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なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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命は第一の宝 富木尼御前御書②

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波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

富木尼御前御書ときあまごぜんごしょ

 なげきる時は、ゆき(壱岐)・つしまの事、だざひふの事。

 かまくらの人々の天の楽のごと(如)にありしが、当時つくしへむか

へば、とどまる女こ、ゆくをとこ、はなるるときはかわ(皮)をはぐが

ごとく、かを(顔)とかをとをとりあわせ、目と目とをあわせてなげき

しが、次第にはなれて、ゆいのはま・いなぶら・こしごへ・さかわ・は

こねさか(箱根坂)。一日二日すぐるほどに、あゆみあゆみとをざかる

あゆみも、かわも山もへだて、雲もへだつれば、うちそうものはなみだ

なり、ともなうものはなげきなり。いかにかなしかるらん。かくなげか

んほどに、もうこのつわものせめきたらば、山か海もいけどりか、ふね

の内か、かうらい(高麗)かにてうきめにあはん。

 これひとへにとがもなくて日本国の一切衆生の父母たる法華経の行者日

蓮をゆへもなく或はのり或は打ち或はこうぢ(街路)をわたし、

ものにくるいしが、十羅刹じゅうらせつのせめをかほりてなれる事なり。またまた

これより百千万億倍たへがたき事どもいで来るべし。かかる不思議を目

の前に御らんあるぞかし。

 我等は仏に疑ひなしとをぼせば、なにのなげきかあるべき。きさきに

なりてもなにかせん天に生まれてもようしなし。龍女りゅうにょがあとをつぎ、

摩訶波舎波提比尼丘まかはじゃはだいびくにのれち(列)につらなるべし。あらうれし、あらう

れし。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経と唱へさせ給ふ。恐恐謹言。

三月二十七日                    
日 蓮 花押

尼ごぜんへ

【現代語訳】
歎きの共有と女人成仏のすすめ

 もし、歎かわしいことに出会ったら、壱岐や対馬のこと、太宰府のことなどを思いや

ってごらんなさい。蒙古軍の来襲した現地ではどれほど大きな苦難が人々に襲いかかっ

ていることでしょうか。鎌倉の人々は天国の楽園にいるように生活を楽しんでいました

が、いざ兵士として筑紫へ向かう段になると、とどまる妻とく夫が、離別の時には生皮 なまかわ

ぐように辛く、顔と顔とをすり寄せ、目と目とを見交わして歎きあいますが、そう

して出発した夫は、鎌倉を後にして、由比ケ浜・稲村・腰越・酒勾 さかわ・箱根坂と下って行

きます。一日二日と日が経ち、一歩二歩と歩み遠ざかるうちに、川を渡り山を越え、雲

を隔てるようになるので、涙が頬を濡らし、歎きが胸をこがすばかり、どんなに悲しい

ことでしょう。こうして歎いているうちに、蒙古の軍兵が攻めてきたら、どこかの山か

海かで生け捕られ、閉じ込められる船の中か、連れて行かれた高麗かでひどい目にあう

ことでしょう。

 こんな悲惨な状況に立ちいたるというのも、少しの誤りもない私、そして日本国のす

べての人々を救う父母のような法華経の行者である私を、根拠もなしに、あるいは罵倒

し、あるいは殴打し、あるいは犯罪者として市中を引き回すような狂気の沙汰を演じた

為政者が、※ 1羅刹女の懲罰を受けるからなのです。今後ますます、現在よりも百千万億

倍も堪えがたいような事態が起こってくるでしょう。そういう、人の想像力の及びもつ

かないような恐ろしい光景を目の前にご覧になることになりますよ。

 しかし私たちは、成仏することが疑いないとお思いになれば、何を歎くことがあるで

しょうか。皇后となって現世の享楽を味わっても意味はありませんし、天女と生まれて

天界の悦楽にふけってもしようがないのであって、ただ仏になることだけが望ましいの

ですだから女性であるあなたは法華経の提婆達多品 だいばだったほんで成仏をした※ 2女の跡を継い

で、※ 3訶波闍波提比丘尼の列に連なるようにしなさい。そうしたら何と嬉しいことでし

ょうか。何と言ばしいことでしょうか。南無妙法蓮華経。南無妙法蓮華経。恐恐謹言。

三月二十七日                          
日 蓮  花押

尼御前へ

【語註】

 ※1 十羅刹女:法華経・陀羅尼品【だらにほん】に登場する10種の女鬼で、法華経
           の守護神である。日蓮聖人の時代には鬼子母神の子であるとする説があった。

 ※2 竜女:法華経・提婆達多品に登場する娑竭羅竜王【しゃからりゅうおう】の8歳
           の娘をさす。霊鷲山【りょうじゅせん】へ詣でて法華経の説法を聞き、宝珠を釈
           尊に献じて即身に成仏した。竜女は、提婆達多品前半の悪人(提婆達多)成仏と
           並ぶ、女人成仏の生証人であり、かつ、法華経が一切衆生の成仏を保証する勝れ
           た経典であることを示す役割を担って登場している。

 ※3 摩訶波舎波提比丘尼:中インド・カピラ城主浄飯王の第2妃。第1妃の摩耶夫人
           が悉達多【しっだった】(後の釈尊)を生むと7日にして亡くなったので、妹の
           摩訶波舎波提が養母となって悉達多を育て、自らも難陀【なんだ】を生んだ。浄
           飯王の滅後、羅疫羅【らごら】の母耶輸陀羅【やしゅだら】とともに出家し、仏
           教教団最初の比丘尼となった。

【解説】

 この手紙は、富木常忍の90歳を過ぎた母が亡くなり、その遺骨を納めるために身延の

地を訪ねた際の帰りに、富木常忍に持たせた富木尼あての手紙である。

 「をとこ(夫)のしわざはめ(女)のちからなり」を見て、「夫が駄目になるのも、

しっかりした人になるのも妻次第である」と解釈する人がいるようだ。それは、妻がし

っかり者で、夫が駄目亭主だという前提での解釈である。ところが、この場合は逆であ

る。文筆を主とする官僚として千葉氏に仕えるエリートの武士、富木常忍のもとに、子

連れで再婚した富木尼は、病気がちで床に臥せることが多かった。しかも、気丈な90歳

近い姑がいた。それだけに、肩身の狭い思いを常に抱き、「私がこんなだから、主人の

足を引っ張ってしまって申し訳ないと自らを卑下していたのではないかと思われる。

そのような背景を知って読むと、日蓮の言葉の温かさが身に染みる。

 富木尼に自信を持たせようという文章に続いて、日蓮は、何よりも気がかりなことと

して富木尼の日ごろからの病をとりあげ法華経の行者である富木尼には「非業の死」

があるはずがなく、業病であることもない。仮に業病であったとしても、『法華経』は

業病を転ずることができるから病が治らないことはなく寿命が延びないこともない、

あとは富木尼の心がけることとして「身を持し、心に物をなげかざれ」と忠告する。

 それでも富木尼に嘆き悲しみが出て来ることもあるだろう。その時は、蒙古に攻めら

れた人たちのことを思い起こすように励ましている。この手紙が書かれたのは、文永の

役から、1年5カ月後のことであった。

 日蓮は富木尼が取りつかれた不安を取り除くために阿闍世王や、陳臣の例を挙げ、

壱岐対馬の人たちの嘆き筑紫へ派遣される兵士の妻との別れの嘆きに思
いを至らせ、

十羅刹女の働きが歴史的事実として現れているということを示して、『法華経』の行者

の成仏は間違いないと、いろいろな角度から語って聞かせている。この手紙には、何よ

りも富木尼を励まし、安心させようという日蓮の思いやりが満ち満ちている。


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テーマ:仏教・佛教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2023/10/15 10:59 】

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