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なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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夫に先立たれた妻のために 妙一尼御前御消息①

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波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

妙一尼御前御御消息みょういちあまごぜんごしょうそく

建治元年(1275)5月、54歳、於身延、和文

 妙一尼は鎌倉在住の女性檀越。源頼朝が常栄寺裏の山上に由比ヶ浜を遠望するために
作った桟敷が地名として残ったという、その桟敷の地に居住していたので「さじきの女
房」「さじきの尼御前」とも称する。印東三郎左衛門祐信(日蓮聖人書状の「兵衛のさ
えもんどの」)の妻で弁阿闍梨日昭の母であるという説の真偽は定かでないが、日昭と
縁が深かったことは確かである。日蓮聖人の佐渡流謫中に夫が死に、幼な子と老母が残
ったが、聖人への節を曲げることなく外護した。
 夫婦別離の悲しみをつづり、亡夫は法華経にささげた功徳でによって成仏し、妻子を
訪れ守っていることを示している。


妙一尼御前御返事

 それ天に月なく日なくば、草木いかでか生ずべき。人に父母あり、一

人もかけば子息こども等そだちがたしその上過去の聖霊しょうりょうは或は病子あ

或は女子あり。とどめをく母もかいがいしからず。だれにいゐあつ

けてか、冥途にをもむき給ひけん。

 大覚世尊、御涅槃の時なげいてのたまわく、「我涅槃すべし。ただ心

にかかる事は阿闍世王あじゃせおうのみ。」迦葉童子菩薩かしょうどうじぼさつ、仏に申さく、「仏は平等

の慈悲なり。一切衆生のためにいのちを惜しみ給ふべし。いかにかきわ

けて、阿闍世王一人とをほせあるやらん」と問いまいらせしかば、その

御返事に云はく、「〔tato
えば一人にして七子有り、この七子の中に一子

病に遇へり。父母の心平等ならざるにはあらず、しかれども病子におい

ては心すなはちひとえに多きがごとし〕」等云云。天台、摩訶止観まかしかんにこ

の経文を釈して云はく「〔譬えば七子、父母平等ならざるにあらず、し

かれども病者においては、心すなはちひとへに重し〕」等云云とこそ仏

は答へさせ給ひしか。文の心は、『人にはあまたの子あれども、父母の

心は病する子にあり』」となり。

 仏の御ためには一切衆生は皆子なり。その中罪ふかくして世間の父母

をころし、仏経のかたきとなる者は病子のごとし。しかるに「阿闍世王

摩竭提国まかだこくの主なり。我大檀那たりし頻婆舎羅王びんばしゃらおうをころし、我がてきと

なりしかば、天もすてて日月にへんいで、地もいただかじとふるひ、万民みな

仏法にそむき、他国より摩竭提国をせむ。これ等はひとへに悪人提婆達だいばだっ

を師とせるゆへなり。結局は今日より悪瘡身に出て、三月の七日無間

地獄に堕つべし。これがかなしければ、我涅槃せんこと心にかかる」と

いうなり。「我阿闍世生をすくひなば、一切の罪人阿闍世王のごとし」

となげかせ給ひき。

 しかるに聖霊は或は病子あり。或は女子あり。「われすてて冥途にゆ

きなば、かれたる朽木のやうなるとしより尼が一人とどまりて、この子

どもをいかに心ぐるしかるらん」となげかれぬらんとおぼゆ。

【現代語訳】

病子への愛情

妙一尼御前御返事

およそ、天に月がなく日がなかったならば、草木はどうして生長できるでしょうか、生

長することができません。そのように、人には父と母とがいますが、その一人でも欠け

ると子どもは育ちにくいものです。ただでさえそうであるのに、亡きご夫君には、病の

男児もいれば女児もあり、おまけに、年老いて残る母も壮健ではないのですから、それ

らの心配の種を誰に托して冥途へ旅立ちなされたことでしょうか。
 ※1
 大覚世尊はご入滅の時に歎きながら「私は息を引き取るであろう。それにつけても心
      ※2
にかかるのは阿闍世王のことだけだ」とおっしゃいました。それを聞いた迦葉童子菩薩

が「仏の慈悲は平等であるはずです。生きとし生けるもののために全生命をかけてくだ

さらなければ困ります。なぜ取り分けて阿闍世王一人だけが気がかりだとおっしゃるの

でしょうか」とご質問申し上げると、仏は「『たとえば一人の親に七人の子がいる。こ

の七人の子の中の一子が病になった。父母の心は平等でないわけではない。しかし、病

の子に対しては、心が一番多くそそがれる』と経文にある通りなのだよ」とご返事なさ

いました。天台大師は摩訶止観の中で、仏のお言葉を解釈して「『たとえば七人の子が

いたとする。父母が子を愛する心は平等でないわけではない。しかし、病気の子に対し

ては、とりわけ多くの心配こころくばりをするものだ』と仏はお答えになりましたが、この経文

の内容は、『人にはたくさんの子がいても、父母の心は病をわずらっている子に特にそそが

れる』というのです」といっています。

 仏にとって、生きとし生けるものは、みんな子どもです。その多くの子どもの中の、

罪の深い性質に生まれついて、父母を殺したり仏経の敵となったりする者は、病の子に
                                     ※3
類するものです。ところで臨終を前にして仏がお歎きになったのは、「阿闍世王は摩竭
                               ※4
提国の主である。私の有力な後援者であった王婆娑羅王を殺し、私の敵となったので、

日月に異変が起こり、地神も怒って震動し、人民はみな仏法に背き、外国が摩竭提国を
                              ※5
攻めようとしている。こんなことになるのは、ひとえに悪人である提婆達多を師と仰い

でいるからなのだ。結局のところ王は、悪瘡愛情そうが体に出て、3月7日には無間地獄に堕ち

るであろう。それが悲しいので私は入滅することが心にかかるのだ」ということなので

す。そして、「私が阿闍世王を救ってしまえば、すべての罪人たちが阿闍世王と同じよ

うに救われることになるのだと、しみじみとおっしゃったのでした。(つづく)

【語註】

 ※1 
大覚世尊:釈尊の尊称。

 ※2 
阿闍世王:頻娑羅王を父とし韋提希夫人【いだいけぶにん】を母とする中イン
      ド・マガダ国の王。提婆達多にそそのかされ父を殺して王位につくが、後、その
          罪を恐れ、耆婆【ぎば】のすすめに従って釈尊に救いを求めた。五逆罪を犯した
    阿闍世王の成仏は、法華経の功徳の甚大さの証とされる。

 ※3 
摩竭提国:マガダ国。古代インドに栄えた16大国の中でも強力富裕な国で、釈
           尊の説法教化の中心地。首都はラージャガハ(王舎城)。

 ※4 
婆娑羅王:マガダ国王ビンビシャーラ。老年にいたっても子がないのを愁えてい
           た時、山中で修行中の仙人が死ねば后妃韋提希の子として再生するという占相師
           のことばを聞いて仙人を殺す。后妃は占相師の予言通り懐妊出産するが、頻婆舎
           羅王はやがてその子(阿闍世王)に殺されることになる。

 ※5 
提婆達多:中インド・カピラ城の斛飯王【こくぼんのう】の子で阿難の兄、釈尊
           には従弟にあたる(異説あり)。幼時より釈尊に対抗意識を持ち、一時は釈尊の
           弟子となったが後に教団を去って分派行動をした。また阿闍世王をそそのかして
           父王を殺させ、改心した阿闍世王が釈尊に帰依すると釈尊を亡きものにしようと
           するなど、典型的な極悪人とされる。しかし一方、釈尊が前生で妙法蓮華経を得
           るために給仕した阿私仙人【あしせんにん】こそ今の提婆達多であり、釈尊の成
           仏は提婆達多を善知識として実現したものであるということが法華経・提婆達多
           品によって説かれてもいる。

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テーマ:仏教・佛教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2023/08/22 05:36 】

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