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なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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世界史のミラクルワールドー全裸の行者・ジャイナ教

トリシャラー妃とシッダールタ王  
父シッダールタと母トゥリシャラー

 ヴァルダマーナは、ガンジス川中流域のヴァイシャーリー市近くのクンダプラに、クシャトリヤに属する豪族の子として生まれた。父親は高貴な氏族の族長シッダールタ、母親はヴァイシャーリー王の妹トゥリシャラーであった。両親ともジャイナ教の前身にあたるニガンタ派に帰依していた。生没年については前444年(中村元の説)など諸説あるが、仏教の開祖ガウタマ=シッダールタと同時代の人らしく、六師外道( 仏教の立場からみて異端とされた自由思想家)の一人とされ、ニガンタ=ナータプッタと呼ばれている。ナータプッタは「ナータ族の子」の意味で、彼がナータ族の出身であることから呼ばれた別名である。

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ヴァルダマーナ

 結婚して一人の娘をもうけるが、30歳の時に両親との死別に直面し出家。ニガンタ派の修行者の群れに入り、13カ月の瞑想を経てすべての衣服と履き物を捨てて裸形となった。12年間激しい苦行と瞑想にその身を捧げ、42歳の時にリジュクラ川の河畔ジュリンビカ村での修行を完成し、2日半にわたる瞑想のあとの夏の夜、ジュリンビカの沙羅樹(ブッダはこの樹の下で亡くなったんだったよね)の下で最高智に達して悟りを開いた。その後は、マガダ国の都ラージャグリハを中心に修行と教化の日々を送り、72歳で没したという。

第2代祖師ゴーマテーシュヴァラ

 悟りを開いたあと、ヴァルダマーナはジナ(煩悩に打ち勝った勝利者)、マハーヴィーラ(偉大な英雄)などの尊称で呼ばれた。ジャイナとは「ジナの教え」、またその教えの信者という意味である。ジャイナ教の伝承によれば、ジナはティールタンカラと呼ばれる24人の救済者(祖師)の最後の聖者であるという。つまり、彼は当時ニガンタ派の改革者とみられていたということで、ユダヤ教の改革者であるムハンマドと立場は同じだ。

 イスラーム教でもアダムやノアなど25人の預言者がいて、ムハンマドを最後にして最大の預言者としている。写真はカルナータカ州にある聖地シュラヴァナ・ベルゴーラにある第2代祖師ゴーマテーシュヴァラの立像。高さ17.5メートルもある。不謹慎だけど、チンチンもさぞかし大きいんだろうなあ~。

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 ジャイナ教の聖地ジュナーガル

 ジナの教えはブッダの教えと重なるところが多いが、ジナも生きることを「苦」と考え、その苦から脱する道を求めた。彼によれば、その苦の原因は、霊魂が行為(カルマ・業)の結果に縛られて、地獄、畜生、人間、天界という迷いの世界の中で生死を繰り返すところにある。天界も安住の場所ではなく、そこに生まれた者もいずれ別の世界に墜ち、苦しみを味わうことになる。

 その苦から脱するためには、世俗の束縛を断ち、出家して沙門となり、最高智を求め、また苦行によって霊魂を浄化せねばならない。完全に浄化された霊魂は、もはや輪廻転生(サンサーラ)することはないからである。これがジナの説く解脱の状態である。修行生活の最終段階では、あらゆる行為をやめて断食死することが理想とされた。今日でも老齢のジャイナ行者で、こうした死を選ぶ者は多い。

 ジナの許には、彼に従って修行し解脱をえようとする者が集まり、ここにジャイナ教団が成立した。教団に入った者には、不殺生、真実語、不盗、不淫、無所有という五大戒律を厳守することが求められた。仏教の五戒は不殺生、不偸盗【ちゅうとう】、不邪淫・不妄語・不飲酒だから、不飲酒にかえて無所有が置かれている。

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 このうち無所有は衣服をまとうことの禁止にまで及んでおり、出家者とくに空衣派では写真のように一糸まとわないことを意味する。在家信者の場合は裸になる必要は無く、自ら設定した限度以上に得た財貨の全額を教団に寄付することが無所有の意味だ。この戒律はお寺にとっては最高だよね。いちいち寄付を頼まなくてもいいもんね。

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ジャイナ教の不殺生のシンボルマーク

 あと4つの戒律は仏教と同じなんだけど、ジャイナ教の不殺生(アヒンサー)は仏教よりも徹底していて、とにかく絶対に命を奪ってはいけない。だから、ジャイナ教徒は動物を絶対に殺さない。だから、肉はもちろん禁止だし、牛から乳を搾ることも、牛に対する暴力にあたるため、乳製品も一切食べない。また、卵を食べることも、卵から育つはずのニワトリを殺すことになるので駄目。まあ、結局植物しか食べないんだけど、ジャガイモ・レンコン・ゴボウなどの根菜は駄目。それを抜く時に虫を傷つけるからだそうで、なんせ徹底的にアヒンサーを貫き通す。

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 写真はジャイナ教の信者さん達だけど、みんなマスクしているよね。2009年に日本でも新型インフルエンザが大流行した時にみんなマスク着けてたけど、この人達はインフルエンザ対策じゃないし、埃対策でもない。なんと、羽虫などの空中の小さな生き物を誤って吸い込まないようにするためなんだ。

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 それから、このジャイナ教の坊さん達は手に箒【ほうき】みたいな物を持ってるよね。これ払子【ほっす】といって、僕ら仏教の坊さんも使うんだけど、僕らは形式的に使ってるに過ぎない。でもジャイナ教の坊さんにとっては必須アイテムだ。「出家者は路上の生物を踏まぬように箒を手にする」と書いてあることがあるけど、レレレのおじさんじゃあるまいし、道路の掃除はしない。椅子などに座る時にこれを使って椅子を入念に掃いて、椅子にいた虫の上に座って虫を殺すことがないようにするためのものなんだ。どう、この徹底ぶりは。

 イエズス会宣教師がジャイナ教徒に顕微鏡で普段飲んでいる水を見せたところ、それを見たジャイナ教徒は飲み水に微生物があふれていることを知り、飲むよりは衰弱死を選んだという話も残っている。このアヒンサーの影響を強く受けたのが、インド独立の父マハトマ=ガンディーなんだ。

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エローラ石窟のティールタンカラ

 ジャイナ教の教団内部では、ジナの死後かなり早くから厳格派と寛容派の対立があった。伝説によると、北インドに大飢饉が発生した時、一部の行者は南に移って厳格主義を貫いたが、北に残った者たちは白衣を着るなど戒律を少し緩めたという。両派は1世紀のころ最終的に裸形【らぎょう】(空衣【くうえ】)派と白衣【びゃくえ】派という二大宗派に分裂した。

 ジャイナ教はその後、インド亜大陸の各地に伝えられて根を下ろした。カーストとヴェーダの権威を否定した仏教とジャイナ教であったが、仏教は13世紀までに亜大陸からほぼ姿を消した。しかし禁欲的なジャイナ教団は庶民に支持され、医療や福祉などの社会活動を通じて民衆生活と密着していたため、独自の信仰集団としてイスラーム教徒支配時代にも生き延び、今日に至った。

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アーディナータ寺院

 ジャイナ教の在家信者は、彼らなりに不殺生戒を守っており、したがって小動物を殺す可能性のある農業や牧畜業を嫌い、多くは商業に従事してきた。ただし、交易商は荷車で虫などを殺す恐れがあるため好まれず、一般には小売商や金融業を営んだ。

 今日ジャイナ教徒は、インド共和国人口の0.5%弱、450万人を数える。人口比率は小さいんだけど、インドのジャイナ教寺院はみんな超豪華に造られている。何故かというと、ジャイナ教徒の商人はインド全域の都市に住み、それぞれの地の実業界で大きな力を持っていて、お金持ちが多い。その上、さっきの無所有戒があるので、ぼんぼん寺院に寄付をするからなんだ。うちのお寺にもぼんぼん寄付して欲しいな~。
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テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2019/02/24 09:17 】

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