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なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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古都バガン②ーシュエジーゴン・パゴダ

8月19日(月)

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 午前10時5分にニャンウー市場を出て、5分ほどでシュエジーゴン・パゴダに着いた。

 パゴダをミャンマー語だと思っている人もいると思うが、実は仏塔(ストゥーパ)を意味する英語。ミャンマー語ではパヤーと言うので、ミャンマー語ではシュエジーゴン・パヤーと呼ぶ。「シュエ」は金、「ジーゴン」はパーリ語の「勝利、栄光、祝福された土地」と言う意味だ。

 パゴダはミャンマーのストゥーパを指す言葉として定着してしまっているので、このあとはパヤーではなくパゴダを使わせてもらう。

 ブッダの涅槃後にブッダの遺骨(仏舎利)を納めるための塚を造ったのがストゥーパの始まりで、次第に巨大化しインド・サーンチーのストゥーパなどが生まれ、日本にも伝わって五重塔などになった。もちろんすべてのストゥーパに仏舎利が納められているわけではない。しかし、たとえ仏舎利が納められていなくても、ミャンマーではパゴダ=「ブッダの住むむ家」として神聖視されている。だから、パゴダを建てることは、ミャンマーでは「人生最大の功徳」とされ、多くのパゴダが建てられてきた。

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アノーヤター王

 シュエジーゴン・パゴダの建設を始めたのはバガン朝の創始者アノーヤター王である。モン人のタトゥン王国を征服した後の1059年に建設に着手した。

 アノーヤター王の大きな功績はバガンに上座部仏教を導入したことであった。それまで上ビルマでは大乗仏教のアリー派が信仰され、権勢を得ていた。このアリー派は密教的ないかがわしい呪術的儀礼などを執り行っていたという。王はタトゥンからモン人高僧シン・アラハンを招き、説法を聞いて上座部仏教に帰依し、アリー派勢力を一掃。王はスリランカに使節を派遣し、仏歯を招来し、この仏歯を祀るためにシュエジーゴン・パゴダの建設を志したと言われている。

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 しかし、規模が大きかったためか、結局王の在位中には完成せず、次王のチャンスィッターの治世の1090年にようやく完成した。最初はイラワディ川の岸に建てられたが、水害がひどいので後に現在の場所に移された。

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  仏堂の一つから中に入る。

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 中には黄金のブッダが。パゴダの四方には仏堂が建ち、その中にはそれぞれ一体ずつ立ち姿の仏像が置かれている。これらの仏像は「過去四仏」を表したものであり、東はコーナーガマナ仏(倶那含牟尼仏)、西は釈迦牟尼仏(釈迦如来)、南はカッサパ仏(迦葉仏)、北はカクサンダ仏(倶留孫仏)に相当する。仏像はインドのパーラ朝の技術を取り入れており、表情、衣服の表現にパーラ式仏像の影響が見られる。しかし、どの方角の仏堂から入ったのか分からないので、この仏像がどなたなのか分からない。

 過去仏というのは釈迦が悟りを開く以前に悟りを開いたブッダのことで、僕らも仏教を学ぶ中で「過去七仏」というのを習った。過去四仏に、もっと古い時代に悟りを開いたビバシ仏(毘婆尸仏)・シキ仏(尸棄仏)・ビシャフ仏(毘舎浮仏)の3仏を加えたものだ。でも、それは知識として知っているだけで、それを仏像化したものがミャンマーにあるということすら知らなかった。以前スリランカに行ったけど、過去仏の話はいっさい聞かなかった。ミャンマーだけで崇拝の対象となっているのだろうか。

 ちなみに、「七仏通戒偈」というのがあり、僕らも時々お唱えする。七仏通戒偈は過去七仏が説いた共通の普遍的な教えのこと。「諸悪莫作 諸善奉行 自浄其意 是諸仏教(悪い事はしない。善い事をする。すると心は清らかになる。これが仏の教えである」。みんなも、是非唱えてね。

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 こちらの仏さまは降魔成道印を結んでいらっしゃるから釈迦牟尼仏かな。

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 シュエズィーゴン・パゴダに祀られているのはブッダだけではなく、37体のナッ神が祀られている。ナッ神はミャンマーに仏教が伝来する以前から民間で信仰されていた土着の神のことだ。アノーヤター王はナッを排除しようとしたが失敗し、従来民衆の間で信仰されていた36のナッ神の上に仏教の守護神タジャーミン(帝釈天)を置いてナッ信仰を認めた。そして37体の像をシュエズィーゴン・パゴダに建て、ナッ信仰が仏教を支えるものであることを強調した。

 写真はパゴダ南西の堂に祀られているナッ神像で、子が上座、父がその下に置かれている、珍しい様式になっている。

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 シュエズィーゴン・パゴダは三層構造の方形の土台の上に、高さ約40mの塔が建てられている。パゴダには金箔が張られ、塔の周囲には本生譚が描かれた陶器の板がはめ込まれている。青空であれば金がもっと映えるんだろうけど、今は雨季だからしようがない。スコールにあわないだけでも良しとしなければね。

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 パゴダの四隅には神獣が鎮座してパゴダを守っているが、これはライオン。

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 ミャンマーのパゴダや僧院をお参りする時は裸足にならないといけない。インドやスリランカでも同じだけど、スリランカの時と違って、地面が熱くないからいい。みなさん砂地のところを歩いているのは、石畳が雨に濡れていて滑るからだ。

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 撮影に余念のない僕の後ろ姿。いつも通り、背中には「南無妙法蓮華経」のお題目が。無言の布教をしているというわけだ。

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 熱心にお参りする人々。ミャンマーは国民の9割が仏教徒だからね。

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 このおばちゃんも何を祈っているのかね。どこの国でも祈る人の姿は美しい。(つづく)


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テーマ:海外旅行 - ジャンル:旅行

【 2020/01/29 05:38 】

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