fc2ブログ

なまぐさ坊主の聖地巡礼

プロフィール

ホンジュン

Author:ホンジュン
日蓮宗の小さなお寺の住職です。
なにしろ貧乏なお寺ですので、松井秀樹や本田圭佑で有名な星稜高校で非常勤講師として2018年3月まで世界史を教えていました。
 毎日酒に溺れているなまぐさ坊主が仏教やイスラーム教の聖地を巡礼した記録を綴りながら、仏教や歴史について語ります。

カテゴリ

最新記事

fc2カウンター

Facebook

月別アーカイブ

最新トラックバック

最新コメント

リンク

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

法華経の女人 日妙聖人御書①

 ダウンロード
波木井の御影(身延山久遠寺蔵)

日妙聖人御書にちみょうしょうにんごしょ

文永9年(1272)5月25日、51歳、於佐渡一谷、和文

 文永8年(1271)11月に佐渡に配流されて塚原三昧堂で極寒の冬を過ごした後、日蓮は翌年4月に一谷入道の屋敷に移り住むことになった。それから1カ月余り経った5月頃、日蓮によって日妙聖人と名付けられる女性が、幼い娘の乙御前と二人で鎌倉から日蓮を訪ねて来た。そのひたむきな求道心を称える手紙である。釈尊の前世物語にみられる聖者の求道の志を時に応じて継承しつつ、妙の一字を体し正直な心をいちずに示した女人の成仏を説く。日蓮の女性観をあらわす代表的手紙である。

 過去に楽法梵志ぎょうぼうぼんじと申す者ありき。十二年の間、多くの国をめぐりて

如来の教法を求む。時に総じて仏法僧の三宝一もなし。この梵志の意は

渇して水をもとめ、飢えて食をもとむるがごとく、仏法を尋ね給ひき。

時に婆羅門ばらもんあり、求めて云はく、「我聖教しょうぎょうを一持てり。もし実に仏

法を願はばまさにあたふべし」梵志答へて云はく「しかなり」婆羅門の

云はく、「実に志あらば皮をはいで紙とし、骨をくだいて筆とし、髄を

くだいて墨とし、血をいだして水として書かん、と云はば仏の偈を説か

ん」時にこの梵志悦びをなして彼が申すごとくして、皮をはいでほして

紙とし、ないし一言をもたがへず。時に婆羅門忽然こつぜんとして失せぬ。この

梵志天にあふぎ、地にふす。仏陀これを感じて下方よりでて説き

云はく「如法応修行。非法不応行。今世若後世。行法者安穏。=〔如法

はまさに修行すべし、非法は行ずべからず、今世もしや後世、法を行ず

る者は安穏なり〕」等云云。この梵志須臾しゅゆに仏になる。これは二十字な

り。

 昔、釈迦菩薩転輪王てんりんおうたりし時、「夫生輙死。比滅為楽。=〔それ生

まれてすなわち死すこの滅を楽となす〕の八字を尊び給ふ故に

をかへて千燈にともして、この八字を供養し給ひ、人をすすめて石壁要

路にかきつけて、見る人をして菩提心をおこさしむ。ここ光明忉利天とうりてん

至る。天の帝釈並びに諸天の燈となり給ひき。

 昔、釈迦菩薩仏法を求め給ひき。癩人らいじんあり。この人にむかつて「我正

法を持てり。その字二十なり。我癩病をさすり、いだき、ねぶり、日に

両三片の肉をあたへば説くべし」と云ふ。彼が申すごとくして、二十字

を得て仏になり給ふいわゆる如来証涅槃永断於生死若有至心聴。

当得無量楽。=〔如来は涅槃を証し、永く生死を断じたまふ、もし至心

に聴くこと有らば、まさに無量の楽をうべし〕」等云云。

【現代語訳】
身を捨て仏法を求めた聖者の物語

 過去の世に,※ 1法梵志という人がいました。12年の間、多くの国々を遍歴して仏法を求

めました。その頃は、いくら尋ねても仏・法・僧の三宝が一つもありませんでした。こ

の梵志は、喉の渇いた者が水を飲みたがり、腹のへった人が食物を食べたがるように、

心の底から仏法をお求めになりました。その時に一人のバラモンがおり、梵志に向かっ

て言いました。「私は一偈の聖教を知っています。もし本当に仏法を願い求めるならば

伝授しましょう」と。梵志は「ぜひお願いします」と答えました。するとバラモンは、

「心底から仏法を求める気持ちがあるならば、身の皮をはいで紙とし、骨を折って筆と

し、髄を砕いて墨とし、血を出して水として記録しなさい。それを誓うならば仏法の偈

を教えましょう」と言いました。そこで梵志は大いに喜び、皮をはいで紙とすることか

ら始めて、ひとつ残らず実行しました。その時、バラモンの姿は忽然として消えてしま

いました。梵志は天を仰ぎ地に伏して歎き悲しみました。すると仏が、梵志の真心を認

めて下の方から涌き上がり「如法応修行。非法不応行。今世若後世。行法者安穏。=

(如法は必ず修行せよ。非法は決して行なってはならない。今世にせよ後世にせよ、仏

法を行ずる者は安穏である)」とお説きになりました。それを聞いた梵志はたちまちに

して仏になりました。梵志を成仏させた仏のお言葉はわずかに20字であります。

 昔、釈迦菩薩が※ 2輪聖王として修行中、「夫生輙死。此滅為楽。=(衆生は生まれた

と思うとすぐに死んでいく。この滅を楽とする)」という8字を尊い教えであるとお思

いになったので、身命を投げ捨て、千灯にともしてこの8字を供養し、人を勧誘して石や

壁や要路にその8字を書きつけて、見る人たちは菩提心を興させました。千灯の光は※ 3

利天にまで届き、その天の主である帝釈天をはじめとする天神たちを供養するともじびとな

りました。

 昔釈迦菩薩が仏法を求めて修行なさっていました。その時一人の癩病患者がいて、

釈迦菩薩にむかって「私は正しい仏法を会得しています。それは20字に収められていま

す。私の癩病の局所をさすり、体を懐き、膿を舐め、日ごとに2・3斤の肉を与えてく

れるならば、それを説き示しましょう」と言いました。釈迦菩薩は癩病患者の言う通り

にして、20字の教えを学び成仏なさいました。その20字というのは「如来証涅槃。永断

於生死。若有至心聴。当得無量楽。=(仏は涅槃解脱の道を悟り尽くして永遠に生死の

煩悩を断滅された。もし心を至してその境地を聴聞するならば、まさしく量り知れない

法楽を得るであろう)」というものです。(つづく)

【語註】

 ※1 
楽法梵志:楽法梵士ともいう。釈尊が過去世において仏法を求めて修行してい
            た時の名。身の皮を紙とし、骨を筆とし、血を墨とすることも厭わずに仏の偈
            を求めたという。

 ※2 転輪聖王:転輪王とも輪王ともいう。インドにおける理想的な帝王。天から感
            得した宝の輪を転がして邪悪を退治する。武力によらないで正義によって世界
            を統治する王。

 ※3 忉利天:欲界六天の第二天で須弥山の頂上にある。中央に善見城(喜見城)が
            あり、その四方の峰に八天ずつあるので、中央と合わせて三十三天ある。そこ
            を統治するのが帝釈天である。

↓ ランキング挑戦中  Brog Rankingのバナーをポチッと押してね!
 
スポンサーサイト



テーマ:仏教・佛教 - ジャンル:学問・文化・芸術

【 2024/02/22 05:31 】

日蓮聖人の手紙 法華経の女人  | コメント(0)  | トラックバック(0)  |
<< 法華経の女人 日妙聖人御書② | ホーム | 法華経の女人 千日尼御前御返事⑩ >>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

 | ホーム |