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なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

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ブッダの生涯 その2


 ブッダを知りませんか?

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 シッダールタ誕生の7日後にお母さんのマーヤーは亡くなってしまったけど、妹のマハー・パジャーパティが後妻としてスッドーダナ王に嫁ぎ、愛情をこめてシッダールタを育てられます。そのうちに弟も生まれたんだけど、弟の名前は何だ。ナンダだ。だから何だ。だからナンダという名前だって。人の名前で遊ぶんじゃない。は~い。
 
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 シッダールタはいずれ王位を継ぐ立場だったから、何一つ不足のない境遇だったみたいだね。インドには乾季(10~3月)、雨季(6~9月)、暑季(3~5月)があるんだけど、その季節ごとの3つの宮殿をもち、シッダールタのために作られた池には青・赤・白の蓮華が咲いている。雨季の4カ月は女性だけで行われる伎楽に取り囲まれ、一歩も外に出ないような生活を送っていたというから、なんとも羨ましいかぎりだ。シッダールタが使うお香はカーシー産の超高級品の栴檀【せんだん】香だけ。カーシーって今のヴァーラーナシーのことだ。身にまとうものはといえば、上着から下着にいたるまで全部カーシー産。今で言ったら、上から下までフランスやイタリアのブランドを身につけてるとiいう感じかな。

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手塚治虫『ブッダ』より 
 
 まあとにかく何不自由のない生活を送っていたんだけど、やっぱり実のお母さんがいない寂しさからだろうか、シッダールタは物思いにふける傾向があったみたいだ。そんなシッダールタが14歳の時のことだ。郊外の遊園地に行くために東の城門を出たシッダールタは一人の老人に出会う。髪や歯が抜け、腰は曲がり、杖をついてやっと歩いている、そのよぼよぼな姿に驚いたシッダールタは従者に尋ねた。「あれは何だ?」「老人でございます」「誰でも年をとると、ああなるのか?」「さようでございます」「おまえも、ああなるのか?」「はい」「私もああなるのか?」「はい」。意気消沈したシッダールタは遊びに行くのをやめて城に戻ったそうだ。さらに南の城門を出て病人に会い、西の城門を出て死者の葬列に出合う。そのたびに「あれは何だ?」と従者に説明を求め、最後に北の城門から出て出家修行者に出会い、その清らかな姿と円満な容貌を見て、これこそ自分の理想であるとして、出家を決意した。有名な「四門出遊【しもんしゅつゆう】」というエピソードだ。


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 宮沢賢治の有名な『雨ニモマケズ』の詩にこんな一節がある。

東ニ病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ 
西ニツカレタ母アレバ 行ッテソノ稲ノ束ヲ負イ 
南ニ死ニソウナ人アレバ 行ッテコワガラナクテモ イゝトイヒ
北ニケンクワヤソショウガアレバ ツマラナイカラヤメロトイヒ

 「四門出遊」では、東(老)→南(病)→西(死)→北の順で、賢治は東(病)→西(老)→南(死)→北の順だから、順番が違うけど、明らかに「四門出遊」に影響されてるよね。順番が違うのは詩としての語呂か、東西南北という単なる順番にしたんだろう。ちなみち、北の方角は「生」を意味していると僕は考えてる。そうすれば生・老・病・死の「四苦」になるもんね。賢治にとっての「生」は、人間が生きることは喧嘩や訴訟、つまり争い、修羅の世界を意味していた。

 ブッダとなられた後、自分の若き日々を回想して、修行僧たちに向かってブッダは次のように述べておられる。

 「わたくしはこのように裕福で、このようにきわめて優しく柔軟であったけれども、このような思いが起こった、ー愚かな凡夫は、自分が老いゆくものであって、また、老いるのを免れないのに、他人が老衰したのを見ると、考え込んで、悩み、恥じ、嫌悪しているー自分のことを看過して。じつはわれもまた老いゆくものであって、老いるのを免れないのに、他人が老衰したのを見ては、考え込んで、悩み、恥じ、嫌悪するであろう、ーこのことは自分にふさわしくないであろう、と思って、わたくしがこのように考察したとき、青年期における青年の意気(若さの驕り)はまったく消え失せてしまった」(『アングッタラ・ニカーヤ』

 同じように病・死についても語っておられるんだけど、人間が年をとり、病になって、やがて死んでいくということは小学生でも知ってるよね。でも、知ってはいるけど、分かっていないんだ。80歳になっても、90歳になっても、いや100歳を超えた人でも、自分はいつまでも死なないと思っている。口では「早くお迎えが来ればいいのに」って言っててもね。老・病・死は自分自身も絶対に避けられないものであり、超えることができないもものであるにもかかわらず、他人の老・病・死を見て、考え込んでは、悩み、恥じ、嫌悪する自分、避けられないものであるにもかかわらず、それから目をそらそうとする自分がいる。僕らみたいな人間は、そんなこと忘れたふりをして、毎日ふしだらな生活を送ってるんだけど、シッダールタは深刻に受け止め、真剣に反省し、その原因を見いだそうとして、毎日苦悩の日々を送っていたみたいだ。
 
 シッダールタが人生について苦悩し、出家を考えていると知ったスッドーダナ王は慌てちゃった。だってシッダールタに王位を継がせたいと考えてるのに、出家されちゃったら困るもんね。そこで嫁さんを持たせれば、少しは気が紛れるだろうし、子供が生まれれば、嫁や子供を捨てて出家することはないだろうと考えて、ヤショーダラーという嫁さんを迎えたんだ。シッダールタが16歳の時だ。ずいぶん早い結婚だと思うかもしれないけど、インドでは子供のうちに結婚する習慣があって、あのガンディーも結婚したのは13歳の時だ。ヤショーダラーについて詳しいことはわかってないけど、結婚した時は10歳ぐらいだったらしい。
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 やがて二人に男の子が生まれた。名前はラーフラ。シッダールタが出家する前にヤショーダラーが妊娠し、シッダールタがブッダとなった後に生まれたという伝説があるけど、そうするとお腹に6年間もいたことになっちゃうよね。お母さんのお腹に80年いたという老子さんもいるけど、腐っちゃうよ。おそらくシッダールタが出家する少し前に生まれたんじゃないかな。ラーフラというのは「障碍【しょうがい】」、つまり「妨げになるもの」という意味なんだけど、大事な長男になんでこんな名前つけたんだろうか?ーそう、出家しようとしていたシッダールタの決心を鈍らせることになるからだね。でもシッダールタの決心は固く、妻も子も捨てて出家を断行することになる。(つづく)


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【 2014/05/10 16:14 】

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