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なまぐさ坊主の聖地巡礼

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ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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世界史のミラクルワールドー「バベルの塔」と「空中庭園」・バビロン

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 バビロンは現在のイラクの首都バグダードの南方90㎞に位置し、ユーフラテス川をまたぐ都市である。「神の門」を意味するマルドゥク神の神殿があった宗教都市であったが、アムル人のバビロン第1王朝(古バビロニア)の都となってから繁栄した。

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ハンムラビ王

 バビロン第1王朝の第6代国王がハンムラビ王(在位前1792年頃~1750年頃)である。彼は全メソポタミアを統一、運河を含む交通網を整備し商業を発展させ、バビロン第1王朝の全盛期をもたらした。

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 ハンムラビ王と言えば、中学生でも知っているハンムラビ法典である。以前は「世界最古の法典」と言われたが、現在、世界最古の法典とされているのは、ウル第3王朝のウル=ナンム王が制定したもので、その後もシュメール人は数々の法典を編纂した。ハンムラビ法典はこれらのシュメール法典を集大成したものである。

 1901年、フランスの調査隊によりスサで発見されたため、現在はルーヴル美術館が所蔵している。高さ 2.25mの玄武岩の石碑に、楔形文字を用いアッカド語で282条の条文が刻まれている。本来はバビロンにあったものを、エラム人がバビロンを征服した時に戦利品として持ち帰ったようだ。でも、フランスの調査隊も持ち帰っていいんかい。本当はあかんでしょ。

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 最上部に刻まれたレリーフを拡大した。右が普遍的な正義の神でもある太陽神シャマシュで、左に立っているのがハンムラビ王である。シャマシュが手に持っているのがハンムラビ法典で、この法典はシャマシュがハンムラビに授けたものであることを示している。メソポタミアの国王は神の代理人として君臨していたため、「神の掟」としての法律が必要で、数々の法典が作られた、しかし、エジプトでは王は神そのものであったため、「神の掟」は必要ない。だから、エジプトでは法律は制定されなかった。

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 ハンムラビ法典というと、「目には目を、歯には歯を」の復讐法で知られている。量刑が厳しかったように感じるだろうけど、やられたことと同じ仕返しをしろ、それ以上の仕返しはするなということだ。半沢直樹のような「倍返し」は許さない、非常に公平な裁きである。

 後書きでは「強者が弱者を損なうことがないために、身寄りのない女児や寡婦に正義を回復するために、……、虐げられた者に正義を回復するために、わたしはわたしの貴重な言葉を私の碑に書き記し……」と述べており、現代の被害者救済法にあたる条文もあり、社会の弱者の救済を意図する内容を持っていたことは是非知っておいて欲しい。

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 バビロン第1王朝がヒッタイトに滅ぼされた後、バビロニア地方はカッシートの支配を受け、前8世紀の終わり頃にアッシリア帝国に征服された。アッシリアは武断政治を行ったため支配は長続きせず4王国分立の時代となり、バビロニア地方には前625年にカルデア人により新バビロニア王国が建設された。

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ネブカドネザル2世

 新バビロニア王国の第2代国王がネブカドネザル2世。ネブカドネザルは首都バビロンを大規模に拡張し、全市を全長18㎞におよぶ二重の城壁で囲み、その数カ所にいくつかの豪華な飾りを持つ城門を設け、南北に縦断する幹線道路を造った。

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 その門の一つ「イシュタル門」は現在、ベルリンのペルガモン博物館に復元されている。

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 ネブカドネザル2世は前586年にヘブライ人のユダ王国を滅ぼすと、住民をバビロンに強制連行した。有名なバビロン捕囚だ。この事件を英語で、「the Exile 」と言う。そう、エグザイルだ。あの人気グループがなんで EXILE と名乗ったのか?理由は分からない。

 捕囚は新バビロニアが滅びる前538年まで約50年程続いた。ヘブライ人はアケメネス朝のキュロス2世に許されてイェルサレムに帰還し、ヤハウェの神殿を再建。ここにユダヤ教が成立するが、これ以降は彼らをユダヤ人と呼ぶ。

 この事件は『旧約聖書』にしか記述がないので、被害者側の証言しかないから、鵜呑みには出来ないが、奴隷のような過酷な状態ではなかったようだ。

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 それでも、異国の地に連れて来られれば、やはり辛い。故郷を遠く離れて生活していたヘブライ人が涙ながらに見上げる空には、天にも届くような聖塔が聳えていた。新バビロニアはシュメール人の真似をしてジッグラトを建設し、ネブカドネザルの時に完成した。その名は『エテメンアンキ』。シュメール語で「天地の基礎となる建物」という意味だ。最下層は正方形で一辺がおよそ90m、全高90mとされている。このジッグラトを見ていたヘブライ人が思いついたお話が、「バベルの塔」らしい。

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 ご存じだとは思うjけど、旧約聖書』の創世記に出てくる「バベルの塔」の話は次のようなものだ。人間が天まで届く塔を建て始めたことに立腹した神は、人々の言葉が一つであるからこのようなことを始めたと考え、「直ちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう」と、彼らをそこから全地に散らされたので、彼らは建設を止めた。世界中に色んな言語があるのは、そのためなんだというお話だ。主が言葉を混乱(バラル)させたので、この町をバベルと呼ぶようになった、と言うんだが、バベルは恐らくバビロンのことなんだろうね。

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 ネブカドネザルが建てたもう一つ有名な建築物が「空中庭園」だ。古代ギリシアの数学者・フィロンが選んだ世界の七不思議の一つに数えられている。

 ネブカドネザルの王妃アミティスはメディアから嫁いで来ていた。メディアは現在のイランだから、山脈もあり緑が豊かな土地だ。ところが、メソポタミアは見渡す限り茶色の土しかない。望郷の念に囚われたアミティスは、自分の故国メディアの緑の丘や谷を懐かしみ、ホームシックになっちゃった。そこで、ネブカドネザルは彼女の感傷を癒やすためにこの庭園を建設したという。

 遠くから見ると空から吊り下げられているよに見えたというので、「吊り庭」とも言われているが、実際には何層もの階段上に庭園が配置され、様々な種類の樹木、つる植物を植えて、人工の山を造ったようだ。ただ、問題が一つある。庭園の上部までどうやって水を揚げたのかと言うことだが、その仕掛けは分かっていない。

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 ネブカドネザルなんて虐められたユダヤ人以外にはあまり知られていないけど、現代にその名を復活させ、世界中に知らしめたのがイラク大統領だったサダム=フセインだ。1990年、フセインがクェートに侵攻して湾岸戦争が始まった。この時に、フセインは自らを「現在のネブカドネザル王である」と言ったという。ユダヤ人の国、現代のイスラエルを敵視したアラブの独裁者らしい言い方であり、自らを現代のバビロン捕囚を実行できる王であると表明したことになる。だが、イラク戦争でついに捕らえられ、2006年に処刑されちゃった。「おごれる人も久しからず」だ。

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 写真はイシュタル門だけど、屋外にあるし、ベルリンにあるのとちょっと違うよね。おまけにアメリカ兵が写ってる。実はこれ、サダム=フセインが古代バビロン遺跡の地に復元したもで、ベルリンのものの半分の大きさしかない。

 2003年3月にイラクに進攻したアメリカ軍が遺跡付近を駐屯地にしてしまい、取り返しのつかない被害がもたらされたと言われている。現状についての情報はないが、戦争で文化遺産が失われることほど悲しいことはない。

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テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2019/04/21 05:27 】

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