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なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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世界史のミラクルワールドー究極のオオカミ中年・周幽王


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 武王に始まる周の第12代国王は幽王という。中国の国王・皇帝の名前は諡号【しごう】といって、生前の事績への評価に基づいて死後に贈られる。例えば、内政に業績を残せば文王・文帝、外征で領土を拡大すれば武王・武帝といった具合である。「幽」はあの世、くらい、かすかと言った意味で、あまり良い字ではない。ということは、幽王はすこぶる評価が悪い国王ということになる。幽王はいったい何をしたのか?

 即位3年に褒姒【ほうじ】に初めて出会った時、幽王の口から「おお!」と軽い嘆声が洩れた。その緑の黒髪は畳々【じょうじょう】としてしなだれ、その瞳は滴々【てきてき】と潤い、その唇は孜々【しし】たる色香を秘めながらも、楚々としたその姿の美しさに息を呑んだ。

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 僕が想像する褒姒はこんな美女。中国歴史ドラマで武則天を演じた范冰冰【ファン・ビンビン】。ただいま失踪中だけどね。(実は脱税容疑で当局に拘束されていたようで、10月3日、148億円の追徴課税が科せられたと発表された。中国映画業界に対する見せしめとして摘発されたみたいだ。)

 ま、余談はさておき、幽王は直ちに褒姒を後宮に迎え入れ、下にも置かぬほど溺愛した。やがて子供が生まれ伯服と名づけられた。幽王には申后という皇后がいて、その子の宜臼【ぎきゅう】はすでに立太子の式を済ませていたが、幽王は申后と太子宜臼を廃して、褒姒を皇后に伯服を太子とした。申后とその一族が腹を立てたのは言うまでもない。これが大変な事態をひき起こすことなるのだが、それはもう少しあとで。

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 ところで、褒姒は笑わない女だった。生まれた時から一度も笑ったことがなかったそうだ。(この女が笑えばどんなに美しいことだろう)、それを想像するだけで幽王はからだの芯から顫【ふる】えるのだった。そこで、あの手この手で褒姒を笑わそうとするが、褒姒はニコリともしなかった。

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シルクロード・クチャにあるクズルガハ烽火台

 ある時、なにかの手違いで、烽火台から狼煙【のろし】があがってしまった。中国では、藁【わら】などに狼の糞を混ぜて焼くと煙が垂直に上がるといって用いられたところから、狼煙と書くらしい。

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 周では外敵や造反軍の侵攻があれば、狼煙を次々にリレー式にあげて、遠近の諸侯に知らせることになっていた。烽火台での狼煙の点火訓練のミスだったんだろうけど、本来なら重大な過失で厳罰に値する事件だった。ところが、このミスを犯した兵士は、なんと、かえって褒美を貰うことになった。 

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 周の封建制度では諸侯に軍役の義務があり、狼煙を見た諸侯は、「すわっ、一大事!」と軍を動員して幽王のいる王城のもとに馳せ参じた。ところが、何のことはない、訓練ミスであったとは!諸侯は拍子抜けしてポカンとした顔をする。武装兵たちは兜を地面に叩きつけて憤慨するやら、へなへなと座り込んでしまうやら。

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 その様子を城から眺めていた褒姒は嫣然【えんぜん】と笑ったのである。幽王はゾクッとしました。夢にみた褒姒の笑顔、 いや、それは夢よりももっと素晴らしい笑顔でだった。この世に、彼女の笑顔より素晴らしいものはあろうか!天も地も彼女の笑うこの瞬間のために創造されたものであるぞよ!と、幽王はそれこそ夢うつつであった。
 それからというもの、幽王はしょっちゅう狼煙をあげさせた。諸侯が馳せ参じる、外敵の侵入はなくポカンとした顔をする、褒姒がニコッと笑う、幽王がゾクッとする。ポカン、ニコッ、ゾクッの繰り返しです。初めのうちこそ、諸侯は馳せ参じたが、そのうち馬鹿々々しくなり、狼煙があがってもうち捨てておくようになった。

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 ところが、今度は本当に塞外の遊牧民族が侵入して来ることになる。申后の父・申侯は娘が皇后の座を追われたことで、幽王と褒姒に深い怨みを抱き、領土の割譲を餌に犬戎【けんじゅう】を抱き込み、着々と復讐の準備を進めていた。そして、ついに紀元前771年、犬戎が都・鎬京【こうけい】へと攻め込ん来たのである。

 幽王は狼煙をあげて諸侯に急を告げたが、誰一人駆けつけることなく、幽王は太子・伯服とともに驪山【りざん】の麓で殺害され、褒姒は犬戎に連れ去られてしまう。幽王の死後、申侯は廃太子となっていた宜臼を平王として立てた。しかし兵乱により都は破壊されていたため、平王は東の洛邑へ遷都し、東周の始まりとなった。 

 褒姒の笑顔を見たいばかりにしょっちゅう嘘をつき、オオカミ少年、いやオオカミ中年になってしまった幽王。彼の死によりいよいよ春秋時代が始まることになる。

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テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2018/10/01 09:07 】

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