なまぐさ坊主の聖地巡礼
プロフィール
Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。
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おはようございます。昨日は長い一日でしたが、今日も長い一日になります。飛行機のフライト時間が早いので、午前6時に朝食です。
チケットにはシートナンバーが書いてない。この飛行機は自由席だ。こんな機会はめったにないと1Aに座った。そう一番前の席だ。こんなこと人生で初めてと喜んだのだが。午前8時48分、マンダレー空港に到着。
ところが、周りの人をみても降りる様子がない。何分経っても下りる気配がないので、後ろを振り向いたら、半分以上の人が降りてしまっている。その時、気づいた。この飛行機はマンダレー空港が終点ではなく、ヘーホー空港まで行くんだ。慌てて降りた。
下手するとヘーホーまで行くところだった。危ない、危ない。添乗員のO君の「遅かったですね」と言われたが、知らん顔しておいた。
コンバウン朝はタイに侵攻し、1767年にアユタヤ朝を滅ぼす。アユタヤ遺跡の仏像の首を刎ねたのは、コンバウン朝なんだ。
コンバウン朝は何度か都を変えているが、1860年にミンドン王が新たに建設したのがマンダレーで、ビルマ王朝最後の首都となった。
午前10時、話をしているうちにマハーガンダーヨン僧院に着いた。この僧院には明日来る予定だったんだけど、天気予報で明日は雨だというので急遽予定を変更することになった。何故かはもう少ししたら分かる。
たくさんの人(おおかた中国人)が道路の両側に並んで、今か今かとその時を待っている。まだ、少し時間がかかりそうだから、話を続けよう。
マハーガンダーヨン僧院はマンダレーの南11kmのアマラプラという町にある、ミャンマー最大級、最高位の僧院で、全国から集まった1500人の僧侶が修行生活を送っている(ガイドのゼイヤ君によれば、現在は600~700人らしい)。アマラプラはパーリ語で「不死の町」という意味で、ボードパヤー王とターラーワディー王の時にコンバウン朝の都が置かれたこともある。
ボードパヤー王はコンバウン朝ビルマの第6代国王で、歴代のコンバウン朝の国王が進めてきた対外膨張政策の絶頂期を作った王だ。1784年に現在のミャンマー南西部にあったアラカン王国を征服し、さらに東北インドのアッサムとマニプールの藩王にも忠誠を誓わせた。結局これがインドを支配するイギリスを刺激してイギリス=ビルマ戦争に繋がり、ビルマがイギリスの植民地となる遠因となってしまう。
ボードパヤー王は征服欲だけではなく性欲も相当なものだったようで、62人の息子と58人の娘をもうけているそうだ。すっげぇ。

午前10時を少し過ぎた頃、みなさんのお目当てが現れました。そう、この僧院に住む坊さんたちが托鉢にやって来ます。
ぞくぞくとやって来ます。見物客は規制ロープから身を乗り出して、写真を撮るのに懸命です。これで、もし雨が降っていたら。そうです、見物客がみんな傘を広げたら何も見えなくなってしまいますよね。
臙脂色の衣に混じって白い袈裟の少年がいますが、僧侶見習いですかね。上座部仏教を信じるミャンマ-人にとって子供(男の子)を僧侶にさせることは最高の功徳を積むこととされる。男の子は自分の身の回りの世話ができる年齢になったら(5、6歳から、通常は10歳前後が多い)見習い僧として、1週間程度、僧院での生活を経験するそうだけど、多分その見習い僧だろう。この時の僧侶になるための儀式が「得度式」だ。
ミャンマ-の人達は、結婚するとすぐに、得度式のために貯金を始めるというくらいで、大金を使って盛大に得度式を行うことが名誉なことと考える。得度式では、王子シッダールタがカンダカという馬に乗ってお城を出て出家修行者になったことから、馬に乗ってお寺に向かうのが伝統になっている。王子さまでしたから、衣装もその真似をして豪華でだ。
出家して僧侶になれるのは20歳以上の男性で、20歳未満は沙弥【しゃみ】と呼ばれる。ちなみに上座部仏教では剃髪して、袈裟を身に着け僧侶になると、僧院で生活期間は私物は持てなくなる。師となる僧から戒律(十戒と227の律)を授けられ戒律を厳守して修行を行うことになる。実際のところどうかといえば、一般の人と大きく異なるのは食事。食事は早朝、正午前の2回だけで、昼以降は一切食べることができなくなる。
飲酒はもちろんだめ。酒飲んだ坊さんは寺を追い出される。でも、坊さんは辞めなくていいんだ。何でかと言うと、「酒を飲まない」というのは「戒」であって、「律」ではない。「律」には罰則があり、違反したら坊さんを辞めなくてはいけないけど、「戒」は自分に対する戒めなので、罰則はない。懺悔さえすればいいんだ。だから、僕も毎日懺悔しながら酒を飲んでるよ。
その他に音楽やテレビ鑑賞もできない。竹山道雄の『ビルマの竪琴』という作品知ってるよね。1956年には安井昌二、1985年には中井貴一の主演で映画化もされた。出家し僧になった主人公の水島上等兵が竪琴を奏でるシーンがあるけど、ミャンマー仏教ではあり得ないことだ。坊さんは楽器の演奏をしてはいけない。もし袈裟をつけて竪琴を奏でているとしたら、それは偽坊主だ。
ミャンマー人はサッカーだ大好きらしいけど、坊さんはワールドカップをテレビで観ることも出来ないし、自分たちがサッカーをすることも出来ない。また、ヨーロッパの修道院では「祈り、働け」と農作業が盛んに行われたが、ミャンマーの坊さんは畑を耕すなどの生産活動は一切してはいけない。
左から3番目の坊さんの托鉢用の鉢(ダヴェイ)の上に紙幣が乗ってるの分かる。恐らく中国人観光客のおばちゃんが、「まあ、この坊さん、可愛い」ってんで、お札を布施したんだろうけど、もしこの坊さんがこの紙幣に触ったら重大な戒律違反となる。坊さんはお金に触れたり、物品の売買をしてはいけないんだ。だから、僧院にはカッピヤという寺男がいてお金を管理している。だから、この子もカッピヤにお金を預かってもらって、必要な仏教書を買うことになる。
227も律があって、もうそんなのとても守れないと思ったら、坊さんを辞めて還俗すればいい。そして、「よし、今度こそ戒律を守って生活するぞ」と決意できたら、また出家すればいんだって。もし、僕が還俗して、また坊さんに戻ろうと思ったら、一から試験を受けて修行もしなければならない。こんな年とってから、まあ無理だね。その点、ミャンマーでは気軽に出家、還俗が出来る。
ぞろぞろ並んでやって来た坊さんたちは、ここでご飯とおかずを鉢に入れてもらい、いよいよ今日最後の食事となる、1000人分の食費がいくらほどかかるかゼイヤ君に聞いてみたら、日本円で20万円くらいだって。これだけの食費が毎日毎日365日、全部お布施だ賄われているって、凄いね。ゼイヤ君の一度お布施したことがあるそうだ。その時には家族・親戚もみんな呼んで、坊さんと同じ食事を食べるんだって。それによって功徳が積まれ、。来世に良い立場で生まれることだぞ出来る。
ミャンマーの坊さんは約50万人。ミャンマー国民100人に1人の割合だ。だから、1人の坊さんの生活が99人の在家の人々の布施によって支えられている。でも、ミャンマーの近代化がこれから進み、資本主義的な考え方を身につけたミャンマーの人々が、果たしてこのシステムを維持していけるのか、心配だ。
さあ、これからいよいよ食事だけど、話が長くなったので続きはまた今度ね。(つづく)
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