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なまぐさ坊主の聖地巡礼

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ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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世界史のミラクルワールドー638回も命を狙われた男・カストロ②

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アイゼンハウアー

 1959年1月7日、アメリカのアイゼンハウアー政権はキューバの革命政府をただちに承認した。腐敗した独裁者バティスタに代わって、国民の支持を得たカストロがキューバに民主主義をもたらし、アメリカとの関係を続けることを期待したのである。

 しかし、カストロの革命政府は、バティスタ政権の幹部だった500人以上を人民裁判で公開処刑し、アメリカ企業が所有していた農地65万ヘクタールを国有化した。さらに、カストロは選挙で国民の意志を問うことをしなかったため、アメリカとの関係は日増しに悪化していった。

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カストロとニクソン副大統領

 カストロは4月にホワイトハウスを訪れ、副大統領のリチャード=ニクソンと会談した。大統領のアイゼンハワーは「ゴルフ中」で会えないという弁解を行ったことからも、当時アメリカがカストロを軽視していたことが窺える。

 この年の5月、キューバはソ連から輸入した原油の精製をキューバ国内にあるアメリカの石油会社に依頼したが、石油会社側はこれを拒否。キューバはただちにアメリカの石油会社を国有化した。アイゼンハウアーはその報復として、キューバからの砂糖の輸入量の95%削減を決めた。キューバにとって砂糖の輸出は、経済の命綱であったが、アメリカはそれを断ち切ろうとしたのである。カストロは、アメリカ企業26社を国有化することでこれに応えた。アメリカの損失は10億ドルを超えた。これに怒ったアメリカは、キューバとの貿易を停止してしまう。

 一方、ソ連はアメリカが買い付けを拒否した砂糖の全量を買い上げることを申し出た。これ以来、キューバはソ連との経済的な結びつきを強めていくことになる。
当時ソ連は、平和共存路線を採っていたので、当初はキューバ支援に積極的であったわけではなかったが、1960年5月にソ連領内でアメリカの偵察機U2型機が撃墜されるという事件が起こり、米ソ関係が一気に悪化し、それがキューバとの軍事的提携の契機となった。

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国連総会に出席したカストロ

 1960年9月、国連総会に出席するためにニューヨークに渡ったカストロは、高級ホテルで法外な費用を請求されたためやむなくハーレムの安宿に移り、そのホテルにフルシチョフの訪問を受け、友好関係を結んだ。

 この時の国連総会はこれまでで最も記憶に残る総会での風景だった。戦闘服に身を固めたキューバ人が、フルシチョフの長い演説の中で彼らの革命に言及がある度に取り乱したように騒々しく歓声を上げた。ソ連の指導者自身も景気付けに大声を張り上げてマクミラン(イギリス首相)の演説を黙らせようとしたが、それに失敗すると片方の靴を脱ぎ、ドンドンと机を叩いて泰然としたイギリスの首相を妨害しようとしたのである。

  そして、カストロ本人も演壇に立つと忘れがたい印象を残すことになった。「できるだけ短く終わらせるつもりだ」と聴衆に保証した後、彼はアメリカ帝国主義の罪悪に関して4時間半にもわたり長口舌をふるったのである。これは国連での最長記録である。

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カストロとフルシチョフ

 国連での演説が終わると、アメリカがキューバの航空機を差し押さえたため、カストロは帰国できなくなった。この時にソ連が旅客機リューシン18を提供、これに乗ってカストロは帰国した。

 ハバナには15万の民衆がカストロの帰国を歓迎した。カストロは出迎えた民衆に、「アメリカは冷たい敵意のある国である。ニューヨークは迫害の都市である」と述べた。

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大統領就任式で演説するケネディ

 1960年3月、アイゼンハウアーは国家安全保障会議において、CIA長官のアレン=ダレスの構想した「キューバの別な政府に権力を与える」ためのゲリラか活動の拠点を造ることを許可した。その計画に基づきグアテマラに基地を設け、亡命キューバ人を主とする戦闘人員の訓練を開始した。同年末のアメリカ大統領選挙では、民主党のケネディ候補は、アイゼンハウアーの対キューバ政策は生ぬるいと言って批判した。アメリカとキューバはついに1961年1月3日に国交を断絶した。 

 その直後に大統領に就任したケネディは、キューバ侵攻作戦を実行に移し、まず上陸作戦を可能にするため、4月16日、キューバの数箇所の空港を爆撃した。アメリカは、爆撃機はキューバ空軍の標識を付けており、パイロットはカストロに反旗を翻したキューバ兵であると主張した。17日にはキューバ西部のカリブ海に面したヒロン湾に、上陸用舟艇で1500名の兵員が上陸した。ただちにキューバ民兵が応戦、カストロ自身もソ連製戦車に乗って現場に急行、水際での阻止をめざした。侵攻部隊がわずかでも拠点を確保し、そこで暫定政権を樹立して国際的承認を求めれば、アメリカがそれに応える形で本格的な軍隊を派遣してくる口実にされることを阻止しなければならなかったからだ。

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反革命軍部隊である第2506旅団のメンバー

 激しい戦闘は3日間続き、キューバ側の勝利に終わった。侵攻側は1189名の捕虜、107名の死者を出し、キューバ側は161名の死者を出した。このヒロン湾の闘いによってキューバ国民はカストロの背後にさらに団結を強化する一方で、社会主義への道を決定的なものにした。他方アメリカはその大国主義的傲慢さを内外に露呈するとともに、正義なき戦いに敗北することによってその対キューバ観は感情的なものとなった。

 侵攻作戦の失敗後も、CIAはカストロの暗殺を何度も試みた。カストロの吸う葉巻に毒を仕込んだり、カストロが演説するテレビ局のスタジオに精神を錯乱させるガスをまいてカストロが発狂したように見せかけたりする計画まで立てられたが、ことごとく失敗した。

 2006年に国家評議会議長兼閣僚評議会議長の権限を暫定的にラウルに移譲するまでに暗殺を638回計画されたといわれ、そのうち147回はCIAが計画したといわれる。カストロは命を狙われた回数が世界で最も多い人物である。(つづく)

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テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2022/02/08 05:16 】

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