FC2ブログ

なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

カテゴリ

最新記事

fc2カウンター

Facebook

月別アーカイブ

最新トラックバック

最新コメント

リンク

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

世界史のミラクルワールドー誇り高きターバン集団・シク教

KESARI_8-1024x683_convert_20191019141635.jpg
『KESARI/ケサリ 21人の勇者たち』より
 
 シク教はインドでヒンドゥー教を改革したナーナクがはじめた宗教。ナーナクはイスラーム教の影響を受けてヒンドゥー教の改革を掲げ、一神教信仰、偶像崇拝の否定、カーストの否認などを説いた。

 シク教はパンジャーブ地方では大きな政治勢力となり、ムガル帝国に抵抗し、さらにイギリスの侵略ともシク戦争を戦った。2019年公開のインド映画『KESARI/ケサリ 21人の勇者たち』は、イギリス統治下にアフガニスタンから攻めてきた1万人にのぼる軍と戦い、サラガリ砦で殉職した21人のシク教徒兵士を主人公とする物語だ。

-min_convert_20191019141547.jpg 
ナーナク

 ナーナクは1469年4月15日に現在のパキスタンのタルワンディーという小さな農村のヒンドゥー教徒の家庭に生まれた。家は上位カーストに属し、父はイスラーム教徒の地主の会計官を務めていた。ナーナクは8歳で村の学校に入れられたが、わずか10歳で形式的な教育に興味を失って学校を捨て「聖なるもの」を瞑想することに集中した。

 そのようなナーナクには奇跡を起こしたという伝承が数多く残されている。たとえば、ある日牛に牧草を食べさせながら瞑想にふけるうちに、牛が隣人の麦畑に入り、麦を食べてしまった。怒った隣人が村長に訴えたので皆で見に行ったところ、麦はすべて元通りになっていた。人々は驚き、神の奇跡だと認めた。

 またある夏の日、ナーナクは木の下で寝込んでしまい、太陽が真上で照らすまでになった。ナーナクがそれでも眠っていると、インドでもっとも恐ろしい毒蛇であるコブラが穴からはい出してきて鎌首をいっぱいにひろげ、ナーナクの顔を太陽の光から守ったのである。これを見た人が村の人たちに伝え、ナーナクは聖者と見られるようになった。

3e0867a2_convert_20191019141425.png 

  ナーナク自身はあるとき川に沐浴にゆき、形態がなく一切の事物を超越した「絶対真理」を体得し、その真理を人々に伝えることを天職とせよ、という声を聞く。かれは「ヒンドゥー教徒もイスラーム教徒もいない」人類すべてが分かち合える「唯一なる真理」のメッセージを人々に送るため、妻と2人の子をおいて旅に出て、それ以後25年間、インド中だけでなく、イラクからサウジアラビアまでを経巡り、イスラーム教の聖地メッカも訪れた。彼は他の宗教を否定するのではなくそれを超えた真理に従順になり、慈悲の心を持つことが大切であると説いた。彼の自由で、普遍的なメッセージに心酔した人々は、ナーナクをグル(師)とし、そのシーク(弟子)となったことから、シク教という宗教名が生まれた。

 ナーナクは晩年はパンジャーブに帰り、ラヴィ川の右岸で定住し、一つの村を起こして信者の共同体を作った。そこに集まった人々は誓願を立てたわけでもなく、僧や尼僧のような修行をしたわけでもなかった。シク教には僧院はなく、彼らの共同体は日常の職業に従事しながら互いに助け合う場所であった。その共同体生活のなかから、シク教では「平等・友愛・謙遜」という価値観が形成され、社会奉仕が重要な宗教的要素として発展していく。

650x_33785810_convert_20191019141504.jpg 
ハリマンディル・サーヒブ(黄金寺院)

 シク教の総本山はアムリットサールにあるハリマンディル・サーヒブで、日本では黄金寺院と呼んでいる。ここでは毎日10万食におよぶ食事が無料提供されている。この共同食道は「グルカ・ラングル」と呼ばれ、シク教の「カースト、肌の色、信条、年齢、性別、社会的地位に関係なく、すべての人は平等である」という教義を守るために500年間続けられている習わしだ。

 シク教は「人間が子宮の中にいるうちは、カーストなどありはしない」と教える。地位や性別、年齢に関係なく、ともに料理をし、同じ床に座って食べ、後片付けをする。誰もが公平に働き、おなかを満たし、幸せな気分になる。それ自体が「聖なること」なのだ。

-min_convert_20191020114607.jpg 

  シク教は既存教団や国家からは厳しい宗教的迫害を受けた。グルのなかには第5代のグル=アルジュンがムガル帝国のジャハンギール帝によって、第9代のテーグ=バハードゥルがアウラングゼーブ帝によってそれぞれ処刑された。特に17世紀にアウラングゼーブ帝のイスラーム教強制政策が始まると、シク教徒は自己防衛のために武装を開始した。1699年に第10代のグル=ゴービンド=シングは信者を一種の戦闘集団であるカールサー(清浄なる者たちの意味)を組織し、その構成員たちにシク教徒以外の者との違いを明確にするために5つのシンボルを与えた。

9ef5ed53191bd5da3ac1660cabdc078b_convert_20191020115541.jpg 

 この5つのシンボルは頭文字がKで始まるので「5つのK」として知られ、現在でもシク教徒が守らなければならないこととされている。

 ①Kesh(ケーシュ):髪を切らず長く伸ばさなければならない。髪も髭も伸ばしたままにする。伸ばした髪は神が意図する姿の受容に対するシンボルである。

a7b00d06ccebf75c27d8f1e83874c507_convert_20191020114702.jpg 

 だから、髪の毛は写真のようにとんでもない長さになってしまうので、ターバンをしていないと纏まらないため、ターバンを着用するようになった。

8e5d249e_convert_20191020115619.jpg 

 ターバンは写真のように着用する。シク教徒の人口は2400万人で、インドの全人口の約2%しかいない少数派にも関わらず、日本ではインド人=ターバンというイメージが定着している。その理由は、シク教成立時から裕福で教養があり教育水準の高い層の帰依者が多かったことから、世界的に活躍するシク教徒が多いため、職務等で海外に渡航したインド人にターバンを巻いたシク教徒を多く見かけたからだと言われている。

 ②Kangha(カンガー):身を整えるために木製の櫛を携行する。櫛は人々の身体と魂を清浄に保つシンボルである。

バングル 

 ③Kara(カラー):右腕に鋼鉄製の腕輪をつける。力強さと揺るぎない結束を象徴する。

kacchera_convert_20191020155656.jpg 

 ④Kachera(カッチャー):ゆったりした半ズボン状のズボン下を着用する。これは高潔な人生を歩み、レイプもしくはその他の性的搾取をやめることを人に思い出させる下着である。

o0800060013379979020_convert_20191020155728.jpg 

 ⑤kirpan(キルバーン):自分自身を防衛するとともに、宗教、人種、信条によらず他人を保護し、不正に対する闘争を象徴する剣を常に携行する。

Manmohan-Singh_Ji_convert_20191020155818.jpg 
マンモハン=シン

 著名なシク教徒として、前インド首相のマンモハン=シン(任2004~14年)がいる。総選挙で勝利したインド国民会議総裁はソニア=ガンディーであったが、イタリア生まれであったことから首相就任を固辞したしたため、シンがインド独立以来初めてのヒンドゥー教徒以外の首相となった。

1280px-Tiger_Jeet_Singh_convert_20191020155753.jpg 
タイガー=ジェット=シン

 もう一人、「狂える虎」と呼ばれた悪役プロレスラーのタイガー=ジェット=シンがいる。リング上でサーベルを振りかざす姿で一世を風靡した。

 二人とも「シン」という名前だが、実はシク教徒の男性はすべて「シン」(正しい発音はシング)という名字を持つ。「シン」は「獅子のような心を持った」という意味である。

↓ ランキング挑戦中  Brog Rankingのバナーをポチッと押してね!
スポンサーサイト



テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2019/11/20 05:38 】

イスラーム史  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |
<< 世界史のミラクルワールドー航海しない航海王子・エンリケ | ホーム | 世界史のミラクルワールドー因果は巡る・ムガル帝国③ >>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

 | ホーム |