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なまぐさ坊主の聖地巡礼

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ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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厄と功徳 太田左衛門尉御返事①

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波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

太田左衛門尉御返事おおたさえもんのじょうごへんじ

弘安元年(1278)4月23日、57歳、於身延、漢文

 厄のため(ここでは57歳を厄に入れている)病気がちであると嘆く太田左衛門尉に対し、厄の危険なことを示し、方便品、寿量品を書いて除災の守りとして送り、災難をはらう秘法は法華経にすぎるものはないと説いて信心を勧めた。大厄を日蓮に任せよという日蓮の師としての姿勢と成仏の教えに違わぬ限りにおいて世間の常識、慣習を用いるという考えを知ることができる。

 当月十八日の御状、同じき二十三日の午の剋ばかりに到来す。やがて

拝見仕り候いおわわんぬ。御状のごとく、御布施、鳥目十貫文・太刀・おう

一本・焼香二十両、給ひ候。

 そもそも、専ら御状に云わく「spれがし、今年は五十七にまかり成り候え

ば、大厄の年かと覚え候。なにやらんして正月の下旬の比より卯月のこ

の比に至り候まで、身心に苦労多く出来 しゅったい候。本より、人身を受くる者

は必ず身心に諸病相続して五体に苦労あるべしと申しながら、更に」

云々。

 このこと最第一の歎きのことなり。十二因縁と申す法門あり。意は、

我らが身は諸苦をもって体となす。されば、先世に業を造る故に諸苦を

受け、先世の集まれる煩悩が諸苦を招き集め候。過去の二因、現在の五

果、現在の三因、未来の両果とて、三世次第して一切の苦果を感ずるな

り。在世の二乗が、これらの諸苦を失わんとて、空理に沈み灰身滅智けしんめっち

、菩薩の勤行精進の志を忘れ、空理を証得せんことを真極と思うな

り。仏、方等ほうとう
の時、これらの心地を弾呵 たんかし給いしなり。しかるに、しょう

をこの三界に受けたる者、苦を離るる者あらんや。羅漢の応供 おうぐすら、な

おかくのごとし。いわんや底下 ていげの凡夫をや。さてこそ、いそぎ生死を離

るべしと勧め申し候え。これら体の法門はさて置きぬ。


【現代語訳】

 病気と厄年

 今月18日のお手紙が同じ23日の12時頃に届き、すぐに拝見した。お手紙にあるよう

に、お布施として銭10貫文と太刀、および扇1本、焼香20両をいただいた。

 お手紙には特に、「私は今年57歳になりましたので、大厄の年にあたるのではないか

と思います。そのためでしょうか、正月下旬の頃から4月のこの頃に至るまで、肉体的

にも精神的にも苦労が多くありました。もとより人間として生を受けた者は、必ず身に

も心にも諸々の病気が次々と続いて、五体に苦労が絶えないことはかねてから知ってい

ることではありますが、ことさら今年は病気がちです」とあった。

 身体の悪いことは最も大きな嘆きである。

 十二因縁という教えがある。それは、われわれの身体は、諸々の苦しみに基づいてい

るという意味である。だから、前世につくった業のために諸々の苦しみを受け、先の世

に起こした煩悩の集まりが諸々の苦しみを身体に招き集めたのである。過去における無

明煩悩による善悪の行ないといった二つの原因が胎内より現在までの肉体的、精神的苦

しみにおける五つの結果となっている。現在の三つの原因(愛欲・所有欲とその集成)

が未来の二つの結果(老死)となり、過去・現在・未来の三世へと次々に続き、すべて

の苦しみを感じるのである。釈尊がおられた時代の二乗は、これらの諸々の苦しみを無

くそうとしてくうの理のみを習い煩悩をなくして、菩薩の勤行に努力することを忘れ、

空の理を得ることを最高と思ってしまったのである。仏は方等ほうとうの経を説かれた時、これ

らの弟子の心根をしかられた。しかし、生をこの世に受けた者で、この苦しみを離れら

れる者があろうか。供養されるにふさわしい1kome< 1漢すらなお苦しみから離れられない。ま

して最も劣った凡夫は言うまでもない。そうであるからこそ、いそぎ生死を離れるべし

と勧めているのである。これらの教えの内容については今これだけにとどめる。

【語註】

 ※1 羅漢:阿羅漢の略。漢訳には「応供」という意訳もある。煩悩をすべて無くした
          人のことで、小乗の悟りを得た聖者をさす。

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テーマ:仏教・佛教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2023/10/19 05:34 】

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