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なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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白居寺トイレの蠅柱!!

8月7日(木)

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 カンパ・ラで雄大かつ神秘的なパノラマを堪能した後、しばらくバスを走らせて、ヤムドク湖畔での昼食となった。

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 目の前に広がる蒼い湖面とヤクの群れ。

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 背後の丘陵には羊の群れ。200頭はいるだろうか。一人の少年がこれを追っている。長閑【のどか】な遊牧風景の詠ながら、ピクニック気分で弁当を広げたが、高山反応の所為【せい】か皆さん食欲がない。そこそこに弁当の箱を閉じて、溜息【ためいき】をついておられる。

 と、そこへ何処からともなく3人の子供たちが現れた。周りを見渡しても、村は見えないのだが、何処からか我々の様子を窺【うかが】っていたようだ。

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 「もう要らないから、持って行っていいよ」という日本語が分かるはずもないのだが、そこは以心伝心、彼らはいっせいに弁当の箱を集め始めた。家に持って帰って、晩ご飯にするのだろうか、真剣な眼差しである。集め終わると、各自が獲得した箱を開けて整理を始めたのだが、無惨にも投げ捨てられた箱が2個。僕と添乗員の奥村君だけは、高山反応が出ても食欲だけは落ちないようである。

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 ともかく食事を終えた我々は、標高5,040メートルのカロ・ラ(峠)を越えて、ギャンツェへと向かった。途中、カロ・ラ雪渓(氷河)で写真休憩をとった。

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 峠から僅かに下った地点で、標高は4,950メートルもある。生まれて初めて見る氷河に、生まれて初めて経験する高度である。皆さん写真撮影のためバスを降りて撮影ポイントに向かうのだが、唇は真っ青、呼吸困難の上に足が重い。緊箍【きんこ】をはめられた孫悟空のように、頭が麻痺している。何しろ地上の半分しか酸素がないのだ。「酸素が薄いと大変ですね」と声をかけたつもりなのだが、「△♂♀▼☆∞√$Ωξ……」、自分でも何を言っているのか分からない。ただでさえ血の巡りの悪いところへもってきて、酸素不足で脳細胞が働いていないのだからやむを得ない。

 カロ・ラを出たバスは一路ギャンツェに向かったが、途中道路が寸断されており立ち往生。雪解け水が鉄砲水となって流れ、小川となっている。たった幅3メートルくらいの流れなのだが、四駆ではないのでタイヤがはまってしまい身動きがとれない。通りかかった村人や子供も動員しての復旧作業の結果、やっとのことで脱出に成功した。と、思ったら、もう1箇所。やれやれ難儀なことだ。

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 悪戦苦闘しながら、午後4時ようやくギャンツェに到着した。ギャンツェは1904年に侵攻したイギリス軍と激しく戦ったことで、「英雄の街」と呼ばれている。その中心となっているのが白居寺(パンコル・チョエデ)で、昔は丘の斜面に17の僧院が建ち並ぶ大寺院であったそうだが、現在その面影はない。写真にその一部が写っているが、このお寺は万里の長城のように周りをぐるりと城壁で囲まれているのだが、人民解放軍の侵略とそれに続く文化大革命によりほとんどの僧院が破壊されてしまった。

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 つまり城壁が役に立たなかった訳だが、ここのトイレも役に立たなかった。参拝する前にと、トイレに入ったのだが、一歩足を踏み入れて、唖然呆然【あぜんぼうぜん】。な、な、、何と、蠅柱が立っているではないか。蚊柱ではない、蠅柱だ。数十匹の蠅がブンブンブンブンとプロペラのような音を立てて、ウンチの山の周りを竜巻のように飛んでいる。泰然【たいぜん】として用を足そうとしたが、やっぱり無理。憮然【ぶぜん】としてトイレを出て、裏の空き地で用を足した。

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 このお寺での見物は十万仏塔の異名を持つパンコル・チョルテン。8階13層、高さ34メートルのストゥーパである。お釈迦さまの舎利【しゃり】(遺骨)を納めた塔で、法隆寺の五重塔などと起源は同じである。登ることも出来るそうだが、標高4,000メートルの地で8階まで上ることはかなりの重労働であり、諦めることとした。

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 パンコル・チョルテンの前の露店の小母さんからマニ石を10元で買った。左から右にチベット文字でオムマニベメフムと書かれている。前にも書いたけど、オムマニベメフムは「蓮華にある宝珠に幸いあれ」という意味の呪文。このマニ石は、今、僕の書斎を守ってくれている。ちなみにチベット文字は吐蕃の初代国王ソンツェン・ガンポ王がインドのグプタ文字をもとに作らせた文字だ。

 本堂の内部だけを見て回ったのだが、ふと見ると柱の脇に大きな袋(日本で言う米袋)が置かれている。中を覗き込んでみると、ツァンパ(青裸麦の粉)である。本堂に置かれているということは、お詣りに来た信者さんたちがお坊さんへのお布施として、各自が持って来たツァンパをこの袋に入れて行くのだろう。ちょっと一口頂いてみた。一昨日レストランで食した物と違い、香ばしくて美味い。つい三口も頂いてしまった。堂内が暗くて皆は気が付かなかっただろうが、この時の僕の口は運動会のあめ玉競争の時のようになっていたに違いない。(仏さん、ご免なさい)(つづく)



 
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【 2014/01/15 11:13 】

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