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なまぐさ坊主の聖地巡礼

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ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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世界史のミラクルワールドー神の子・洪秀全④

南京郊外で太平天国軍と戦う湘軍 
南京郊外で太平天国軍と戦う湘軍

 太平天国が内部崩壊を始めた頃、太平天国をとりまく軍事情勢も代わった。無気力な正規軍に代わって、湘軍が向かって来た。

曾国藩 
曾国藩

 湘軍は湖南省出身の役人曾国藩【そうこくはん】が編成した郷勇で、地主の自警団である団錬よりもよく訓練され、団結も固かったから、太平軍はしだいに守勢に立たされることになった。

李鴻章 
李鴻章

 曾国藩の部下の安徽省出身の役人李鴻章【りこうしょう】も、まもなく淮軍を組織して太平天国を攻め立てる。太平天国側の指導者の争いと統率力の衰えは、敵に有利な情勢をつくっていく。

 欧米諸国の動きも見逃せなかった。アヘン戦争後の10年間は、有利な貿易条件にもかかわらず、綿織物などイギリスの商品の売れ行きはかんばしくなかった。開港場を長江流域や華北にもっと増やそう、というのがイギリス及び、イギリスと同様の条約を結んだアメリカ・フランスの望みであった。清と太平天国の戦いをおおいに利用しようと、機会をねらっていたのは当然である。

 ダウンロード
太平天国の教会

 各国は初め太平軍の鎮圧に力を貸そうか、と清に申し入れたが、清は太平天国と同じキリスト教徒は油断ならないと考えて拒絶した。

 次に、太平軍が南京を占領すると、イギリスは太平軍に使者を送って探りを入れた。太平天国の方針は明白であった。アヘン貿易や不平等条約は認めない、それを止めるなら外国人との自由な貿易をしよう、というのであった。これは列国が受け入れるつもりがない。

 結局、列国は太平天国の要求に応じて、初めは中立の態度をとった。

アロー 
アロー戦争

 しかし、1856年広州で起きたアロー号事件という、領事裁判権にからむ出来事から、イギリスはフランスとともに清朝と開戦した。このアロー戦争が再び清の敗北となって終わった1860年以後、太平天国は苦境に立つことになる。

 ゴードン
ゴードン

 1860年、太平軍が丹陽・常州・無錫・蘇州などを陥落させると、英・仏両国公使は上海防衛を宣言し、上海の中国商人の斡旋でフィリピン人を集めて洋式軍隊を編成してアメリカ人ウォードを隊長とした。当初は洋槍隊と称したが、やがて中国兵も加えて数千人規模となった1862年に常勝軍と改め、1863年にイギリス人ゴードンが隊長に招かれた。

 ゴードンは戦規に厳しく、淮軍とともに蘇州を占領した際、降伏した太平軍兵士は殺さないと約束したにもかかわらず淮軍の指導者李鴻章が捕虜を皆殺しにしたことを怒り、短銃を持って李鴻章を追い回し、李鴻章はかろうじてこれを逃れたという。

 太平軍の滅亡間近になると、清朝正規軍に鎮圧の功績を譲るべくゴードンは常勝軍を解散したが、湘軍を率いた曾国藩も同様な判断のもとに湘軍を解散している。

ダウンロード 
洪秀全

 天京事件以後、洪秀全はより一層神を拠り所として混乱した体制の立て直しと維持をはかろうとした。国号を一時「上帝天国」とか「天父天兄天王太平天国」と改めたのもその現れであった。

 神の加護だけでなく、すでに死亡した南王・西王・東王らが洪秀全の夢に出て来て助けるということもあった。

李秀成 
李秀成

 李秀成は天京を放棄して再起をはかることを進言したが、洪秀全はこれを拒絶した。天京には餓死者・逃亡者が続出した。洪秀全は雑草を甜露【てんろ】と称して上帝の奇跡を願ったが、1864年6月1日、天父・天兄の遣わす天兵に希望を託しつつ服薬を拒んで病死した。

ダウンロード (1) 
天京攻防戦

 そのあと、7月20日、湘軍によって天京は陥落した。最後まで戦って脱出した李秀成は、捕らえられて曾国藩の軍営に引き渡され、取り調べののち処刑された。

ロード 
朱徳

 こうして、太平天国は金田村の蜂起いらい13年余りの短い歴史をとじた。しかし、生き残った農民・鉱夫などの貧しい兵士たちは、人間らしく生きることが出来た十数年の経験を、ここかしこに潜みながら、後の世のために語り伝えた。

 太平軍の残党である機織り爺さんのその話を、四川の村で聞いた少年の一人朱徳が、やがて中国紅軍の建設者となるであろう。(おわり)

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テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2021/02/16 05:13 】

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