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なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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亡き父母を供養する子のために 千日尼御返事①

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波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

千日尼御返事せんにちあまごへんじ

弘安3年(1280)7月2日、59歳、於身延、和文

 阿仏房の遺子藤九郎守綱が佐渡からはばるる父の墓に参詣するため、身延に登ったのに対して、遺子守綱の孝養を褒め、また千日尼の悲しみを慰めて、信心を励ました手紙。

 こう入道殿の尼ごぜんの事、なげき入って候ふ。またこいしこいしと

申しつたへさせ給へ。

 鵞目がもく一貫五百文・のり・わかめ・ほしい(干飯)・しなじなの物給ひ

候ひ了んぬ。法華経の御宝前に申し上げて候ふ。

 法華経に云はく「〔もし法を聞く者有らば一として成仏せざること無

し〕」云云。文字は十字にて候へども「法華経を一句よみまいらせ候へ

ども、釈迦如来の一代聖教をのこりなく読むにて候ふ」なるぞ。故に妙みょう

楽大師らくだいし云はく「〔もし法華を弘むるにはおよそ一義を消するも皆一代を

混してその始末を窮めよ〕」等云云。と申すは華厳経けごんきょう

申すは涅槃経ねはんぎょう。華厳経と申すは仏、最初成道じょうどうの時、法慧ほうえ功徳林くどくりん等の

大菩薩、解脱月菩薩げだつがつぼさつと申す菩薩のしょうに趣いて仏前にてとかれて候ふ。そ

の経は天竺てんじく竜宮城兜率とそつ等は知らず日本国にわたりて候ふは六十

八十巻・四十巻候ふ。「末」と申すは大涅槃経、これも月氏がっし・竜宮

等は知らず、我が朝には四十巻・三十六巻・六巻・二巻等なり。これよ

り外の阿含経あごんきょう方等経houtoukyou
般若経はんにゃきょう等は五千・七千余巻なり。これ等の

経々は見ずきかず候へども、ただ法華経の一字一句よみ候へば、彼々の

経々を一字もをとさずよむにて候ふなるぞ。譬へば「月氏」・「日本」

と申すは二字。二字に五天竺・十六の大国・五百の中国・十千の小国・

無量の粟散国ぞくさんこくの大地・大山・草木・人蓄等をさまれるがごとし。たと

ば鏡はわづかに一寸二寸三寸四寸五寸と候へども、一尺五尺の人をもう

かべ、一丈二丈十丈百丈の大山をもうつすがごとし。さればこの経文を

よみて見候へばこの経をきく人は一人もかけず仏になると申す文な



 九界六道の一切衆生各々心々かわれり。譬へば二人三人ないし百千人

候へども一尺の面の内じち(実)ににたる人一人もなし。心のにざるゆ

へに面もにず。まして二人十人、六道九界の衆生の心いかんがかわりて

候ふらむ。されば花をあいし、月をあいし、すき(酸)をこのみ、にが

きをこのみ、ちいさきをあいし、大なるをあいし、いろいろなり。善を

このみ悪をこのみしなじななりかくのごとくいろいろに候へども

法華経に入りぬればただ一人の身、一人の心なり。譬へば衆河の大海に

入りて同一鹹味なるがごとく、衆鳥の須弥山しゅみせんに近づきて一色なるがごと

し。

【現代語訳】
男は羽、女は身
 ※1
 国府入道殿の尼御前のこと、夫を亡くされてから、どうされているかと嘆きいってい

ます。また、恋しい、恋しいと言っているとお伝えください。

 銭1貫500文、のり、わかめ、干飯ほしいいなど種々のご供養品をお届けいただきました。謹

んで法華経のご宝前にご奉告いたしました。

 法華経の方便品に「法華経を信じるものは、一人として成仏しないものはない」とあ

ります。この一句は、文字はわずかに10字でありますが書かれている内容は、「法華経

を一句読んだだけで、釈迦如来が一生かかってお説きになった聖教全部を読んだのと同

じ功徳がある」ということなのです。だから妙楽大師は法華玄義釈籤しゃくせんに「もし法華経

を弘めようとするならば、ただ一義を解釈するにも、釈尊が一生かかって説かれた教え

のすべてにわたり、そのはじめからすえまでを考窮しなければならない」と言っています。そ

の「始」とは華厳経であり、「末」とは涅槃経です。華厳経というのは、釈尊が初めて

悟りを開かれた時に、法恵・功徳林・金剛幡・金剛蔵の4大菩薩が、解脱月という菩薩

の要請に応じて仏の前でお説きになった経典です。この経は、インド・竜宮城・兜率天

などに収蔵されていたころに何巻あったかは知りませんが、漢訳されて日本国に渡来し

たのは60巻・80巻・40巻の諸本です。次に「末」というのは大涅槃経です。これもイン

ドや竜宮城などの場合はわかりませんが、日本には40巻・36巻・6巻・2巻などの諸本が

伝えられています。この2経のほかの、阿含経・方等経・般若経などは5000巻あるとも

7000余巻あるともされます。これらの膨大な経典類を見たり聞いたりなさらなくても、

ただ法華経の一字一句さえお読みすれば、すべての経典を一字もらさず読んだことにな

るのですよ。たとえば「インド」「日本」といえばたったの2字にすぎませんが、それ

らの2字の中に、5つの天竺・16の大国・500の中国・1000万の小国・無数のあわ粒のよ

うな微小国の、大地・大山・草木・人畜などのすべてが納まっているようなものです。

また、たとえば鏡はわずかに1寸2寸3寸4寸5寸といった小さなものですが、

1尺5尺の人の姿を映し、1丈2丈10丈100丈の大山をも映すようなものです。

そのようなわけで、前に示した法華経の方便品の一句を読んでみると、それは「この経

の教えに随う人は、一人も欠けることなく仏になる」という文なのです。(つづく)

【語註】

 ※1 国府入道殿の尼御前:佐渡に住む日蓮の信者。夫の国府入道と共に、佐渡に流さ
           れた日蓮に帰依し,国の責めをはばからず、献身的に奉仕したという。日蓮が許
           されてのち,建治元年(1275)の日蓮書状によると夫を使いとして身延山に単衣を
           届け、弘安元年(1278)には自身も身延を訪れている。阿仏房の妻の千日尼とも
           親しかった。

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テーマ:仏教・佛教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2023/09/19 05:30 】

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