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なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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愛子に先立たれた母のために 上野尼御前御返事②

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波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

上野尼御前御返事うえのあまごぜんごへんじ

 その子をば遺竜いりょうと申す。又漢土第一の手跡なり。親の跡を追ふて「法

華経を書かじ」と云ふ願を立てたり。その時大王おはします、司馬しば氏と

名づく。仏法を信じ、殊に法華経をあふぎ給ひしが、同じくは我国の中

に手跡第一の者にこの経を書かせて持経とせんとて遺竜を召す。竜の申

さく、「父の遺言あり。こればかりは免じ給へ」と云云。大王父の遺言

と申す故に他の手跡を召して一経をうつしおわんぬ。しかりといへども

心に叶ひ給はざりしかば、また遺竜を召して言はく、「汝親の遺言と申

せばわれまげて経を写つさせず、ただ八巻の題目ばかりを勅に随ふべし」

と云云。返す返す辞し申すに、王いかりて云はく、「汝が父と云ふも我臣

なり。親の不孝を恐れて題目を書かずば違勅のとがあり」と、勅定度々重

かりしかば、不孝はさる事なれども、当座の責めをのがれがたかりしか

ば、法華経の外題を書きて王へ上げ、宅に帰りて、父のはか(墓)に向

ひて、血の涙を流して申す様は、「天子の責め重きによて、亡き父の遺

言をたがへて、既に法華経の外題を書きぬ。不孝の責め免れがたし」と

歎きて、三日の間墓を離れず、食を断ち既に命に及ぶ。

 三日と申す寅の時に已に絶死しおちいつて夢のごとし。虚空を見れば天人

一人おはします。帝釈たいしゃくを絵にかきたるがごとし。無量の眷属けんぞく天地に充

満せり。

 ここに竜問ふて云はく、「いかなる人ぞ。」

 答へて云はく、「汝知らずや、我はこれ父の烏竜うりょうなり。我人間にあり

し時、外典げてんを執し仏法をかたきとし、殊に法華経に敵をなしまいらせし

故に無間むげんに堕つ。日日に舌をぬかるる事数百度、或るは死し、或るは生

き、天に仰ぎ地に伏してなげけども叶ふ事なし。人間へ告げんと思へど

も便りなし。汝、我子として『遺言なり』と申せしかば、その言、炎と

成つて身を責め、剣と成つて天より雨下る。汝が不孝極まり無かりしか

ども、我が遺言を違へざりし故に、自業自得果うらみがたかりし所に、

金色の仏一体、無間むげん地獄に出現して、『たとえ法界に遍き断善の諸の衆

生、一たび法華経を聞かば決定して菩提を成ぜしむ』云云。

【現代語訳】

 烏竜の遺言を受けた子を遺竜といいます。この子もまた当国第一の書家でした。親の

跡を継いで「法華経を書かない」という願を立てました。その時代に大王がいらっしゃ

いました。司馬氏という名の方です。司馬氏は仏法を信じ、中でも法華経を厚く信仰し

ていましたので、同じことならば国一番の書家に法華経を書写させて、それを常に所持

する経典としようと思い立ち、遺竜を召して法華経の書写を命じました。遺竜は「父の

遺言がありますので、こればかりはお許しください」といいました。大王は、父の遺言

があるのではやむをえないと思い他の書家を呼んで法華経を書写させましたしかし、

その写経がお気に召さなかったので、また遺竜を招いて「親の遺言だというので朕は我

慢をして写経を頼むのをあきらめた。しかし、八巻の題目だけは書いてもらいたい。こ

れは厳命である」と云いました。遺竜は何回も辞退したのですが、王が怒って「お前の

父といってもわが臣下である。親への不孝になるといって書かなければ、違勅の罪にあ

たるぞ」とまで厳しく命令なさることがたびたびに及んだので、遺竜は、親不孝は悪い

ことだとは思いながらも、当面の刑罰をまぬがれるために、法華経の表紙の題だけを書

いて王に献上し、家に帰って父の墓前にぬかずき、血の涙を流して「天子の追求が厳し

いので抵抗しきれず、亡き父上の遺言に反して法華経の外題を書いてしまいました。不

幸の罪は重大です。まことに申しわけありませんでした」と懺悔しながら、三日間は墓

前を離れずに断食しましたので、命が危くなりました。

 3日後の午前4時、遺竜は仮死状態に陥って夢幻の世界をさまよいました。大空を見
                  ※1
上げると天人が一人いらっしゃいます。帝釈天を絵に画いたような神神こうごうしさです。その

方を囲んで数えきれないほど多くの天人たちが天地に満ち満ちていました。

 そこで遺竜は「あなたは、どなたですか」と尋ねました。

 天人は「お前は知らないのか。私は父の烏竜なのだよ。私が人間界にいた時、仏典以

外の書物に心酔して仏法を毛嫌いし、ことに法華経を敵視したために無間地獄に落ちて

しまった。毎日々々舌を抜かれること数百回、あるいは死にあるいは生き返りして苦し

められるので天を仰ぎ地に伏して歎き悲しんだのだがいっこうに許してもらえない。

そこで人間に訴えようと思ったけれども連絡の取りようがない。さらに辛いことには、

お前が私の遺言を忠実に守って『仏経は書写しない』といったものだからその言葉が、

あるいは炎となって身を焼き、あるいは剣となって空から降ってきて体につきささるの

だ。お前は親を苦しめるというたいへんな不孝をしたことになるのだが、私の遺言に背

かなかったゆえの出来事だから、これは自業自得であって、誰も怨むわけにはいかない

とあきらめていると、金色に輝く仏が一体、無間地獄に出現して『たとえ、世界中にあ

まねく満ちている断善極悪の衆生たちであっても、ひとたび法華経に耳を傾ければ必ず

菩提を成就させる』と偈文げもんをお唱えになった。(つづく)

【語註】

 ※1 帝釈天:
インドの雷神インドラが仏教にとり入れられ、大梵天王と並ぶ最も有力
     な護法の天神となったもの。利天【とうりてん】の主で須弥山頂の善見城(喜
     見城)に住み、四天王を率いて仏法を外敵から護る。特に阿修羅王とは激闘をし
             た。

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テーマ:仏教・佛教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2023/08/12 05:30 】

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