアヌラーダプラへと移した。シーギリヤは13世紀から14世紀頃まで修道院として存続するが、徐々に衰退。しだいに忘れ去られていった。
今は廃墟となってしまった王宮跡に立つと、聞こえて来るのは風の音だけ。なんだか人間の欲望の果ての虚しさがひしひしと胸を打つ。と、感傷に浸りたいんだけど、風の音よりも観光客の声のほうが五月蠅い。午前10時30分、岩山を降りた。
登りよりも降りる時に気をつけなければならないのは登山の常識。なんせ足ふらふらだから、蹴躓いたら一巻の終わり、階段から転落してしまう。と言うことで、写真撮る余裕無し。余裕たっぷりのなっちゃんの作品から2点。これはAsana Caveと書いてあるから、坊さん達が瞑想した場所だね。
これ何に見えますか。天空に向かって鎌首をもたげた、そうコブラ。「コブラの岩」でした。
午前10時50分、全員怪我もなく無事下山。朝到着した時は逆光だったんで、今一度全員で記念撮影。みなさん、お疲れさまでした。(つづく)
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シーギリヤ・レディを堪能した後、さらに上をめざす。前を行くOさんの両脇を抱えているのは親切なスリランカの若者じゃなくて、有料のヘルパー。インドの霊鷲山には篭屋がいるけど、ここは階段なんで篭は使えない。一人2,000ルピー(1,500円)。80歳を超えていてお金持ちのOさんは二人雇って3,000円。霊鷲山の篭屋は10年ほど前で800円だったから、かなり高い。
ヘルパーは時には後ろから押してくれる。Oさんに後から聞いたら随分楽だったそうで、3,000円払う価値はあるようだ。
Yさんも80歳を超えてるけど、自力で頑張ってる。なっちゃんも頑張ってるね~。添乗員の奥村君はかなりしんどそう。
ほれ頑張れ、もう少しだよ。
息を切らして登ること10分、午前9時35分、ついにライオンの入り口に到着。午前中なんでまだ観光客は少ないほうだけど、記念撮影のためライオンの足の前に群がっていて、なかなか僕たちが記念撮影出来ない。
ようやく空いたので、全員で記念撮影。10名全員が無事ここまで登れました。
僕もインスタ用に自撮りで1枚。それにしてもでかい前足の爪だよね。現在は前足の一部しか残ってないけど、昔は足、頭部があったそうだ。
想像復元すると、こんな感じですかね。ライオンが大きく口を開けて座った形になっていて、階段を登って行くと、ライオンの喉に飲み込まれて行くような感じになっていた、と考えられている。何でそんなことが言えるのか言うと、「ライオンの喉」はここの地名の由来なんですね~。と言うのは、シンハラ語でライオンは「シンハShinha」、喉は「ギリヤGiriya」、ほんで「ライオンの喉」は「シンハギリヤShinhagiriya」となり、これが「シーギリヤ」になったちゅう訳だ。
さあ、休憩も十分にとったし、元気出して行くぞ~。それにしてもかなり急な階段ですな~。
いよいよ最後の階段。あれ登ったら、頂上でっせ。ほら、あともう一息。
ライオンの入り口から息を切らして登ること約10分、午前9時50分、ついに登り切りました。
今登って来たところを上空から見た画像。僕はドローンじゃないから、もちろんネットからの拝借画像。下の広場がライオンのテラス。そこからの傾斜面は約60度。そこにへばりついている階段を登ってきたわけだ。
左の外人さんが立っている2段の石があるけど、これが1250段の階段の最後の2段だそうだ。登った人はみんなここに立って記念撮影する。ここに立たないと1250段登ったことにならない。あほか!
と言いながら、僕も立ってみた。4人はライオンの入り口でギブアップしたんで、最後まで登り切った6人で記念撮影。みんなよく頑張りました。褒めてつかわす。
360度のパノラマ。素晴らしい絶景ですな。
この山はシーギリヤ・ロックに王宮を建設の際、元々ここに在った坊さん達の修験場を移した山らしい。
崖から下を覗くと遙か下に真っ直ぐの道が見えるけど、あれが水の広場からこの岩の登り口まで続いている道だ。高低差200メートル。高所恐怖症の人だとかなり怖いでしょうね。
これがカーシャパ王のプール。こんな岩の上で泳いでいたなんて、なんて贅沢な。
あっ、一つ閃いた。遮るものが一つも無いから岩の上は台風並みの無茶苦茶強い風が吹いている。それも下から吹き上げるので、見学に来た女子高校生が捲れるスカートを押さえるのに必死になっていた。(おじさんは捲れるのをつい期待してしまいました)それくらい風が吹いているので、あまり暑さを感じてないけど、岩の上なんで太陽光線が容赦なく降り注いでいる。ソーラーで湯を沸かして「天空温泉」にすれば、10ドルほど取れるんじゃない。
素人がいくら一所懸命撮しても全体像は分からないと思うので、また画像を借りてきた。シーギリヤ・ロックの頂上はこんな風になっている。面積は1.6haで、5,000坪弱。この狭い空間に王宮、兵舎、住居、ダンスステージがあったらしい。
シーギリヤ博物館の再現ビデオによると、こんな感じだったらしい。弟の復讐を恐れたカーシャパ王はこの岩山の天辺にこんな華麗な王宮を建てて住んだ。あまりの恐怖心が岩の頂上まで逃げるという選択をさせたんだろうけど、なんか間違ってないかな。確かに360度見渡せる岩の上だから、敵が攻めて来るのをいち早く発見出来るし、敵はこの岩山の天辺にある王宮に攻撃をくわえることは出来ない。でもね、兵糧攻めされたら、果たして何ヶ月持つかね。雨に降らない時期にやられたら、一月も持たないんじゃない。
南インドに亡命していた弟のモッガラーナは、495年に兄に戦いを仕掛ける。最初は兄貴が優勢だったけど、その後劣勢に転じ、観念したカーシャパ王は喉を掻き切り自害、シーギリヤは陥落したと伝えられている。恐らく兵糧攻めされたんだろうね。王位についたモッガラーナはシーギリヤを仏教僧に寄進し、再び都をアヌラーダプラへと移した。シーギリヤは13世紀から14世紀頃まで修道院として存続するが、徐々に衰退。しだいに忘れ去られていった。
今は廃墟となってしまった王宮跡に立つと、聞こえて来るのは風の音だけ。なんだか人間の欲望の果ての虚しさがひしひしと胸を打つ。と、感傷に浸りたいんだけど、風の音よりも観光客の声のほうが五月蠅い。午前10時30分、岩山を降りた。
登りよりも降りる時に気をつけなければならないのは登山の常識。なんせ足ふらふらだから、蹴躓いたら一巻の終わり、階段から転落してしまう。と言うことで、写真撮る余裕無し。余裕たっぷりのなっちゃんの作品から2点。これはAsana Caveと書いてあるから、坊さん達が瞑想した場所だね。
これ何に見えますか。天空に向かって鎌首をもたげた、そうコブラ。「コブラの岩」でした。
午前10時50分、全員怪我もなく無事下山。朝到着した時は逆光だったんで、今一度全員で記念撮影。みなさん、お疲れさまでした。(つづく)
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突然の訪問、失礼いたします。
私はこちら⇒b--n.net
でブログをやっているさくらといいます。
色々なブログをみて勉強させていただいています。
もしよろしかったら相互リンクをお願いできないでしょうか?
「やってもいいよ」という方はコメントを返してくだされば、
私もリンクさせていただきます。
よろしくお願いします^^
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