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なまぐさ坊主の聖地巡礼

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ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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世界史のミラクルワールドー航路は従来通り、全速前進!・ヴィルヘルム2世①

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ヴィルヘルム2世

 ヴィルヘルム2世はドイツ帝国初代皇帝ヴィルヘルム1世の孫で、母はイギリスのヴィクトリア女王の娘ヴィクトリア。

 1988年3月9日、ヴィルヘルム1世が90歳で亡くなり、父フリードリヒ3世が即位した。しかし、すでに喉頭癌におかされており、即位からわかず99日後の6月15日に亡くなり、長男ヴィルヘルム2世が29歳で即位した。
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「水先案内人の下船」(『パンチ』の挿絵)

 ヴィルヘルム2世は、1890年にもともとそりが合わなかったビスマルクを辞任させ、親政を開始して独自色をうち出した。まず、内政ではビスマルクが制定した社会主義者鎮圧法の延長を認めずに廃止し、労働運動の弾圧や思想統制強化から国民の融和を図る姿勢に転換した。

 内政だけではなく、外交においても従来のビスマルク外交がすすめる勢力均衡をはかるよりも、世界におけるドイツの覇権を求めるという積極策に転じた。

 これら、内政から外交に渡るドイツの基本姿勢の転換を、ヴィルヘルム2世は、「老いた水先案内人に代わって私がドイツという新しい船の当直将校になった。航路は従来通り、全速力で航行せよ」と表現した。そこから、ヴィルヘルム2世の政策は「新航路」Neuer Kurs と呼ばれた。

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母のヴィクトリア妃

 外交政策では、まずロシアとの独露再保障条約の更新を拒否した。これはドイツはそれまでのビスマルク外交の基本姿勢である、フランスを孤立させるための親英・親露路線を改め、独力で帝国主義の世界分割競争に積極的に関わることをめざすものであった。

 ヴィルヘルム2世は1896年の演説で、「ドイツ帝国は世界帝国となった」と演説、そこから、ドイツ帝国の積極的な海外膨張政策を世界政策といわれるようになった。

 ヴィへルム2世は逆子で生まれたため、左半身に障害が残った。母のヴィクトリア妃はヴィルヘルムが身体障害者であることを密かに嫌っていた。これが母への憎悪、ひいてはイギリスへの憎悪に繋がったと言われているが、海軍の大拡張を行ってイギリスに激しく対抗した。

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ティルピッツ

 帝国主義の全地球的な拡大によって、海軍力が世界の強国としての地位を得る条件であると考えられるようになり、各国が海軍の強大化を競ったが、そのなかでも特に急激な艦隊の建設を推進したのがドイツであり、それを提唱したのが海軍大臣ティルピッツであった。

 1898年の第1次と、1901年の第2次の建艦法で、艦隊建造予算は単年度ではなく数年にわたる予算として決定し、議会の抵抗を抑えた。このドイツの海軍拡張は当然イギリスを刺激し、両国による激しい建艦競争が展開された。

 イギリスの海軍整備の基本方針を「二国標準主義」と言ったが、海軍力世界一の優位を保つには、海軍力第2位と第3位の2国の合計海軍力を上まわっている必要があるという考え方を指す。19世紀末まではその2国はフランスとロシアを想定していたが、フランス海軍は伸び悩み、ロシア海軍が日露戦争で敗れたことにより、1905年からはアメリカとドイツの2国を対象とするようになった。ここからイギリス・ドイツの建艦競争がスタートする。

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ドレッドノート号

 イギリスが1905年にドレッドノート級戦艦の建造に着手すると、ドイツも計画を拡大、さらに1908年には毎年4隻の戦艦建造を計画した。それに対してイギリスは8隻建造する計画を立てた。

 ドレッドノート Dreadnought とは「恐れを知らない」という意味で、ドレッドノート号は1906年に建造された排水量1万7900トンで30センチ砲10門を備えていた。

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戦艦大和

 戦艦ドレッドノート号クラスを超える大型戦艦を超弩級と言い、建艦競争時代の言葉として日本でも大正年間からよく使われた。しかしその後、大艦巨砲時代に突入すると、各国の戦艦は殆ど「超弩級」となった。

 第二次世界大戦期には日本海軍の戦艦「大和」(排水量64000トン)や「武蔵」(排水量65000トン)が建造されたが、その頃には航空機の発達で無用の長物になってしまった。(つづく)

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テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2021/03/09 05:19 】

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