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なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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マンダレー⑤ークドードォ・パゴダ

8月20日(火)

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 シュエナンドー僧院を20分あまり見学して、クドードォ・パゴダへ。3分ほどで到着した。マンダレーヒルの南東の麓にあるこのパゴダは、1859年にミンドン王によって建立された。

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 このパゴダには2013年にユネスコの世界記憶遺産に登録されたものが保存されている。

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 これが世界記憶遺産に登録されているパーリ語仏典が刻字された大理石の石版だ。高さ2m、幅1mくらいかな。ブッダが悟りを開いてから入滅されるまでの説教を刻んであるそうだが、これが何と729枚もある。

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 この石版が白い小仏塔に1枚ずつ納められている。

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 730番目の石版には、この「世界最大の経典」が造られた経緯が刻まれているので、730もの小仏塔が整然と並ぶさまは見事と言うしかない。出来るならば仏塔群だけを写真に収めたいのだが、インスタ映えを狙う中国人のカップルがポーズをとりながらうろちょろしている。こらっ、邪魔だ、どけよ。

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 全体像が見えないので、模型が展示されている。中央に黄金に輝くパゴダがあって、その周りを730もの真っ白な小仏塔が埋め尽くしている。ミンドン王は2400人もの僧を集め、仏典を完全な形で大理石に刻ませる作業をさせた。小仏塔群は1860年に建設が開始され、昼夜の別なく突貫作業が行われて、1868年にようやく完成したとされる。

 やたらに2400にこだわっているが、1856年がミャンマーの仏暦で2400年にあたるからだ。仏暦は東南アジアなどの仏教国で使われている暦法で、ブッダが入滅したと信じられている西暦紀元前543年を紀元元年とする。ちなみに、ミャンマーやスリランカでは2020年は仏暦2564年だよ。

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 「世界最大の経典」を作成したミンドン王はその締め括りとして、1871年にマンダレーで第5回仏典結集を行ったそうだ。スリランカ、東南アジア各国から僧侶2400人が集められ、高僧たちによりこの経典が承認された。もちろん、ミンドン王の政治的宗教的立場を誇示するためのパフォーマンスだ。

 高校の世界史ではアショーカ王がパータリプトラで開催した第2回結集と、カニシカ王がプルシャプラで開催した第3回結集は習う。僕は坊さんだから、これにラージャグリハ郊外の七葉窟で開かれた第1回結集も教えていた。

 大乗仏教と上座部仏教では回数の数え方が違うが、2017年にスリランカに行った時に、アルヴィハーラ石窟寺院で第4回仏典結集が行われたという事を初めて知ったのだが、第5回結集もあったんだね~。それどころか、驚いたことに、1954年にミャンマーのヤンゴンで第6結集も行われているそうだ。

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 大理石に仏典を刻んだ文字は写真のビルマ文字だ。もともと先住のモン人が使っていた文字だそうだが、なんだか視力検査表みたいだね。スリランカで使われているシンハラ文字と同じく、全体的に丸っこい形なのには訳がある。

 ミャンマーもスリランカも昔はヤシの葉で作った貝葉に経典を記録していた。貝葉に鉄筆で文字を刻む時、直線だと裂けてしまうので、必然的に丸い文字になったそうだ。これ、孫のなっちゃんに習いました。

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 中央のパゴダが青空に映えて美しい。

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 これまた煌びやかな仏像。金ピカの上に、後ろの後背には赤や緑の電飾が点滅している。パチンコ台じゃあるまいし。日本人には違和感があって、むしろ仏像がちんけに見えてしまうのだが、所変わればで、ミャンマーの人にとっては有り難いんだろうね。

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 このパゴダ、どっかで見たことがあるような。そう、バガンで見たシュエズィーゴォン・パゴダにそっくりだ。それもそのはずで、このパゴダはシュエズィーゴォン・パゴダを模して造られたそうだ。

 ここで、ガイドのゼイヤ君からミャンマーの八曜日について教えてもらい、自分の誕生曜日も教えてもらった。前にお話したんだけど、覚えているかな?曜日ごとにそれぞれに方角と象徴である動物が決まっているんだったよね。パゴダには必ずそれぞれの方角には八曜日の祭壇があって、ミャンマーの人は自分の誕生曜日の祭壇にお参りするそうだ。

 僕は日曜日の生まれ。さっそくパゴダの周りをぐるぐる周りながら、日曜日の象徴であるガルーダ(鳥)を探した。


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 やっと見つけたのが、これだ。ヴィシュヌ神の乗り物であるガルーダにしては、なんとも弱々しく情けないお姿だが、まあ兎も角も手を合わせ拝んでおいた。(つづく)

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テーマ:海外旅行 - ジャンル:旅行

【 2020/03/03 05:29 】

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