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なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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愛子に先立たれた母のために 上野殿母尼御前御返事②

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波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

上野殿母尼御前御返事うえのどのははあまごぜんごへんじ

弘安3年(1280)10月24日、59歳、於身延、和文


 母が亡き七郎五郎の四十九日忌に当たり、供養の品を送って来たことに感謝しつつ、法華経を信じた亡夫と亡き子の成仏をあかし、また霊山浄土において最愛の人と再会するよう信心をすすめたもの。

 南条故なんじょうこ七郎五郎殿の四十九日御菩提ぼだいのために送りたまふ物の日記の

事。鵞目がもく両ゆひ・白米一いも一駄・すりだうふ・こんにやく・柿一

・ゆ(柚)五十等云云うんぬん


 御菩提の御ために、法華経一部・自我偈じがげ数度・題目だいもく百千返唱べんとなへ奉り

おわんぬぬ。

 そもそも法華経と申す御経は、一代聖教しょうぎょうにはるべくもなき御経に

しかも「唯仏与仏ゆいぶつよぶつ」と説かれて仏と仏とのみこそしろしめされて

等覚已下とうがくいか
乃至ないし凡夫ぼんぷはかなはぬ事に候へ。されば竜樹菩薩りゅうじゅぼさつ大論だいろん

は、「仏已下はただ信じて仏になるべし」と見えて候。

 法華経の第四法師品ほっしほんにいはく、〔「薬王やくおうなんじに告ぐ、我所説わがしょせつの諸経

あり。しかもこの経の中において、法華最も第一なり」〕等云云。第五

の巻にいはく、〔「文殊師利もんじゅしり、この法華経は諸仏如来の秘密之蔵ひみつのくらなり。

諸経の中において、最もそのかみり」〕等云云。第七の巻にいはく、

〔「この法華経もまたまたかくのごとし。諸経の中において、最もこれそ

の上なり」〕。またいはく、〔「最もこれ照明なり。最もこれそのとうとき

なり」〕等云云。

 これらの経文、私の義にあらず。仏の誠言じょうごんにて候へば、定てよもあ

やまりは候はじ。民が家に生れたる者、我はさむらいひとしなんど申せば必

ずとが来る。まして我れ国王に斉し、ましてすぐれたりなんど申せば、我

身のとがとなるのみならず、父母と申し、妻子といひ、必ず損ずる事、

大火のいえを焼き、大木の倒るゝ時小木等の損ずるがごとし。

 仏教もまたかくのごとく、華厳けごん阿含あごん方等ほうとう般若はんにゃ大日経だいにちきょう

阿弥陀あみだ経等に依る人々の、我が信じたるまゝに勝劣もわきまへずして、我が

阿弥陀経等は法華経と斉等せいとうなり、はたまた勝れたりなんど申せば、その

一類の人々は我が経をほめられ、うれしと思へども、かえってとがとなりて

師も弟子も檀那だんなも悪道におつること
を射るがごとし。ただし法華経の一

切経に勝れりと申して候はくるしからず。環て大功徳くどくとなり候。経文の

ごとくなるがゆえなり。

【現代語訳】

供養と廻向

 亡くなられた南条七郎五郎殿の四十九日忌の御菩提のためとして、お布施のお金二結

いと、白米と芋を一駄ずつ、すり豆腐・こんにゃく・柿を一かご柚子ゆずを五十個など届け

て頂き、たしかに受領した。

 供養のために法華経一部八巻と自我偈数回、題目を百千返唱え奉った。

法華経とはどんなお経か

 そもそも法華経というお経は、仏一代の聖教の中では、他に類例のない立派なお経で

あって、しかも「ただ仏と仏のみ」と説かれているように、仏と仏のみがよく理解でき
           ※1
るのであって、仏以下の等覚ないし凡夫はとても簡単には理解できないものである。し
     ※2    
たがって竜樹菩薩の大智度論だいちどろんには、「仏以下の者はただ信の力によってのみ仏に成れ

る」と記されている。
                                                      ※3
 法華経の第四巻法師品には「薬王今汝に教えるが、数多く説かれてきたお経の中で、

この法華経が最も第一である」とあり、第五の巻安楽行品には、「文殊師利よ、この法

華経は諸仏如来の秘密の宝蔵であって、諸経の中でも最も上に位置するお経である」と

あり、さらに第七の巻の薬王品には、「この法華経もまたこのように諸経の中では最上

に位置するものである」と説かれておりまた「最も明らかに照らし、この上なく尊い」

とも記されているのである。

 これらの経文はみな私が勝手に言っているのではなく、すべて仏のまことの教えであ

るので少しのあやまりもない。一般の庶民に生まれた者が「私は侍と同じである」な

どと言えば、必ず罪を受けることになるましてや「私は国王と同じである」と言ったり

「国王より優れている」などと言えば、自分自身の罪だけではなく父母を始め妻子にま

で必ず危害を受けることになるのはちょうど大火が宅を焼き、大木が倒れる時に、そば

にある小さな木などは一緒に折れてしまうようなものである。

 仏教もまたこのように華厳・阿含・方等・般若・大日経・阿弥陀経等に依り所を求め

た人々が、自分の信じたままに経の勝劣もわきまえないで、「我が阿弥陀経等は法華経

と同じである」と言い、あるいはまた「法華経よりも優れている」などといえば、その

同じ類の人々は我が信ずる経をほめられて嬉しく思うけれども、かえってそれが罪とな

り、師も弟子も檀那も一連の者は悪道に落ち入ることは矢で的を射るように間違いない

ことである。逆に、法華経が一切の他の経よりも優れていると説き示すことは一向にさ

しつかえのないことである。むしろ大きな功徳となるのである。このことは経文に示さ

れる通りである。(つづく)

【語註】

 ※1 等覚:仏に等しい菩薩。すなわちあと一歩で仏になれるという菩薩のことであ
    る。

 ※2 竜樹菩薩:150~250年頃。南インドの仏教学者。梵名ナーガールジュナ。初め
           小乗を学んだが、のちに大乗を求め偉大な仏教の教学を樹立した。『大智度論』
           ・『中観論』などをはじめ著書も多く、「空」の思想を論理的に体系づけたこと
     は有名。

 ※3 薬王菩薩:法華経の「薬王菩薩本事品第23」に説かれている。薬王菩薩が昔、
    仏道を求めて苦行したときのことが記されている。わが身を燃して仏を供養した
           という。

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テーマ:仏教・佛教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2023/07/18 05:27 】

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