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なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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愛子に先立たれた母のために 上野尼御前御返事①

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波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

上野尼御前御返事うえのあまごぜんごへんじ

弘安4年(1281)11月15日、60歳、身延、和文。

 故事をひきながら、法華経の信心によって、亡き父子がともに成仏していることを示したもの。

 麞牙 しらよね一駄〈四斗定〉・あらひいも(洗芋)一俵送給びて南無妙法蓮華

経と唱へまいらせ候ひおわんんぬ。

 妙法蓮華経と申すは蓮にたとへられて候ふ。天上には摩訶曼陀羅華 まかまんだらけ、人

間には桜の花、これ等はめでたき花なれども、これらの花をば法華経の

譬へには仏取り給ふ事なし。一切の花の中に取り分けてこの花を法華経

に譬へさせ給ふ事はこの故候ふなり。

 あるいは「前華後菓」と申して花はさきあとなり。或は「前菓後華」と

申して菓は前に花は後なり。或は「一華多菓」、或は「夕華一菓」、或

は「無華有菓」と品々に候へども、蓮華と申す花は菓と花と同時なり。

 一切経の功徳は先に善根をして後に仏とは成ると説く。かかる故に

不定なり。法華経と申すは手に取ればその手やがて仏に成り、口に唱ふ

ればその口即ち仏なり。譬へば天月の東の山の端に出づれば、その時即

ち水に影の浮かぶがごとく、音とひびきとの同時なるがごとし。故に経

に云はく「〔もし法を聞くこと有らん者は一として成仏せざること無

し〕」云云。文の心は「この経をたもつ人は百人は百人ながら、千人は千

人ながら、一人もかけず仏に成る」と申す文なり。

 そもそも御消息を見候へば、尼御前の慈父 おんちち、故松野の六郎左衛門入道

殿の忌日と云云 うんぬん。「子息多ければ孝養まちまちなり。しかれども必ず法

華経に非ざれば謗法 ほうぼう等」云云。釈迦仏の金口 こんくの説に云はく「〔世尊の法

は久しうして後、かならずまさに真実を説きたまうべしと。多宝の証明

に云はく妙法蓮華経は皆これ真実なり〕」と。十方の諸仏の誓ひに云は

く「〔舌相梵天 ぜっそうぼんてんに至る〕」云云。

 ――これよりひつじさるの方に大海をわたりて国あり漢土と名づく

かの国には或は仏を信じて神を用ひぬ人もあり、或は神を信じて仏を用

ひぬ人もあり、或は日本国も始めはさこそ候ひしか。しかるにかの国に

烏竜おりょうと申す手書てかきありき。漢土第一の手なり。例せば日本国の道風とうふうこう

ぜい等のごと
し。この人仏法をいみて「経をかかじ」と申す願を立てた

り。
この人死期しご来たりて重病をうけ、臨終にをよんで子に遺言して云は

汝は我子なりその跡絶あとたえずしてまた我よりも勝れたる手跡なり

たとひいかなる悪縁あるとも法華経をかくべからず」と云云。しかして

後五根より血の出づる事いずみの涌くがごとし。舌八つにさけ、身くだけて

十方にわかれぬ。しかれども一類の人々も三悪道さんなくどうを知らざれば地獄に

堕つる先相ともしらず。

【現代語訳】

蓮華と成仏

 白米一駄〈四斗定〉ならびに洗い芋一俵お送りいただき、感謝の心をこめて南無妙法

蓮華経とお唱えいたしました。
                              ※1
 妙法蓮華経というお経は蓮華にたとえられています。天上界では摩訶曼陀羅華、人間

界では桜の花、これらはすばらしい花ですが、仏はこれら
の花を法華経のたとえとして

採用なさいません。すべての花の中から取り分けて蓮華を法華経のたとえになさったの

には、はっきりとした理由があるのです。

 そもそも花には、「前華後菓」といって花が前に咲き果実が後になるものがあり、あ

るいは「前菓後華」といって果実が前になり花が後に咲くものがあります。その他、あ

るいは「一華多菓」、あるいは「多華一菓」、あるいは「無華有菓」とたいへん多くの

種類がありますが、蓮華というのは特別で、果実のなるのと花の咲くのとが同時なので

す。

 法華経以外の一切経の功徳は、先に善い業因ごういんの花を咲かせて、後に仏の果実がなると

説きます。だから仏の果実を結ぶかどうかは決まっていません。ところが法華経という

のは、手に取ればその手がたちまちに仏になり、口に唱えればその口がそのまま仏であ

るのです。たとえば天の月が東の山から出ると、そのとたんに水に月影が映るようなも

のであり、音と響きとが同時に鳴るようなものです。だから法華経の方便品に「もし、

法を聞くことがあろう者は、一人として成仏しないことがない」とあります。この一節

の内容は「法華経を受持する人は、百人なら百人すべて、千人なら千人すべて、一人も

残らずに仏になる」というのです。

父を助けた子の話ーー遺竜・烏龍と法華経の書写

 さて御手紙を拝見しますと、尼御前の慈父でいらっしゃった故松野六郎左衛門入道殿

のご命日がめぐってきたということですね。「父には子どもが多いから供養の仕方はま

ちまちであるが、いずれにせよ法華経によるものでなければ謗法ではないか」とのお尋

ね、まったくその通りです。法華経だけが真実の教えであるということを方便品に記さ

れたところで説明すると、まず釈迦仏ご自身が「世尊は、久しく方便の説を述べ、その

後に必ず真実の法を説く」とおっしゃると、それを多宝如来が「妙法蓮華経は、みなこ

れ真実である」と証明し、十方の国土の諸仏が「広長舌を梵天まで届かす」という誓願

の相を示して称えたということによって明らかです。

 ――日本から西南の方に大海を渡って行くと一つの国があります。漢土という国です。

その国には、あるいは仏を信仰して神を崇拝しない人もおり、あるいは神を信仰して仏

を崇拝しない人もいます。ことによると日本国もはじめはそうだったのでしょう。さて
    ※2
その国に烏竜という書家がいました。当国第一の名筆家です。日本の例でいえば小野道

風や藤原行成のような人です。烏竜は仏法を忌み嫌って「仏経は書写しない」という願

を立てましたこの人は最期近くに重病をわずらっていましたが死に臨んで子に遺言を

し、「お前は私の子だ。書の道を受け継ぎ、私よりも良い字を書く。しかし、たとえど

んな悪いめぐりあわせになっても法華経を書写してはいけない」と命じました。そして

死んだのですが、げんぜつしんの五根から血が泉のように流れ出ました。また舌

が八つに裂け、身体が十方にわたって砕け散りました。しかし一族の人たちは、地獄・

餓鬼・畜生という三悪道のことを知らないものですから、烏竜の死相が地獄に落ちる前

兆であることに気がつきませんでした。(つづく)


【語註】


 ※1 曼陀羅華:曼陀羅華は天上界の花で、芳香を放ち、人々に愉悦を与える。この花
           の大きなものが摩訶(大)曼陀羅華である。

 ※2 烏竜:法華伝記に収める説話の主人公。道教を信じて仏教を排したために地獄に
     落ちた能書家。子息遺竜の法華経書写によって救われる。

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テーマ:仏教・佛教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2023/08/10 05:31 】

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