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なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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亡き母を供養する子のために 上野殿御返事

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波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

上野殿御返事うえのどのごへんじ

文永11年(1274)7月26日、53歳、於身延、和文

 父上野七郎の追善のため、子息の七郎次郎時光が供養を献げたことに感謝し、父が法
華経の行者であるゆえに成仏し、墓参したこと、子が父の跡をついで法華経を信仰して
いることをほめたもの。

 鵞目がもく十連・かわのり二帖・しやうかう(薑)二十束び候ひおわんぬ。

 かまくらにてかりそめの御事とこそをもひまいらせ候ひしに、をもひ

わすれさせ給はざりける事申すばかりなしこうへのどの故上野殿

だにもをはせしかば、つねに申しうけ給はりなんと、なげきをもひ候ひ

つるに、をんかたみに御み(身)をわか(若)くしてとどめをかれける

すがたのたがわせ給はぬに御心さえにられける事いうばかりな



 法華経にて仏にならせ給ひて候ふとうけ給はりて、御はかにまいりて

候ひしなり。

 またこの御心ざし申すばかりなし。今年のけかち(飢渇)に、はじめ

たる山中に、木のもとに、このはうちしきたるやうなるすみか、をもひ

やらせ給へ。このほどよみ候ふ御経の一分をことの(故殿)へ廻向しま

いらせ候ふ。あわれ人はよき子はもつべかりけるものかなと、なみだか

きあえずこそ候へ妙荘厳王みょうしょうごんのう二子にみちびかるかの王は悪人なり。

こうえのどのは善人なり。かれにはにるべくもなし。南無妙法蓮華経。

南無妙法蓮華経。

七月二十六日                    
日 蓮 花押

御返事

【現代語訳】
父子による身心の継承

 ぜに十連、川苔かわのり二帖、生姜しょうが二十束、ありがたく頂戴いたしました。

 鎌倉でお別れする時に、後々のちのちもご供養してくださるとおっしゃったおことば、あるい

は、その場かぎりのことではなかろうかと不安に思っておりましたのに、お忘れなくご

実行くださいましたこと、何とも御礼の申し上げようもありません。ご夫君兵衛七郎殿

さえご存命でいらっしゃったならば、心置きなくご供養にあずかることができるのに、

お亡くなりになってしまったので、どうなることかと心配しておりましたのですが、ご

夫君はご自分の形見としてご子息時光殿をお残しくださったというわけでしょうか。

時光殿は、容姿がお父上そっくりであるばかりか、お心持ちまでも似ていらっしゃるこ

とを、とてもうれしく思います。

 ご夫君は、法華経のおかげで安らかな臨終をお迎えになったと承り、お墓にお参りし

てご廻向つかまつりました。
 ところで、このたび種々のものをお送りくださいましたお心ざし、御礼の申し上げよ

うもありません。今年、農産物不作の折しも、はじめて経験する山中の、大木の根元に

木の葉を敷きつめたような粗末な庵の様子をご想像ください。そのように不自由な住処すみか

ではありますが、真心からお読みする法華経の一分を、故七郎殿のご廻向にささげまし

た。それというのも時光殿のご供養の品々をお布施としてのことであると思えば「あ

人は良い子を持たなければいけないなあ」と感涙があふれてきます。法華経・妙みょう

荘厳王品しょうごんのうほんに登場する国王の妙荘厳王は、浄蔵じょうぞう浄眼じょうげんの二人の子の導きによって

仏道に入りましたがもとは外道の教えを信じる悪人でした。それに反して故七郎殿は、

元来が法華経を信じる善人なのですから、このたびのご廻向によって成仏なさることは

疑いありますまい。南無妙法蓮華経。南無妙法蓮華経。

七月二十六日                          日 蓮  花押

御返事

【解説】

 宛名が書かれていないが、文章の意から 南条七郎次郎時光の母である故南条兵衛七

郎の後家尼御前に与えられた手紙と考えられる。

 兵衛七郎が念仏を捨てて日蓮聖人の信徒になったのは文永元年1264以前であり

大番役等で鎌倉に滞在していた時期のことであったと思われるが、その折、後家尼御前

も時光も、恐らく日蓮聖人にお会いしている。

 幼少だった時光が立派に成長して、父の信心を継いでいることを、日蓮聖人は心から

喜ばれた。このとき、時光は16歳だった。

 日蓮聖人は、故兵衛七郎の廻向のために読経されたことを述べられたうえ、「あわれ

人はよき子はもつべかりけるものかなと、なみだかきあえずこそ候いし」と、時光が正

法信仰を継いだことこそ父母にとって最高の孝養となると喜ばれている。そして、法華

経の妙荘厳王本事品に説かれる妙荘厳王は浄蔵・浄眼の二人の王子に導かれて仏道に入

ったが、故南条兵衛七郎は生前に正法を信じて善根を積んだうえ、今その子息・時光が

正法をもって廻向しているゆえに、「かれにはにるべくもなし」とその功徳が妙荘厳王

に比すべくもなく大きいことを述べられ、時光や後家尼が亡き兵衛七郎の意志を継いで

正法信仰を貫いてきたことを称賛されている。

 なお、南条兵衛七郎の墓は、現在、下之坊の西側にあたる高土と呼ばれる地に、後家

尼御前、時光の墓とともに現存している。

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テーマ:仏教・佛教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2023/09/02 05:36 】

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