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なまぐさ坊主の聖地巡礼

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ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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世界史のミラクルワールドーインド人はなぜカレーを手で食べる・カースト制度

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 インドの身分制度として知られるカースト制度だが、これはもとからインドにあった言葉ではない。15世紀末にインドにやってきたポルトガル人が、インド人の間に特異な身分制度があることに気づき、これをcasta(カスタ)と呼んだのが起源とされる。カスタとは「血統」のことである。カーストに対応するインド在来の概念としてはヴァルナとジャーティがあるのだが、ポルトガル人はこれを同一視してカーストと呼んだ。

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  左 アーリヤ人  右 ドラヴィダ人

 ヴァルナは日本では「種姓【しゅせい】」と訳されるが、サンスクリット語で「色」を表す言葉で、肌の色による差別体系のことを指す。もともとは白色系人種であるアーリヤ人がインド西北部に侵攻してきた 際にインドの先住民族であるドラヴィダ人等の有色人種と自らを区別するために作り上げた制度だ。アーリヤ人がガンジス川流域に進出した頃には、先住民との混血も進み、肌の色と身分・階級との対応関係はほとんど無くなったが、ヴァルナという語はそれ以後も、身分・階級の意味に用いられ続け、4つの階級を生み出した。世界史の授業で習った、バラモン・クシャトリヤ・ヴァイシャ・シュードラの4階級である。

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バラモン

 第1のバラモンはヴェーダの聖句に備わる呪術的な力「ブラフマン」を持つ者、つまりヴェーダ聖典を伝持し、ヴェーダの祭祀を執り行う者を意味しており、司祭階層のことだ。原語はブラーフマナで、漢訳仏典では「婆羅門」と音写され、この漢字音のカタカナ表記がバラモンだ。

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クシャトリヤ

 第2のクシャトリヤは、クシャトラ(権力)を持つ者という意味で、戦士階層のこと。政治・軍事の職を独占し、バラモンとともに支配階層を形成した。写真はムンバイにあるシヴァージー像。17世紀にマラーター王国を建国した英雄だ。

 これに対し前代の一般部族民ヴィシュは、上位の両ヴァルナから切り離され、生産と貢納を役割とする第3のヴァルナとなった。これがヴァイシャであるが、後世になると商人を意味するようになる。

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シュードラ

 ここまでの3ヴァルナはアーリヤあるいは再生族(ドヴィジャ)と称され、これらに属する男性は10歳前後に再生(二度目の誕生)のための入門式を挙げ、アーリヤ社会の一員としてヴェーダの祭式に参加する資格が与えられる。これに対して、再生の儀式を挙げることが出来ない一生族(エーカジャ)とされ、再生族から宗教上、社会上、経済上の様々な差別を受けたのが、第4のヴァルナである隷属民階層のシュードラである。アーリヤ人の支配下に置かれた先住民であるが、後には農耕民・牧畜民もシュードラとされ、上位3ヴァルナに奉仕する義務を持たされた。奴隷と混同されるが、奴隷とは異なり自分の家庭を持ち、僅かながら財産も所有している。

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 さらに、ヴァルナの枠外におかれ最も差別された不可触民がいる。英語に訳せばアンタッチャブル、その他チャンダーラ、アチュート、アウトカーストとも呼ばれ、不可触民は自分たちをダリットと呼ぶのを好んだ。ガンディーは「神の子」の意味でハリジャンと呼んだが、これはむしろカーストを認めることになるとして反対も多い。
 
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不可触民

 『ダルマ=スートラ(律法経)』には次のように定められている。「チャンダーラに触れるとき、かれらと言葉を交わしたとき、かれらを見たときには、穢【けが】れを受ける。その際には浄化儀礼をしなければならない。かれらに触れたときには全身の沐浴、言葉を交わしたときにはバラモンに話かけること、見たときには太陽、月などの光を見ることである」。

 まさしく、触れてはいけない人々、不可触民なのである。こうした集団が生み出されたのは、後期ヴェーダ時代になって浄・不浄の観念が発達し、排泄、血、死などに関する行為や物が不浄視されるようになった結果、それらに関わる職業に従事していた人々が、不可触民の地位に落とされたのである。日本の部落問題と同じく作り出された被差別階級であった。

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 彼らには清掃、体刑執行、屍体処理などの仕事が割り当てられ、町や村に住むことを禁止された。後世の『マヌ法典』は彼らに対し、死者が身につけていた衣を着ること、壊れた食器と鉄の装身具のみを用いることなどを命じ、また夜間に町や村にはいることを禁じている。不可触民の存在は、ヴァイシャとシュードラにある種の優越感を持たせ、経済活動の担い手である彼らと支配階級との間に生ずる緊張関係を緩める効果をもっていた。これ以後、不可触民制は、ヴァルナ・カースト社会の安定的な維持に不可欠な装置として発達することになった。     

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 後世、4ヴァルナに区分された社会の内部に、血縁や職業で結ばれた排他的な集団が生まれた。各集団はそれぞれ独自の職業を世襲的に伝えるとともに、結婚や食事なども集団内部でのみ行った。こうした集団をインドでは「生まれ(を同じくする集団)」を意味するジャーティという語で呼んだ。各ジャーティは4ヴァルナのいずれかに属し、不可触民の間にも多数のジャーティが存在し、その数は約3000あると言われる。一般的にカーストと呼んでいるのは、このジャーティのことである。

 ジャーティがインドの社会秩序においてどのような地位を占めるかの基準は、人格や専門性などではなく、その職業をおこなうにあたっての接触する物体の浄・不浄の度合いによって決められているとされる。写真はムンバイの洗濯屋さんだが、洗濯人(ドービー)、汚物清掃人(バンギ)、皮なめし職人(チャマール)などは、不浄なものに触れやすいとして、特に低い地位におかれている。

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アンベードカル

 インドでは、1950年に制定されたインド憲法の17条に、不可触民を意味する差別用語は禁止、カースト全体についてもカーストによる差別の禁止も明記された。この憲法を起草したのがアンベードカル博士だ。

 アンベードカルは不可触民の子として生まれ、刻苦勉励して、コロンビア大学とロンドン大学の博士号及び弁護士資格を取得した。インド独立後は法務大臣となり、憲法起草委員会委員長としてインド憲法の原案作成に当たった。彼がガンディーに語った言葉は有名である。「犬や猫のようにあしらわれ、水も飲めないようなところを、どうして祖国だとか、自分の宗教だとかいえるでしょう、自尊心のある不可触民なら、誰一人としてこの国を誇りに思うものはありません」」。

 彼は不可触民差別の根源はヒンドゥー教にあるとして、1956年に数十万の不可触民とともに仏教に改宗している。

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 しかし、憲法で禁止されていながらも、カーストは無くなっていない。インドの新聞の日曜版には、子どもの結婚相手を募集する広告が、数ページにわたって掲載されている。写真を見てお分かりの通り、職業別・出身地別・宗教別とともにカースト別の広告があり、カースト間通婚禁止が今でも生きているのである。Caste No Bar と書かれ、カーストは気にしませんという広告もあるが、本音と建て前は違うようだ。あと、誇大広告が多いのでお見合いしてもなかなか上手くゆかず、インドの若者は何回もお見合いすることになる。

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 インドと言えばカレー。インド人はなぜカレーを手で食べるのだろうか?もちろん、今の時代インド人でもスプーンで食べる人はいる。でも多くのインド人は手で食べている。理由はいくつかあるようで、手で食べたほうが断然美味い。インドの米は粘りが無いので、カレーと米を手で捏ねて粘りを出すと美味い。それから、凄く熱い物を直接口に入れないので、口や胃に優しい。

 そして、何と言っても手で食べたほうが安全だ。自分の前にこのスプーンを使った奴が下位カーストだったら、スプーンは穢れてしまっている。なんぼジョイで洗っても穢れは取れない。だったら、手で喰ったほうがいいということだ。そんなことを現在のインド人は考えていないかも知れないが、身体に染みついてしまってるんだろうね。

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 もう一つ、インド人の水の飲み方は変わっている。写真のようにペットボトルに口をつけずに飲む。僕も真似してみたけど、外にこぼれたりしてなかなか上手くいかない。これも穢れと関係あるのかもね。

 人間の絶対平等を掲げ、カーストを否定したのが、次にお話するブッダだ。


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テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2019/02/18 17:15 】

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