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なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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マンダレー⑧ー王宮

8月21日(水)

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 午後2時40分にマハムニ・パゴダを出て、5分程で旧王宮に着いた。ミャンマー最後の王朝となったコンバウン朝の王宮である。

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 敷地はほぼ正方形をしており、一辺は約3km、周囲の濠は幅70m、高さ8mの城壁に囲まれ、広さは日本の皇居の6倍もある。東西南北計4本の橋で市街と結ばれており、入り口は東西南北で4箇所あるが、外国観光客が入れるのは現在東門のみだ。

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 橋を渡り真っ直ぐ進むと、王宮の正面に出る。王宮跡は現在ミャンマー中央軍の司令部が置かれており、指定された場所以外に入ることは禁止されている。門前に厳つい大砲が置かれているが、レプリカらしい。

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 建物に入ると、すぐ目の前に謁見の間。光が反射して見難いが、王さまと王妃さまが座っておられる。

ミンドン 
ミンドン王

 詳しいことはマンダレー④で書いたが、この王宮はミンドン王が1857年から建設を始め、4年がかりで完成させた。完成当時はこの国の建築技術の粋を集めた、見事なものだったという。

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ティーボー王と王妃

 しかし、1885年にこの地を占領したイギリスはティーボー王をインドへと追放し、 ミャンマーはイギリスの植民地となった。イギリスは旧王宮をDufferin 要塞と改名し、イギリスとインドの軍隊が宿営するために使い、多くの財宝が略奪された。その中で最も優れたものの一部は、大英帝国に還送され、今なおロンドンの「ヴィクトリア&アルバート美術館」で見ることができる。

 第二次世界大戦中、日本はビルマに進攻し、マンダレーを1942年5月2日に占領した。王宮を含む要塞は日本軍の兵站部に転用され、イギリス軍がラングーン(現ヤンゴン)の都と港とを奪回するための地上作戦の一部として1945年3月にマンダレーを解放したのに先立って、激しい爆撃にさらされた。

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 王宮は完全に焼失し、王立造幣局と時鐘塔のように一対の石造りの建物を組み合わせた王宮は、石造りの台座を残すのみとなった。当時のまま残されているのは城壁だけだ。

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 その後、ネ・ウィンが1980年代に忠実に復元したそうだが、文化財保護の観点から見ると問題がありそうだ。

 北陸新幹線の開通に合わせるように、金沢城の復元事業が始まった。菱櫓と五十間長屋を皮切りに、現在は鼠多門の復元中。最近、谷本知事は二の丸御殿の復元について言及した。もちろん観光客目当ての事業である。県民の多額の税金を使っての事業に批判もあると思うが、中途半端なことをやらず、やるなら忠実な復元をお願いしたい。

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 そんな訳で旧王宮には興味がわかず、その上今日の日差しはかなり厳しく、ただ惰性で見て回る。宝物館にも一応行って見る。

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 王さまの寝台。なかなか立派なもんだが、王さまな小柄だったようで、ベッドがかなり小さい。町をゆくミャンマーの人たちを見ても、背の高い人はほとんどいない。最後の日にアウンサン市場でTシャツを買った。Lを試着してみたら少し小さかったので、2Lにしたんだけど、帰国して着てみたらそれでも小さかった。ミャンマー人はどんだけ小柄なのかね。

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 右手の尖った建物が監視塔だ。螺旋階段で登ることが出来、高さ24メートルの塔からは王宮の敷地内が見渡せるそうだ。希望者だけが登ることになったが、流石の僕もこの暑さの中を登るに気にならず、断念した。
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 午後3時55分に旧王宮を出て、一旦ホテルに入り休憩。小一時間休んで、旧王宮の南にある「Royal Mandalay Cafe & Restaurant」で夕食。

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 まずはミャンマービールで乾杯。今日はいっぱい汗をかいたので、沙漠に水が染みいるように、ビールが喉に入っていく(前にも同じ表現したかな)。グビッグビッグビッ。プハー。

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 昨晩に続き、今晩も中華料理。春巻に始まって、次々に出てくるけど、ミャンマー料理と中華料理の区別が出来ないほど、ほとんど一緒。

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 午後8時、夕食を終えてホテルに戻った。ホテルの部屋に置かれていたスナック菓子に目がいった。「Oishi」、「おいしい」と書いてあるではないか。

 袋を開けて食べはしなかったんだけど、
帰国してから調べてみたら、、「おいしい」はフィリピン生まれの会社で、60年以上もの歴史のある老舗だそうだ。社名の「Oishi」は、もちろん日本語の「美味しい」から。1970年には日本の技術指導を取り入れてOishi Prawn Crackers(おいしい 海老せんべい)を新発売したところ、爆発的な売り上げとなり、中国を皮切りにアジア諸国に販路を拡大したそうだ。

 Calbeeの「かっぱえびせん」のパクリじゃん、と思ったけど、食べてないから何とも言えない。さあ、明日はいよいよインレー湖だ。(つづく)

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テーマ:海外旅行 - ジャンル:旅行

【 2020/03/24 05:28 】

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