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なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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サマルカンド2日目

8月8日(木) 

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 午前7時、朝食。パンとチーズ・ソーセージ・目玉焼きといった、ごくありきたりの朝飯。これはウズベキスタンだというものはないが、鶏団子入りスープはなかなか美味かった。

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僕は甘いものが嫌いだから食べなかったけど、蜜蜂の巣がそのまんま出されていて、自分で蜂蜜を削って食べるのは女性陣に人気だったみたいだ。 1カ月続いたイスラーム教のラマダーン(断食)もいよいよ今日が最後だ。今晩はラマダーン明けの盛大な祭りが行われるんだろうけど、残念なことに今晩ウズベキスタンを発たなければならない。
 午前8時、今回の旅で最後の観光に出発。今日は晴れ。ウズベキスタンに来て初めて真っ青な空が見える。出発前にホテルの玄関に掛かっている温度計を見たら41℃だ。横にいた外人さんと一緒にワーオ!!朝から41℃だったら、午後は何度になるの!!って、その時は思ったんだけど、あとからよく考えてみたら、温度計には朝日が燦々とあたっていた。 脅かすんじゃないよ。
 
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 まずはシャーヒズィンダ廟群へ。この廟群はサマルカンド有数の聖地で、アフラシャブの丘の南麓にある。アフラシャブの丘はもともとのサマルカンドの町があった丘だが、13世紀にチンギス=ハンにより徹底的に破壊され、今は茫漠たる枯れた大地が続くだけだ。
 7世紀にこの地に布教のためやってきた予言者ムハンマドの従兄クサム・イブン・アッバースが、ここで礼拝をしている最中にゾロアスター教徒に襲われて首をはねられてしまったそうな。ところが、首がないままに知らん顔(あっ、顔はないか)で礼拝を終え、自分の首を抱えて深い井戸へと入っていった。彼はそこで永遠の命を得て、イスラームが危機に陥った時に、救いに現れるという。そんな伝説から、 シャーヒズィンダとは“生ける王”という意味だそうだ。

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 ウルグ・ベクが建てた入り口の門をくぐると、すぐに階段がある。この階段を数えながら上がり、その数が行きも帰りも同じだったら天国に行けると、『地球の歩き方』には書いてある。でも、ザファール君は最初から40段あると教えてくれた。数えながら上って、ちょうど40段だったら天国に行けるんだって。みんな数えながら上がる。1段1段が高いので短い足の日本人には一苦労だ。「さあ、上がりましょ。頑張れ、日本」、というザファール君の応援を受けて、みんな息を切らしながら上る。僕は41段だったから天国には行けない。階段を上りきって、全員一斉にワーオ!!なんと美しい。

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 澄み切った青空に、青や緑や紫のタイルが映える。ティムールの愛したお妃さんや、ティムールゆかりの人々を祀った11もの廟がほぼ一直線に立ち並んでいる。いわゆる死者の通りなのだが、そんな雰囲気は微塵もない。いや、見事というしかない。カメラの好きな人だったら、1日中いても飽きないだろう。僕もさかんにシャッターを切る。昔みたいにフィルムだったら大変だ。

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 一番奥のほうにクサム・イブン・アッバース廟がある。さっきお話しした伝説の人が眠る場所だ。シャーヒズィンダ廟群は14~15世紀に建てられたものだが、この廟だけ11世紀で一番古い。チンギス=ハンの来襲の時も破壊されなかったので、サマルカンドで最も古い建造物となっている。透かし彫りの格子越しにクサム・イブン・アッバースの墓石が見えるそうなんだけど、僕には見えなかった。

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  なにせ首をはねられても礼拝を続けた人の魂が眠る場所なので、ここは大変なパワースポットだ。この廟に3回詣でると、メッカに詣でたのと同じなんだって。だから、僕たち観光客ばかりではなく、地元の人達もけっこうお参りに来ている。僕たちがこの廟の見学している時も、熱心な信者さんがご祈祷らしきものを受けていた。イスラーム教にご祈祷があるかどうか分からないけど、一番右のウズベク帽をかぶっている髭のおっさんが、なんか呪文みたいなものを唱えて、隣に座っているおっさんも耳に「ヒュー」と息を吹き込んでいた。こんな作法は仏教には無いと思うけど、あんがい日本でやった流行るかも知れないね。

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 このシャーヒズィンダ廟群の周りは現代人のための霊園墓地になっている。日本でいうと高野山みたいなもんかね。たくさんのお墓が建ち並んでいるんだけど、よく見ると墓石に亡くなった人の肖像が刻まれている。日本ではペットのお墓で最近流行っているけど、人間のものはちょっと趣味悪いよね。ウズベキスタンではソ連時代から流行し始めたらしいんだけど、偶像崇拝を禁止しているイスラーム教では当然やってはいけないことですよね。 ロシア人が始めたんだろうけど、真似しちゃだめですよ。
 
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 午前9時15分、最後の見学地ウルグ・ベク天文台跡です。中に入る前におしっこに行ったら有料トイレ、500スム(25円)です。男女それぞれ何カ所かあるのに、管理しているおばさんが1カ所しか使ってはいけないという。金取ってんだから、使わせろと言っても駄目。結局、女性陣に先に済ませてもらって、男性陣があとから使うしかなかった。きっと、掃除の手を省こうというんだ。ウルグ・ベクに怒られるぞ。

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 まずは博物館で色んな資料を見ながら説明を聞いたんだけど、いまいち良く分からない。だけど、ウルグ・ベクが六分儀を使った太陽の観測記録から割り出した1年の長さが365日6時間10分8秒。現在コンピューターを使って割り出した365日6時間9分9.6秒とたった1分しか違わないから、凄いことなんだ。現在、六分儀の地下部分11mだけが残っているけど、当時は全体で40mあったというから、大天文台だったんだね。『天地明察』という映画をご覧になった方もおられると思うけど、為政者にとって日食や月食を正確に割り出すことは、人心を掌握する上で大変重要なことだった。韓国テレビドラマの『善徳女王』でも暦の話が出てきたし、中国の皇帝は暦を独占して世に君臨した。ウルグ・ベクの研究は単なる研究ではなかったんだろうけど、その辺を馬鹿息子が理解していなかった。結局ウルグ・ベクを殺害した後、この馬鹿息子が天文台を破壊してしまった。偉大な科学者だったんだけど、子育てには失敗したということだ。立派なウルグ・ベクの像があったので、記念撮影していたら、ウズベキスタンの女学生も見学に来ていた。旅の最後に写真撮らせてもらいました。さあ、あとは日本に帰るだけだ。(つづく)

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【 2013/10/28 06:17 】

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